「秘密かもしんない」 第2章
兄弟で久しぶりに騒ぎ、お開きになったのは十時前だ。本来ならもう一件という事になるのだろうが、お子さまの大地にあわせ、その時間にお開きにされたのだ。
戸浪はタクシーを拾い、先に大地を送ると早樹と帰っていった。
戸浪にい……
大変だろうなあ……
申し訳ないと思いながら、タクシーが見えなくなるまで大地はその場で見送り、自分もマンションに入った。
俺だって飲めるのに……
折角お酒を飲めると思ったのだが、兄二人はそれを許さなかったのだ。その為一人オレンジジュースを飲んでいた大地は機嫌が悪かった。歳が離れすぎているとはいえ、いつまでも子供扱いをされるのは堪らない。
ま……
確かに未成年だから仕方ないんだけど……
会社の飲み会も今のところ誘われることが少ない。それは大地がまだ二十歳を越えていないからに他ならない。
「ちぇ……俺だって社会人だっての……」
マンションのキーを手の中で弄びながら一人きりのエレベーターの中で大地は呟いた。
軽い揺れと共にエレベーターが止まると、最上階に付いた。大地はいつものようにポーチを歩き自分のうちである玄関の扉を開けた。すると博貴が帰っているのか、靴がきちんと並べられてそこにあった。
大地は自分も靴を脱ぐと、スリッパを履き、ペタペタと廊下を歩いた。多分博貴はリビングにいるだろう。そこでくつろいでいる筈だったのだ。
リビングの扉は上部がガラスになっており、リビングの内部が見渡せる。その扉を開けようと手を伸ばした大地であったが、博貴がテレビをじっと見ているのが分かりノブを回す手が止まった。
何を見てるんだろう……
手にはビデオを操作するトランスミッターを持っている。
ビデオ……
あ、そう言えば……
昼間来ていたビデオを博貴が見ているのだろうか?
ちらとリビングにあるローテーブルの方を見ると、昼間持って上がった封筒が開けられていた。その隣りにビデオが入っていたであろうケースが空で置かれている。その事から今見ているのは例の差出人の書いていない封筒に入っていたものだ。
……ったく……
俺が居ないと思ってこそこそしてるんだな……
くっそ……むかつく……
エロビデオだったら殴ってやるからな……
大地は博貴に気付かれないように音を立てずに扉を開け、そろそろと博貴に近づいた。丁度博貴がテレビ画面の前に座っているのでどういうビデオを見ているのかは分からない。だが大地の気配に全く気付かないのだから余程集中しているのだ。
「大良……俺に隠れて何を見てんだよっ!」
座っている博貴の後ろから首に腕を回し、羽交い締めのような格好で大地はそう言った。
すると、テレビ画面がようやく見えた。そこには信じられない光景が映っていた。
「だっ……大ちゃんっ……」
酷く驚いた博貴が声と同時に、テレビの電源を切った。だが大地は一瞬だったがはっきりと画面が見えたのだ。その内容が信じられず、ただ茫然と消えた画面に視線が張り付いていた。
「……今、帰ってきたんだ?驚いたよ……」
そう言った博貴の声が大地には随分と遠くから聞こえた。
「……んだよ……今の……」
声を震わせながら大地はそう言った。もしかすると博貴に廻している手も震えていたのかもしれない。それを思わせるように博貴の手がやんわりと大地の手を掴んで撫でていたからだ。
「……うん……昔のね……」
博貴はそう言って問題のビデオをデッキから取り出した。
「……昔……っ……昔って、何時を昔って言ってるんだよ。先週か?それとも一ヶ月前の事か?それに……お前……そんなもん撮る趣味があったのか?」
「君と出会う前の昔だよ。それにね、私が撮った訳じゃない……。隠しカメラか何かだろう……。こんなものがあるなんて私だって思わなかったんだしねえ。……嫌がらせで送ってきたんだろう……」
苦笑しながら博貴はそう言ったが、大地は笑う事など出来なかった。
「お前……何で笑えるんだ……?」
「笑う以外出来ないからね……」
博貴はそう言って回されている腕を解き、大地の方を向いた。その博貴は困ったような顔をしていたが、意外に平静だった。取り乱しているのは多分大地だけなのだ。
「だって……それ……お前……っ……」
ウッと胸が詰まった大地はそこで涙が落ちた。
「……大地……」
博貴がそう言って延ばしてきた手を大地は払った。今は何を言われても多分耳には入らない。それほど大地はショックを受けていたのだ。
「……良く……そんなもん……お前見られるよな……。昔だから?もう過去のことだから、お前は納得して楽しめるのか?」
「あのね、内容は分からなかったんだよ。だから確認するのに見ていたら大地が帰ってきたんだ。別に楽しんでいたわけじゃない」
宥めるように博貴はそう言った。
「かせよ……」
大地は涙も拭わずにそう言った。
「……見たいのかい?」
淡々と博貴は言う。
「……良いから貸せよっ!」
激しい勢いで大地が言うと、博貴は手に持っていたビデオを大地に差し出した。
「君が捨てても構わないけど、中身が分からないようにしてくれよ……」
言って博貴は立ち上がると、リビングから出ていった。大地は渡されたビデオを持ったままその場に座り込み、その視線は知らずにビデオに注がれている。
なんで……
こんなもんがあるんだ?
