Angel Sugar

「沈黙だって愛のうち」 第16章

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 珍しくユウマはおとなしくリビングで寝そべっていたので、戸浪と祐馬は足音をさせずにそろそろと寝室に向かった。いつもなら、夕食のことを聞いてくる祐馬だが、何を言うわけでもなく、ベッドに戸浪を座らせる。
「戸浪ちゃん……好きだよ」
 祐馬は立ったまま、ベッドに腰を掛けている戸浪の身体を抱きしめた。力では多分、空手をやっていた戸浪の方が強いのだろうが、 本気で喧嘩をすれば祐馬の方が強いに違いないと思うほどの圧迫感を感じた。
 寄りかかっていると思うのはこんな時だ。言葉にしないが、戸浪は祐馬を頼っている。過去の清算をさせてくれたのも祐馬。温もりを感じたいと思ったのも祐馬だった。優しくて大らかな祐馬の性格を知っているから強く言ってしまうのかもしれない。
 祐馬なら許してくれる。
 分かってくれると信じているから。
「祐馬……」
 額にキスを落としている祐馬の頬に手を掛けて、己の唇に誘う。祐馬は逆らわずに戸浪の薄い唇を軽く噛み、合わせられた唇から湿った舌が差し込まれた。
「……ん」
 口内で舌を絡み合わせたまま、ベッドに倒れ込むと、ただ無性に貪られたい欲求をそのまま祐馬に戸浪はぶつけた。何度となく放置された身体が、一気に高まっていくのだ。疼きは身体を支配して、燻っていた火を掻き立てる。内部で燃え立つ炎は、上昇する体温そのものだ。いつもなら余計な言葉を発する祐馬が無言でいるのも、祐馬自身の欲望が身体をのたうち回っているからに違いない。
 高ぶった欲望の捌け口を互いに求め合っているのだから、言葉など必要が無いのだろう。欲しいだけ貪り合って、最後は気怠い身体を重ね合わせて果ててしまいたい。そんな互いの想いがようやく遂げられようとしている。
 今はどんな邪魔が入ろうと、多分、行き着くところまで行かない限り、身体を離すことなど出来ないに違いない。
 祐馬は、戸浪の衣服を手荒に剥がし、首筋から鎖骨、胸の敏感な部分にまでキスを落としては、舌で舐めていく。時折歯が立てられると、ビクリと身体がしなる。愛撫する口元を己の肌から一瞬たりとも離したくなかった戸浪は、祐馬の頭を抱えたまま、細くて長い両脚を絡ませた。
 触れる舌は、生暖かく湿っていて、晒している空気よりもちろん温度が高い。ヒンヤリした空気に晒された裸体は、祐馬の重ねる身体によって暖まっていく。ギスギスしていた、心の中にある、何か固くて尖ったものが、愛撫を受けるたびに角が取れて、丸くなっていった。
 それは不思議な感覚だった。
「俺のだ……」
 ちくっとした痛みを胸元に感じ、瞑っている筈の瞳が、更に目を閉じようと筋肉を動かす。あちこちから、針先で突かれるような小さな痛みを感じたが、戸浪は祐馬の行動を止めさせようなどとはこれっぽっちも思わなかった。
 祐馬が戸浪の身体に、己のものだと印を付けているのだ。
 所有の印を。
「祐馬」
 祐馬の頭を撫でさすりながら、戸浪は誘うような声を発した。恥ずかしさなどない。ただ、無性に祐馬が愛しい。もう二度と誰ともこんな風に抱き合えないと思っていた。ついこの間まで過去を引きずっていた筈なのに、痛みでぽっかり空いてしまった部分は祐馬という存在が埋めてしまったのだ。
 それは温かくて、大きな存在だった。
「好きだ……」
 いつだって同じ言葉しか言えない祐馬だが、不器用でスマートさの欠片もない祐馬の、素直な告白は戸浪の耳に心地よく響く。一晩のうちに例え何百回同じ言葉を繰り返されても不快になどならないだろう。
「私も好きだ」
 大きな、そしてしっかりした手の平が、戸浪の腹を撫でて円を描く。指先がへその縁をつまんで、舌が滑り込む。ヌルッとした舌が狭い中に入ると、まだ一番求めている場所に、祐馬の雄が入り込んでいないにもかかわらず、戸浪は同じような快感が身体を走るのが分かった。穴に入れられた舌の動きが、脳裏で変換されているのだろう。
 舌が出たり入ったりを繰り返すと、本来雄が貫く場所が酷く疼く。それはジクジクとした、何か言葉で言い表せない、皮膚の爛れに似たような感覚だった。
「祐馬……そこより……私は……っ!」
 へそを攻められることに耐えられなくなった戸浪が思わず声を上げると、祐馬は分かったように、すぐさま舌を茂みの部分に這わせていった。そうしてやや反っている戸浪の雄を銜えてしゃぶりはじめた。
「……く……」
 響き渡るエロティックな音と、直に感じる刺激は、戸浪の五感全てを敏感にさせて、あらゆる箇所から快感を伝えてくる。ピリピリとした産毛が逆立つような感覚が、身体を覆い、祐馬の口によって鍛えられていく己の雄が、張りつめていく。
 こうなると自然に腰が揺れるのは仕方のないことだ。
「祐馬……っ……あ……」
 目眩に似たものに襲われると、戸浪は祐馬の口内に己の欲望を吐き出していた。その後一瞬の間だけ戻る理性に、戸浪は日常では感じない、最大級の羞恥を感じる。
「嫌だ……そんな風に舐めないでくれ……」
 羞恥は涙を誘い、頬に一筋伝わせる。悲しいわけでも辛いわけでもない。ただ無性に戸浪は恥ずかしいのだ。どれほど抱き合おうと、この羞恥心からは逃れられない。
