Angel Sugar

「沈黙だって愛のうち」 第12章

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 祐馬はその頃スーパーで大量の買い物をしていた。昼に使うだけの食材を買うつもりが、気がつくとカートに乗りきれないほど積み上げていたのだ。食にこだわるタイプではないのだが「兄ちゃん、これも買って行きなよ。安くしとくよ」などと声を掛けられると断れない。仕方なしにカートに乗せていくうちに山盛りの買い物になっていた。
 うわ……
 いくらかかるんだろ。
 カートを押しながら足りなければカードで支払うしかないと苦笑しつつ、キャッシャーの列に並んで自分の番が回ってくるのを待った。一人また一人と精算を終えていき、ようやく祐馬の順番が回ってきて、予想したとおり財布の中に入っている現金では足りずに、カードを使って払う。それらをまとめて袋に詰めること小一時間。半分引きずりながらも駐車場まで運んでトランクを開けた。
 だが既に何か大きな荷物が入っていて祐馬が買ってきたものが入らない。
 これ、戸浪ちゃんの荷物かなあ……
 赤い包みで包装された大きな荷物はリボンで飾られている。祐馬の誕生日はまだだったので、プレゼントとはいえ、自分に対するものではないだろう。では、戸浪は誰にプレゼントするつもりでこれを買ったのだろうか。
 昨日買い物に出かけたのはユウマの玩具を買うためではなく、実はこの為だったのだ。戸浪から、この品物について何も話がなかったところを見ると、隠しているに違いない。隠すというのは見つかると困ると言うことだ。だったら、誰のために戸浪は隠しているのだろうか。
 ぼんやり考え込みながら、ふと、中身が何か気になった祐馬は、分からないように包みを開けて見ることにした。もちろん、最初は戸浪に黙って開けることに少しばかり躊躇いがあったが、こんなところに隠す方が悪い。しかも可愛らしい包みが隠していますと言わんばかりにここにあるのを知れば、祐馬だって気が気ではなかった。もちろん、祐馬のことを戸浪が好きだと思ってくれているのは分かるが、うち明けてくれない隠されたプレゼントの存在を知ってしまったら放置など出来ないだろう。
 これが、恋人である祐馬の言い分だった。
 包みは開けたことが分からないように、テープの端を掴んでゆっくりと包みからはがす。しっかり張り付いた薄っぺらいビニールテープが指先に上手く引っかからない。かといって強引に引き剥がせば包み紙が破れて、祐馬が開けて見たことを戸浪が気がつくだろう。
 そうなったら、またぼこぼこにされるのは予想しなくても分かることだった。
 あんま、戸浪ちゃんのパンチ食らいたくないしなあ……
 なら、止めておけば良いのに、どうしても気になる祐馬はかなりの時間をかけてテープをはがすことに成功した。
 だが、包みから出てきたのは巨大な熊のぬいぐるみだった。しかも首の所に可愛らしいリボンが付けられていて、手足は可動式だ。
 呆然と熊のぬいぐるみを見下ろして、戸浪がどうしてこんなものを買ってきたのかを祐馬は考えた
 大地くんが欲しがったとか?
 この間のお礼?
 まさか、博貴さんに何かたきつけられたとか?
 たきつけられて巨大な熊のぬいぐるみを買うか??
 ……違う。
 大地君の家に行ったのは、戸浪ちゃんが買い物に出かけた後だよな。
 じゃあ……
 これなんだよ?
 両手で抱えてようやく持ち上げられるほどのぬいぐるみだ。しかも持てたとしても前が見えない程大きい。こんなものを欲しがっている親戚が戸浪の知り合いにいるなど聞いたこともないし、会話に出たこともなかった。
 グルグルと色々なことを考えていると、小さなカードが脇に転がっているのを見つけて祐馬は手に取った。そこには「祐馬君へ。何時もありがとう」と書かれていた。
 これ……
 俺に?
 俺にか?
 こんなでっかい熊?