黒光りしているプラスティックの表面が、大地には異様に冷たく感じた。
俺……
ビデオ持った手を一旦振り上げたが、結局床に叩き付けることも出来ず、手が下がった。
「う……うう……っ……」
大地は俯いたまま涙が又零れた。
ビデオには博貴と見たことのない女性がベッドで淫らに抱き合う姿が録画されていたのだ。
いつまで経っても大地は寝室には来なかった。下手に宥めると余計に大地を傷つけることが博貴には分かっていた。そうであるから、もう一度リビングに戻り、大地と話しをする事が出来なかった。
今は何を言っても取り繕っているようにしか聞こえないだろう。
大地がこのビデオに映っている内容は過去の話しなのだ。……と、自分自身で理解して貰わなければどうにもならない。
どうして今頃ああいうものが送られてくるんだ……
溜息をつきながら博貴はベッドに寝転がると天井を仰いだ。
今更どうしたいんだ?
それにしてもタイミングが悪かったと博貴は思った。博貴が帰ってきたのは大地よりほんの少し前だったのだ。怪我をした後輩のホストを病院に連れて行き、その後輩がお礼だと言って食事をおごってくれた。その為、帰宅がこんな時間になったのだ。
そうして帰ってくると、妙な封筒がリビングのローテーブルに置かれていた。自分宛でしかも差出人がないその封筒にはビデオが入っていたのだ。
不審に思いながらもビデオをセットし、再生して見ていると大地が帰ってきた。
こちらも今頃どうしてこんなものが……と、いう驚きで、後ろから近寄る大地の気配などこれっぽっちも気付かなかった。
はあ……
自分が傷つくことが分かっていながら……
大地はあれを見るのだろうか?
それを思うと博貴も辛かった。だがあのビデオを渡さずに博貴が処分したとすると、必ず大地は誤解すると思った。まだ、どれだけ恥ずかしくても全部大地に見て貰う方を博貴は選んだのだ。
よく見れば、博貴が今より若い顔をしているのが分かるはずだ。あれは丁度博貴が大学生の頃のものだからだ。ただし、今とそれほど髪型が変わらないのがネックかもしれない。あの後、一度短くし、また今の様な髪型に戻したのだ。
間が悪いときは全てがマイナスに働くのだろう。
あの頃から博貴は既にホストとして働いていた。その為、博貴自身の雰囲気は今とそれほど変わらない。それも気を揉む原因になっている。
だが、大地は本当に見てくれるだろうか?
