「沈黙だって愛のうち」 第5章
「私が……どうして……その……」
「あら、だって貴方の飼い猫がやったのよ。じゃあ、主人が責任を取るのが当然だわ」
クスクスと笑いながら理絵は言った。確かにそうなのだが、図面を飛ばした責任は理絵にあるのではないかとも思う。
「……それはそうだが……」
「じゃあ、決まり。お礼にコーヒーくらいご馳走するわね」
別に急いで家に帰る用事もなく、戸浪は抱きかかえていたユウマを籠に入れるとそれを持ち、理絵の後をついていくことにした。ぬいぐるみをどうしようかと思ったが、一階に下りてくると、先程のアルバイトに声を掛けられた。
「お客様～こちら出来上がっていますが～！」
カウンターの上には確かに大きな包みが鎮座していた。
「あ、後で伺いますから」
戸浪が言うと理絵がチラリと見る。
「ぬいぐるみを買ったの？」
「え、はは。……甥っ子に……」
とでも言うしかないだろう。
「でも……随分大きな包み紙に見えるけど……」
精算所にあるカウンターの上に、戸浪が買った二つのぬいぐるみが綺麗に包装されて置かれている。一つはかなり大きい。それを見た理絵は不思議に思ったのだろう。
「特別なプレゼントでね。それより事務所は？」
話を変えるように戸浪が言うと、理絵は言った。
「裏口からすぐの所にプレハブを建ててあるの。外から見えなかったかしら……」
そういえばあったような、なかったような……戸浪はあまり覚えていなかった。
理絵に案内されるまま、戸浪は裏口を抜けるとこぢんまりとしたプレハブがぽつんと建っているのが視界に入った。クリーム色の外装はただ塗ってあるだけのものであり保温効果などほとんど無い鉄板で、それを細いワイヤーでクロスして支えているいわゆるトタン屋根の事務所だ。
薄い窓から中の様子が見えるが、人は誰もいない。二台ある図面台だけが置かれているのが分かる。
「狭いけど、貴方も慣れてるんでしょ？」
理絵は言いながら腰に付けていたキーで事務所を開けた。すると埃っぽい臭いが中から外に向かってはき出されてくるのが鼻につく。これは現場事務所独特の臭いだ。
「私は設計図面のほうだから……施工図面はあまり書かない。だからそれほど慣れているわけじゃないですよ」
苦笑しながら戸浪は言った。
「ふうん。そうなんだ。現場の方が面白いんだけどなあ……」
呟くように理絵は言い、破れた図面を台に広げていた。
「たしかに現場の方が面白いと思いますよ……」
だが、現場が移動する毎にあちこち転勤させられるのは困るのだ。だから外に出たいと思わない。戸浪は社内でＣＡＤ図面を引いていて、それで満足している。
元々人の出入りの多い場所では気が散って仕方がないタイプなのだ。しかし社内では自分の世界で仕事が出来る。周囲も見慣れた人間ばかりだ。そんな今の環境を気に入っているのだから、今後も希望として外の現場に出たいとは言わないだろう。
「とりあえず……元の図面を出して……それを下から貼りつけて穴を閉じてから、上に書くしかないか……」
腕組みしながら理絵は言いうが、さっさと自分一人でで全部こなしてしまいそうな雰囲気だ。
うにゃ……にゃあにゃあ……
ユウマは籠の中で爪を立て、出してくれと言っているようだった。だがここでは出せないだろう。
「猫ちゃん……出たいのかしら……」
パソコンに向かい、ＣＡＤデーターを出力しながら理絵は言った。
「多分。でも、ここで出すことはしませんよ……折角直した図面にまた穴でも開けられると困りますし……」
戸浪はユウマを眺めて言った。
「これ以上は勘弁して欲しいわ……」
本音を漏らして理絵は言う。図面は大切な設計図だ。それがなければ現場は動かない。一本の線、一つの長さの尺度を間違えただけでとんでもないことになる恐ろしさを戸浪は心得ていた。
「申し訳ない……」
「ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃないの……猫ちゃんが穴を開けたことを怒ってる訳でもないの。こういう仕事で現場に出てるせいか、私の言葉遣いは多分悪いと思う。でも嫌みとか、気に障る言い方に聞こえたとしても、ほんと私には悪気はないから気にしないでね」
慌てた口調で理絵はそう言って鼻の頭をかいていた。さっぱりした性格の理絵が戸浪にはとても好ましく思える。色気を醸し出しているようなタイプが苦手である分、友達っぽく話す理絵はどちらかというと接しやすい。
「気にしてませんよ。私も……」
「良かった……格好いい男の人に嫌われたくないもの……一応私も女性だし……」
プロッターがコトコトとデーターを出力している横で、理絵は笑顔を見せた。意外に可愛らしいなと珍しく戸浪は思った。
「格好いいね……お世辞でもそう言って貰えると嬉しいかな……」
「え、お世辞じゃないですよ。」
手を左右に振りながら理絵は言う。
うにゃ、うにゃああ……
相変わらずユウマが鳴くために、戸浪はまた籠を覗き込んだ。するとユウマはひっくり返って腹を上にすると前足を振り廻していた。
……
これはどういう行動なんだ？
初めて見るユウマの姿に視線が釘付けになっていると、ユウマの黄金色の瞳がパチパチと開閉する。何か物言いたげな瞳なのだろうが、戸浪には分からない。
「猫ちゃん。出して良いですよ。さっきは図面が覆い被さったから猫ちゃんも興奮したんだろうし……。遊んで欲しいのかも……」
戸浪が見つめる先を理絵も眺めながら言った。この姿は遊んで欲しいのだろうか？戸浪には分からないのだが、ユウマは必死に腹を見せていわゆる「降参」のポーズを取っている。
「……出して良いですかね……」
「良いわよ。私も動物好きだから……特に猫は好き」
理絵は籠から視線を逸らせ、プロッターから吐き出された図面を取りながらそう言った。
「ユウマ。大人しくできるか？だったら出してやるが……」
本当にこんな所で出して良いのだろうかと思いながらも、ユウマはうにゃうにゃと五月蠅い。狭いところが基本的に嫌いであるから仕方がないのだろう。
「済みません。じゃあ……お言葉に甘えて外に出させてもらいます……」
申し訳なさそうに戸浪が言うと理絵は頷いていた。
早速戸浪がユウマを出すために籠の出入り口を開けると、ユウマは仰向けになっていた体勢を元に戻して、そろそろと籠から顔を出し周りを見渡していた。現場事務所などユウマは見るのが初めてだろうから、ビクビクとしているのかもしれない。
「ユウマ……大人しくしていろよ」
戸浪がもう一度そう言う頃、ユウマは既に籠から出て、スチール製の机に乗ったまま胸を張っていた。
……まあ……
大人しくしてくれるだろうが……
ユウマは戸浪を安心させるように喉をゴロゴロと鳴らした。
「じゃあ……図面を手伝いますよ……」
そう戸浪が言うと理絵は嬉しそうに頷いた。
図面の端が破れていたので、戸浪と理絵は両脇に立ち、下からまず元のデーターを部分的に貼りつけ、後から書き込まれた数字やダクトの訂正をすることにした。ロゴの方は別に穴が開いていたとしても図面に影響は無かったため、放置だ。
数時間それにかかりきりになり、ようやく出来上がった頃、他の建築の人間が帰ってきて、ユウマを不思議そうな目で見つめていた。それよりも見たことのない男性がいたことの方が驚いたようだ。当然だろう。
「あれ……理絵ちゃん、この人誰だい？理絵ちゃんちの新しい社員か？」
ヘルメットを脱ぎながら四十台前半の男が言った。
「違いますよ。ちょっと手伝って貰っていただけで……」
うにゃ……うにゃああ……
ここに来て人見知りの癖が出てきたのか、ユウマは戸浪の足に絡まり、今帰ってきた男達から逃げるように体を隠す。確かにそろそろ帰らないと考えた戸浪はユウマを抱き上げると籠に入れた。
「うちの猫がご迷惑を掛けたんです。もう用事は済みましたのでそろそろおいとましますね」
「あ、ご、ごめんなさい……ほんと助かりました」
慌てて理絵はそう言って既に出口に立っている戸浪を追いかけてきた。その間もどんどん現場の人間は帰ってくる。