 ……
 え~っと。
 もしかして、例の熊の代わりかなあ……
 急に照れくさくなった祐馬は頭をかきつつ、誰もいないのにもごもごと口の中で言葉を発した。あの熊の作戦は大失敗に終わったように思えたのだが、戸浪は気にいらない訳ではなかったのだ。
 以前あった、光る熊はつい先日祐馬が修理に出した。綺麗な姿で戻ってきたら戸浪が不在の時を狙って、またリビングにつり下げようと祐馬は考えていたのだが、折角戸浪が買ってきてくれたのだから、あの小さな熊はお役ご免なのかもしれない。
 この大きさは、きっとユウマの反撃に耐えられるようにと、戸浪なりに考えて選んだのだろう。だから巨大で、頑丈なのだ。
 手足が動くのだから、万歳をさせているときにエッチをやろうというお約束にしてもいいだろうし、この首についているリボンを合図に使っても良い。実際、どんな風に使うつもりなのかは、ぬいぐるみの存在を戸浪自身の口から聞いたときに決めたらいいのだ。
 なんか俺……
 嬉しいかも……
 戸浪も祐馬のことを考えてくれているのだ。それが分かっただけで祐馬はこの駐車場を走り回っても良いくらい嬉しかった。最近、冷たいそぶりが目立つ戸浪に、多少、不安が頭をもたげていた祐馬だった。だから愛情の再確認が出来たことで、ちょっぴり自信が戻ってきた。
 俺……
 愛されてるよな~
 ま、戸浪ちゃんは愛情表現が苦手だし……
 そんな戸浪ちゃんが俺は好きなんだし……
 あ……
 これ、包み直さないと……。
 急に我に返った祐馬は、そろそろと元通りに熊のぬいぐるみを包装した。随分と気を使って開けた為、元通りにすることは苦労しなかった。
 それが終わると祐馬はトランクを閉め、買い物の荷物は後部座席に積み上げて、運転席に座った。
 このぬいぐるみのことをいつ戸浪が話してくれるのかは分からなかったが、黙っているのが一番だろう。もしかすると、いつの間にかリビングのソファーに座っているかもしれない。
 なんか戸浪ちゃんって、年上なのに可愛いよなあ~。
 熊のことを知ったときには、戸浪が驚くほど祐馬は喜ばなければならないだろう。知らない振りをするのも恋人の役目なのだ。
 えへへ……
 どう考えても照れくさいな……
 バックミラーに映る自分の顔を眺めてみると、顔がにやけたまま戻らなかった。こんな顔で帰ると、戸浪が不審に思うだろうと、何度も頬を叩いて平静な表情に戻してから祐馬は車を出した。
 それにしても、里ちゃんのことをどうするかな……
 来週末に会うのは良いんだけど。
 姉ちゃんも姉ちゃんだよ……
 俺のことは放って置いてくれたら良いのに……
 舞が祐馬のことを心配してくれているのも分かる。可愛がってくれているのも分かる。とはいえ、祐馬は既に成人して、立派な大人だと思っているのだが、いつまで経っても舞は祐馬のことを子供扱いするのだ。東都のアメリカ支社にいた頃も、週末何度となく呼び出され、そのたびに小言を言われ続けていたのだから、逃げ出したくなるのも仕方ない。
 実際、東都のアメリカで働くのが嫌だと言うより、舞の監視の目が光っているのが嫌だったというのが正しい。もちろん出世になど祐馬は最初から興味が無かった。
 両親からは良く、舞の性格と祐馬の性格が逆転していたら、出世頭になっただろう……と言われるほど舞は行動派だった。リーダーシップを取るのが上手く、世渡り上手で、頭の回転が速い。逆に祐馬はそれら全て、正反対の性格をしていた。
 だからといって舞に祐馬がコンプレックスを感じたわけではなく、姉さんはすごいなあ、と、思うだけだった。自分は自分。姉は姉。小さな頃から祐馬はマイペースだったのだ。
 とはいえ、男社会でリーダーシップをとる限界を感じた舞は、将来有望だと言われていた秀幸と結婚した。愛情もあっただろうが、舞はその辺りも抜け目がなかったのだ。