幾らなんでも博貴から見てくれとは言えない。それを押しつけることも絶対出来ないのだ。
ジレンマだ……
博貴は目を閉じて何度目か分からない溜息をついた。
大地の性格を考えると、そのまま捨ててしまいそうな気も博貴にはする。誤解したまま捨てられるのが一番博貴は困るのだが、こればかりは幾ら考えてもどうにもならないことだ。
結局、何時まで経っても大地は寝室に来なかった。
日勤の大地は翌日、朝からぼんやりと過ごしていた。鞄には例のビデオが入ったままだ。何故鞄に入れて持ち歩いているか自分でも分からない。昨晩は結局見る勇気が起こらなかった。かといって自宅に置いたままにする気にもなれず、大地は鞄に入れて持って来てしまったのだ。
はあ……
泣いた瞳が真っ赤になっている。同僚であるおじさん達が心配していたが、理由など話せる訳がない。
今朝は早めに出ることで、博貴と会話する時間を大地は故意に作らなかった。顔を合わせたところで何を話して良いのか分からないのだ。
俺は……
知っていたようであいつのこと何も知らない……
大地がたどり着いた答えはその事のみだった。確かに博貴の両親のこと、そして異母兄弟のこと、それにまつわる話しなど色々知っている。
だが大地は博貴がどういう女性遍歴を持っていたのかは全く知らないのだ。
違う……
俺が聞きたくなかったんだ……
聞いてショックを受けるのが恐かった。
過去の事を幾ら聞いても仕方がないのもあるのだが、一番の理由はそこにあった。
だから約束させたんだ……
抱くのは俺だけ……
愛してると言うのも俺にだけ……
その約束が守られていると信じている。それは希望だった。そうでも思わないとホストとつき合えるわけ等ない。
綺麗な恋愛ばかりしてきたとは思えない。真面目に過ごしてきたと博貴も言わない。それは自分で分かっているからだろう。
だから聞かない。
最低な奴だと思いたくないからだ。そう思ってしまうと、博貴とは一緒に暮らすことは困難になってくるはずなのだ。
大地自身が潔癖な部分を持つのもある。恋愛に対してドロドロとした経験がない。理想を掲げるつもりはないが、やはり生きてきた環境と年齢の差から生じる経験の数などが、どうしても博貴と食い違う部分を作ってしまう。
俺は……
何が過去にあったとしてもあいつを責める事はないと思う。
だけど……
それとこれとは違うんだ……
もし女性に対して最低な男だったら……
金のために女を弄んでは居ないとどうして分かる?
過去してきたことを全て母親のことで精算できるのだろうか?
俺は今までそれで納得してきた。
だが本当の事を知らないからだ。
知らないから許せてきた。
知ると許せなくなるかもしれないから聞かなかった。
……
「はあ……」
大地はことさら深く溜息をついた。
「澤村君、そろそろ昼時だろう。先に昼ご飯食べておいで……」
モニターをチェックしていた中村さんがそう言った。
「え……あ……」
時間を確認するとそろそろお昼休みの時間だった。
「俺……じゃあ先に飯食ってきます」
中村にそう言って大地は自分の鞄を持ち警備員の詰め所を出るとそのままビルからも出た。
周囲は川沿いにビルが立ち並ぶ場所で、その川沿いには木が沢山植えられている。大地はそこを歩きながら人が居ない川縁を見つけた。
見ても仕方ない……
持ってきたビデオを鞄から取り出すと、大地はテープを引っ張り出し、二度と再生出来ないようにすると川へ投げ捨てた。昨晩遅くに雨が降ったせいか、川は増水しており、ビデオはすぐに水没した。
……だってな……
一体誰が見られるんだ?
俺には無理だ……
だって俺は……
ビデオが水没した先を大地は、ただじっと見つめることしかもう出来なかった。
夕方仕事が終わった大地は結局、自分のマンションに戻ることが出来ずに、いつの間にか戸浪の住む、祐馬のマンションにやってきた。
「あれ……大地君……どうしたんだい?」
祐馬が玄関を開けてそう言った。
「あ、うん……戸浪にいいるかなあ……」
「もう一人のお兄さんはいるよ。戸浪さんは多分もう少ししたら帰ってくると思うから、上がって待ってるといいよ」
戸浪さんって……
気持ち悪い……
大地はそう思いながら、とりあえず祐馬に笑みを浮かべて「済みません。待たせて貰います」と言った。
「でも早樹さん。今取り込み中だからなあ……」