知り合いがいなければ良いんだが……
そう思いつつ、戸浪は足早に店の裏口へ入った。もう帰らないと、うちで留守番をしているもう一人の祐馬が拗ねているような気がしたのだ。本当はもっと早く帰るつもりであったのだが既に日は暮れ辺りは薄闇に包まれている。
戸浪はユウマを入れた籠を持ち、レジの所まで来るとようやく整えられたクマのぬいぐるみの包みを抱きかかえたが、ユウマの籠の為にもう一つのクマが持てなかった。
「私、持ちましょうか？」
いつの間にか理絵が後ろから声を掛けてきていた。
「え……ああ。そうですね……じゃあ駐車場まで……お願いして良いですか？」
断るのも悪いと思った戸浪は理絵に小さい方の包みをもって貰うと、駐車場へと向かうと、自分の車のトランクに大きなクマをつっこんで閉めた。
暫くここに隠しておこう……
戸浪は心の中で呟いた。
「助かりました……」
戸浪がトランクに荷物を積めている間、理絵はじっと待っていたのだ。しかもぬいぐるみの包みをもって。
「こちらこそ、助かりました」
クマのぬいぐるみをこちらに渡し、理絵は言う。
「今度からうちのユウマにも気を付けさせますよ……」
助手席の方を開け、ユウマを入れた籠を置いて閉める。次ぎに運転席にまわり、戸浪は扉に手を掛けた。
「あ……あのうう……」
理絵はなんとなく言いにくそうに言葉を発した。
「なんでしょう？」
体半分を運転席に押し込んだ戸浪は理絵の方を向く。
「東都建設の設計ですよね？」
「……え。いえ……笹賀の方です」
隠しても仕方がないと思った戸浪は苦笑しながらそう言った。
「良かった」
何が良いのか分からないが、とりあえず戸浪は「じゃあ……」と言って扉を閉めると、車を出した。バックミラーには何故かこちらをじっと見つめている理絵の姿が映っていた。
戸浪ちゃんが帰ってこない……
既に真っ暗になっているのに、戸浪が帰ってこないことで祐馬は一時間くらい前からリビングを行ったり来たりしていたのだ。
はあ……
怒っちゃったのかなあ……
姉ちゃん来たしなあ……
俺も怒っちゃったし……
ううう……俺が悪かったよ～
携帯をならしたのだが、それは充電器の所でなっていた。戸浪は携帯を持って出るのを忘れていたのだ。
「ただいま……」
玄関の開閉する音が聞こえ、同時に戸浪の声が耳に入った祐馬はリビングから駆けだすと、戸浪は靴を脱いでいる途中であった。
「戸浪ちゃん！」
「なんだ……血相を変えて……」
戸浪はごく普通の様子でそう言う。いつの間にか籠から出されたユウマがなにやら物言いたげに祐馬の足を叩いているのが不気味だ。
「え、……あの……遅かったなあと思って心配していたんだ。って、ユウマ、なんだよ……叩くなよ……」
ペシペシと肉球で叩くユウマの前足が、気持良いのか気持ち悪いのか分からない。
「ちょっと長居してしまってね。ああ、ユウマのぬいぐるみを買ってきたんだ」
そう言って戸浪は床に置いた包みをその場で開けて見せてくれた。それは可愛いリボンのついたクマのぬいぐるみだ。もしかして、戸浪は例のぬいぐるみの代わりにこれを買ってきたのだろうかと期待したのだが、ユウマのぬいぐるみという一言で、自分の考えたことが全く的外れなことにすぐに気が付いた。
戸浪はあのぬいぐるみが消えたことに気が付いていながらも、祐馬にその事を聞くわけでもなく、かといって新しいぬいぐるみを用意する気はないのだ。だからユウマにぬいぐるみを買ってきた。
それが気持を沈ませる。だが表情に出したところでどうにもならないのは祐馬にも分かっていた。あれは必要なかったのだ。あったところで利用したことなどないから。
「ふうん……可愛いじゃん……」
がっちりした縫製のクマは以前自分が買ってきたぬいぐるみよりも頑丈な物だ。それすらなにやら嫌みっぽく見えるのは気のせいだろう。
「ユウマの玩具はすくないからね。店に行ったがぬいぐるみが沢山あって、わたしは驚いたよ。ちょっと恐かったな……」