 自分に出来なかったことを、今度は夫に求めたのだからさすがとしか言いようがない。
 そんな生き方はことのほか疲れるだろうと祐馬は思うが、舞は、秀幸が認められトントン拍子で出世する姿を、まるで自分のことのように喜ぶ。秀幸のためにホームパーティを毎月開き、役員達の妻を集めてサポートするのだ。秀幸も妻の舞に満足しているようだから、あれはあれで良い夫婦なのだろう。
 祐馬はささやかに戸浪と暮らせたらそれで良かった。出世を狙うと敵も増える。いろんな事に気を回さなければならない。仕事がそれなりに出来たら、無理に上を目指さなくても、ごくごく普通の出世は望めるだろう。
 祐馬はそれで満足だった。
 戸浪もあまり出世には関心が無いタイプだ。似たもの同士くっついているのだから文句など言わないで欲しいのだけれど、舞は昔から祐馬に抱いても無駄な期待をしているのだ。
 いや、過大な期待と言った方が良かった。
 そろそろ分かっても良いと思うんだけどなあ……
 日本にまでやってきた舞のことだから並大抵のことでは諦めないに違いない。汚い手は使うことは無いだろうが、あまり戸浪に迷惑を掛けたくないから自分で解決してしまおうと考えていた。
 里江と会って、きちんと話せば良いのだ。それで終わる。祐馬が決めたことだから里江がごり押しすることはないだろう。里江は姉とは違って、話せば分かるタイプだったから。
 来週会って、里江に全てを話し、帰ってもらう。全部終わってから戸浪に話せば良い。渦中に巻き込んでしまうと、元々深く思い悩む戸浪であったから、終わるまでの間ずっと落ち込むに違いない。そんな戸浪を毎日見るのが祐馬は嫌だったのだ。
 だから祐馬は、今、話さないことにした。
 そうして別なことに気を向けてもらうために、兼ねてから気になっていた味覚音痴の話題を出したのだ。都合の良いことに大地から振ってくれたから祐馬も話題として戸浪に話しやすかった。
 戸浪の味覚が戻ったら、色々な店に連れて行ってやろうと祐馬は決めていた。何か美味しいものを食べ、にこやかな表情をする戸浪の笑顔は格別に違いない。現代医学はめまぐるしい勢いで進んでいるからきっと戸浪の病気も治るだろう。
 祐馬はいつの間にかまたニコニコとした顔で車の運転を続けた。
 その日は祐馬の機嫌が良いこともあって、殴られることもなく穏やかに過ごすことが出来た。戸浪の方も落ち着いていて珍しく機嫌が良かったのが不思議な祐馬ではあったが、エッチだけは希望通りにいかなかった。
 熊さえ設置されればそれも解消されるに違いない。
 この耐える辛さも数日で終わるだろうと、楽観していたが、週が開けて戸浪の方に今度は問題が持ち上がった。



「見合いですか?」
 部長の柿本に呼ばれ、打ち合わせ室で話を聞いたところ、いきなり見合い話を切り出された戸浪は驚いた。今まで一度たりともそんな話をされたことが無かったのもあるが、相手が柿本であったから余計だった。
「私も断れない相手から頼まれてね。こっちも驚いたよ。昔から付き合いのある友人からいきなり部下に澤村戸浪という男性はいないかと聞かれたんだ。断ってもいい話だから私の顔を立てて、会うだけ会ってみてくれないか?」
 柿本は申し訳なさそうな表情で戸浪に言う。色々世話になっている柿本であるから戸浪も断れそうになかった。
「断りますが……会うだけなら……」
「そうか。ああ。良いんだよ。会うだけで良い。向こうも誰か断れない相手から頼まれたらしいから、困っていたようなんだ。私も君が首を縦に振ってくれなかったらどうしようと本気で悩んだよ。色々世話になった相手が持ってきた話だったからね」
 向こうも頼まれた?
 なんだか妙な感じであったが、柿本から手渡された釣書を見て戸浪は目が点になった。
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