玄関の扉を閉めながら祐馬はそう言った。
「取り込み中?」
「リビングに行ったら分かるよ……」
祐馬はそう言って笑いを堪えた顔をした。
「……ふうん……」
早樹さんって……
あ、そうか……
俺の兄ちゃん二人いるから名前で呼んでるんだ……
でも……
戸浪さんは気持ち悪い……
かといって戸浪ちゃんって言われるのもな……
複雑な気持ちで大地が祐馬に促されるままリビングに案内されると、兄の早樹はソファーの上で何故か猫と睨み合っていた。
「……兄ちゃん……」
「あ、大、この猫凶暴だぞ。近寄らない方が良い」
早樹は大地を見ると慌てたようにそう言って、ソファーに座り直した。
「……凶暴って……」
と、大地が言うと、その黒い猫は「にゃああん」と可愛い声を上げて、大地の足に身体を擦りつけてきた。
「……なんだその態度は……」
早樹が呆れた風にそう言った。
「この猫は戸浪さんのようなタイプしか駄目みたいですね……」
祐馬は大地の隣に立ち、そう言った。
「凶暴じゃないよ……」
大地は足元に絡まってくる黒い猫を抱き上げ頭を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「……なんて猫だ……」
早樹は呆れた風にそう言った。
「何……早樹にい嫌われたの?」
大地は猫を腕に抱いたまま、早樹の隣に座ると、猫は早樹に向かって「ウー」と威嚇した。
「私は何もしていないぞ。ただ、どうも嫌われたようだ……」
苦笑して早樹はそう言った。
「早樹さんが、戸浪さんに色々話しをされるからですよ……」
やはり苦笑しながら祐馬がそう言った。
「色々って……何?」
と、大地が言ったところで、抱いていた黒猫がパッと飛び降り、走っていった。
「あ、戸浪……さんが帰ってきたんだ……」
祐馬は本当に嬉しそうにそう言って、黒猫の後を追っかけていった。
「すごい……お出迎え猫だ……」
大地はリビングの入り口の方を見ながらそう言った。すると早樹の溜息が聞こえてきた。
「あの猫は戸浪が特別らしいんだよ。それでなあ、昨日戸浪に少々説教じみた話をしてだ……それからあの黒猫に私は嫌われてしまったんだよ」
困惑したように早樹がそう言った。
「早樹にい……冗談だろ?そんなの聞いたことないよ」
「冗談なんか言わないぞ」
早樹は逆にムッとした顔で言った。
「ああ……大も来ていたのか。じゃあ夕飯はみんなで食べようか……なあ、三崎さん」
戸浪がいつの間にかリビングの入り口から入って来た。その腕には先程の黒猫が大地に抱きかかえられていた時よりも満足げな顔で抱っこされている。
マジ……
あの猫戸浪にいだとすっげー愛嬌あるみたいだ……
でも……
三崎さんって……
うえ……こっちもさんづけだよ……
「じゃあみんなで食べられるものを作りましょうか……」
嬉しそうに祐馬はそう言った。
「あの……俺……っ……」
夕食の事より大地は戸浪に話が合ったのだ。
「ごめん……戸浪にい……ちょっと話しあるんだけど……」
そう言って大地が立ち上がると、戸浪の視線がこちらを向き、次に意味ありげに祐馬に視線を向けた。すると祐馬は、「大地君は料理が上手いから、戸浪さんと作ってもらいましょうか……。じゃあ俺と早樹さんで、夕食の準備が出来るまで、あのゲームの続きをしましょうよ」
気をつかってくれたのか、祐馬はそう言った。
「……私も手伝うが……居候の身だからな。何でも出来るぞ」
言って立ち上がる早樹に戸浪は慌てて言った。
「兄さんはお客さんなんですから、三崎さんの相手をしてあげてください。私はゲームが苦手で、いつも相手が出来ないんですよ……」
「そうか……お前がそういうなら……」
早樹はそう言って、やや怪訝な顔を戸浪に向けた。
「大、じゃあキッチンに行こうか……」
妙な雰囲気を気取られるのを恐れたのか、戸浪はそう言って大地の手を掴み、引きずられるようにキッチンに連れて行かれた。
「で、あの男と何かあったのか?」
スーツの上着を脱ぎ、背もたれにそれを引っかけると、戸浪は冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出した。その戸浪の逐一を黒猫は目で追っていた。
「……なんで分かるんだよ……」
大地は猫から視線を戸浪に戻し、棒立ちのままそう言った。