苦笑しながら戸浪はスリッパを履き、包み紙を畳んでいた。その横でぬいぐるみには目もくれず、ユウマは相変わらず祐馬の足をペシペシと叩く。
「だから……なんだよ……痛くはないけど気味悪いよ……」
足元にいるユウマを抱きかかえ、黄金色の瞳を覗き込む。するとユウマは今度鼻に肉球パンチを飛ばしてきた。
「戸浪ちゃん。これどう言うこと？」
「ん？さあ……。気分が良いんだろう？」
いや……そういうわけではないような気がするんだけど……と、祐馬は思うのだが、所詮猫が何かを訴えたところで人間には理解ができない。
「ユウマ……どうしちゃったんだ？俺には分からないよ」
苦笑してみせると、ユウマは唸った。何故分からないのだといわんばかりだ。
ふぎゃっ！
「あいてっ！」
業を煮やしたのか、ユウマは今度爪を立てて鼻にパンチをしてきた。
「はは……何をやってるんだ」
戸浪は二人を見て微笑ましいとでも思ったのか笑っている。こちらの気持が全く伝わっていないのだ。
「別に……遊んでるわけじゃないけどさ……。そうだ、飯、飯どうする？」
抱き上げていたユウマを床に下ろし、祐馬は話題を変えようと言った。
「そうだな……もうそんな時間だったんだ……」
今頃気が付いたように戸浪はぼんやりとしていた。どこか浮世離れしていると思うのはこういう時だ。
「何、作ろうか……」
「何でもいいよ……今日は疲れたな……」
ペタペタとリビングに移動しながら戸浪は自分の肩を叩いている。何をそんなに疲れているのか祐馬には一向に分からない。ぬいぐるみを買いに行くだけでそれほど時間がかかるものなのか？とはいえ、ユウマを連れて歩くのだから、あちこち移動していたようには思えない。
だったら何に疲れたのだろう。しかし、戸浪は普段から余り外出しない性格であるからたまに出かけたことで気疲れしたのかもしれない。戸浪は人混みが本当に苦手なようだからだ。
「ユウマ……ほら。お目当てのものだ」
リビングのソファーに座り、戸浪はこちらの気持など全く分からない様子で、ぬいぐるみをユウマに振って見せている。そのクマのぬいぐるみが左右に揺れると首に付けられたリボンもユラユラと揺れた。
にゃにゃ！
ユウマは揺れるリボンに向かって前足で引っ掻くような仕草をし、自分の尻尾をピンと張って左右に振りはじめた。余程嬉しいようだ。
なんで……
俺が楽しいことは考えてくれないんだよ～
俺だって……
俺だって楽しいことしたいんだよ～
戸浪ちゃんに構ってもらいたいんだよ～
戸浪ちゃんといちゃいちゃしたいんだよ～
一緒に暮らしていてこんな事で悩まなきゃならないんだ？？
と、かなり切実に祐馬は考えているのだが、なかなか口に出して言えない。言えるものならぬいぐるみなど買ってくるわけなど無いのだ。
なんで戸浪ちゃんってこう……ストイックなんだろうな……
チラリとユウマを遊ばせている戸浪を見ながら祐馬は考え込んでしまった。
「なんだ？夕飯を作るんじゃなかったのか？」
ぼーっと突っ立っている祐馬に戸浪は不思議そうな表情を向けてくる。戸浪には性欲が無いのだろうかと思うのはこういう時だ。
「あ、うん。そうだった。適当にするけど、いい？」
「あっさりした物がいいな……」
腹を見せて寝転がっているユウマの体を、撫でてやりながら戸浪は言う。ユウマになりたいと本気で思う瞬間だ。ユウマみたいに俺も撫でて～などと言うと、どうせ拳が飛んでくるのだから冗談でも言えない。いや、言ってみるべきなのか。
「あっさりしたもの……月見そばでもしようか？俺も昼に肉食ったから、あんま腹へってないし……」
「賛成だよ。ソバは好きだ」
「ね、俺のことは？」
えへへと笑って祐馬が言うと、戸浪はあっさりしたものだった。
「あ、まあな……」
まあなって……
まあなってなんだよーー！
ムッとした祐馬は戸浪の隣に腰を下ろした。当然ユウマがいる位置とは逆の場所だ。
「なあ……んなあ……」
「なんだ？」
「最近戸浪ちゃん冷たくない？」
