Angel Sugar

「秘密かもしんない」 後日談

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 博貴に話すのを忘れていたことがあった。
 早樹が今日、横浜港から出港するというので見送りに行くため、今、博貴の運転する車で港に向かっていたのだ。そこで大地はウサギのことを切り出したのだ。
 仕事に戻るまで早樹が自分で面倒を見ると言い張ったため、今日大地はウサギを預かる事になっていたのだ。
 その話を博貴に道すがら大地は話した。
「ウサギ?」
 やはりというか、予想されていたように博貴は大地がウサギのことを話すと驚いた顔を見せたのだ。
「……うん。飼っても良いよな?」
 良いかなあ……ではなく、良いよなとでも言わなければ、博貴がうんと言ってくれないと大地は思った。
「……大ちゃん……私は動物は……その……苦手でね……」
 明らかに嫌そうな顔で博貴はそう言った。
 やっぱり……
 この顔で動物を可愛がる姿を想像できなかったが、やはり博貴は苦手だったのだ。とはいえ、それが条件で早樹が博貴とのことを許してくれたようなものなのだから今更飼えないとは言えない。
「早樹にいの条件なんだよ……。博貴が動物を可愛がる人間なら信用できるって事だと思うけど……」
 乾いた笑いで大地がそういうと、博貴はこちらに聞こえるような声で溜息を付いた。
「それもウサギ……」
 呟くように博貴はそう言った。
「……ウサギが嫌いなのか?」
「そうだ、大ちゃん。まるまる太らせて、大ちゃんが料理してくれたら良いんだよ」
 と言った博貴がまじめな顔をしていたために大地は頭を殴った。
「いい加減にしろよ……ペットのウサギだぞ。食用じゃねえ」
 ムッとした顔で大地が言うと、博貴は困惑した顔で片手で頭をさすっていた。
「……それで……飼うのかい?」
 不満げな声で博貴はそう言った。
「飼う。お前がなんて言っても俺は飼うからな……」
 大地は最後には無理矢理そう言って博貴を黙らせた。

 港に着くと、既に戸浪達が来ており、早樹と話しをしていた。その早樹は腕の中にウサ吉を抱っこしている。
 ああもう……
 よっぽど気に入ってるんだ……
 大きな体に抱き上げられているウサギはただでさえ小さく見える。その妙に笑いを誘う姿に、他の隊員が笑いを堪えるように見ながら通り過ぎていく。
 早樹にい……
 恥ずかしいとか思わないのかなあ……
 思わないんだろうなあ……
「大っ!」
 早樹がこちらに気が付き、手を振った。それに応えるように大地も手を振り駆け寄った。が、博貴はのそのそと歩いて気が乗りしないようだ。
 そんな博貴を無視し、大地は先に合流した早樹に言った。
「早樹にい……気を付けてね」
「ああ、毎度の事だ。それに私は海が好きだから……」
 日に焼けた顔で笑う早樹は男らしく大地には映った。
「そうそう、ウサ吉頼むからな……」
 言いながら早樹は後ろ髪を引かれるような顔で大地にウサ吉を差し出した。
「うん。大切に飼うから……」
 ふかふかの毛を撫でながら大地はそういうと、ウサ吉はブブブと鼻を鳴らした。
「弟を泣かしたら、太平洋に沈めてやるからな。覚悟しておけよ」
 早樹は次に祐馬に向かって、そう言ったが、祐馬は苦笑して頷くだけだった。
「……なんか……俺から見てると、戸浪にいの方が泣かしているような気がするんだけど……」
 ははと笑って大地が言うと、戸浪に睨まれた。祐馬の方は苦笑いしている。
「こんにちは……早樹さん。お気をつけて……」
 ようやくやってきた博貴が営業用の顔で笑って言った。
 胡散くせえ笑顔……
 そういう営業用は止めとけって言ったのに……
 だが博貴からすると精一杯のものかもしれないとも大地は思った。
「君の所にウサ吉を預けるが、また元気にしているか上陸の度に寄らせて貰うからな。もしウサ吉が酷い目に合っていたと分かったら、大とのこともウサ吉のことも許さないぞ」
 どうしてそこにウサ吉が入るのか大地には謎だったが、博貴は相変わらず営業用の笑顔でニコリと笑って言った。
「大丈夫です。大ちゃんも、ウサ吉も私が幸せにしてみせますから」
 嘘付けーーー!
 こいつやっぱり嘘つきだっ!
 さっきまでまるまると太らせて料理しろとか言ってた奴が本気でウサ吉を大事にする訳ないだろうっ!
 とはいえ、もちろん声には出せない。
 取り繕うような笑いを大地も表情に浮かべ、その場を収めた。
「じゃあ……私達はこれで……」
 戸浪がそう言って、早樹に軽くお辞儀する。
「元気でな……」
 早樹は少し寂しそうな顔をしていたが、目元を細めて二人を見送った。大地も戸浪の言葉に乗じて、
「じゃあ兄ちゃんまた~」
 と、言って手を振り、その場を後にした。
 問題はそこからだった。

「大ちゃん……あれ見て……」
 車を動かそうとしていた博貴がいきなりそう言った。大地の方はウサ吉の方をニマニマとした顔で見ながら、毛を撫でていたのだが、本当に驚いた博貴が言ったものであるから思わず顔が上がったのだ。
「……え……何……。うわっ!どういうことなんだよ……」
 大地は思わず、窓から顔をだし、今別れた筈の早樹の方を向いて視線が固まってしまった。
 早樹と何故か話し込んでいたのは真喜子だったのだ。
 その上、とても嬉しそうに、しかも親密な感じで二人は話しをしていた。
「……もしかして……私達の知らないところで会っていたのかもしれないねえ……」
 博貴が溜息混じりにそう言った。
 みんな秘密があるんだろう……
 大地はそう思うことにして、ウサ吉の長い耳をひたすら撫でていた。

―完―
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