「ああ……大、椅子に座ると良いよ」
ペットボトルをキッチンテーブルに乗せ、戸浪は今度コップを二つ同じように机に置いた。
「あ……うん」
戸浪に促されるまま大地は椅子に腰をかけた。その前に戸浪は先程出したコップの一つを移動させ、麦茶をついだ。
「お前が妙に思い詰めた顔をしているからすぐに分かったよ……」
戸浪は大地の分を入れ終わると、今度は自分のコップに麦茶を入れてそう言った。
「……俺……聞きたいことあるんだ……」
両手でコップを挟んで大地は言った。
「聞きたいこと?」
戸浪は不思議そうな顔をして椅子に座る。
「うん……」
コップの側面から冷たい麦茶の感触が伝わり、何となく昨日のビデオを持った瞬間を思い出した大地は、コップから手を離した。
「あのさ……戸浪にいって……三崎さんの……その……過去の女関係ってどれだけ知ってるの?」
大地がそういうと、戸浪は飲んでいたお茶を吹き出した。
「うわっ……ごめん兄ちゃん……」
「……げほっ……げほ……お前……いきなりそれはないだろう……」
咳をしながら戸浪はそう言った。
「……ご……ごめん……」
「いや……良いんだ……気にするな……」
戸浪は笑いながらそう言った。
「それより、なんだ……今頃お前の恋人の過去が気になりだしたのか?そんな話はとうに済んでいるとばかり思っていたが……」
そう言った戸浪の膝に猫が乗っているのか、何故か手だけがテーブルの上を彷徨っていた。
「こら……あ、気にするな。で、話だ……」
戸浪は猫の頭をぽこんと叩いたようで、テーブルの上に出ていた手は引っ込んだ。
「うん……実はさ……」
ピンポンピンポン……
「誰か来たみたいだけど……」
大地は落ち着かなくなってきた。ゆっくり戸浪と話そうとしても何だかそれが出来ない雰囲気なのだ。
「ああ、宅急便か何かだろう……祐馬が出てくれるよ……」
と、戸浪が言ったところで、廊下を走る音が聞こえた。多分祐馬が玄関に向かって走っているのだろう。
「……で?」
じっと戸浪に見つめられた大地は、言葉に詰まった。
どうしよう……
大良の話なんかしたら……
それもあんなビデオの話を相談したら……
兄ちゃん切れそう……
勢いで俺、ここに来たけど……
話したら駄目なのかもしれない……
「……え……あ~うん……」
「なんだ……そんなに言いにくいことなのか?」
心配そうな戸浪の表情が益々大地の口を重くさせた。
でも俺……
兄ちゃんしか相談できないし……
「あの……」
と、大地が話そうとした瞬間、祐馬がキッチンに走り込んできた。
「戸浪ちゃん……っ!じゃないっ、戸浪さん、ちょっと!」
「さっきからお前は何をバタバタしてるんだっ!もう少し静かに出来ないのかっ!」
戸浪はやおら椅子から立ち上がってそう祐馬に怒鳴った。
うう……
兄ちゃんマジギレ……
「だって……お客さんが来てる……」
「客の予定なんか……」
と言った戸浪の視線が大地の方を向いた。
「え?何?」
「そうそう。お客さんって……大良さんが来たんだ。大ちゃんがお邪魔してませんかって……」
祐馬はそう言って笑った。だが大地は笑えなかった。
「あれ?どうしたんだ……?」
大地が沈黙していることに気が付いた祐馬はそう言って戸浪の方を向いた。すると戸浪が一発殴ったようだった。
……俺何やってるんだよ……
人様なんか巻き込んじゃ駄目なんだ……
これは俺と博貴の問題なんだから……
「俺……帰るよ……」
大地はそう言って椅子から立ち上がった。
「大……良いんだよ。私が大地は来ては居ないと言って来るから……」
そういうと祐馬が肩をすくめた。
「……いるって言っちゃったよ……」
「お前という奴は……さっきの意味ありげな視線で分からなかったのか?お前がすんなり私達に夕食を任せてくれた事で気付いてくれたのだと思ったんだがな……」
「……そゆのは俺……ごめん……」
祐馬の言葉に戸浪が睨みを利かせたようだ。
「あ、いいんだ……俺、大良と帰るから……気にしないでよ……」
ただでさえ、戸浪達に早樹を押しつけた後ろめたさがある大地は、これ以上甘えることに罪悪感を感じたのだ。
「大……良いんだ。この馬鹿は放って置いてな。で、本当に兄ちゃんが大良さんに話を……」
と言ったところで玄関から怒鳴り声が聞こえてきた。
それは早樹の声だった。