「……は？いきなりなんだ……」
うにゃ！と鳴いたユウマが寝ころんでいた体を起こして戸浪の膝に上ると丸くなる。いかにも牽制されているような気が祐馬にはしたが、ここで負けてはならないのだ。
「いきなりって……俺……俺はさあ……」
言葉が続かず、戸浪とにらめっこした形で雄馬は沈黙してしまった。いや、正確には戸浪の顔に見とれてしまったのだ。端正な顔立ちに、この兄弟がもつ独特の薄茶の髪がサラサラと額を流れる。目元がややきつい感じがするが、それは弟の大地があまりにも目が大きいために較べてしまうのかもしれない。だが同じ薄い色素の瞳だ。
綺麗だなあ……
じっとこちらを見つめてくる瞳は祐馬だけに向けられている。睫毛も薄茶で柔らかい感じだ。つるりとした肌は寒い地方で培われる肌理の細かさがあった。
これ全部、俺のなんだ～
今更ながらに感動してしまうのは仕方がないだろう。
「なんだ……わたしの顔に何かついているのか？」
祐馬の感動など分からない戸浪は、指で自分の顔を撫でていた。
「そうじゃないんだ……その……」
一人だけ気持が高ぶっているのがわかる。
「……変だな……どうしたんだ……気味が悪いぞ」
「エッチしよ……」
バキッ！
「いっ……いってえええっ！今、今、戸浪ちゃん思い切り殴らなかったか？んなあ、殴ったよな？迷いもなく思い切りっ！」
頭を抑えながら祐馬が叫ぶと戸浪が怒りを露わにして言った。
「お前のその……デリカシーの無さにはほとほと呆れているのが分からないのかっ！」
怒って顔が赤いのか、恥ずかしくて顔が赤いのか、祐馬には分からない。だが機嫌を傾かせたのだけは分かった。
「そ、そんな言い方すんなよっ！俺はっ！俺だって、雰囲気良く言いたいけど……は……恥ずかしいんだもんな……」
「……わたしだって……恥ずかしいっ！」
「でも……んなこと言ってたらいつまでたっても出来ないだろっ！俺達、こないだいつしたんだよ！俺もう、忘れちまったっての！」
はっきり言って思い出せない。そのくらい前だ。
「そういう、いやらしい言い方をするなっ！」
「するなって……マジだから仕方ないだろっ！俺、毎日だって良いって思ってるのに……」
祐馬がため息混じりに言うと、戸浪は口を開けたまま、顔を首まで赤くしていた。戸浪の方が年上であるにも関わらず、この純情が一体どこから来るのか祐馬には不明だ。過去如月とどうつき合っていたかなど想像すらできない。
「……おま……お前はわたしを殺す気か？」
「なんでそのまんま取るんだよっ！そんくらいやりたいって言ってんじゃんかっ！」
とはいえ、かなり本気だったのは事実だ。
「……祐馬……」
「俺は若いんだっ！性欲だってすっげえあるんだっ！恥ずかしくなんかないっ！」
ここまで来るともう開き直るしかない。しかも今日は土曜日だ。恋人同士ならホテルでいちゃつき、夫婦だって週末くらいは抱き合っているに違いない。それなのに、自分たちときたら、いつまでたっても小学生並の付き合いでしかない。
「……まあ……分かるが……」
「戸浪ちゃんにはないっての？年上だからって、性欲の枯れたどっかのおっさんにでもなったつもりか？」
ガキッ！
「うううう……いてええええ！」
また思い切り殴られた。
「おっさん言うなっ！」
「戸浪ちゃんっ！」
「なんだっ！」
怒鳴りつける戸浪の手首を掴んで祐馬は引っ張った。もうここまで来たら引く気にはなれない。引き下がると男が廃るだろう。
「やるっ！飯食う前に一回やって、食ったらまたやるっ！朝までやるっ！どうせ明日は休みなんだからっ！」
「ゆ……祐馬……」
無理矢理戸浪を引きずりながら祐馬は寝室に向かった。もっと戸浪が反抗するかと思ったが、意外に大人しくついてくる。もしかすると戸浪もきっかけを待っていたのかもしれないと祐馬は内心ホッとしていた。これでもし、散々殴られでもしていたなら、暫く落ち込んで復活できなかっただろう。
ここは一つ強気で行くぞ！
そう考えながら祐馬は寝室の扉を開けた。