「俺が好きだから」
 チュクチュクと、既に力を失っている雄を何度も舐めながらも、祐馬は一番己が入りたい部分を指先で弄る。どれだけ弄られようと痛みも無く、最初から疼いているだけの場所。
 一番、戸浪が羞恥を感じる場所であり、もっとも望んでいる場所だ。
「祐馬っ……あ……」
 指先が、襞の部分で引っかかりつつも内部に入って来ると、戸浪はシーツを握りしめた。見ることも出来ない、閉じられた部分であるのに、指の形すら脳裏に描けるほどリアルな感触が下半身から伝わってくる。反り返る、贅肉のない薄い胸板は小刻みに震えて、戸浪は霞む天井をぼんやりと見つめて、与えられる快感に酔った。
 久しぶりの刺激は鮮烈で、頭の芯をぐらぐらとさせる。快感によって麻痺している筈なのに、祐馬の指の動きがはっきりと戸浪には分かった。
 一本の指が二本になり、最後に三本になる。ここまで来たらもう、祐馬の雄で貫かれなければ満足できない。
「早く……入れてくれっ!」
 いつも、いつもここで放り出されるのだ。それが戸浪が一番恐れたことだった。煽られるだけ煽られて放置されることの辛さを、今日は絶対に味わいたくない。だからこそ、多少痛みを感じたとしても、祐馬の雄が欲しかった。
「……戸浪ちゃん」
 躊躇しているような祐馬の声だ。そんな声など聞きたく無い。何故突っ走ってくれないのか、逆に戸浪は不思議だ。戸浪の方はこれほど求めているのに。
「いい。早く」
 戸浪は本当に怖かったのだ。
 放置されてしまった自分を想像して、快感ではない震えが全身を襲いそうなほどだった。それほど戸浪は飢えていた。祐馬も戸浪と同じであると思いたかった。
「……」
 祐馬はそろりと戸浪の両脚を抱えると、ゆっくりと己の雄を沈めた。じわじわと内部に進入してくる異物は、はち切れんばかりになっている。
「……っく」
 歯を食いしばり、戸浪は奥へと進む祐馬の雄を受け入れた。痛みと、喉から何かが迫り上がってくるような圧迫感が、戸浪の口から苦痛の声を漏らした。そんな戸浪の様子に気がついたのか、祐馬が腰を引こうとする。だが、戸浪は両脚を巻き付けて、躊躇する祐馬を許さなかった。
「駄目だ。良いから……」
「だけど……戸浪ちゃん苦しそうだから……。もう少し慣らしてからでも……」
「私に……そんな余裕は……ない」
「俺は戸浪ちゃんが気持ちよくならないセックスなんかしたくない」
 絡めた足を解こうとする祐馬に戸浪は声を上げた。
「頼むから離さないでくれ。私は……怖い」
 睨み付けるような瞳を祐馬に向けたが、涙がこぼれた。
「怖い?なんで?」
 身体を繋げたまま、祐馬は戸浪に顔を近づけた。
「……お前を失いそうだ……」
 如月はあれほど約束してくれたにもかかわらず、出世を選んだ男だった。だから戸浪は怖かった。祐馬は大丈夫。そう、いくら自分に言い聞かせても、幼なじみの里江と一体どういう約束をしたのか、聞かされていない戸浪だから、不安になって当然だろう。
 強引に聞き出して、それじゃあ仕方ないな……と、自分が納得してしまうかもしれない。戸浪が怖かったのはそんな自分の弱さだった。
「失うって?」
 祐馬は戸浪の不安などひとかけらも分からない表情で、こちらを見下ろし、頬に伝っている涙を指先で拭う。
「良いから、動いてくれっ!」
 瞳を閉じたまま、戸浪は哀願するように叫んだ。
「そんな顔で言われても……俺には無理だって」
 また腰を引こうとする祐馬に戸浪は腕を回して抱きついた。もう絶対にこの状態で離されたくなかったのだ。
「祐馬……頼む。私は怖いんだ……。怖くて仕方ない。あの男も約束してくれたのに私を置いていってしまった。お前にまでそんな目に合わされたら……私は……どうしたら良いんだ?」
「はあ?なんでそんなことを言うんだ?俺、戸浪ちゃんを置いていくようなことしないって。急にどうしちゃったんだよ」
 耳元で祐馬は慌てて言った。
「お前は……あの里江と約束をしたんだろう?何か……私に言えないことを……」
 言うつもりの無かった言葉を戸浪は感情にまかせて吐き出してしまった。後悔しても一度出てしまった言葉は引っ込めることが出来ない。
「……あ、う~ん。それで不安になってるんだ。大丈夫だって。明日、終わったら全部話すから……駄目か?」
「祐馬……どうして話してくれない?何故だ?お前が心の中で迷っているから答えが出せないんじゃないのか?だったら……」
「だったら何?むかつくようなことだったら言うなよ。俺だって戸浪ちゃんのこと一杯考えてるんだからな。俺のこと信じられないの?」
 顔色は分からなかったが、祐馬が酷く真剣な声で言っているのが戸浪に分かった。
「信じてる」
 戸浪は誰よりも祐馬を信じてる。
 それでも不安は心の中でとぐろを巻いて、戸浪を威嚇しているのだ。
「なら、明日まで待ってくれよ。戸浪ちゃんのこと本気で考えてるよ。俺なりに……さ」
 今度は優しい口調だ。
「祐馬……っ……」
 巻き付けている手に更に力を込めて戸浪は抱きついた。離れないように。離されないように。今、戸浪が出来ることと言えばそれだけだったから。
「んな、動いて良い?もう、俺、限界なんだけど……」
 祐馬は小さく笑った。
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