Angel Sugar

「秘密かもしんない」 第17章

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「馬鹿ねえって……」
 博貴はその言葉に苦笑するしかなかった。
「だって馬鹿じゃない。それじゃあ大ちゃんも嫌になるわよ……」
 不吉なことを真喜子は言った。
「大地……そんなことを真喜子さんに言ったのかい?」
「言ったわよ~。どうする光ちゃん。大ちゃんに振られちゃうかもね」
 真喜子はクスクスと笑った。だが博貴にとっては笑い事ではないのだ。自分が想像していた方向とは全く違ったからだ。
「そ……それはないだろ?幾らなんでも……私は別に大地と別れるつもりで言った訳じゃない。そのへんはハッキリ私も大地に言ったよ」
「大ちゃんって根が単純なのよねえ……。貴方が言うこと真に受けちゃう事考えなかったわけ?貴方狡いわよ。どうして貴方の事なのに、大ちゃんに全部押しつけてるの?貴方は何か努力した?大ちゃんは一生懸命努力してるのに……。いっそのことふられちゃえばぁ?」
 あははと笑って真喜子は言った。
 ふられちゃえばって……
 そんな簡単に言わないで欲しいよ……
「……真喜子さん私を苛めてるでしょ」
 横目で博貴は真喜子を見たが、相変わらず表情はにこやかだ。
「だからさっきから言ってるでしょう。苛めているのは貴方だって。それを何血迷ってるのって言いたいのは私なのよ。で、結局、大ちゃんに逃げられてるじゃない。なっさけないわねえ……」
 本当に呆れたような真喜子の口調であった。
「……私は……あれで良かったと思ってる。だってねえ、私に何が出来るんだい?大地の兄さんは堅物だし……私のことを見た目で判断しているし……まあ……確かにそう思われても仕方ない生き方をしてきたことは認めるよ。だけど結局は大地が納得してくれないと私にはどうしようもない。私は大地に考える時間を上げただけだよ……。それでどうしても私を許せないと思うなら……仕方ないのかもしれない……」
 博貴の本音だった。
 ただ一つ違うのは博貴には大地を手放す気はないと言うことだった。
「ふうん……」
 真喜子は訝しげな目線を送ってきた。
「なんだい……その目は……」
「口が上手いなあって。そうやって自分を取り繕っているうちは貴方もまだまだよね」
 次ぎに真喜子は口元だけで笑う。
「……それで、その……大地は何を君に相談したんだ?教えてくれないのかい?私は自分のことを正直に言ったよ。そのご褒美は貰えないんだ……」
 それが今の博貴には一番知りたいことであったのだ。
「……う~ん……大したことじゃないわよ」
 言って真喜子は微笑む。その微笑みはまるで悪女そのものに博貴には見えた。
「じゃあ教えてくれても良いだろう……?」
 ここで真喜子の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。博貴はどうしても大地が何を相談したのか聞きたかった。
「頼むよ……」
 両手を合わせて更に博貴は真喜子に頼んだ。
「……そうね。大ちゃんね。貴方のことでとても悩んでいたわ。多分大ちゃんがものすごく真っ直ぐな子供だから悩むんだと思う。私だったらきっとそうたいして悩まないと思うの。それは多分、大ちゃんが大人の経験を積んでいないからだと私は思うわ。でもあれが大ちゃんなんだもの……仕方ないわよね」
 真喜子は水滴の付いたグラスを掴んで、一口御茶を飲んだ。
「貴方が昔酷い男だったって言うことも重要だけど、今も貴方に女の影があることの方が大ちゃんは悩んでるわ。で、本当の所どうなの?貴方大ちゃんが居ながら他の女にうつつを抜かしたわけ?」
 非難するような真喜子の声に博貴は信用されていないんだなあと思わず思ってしまった。
「まさか。ほら、真喜子さんも知っている人だよ。私が一時期付きまとわれてほら……あの……利香子だよ。また男に振られたみたいで……嫌がらせに過去のビデオを送ってきたんだって……」
 博貴がそういうと、真喜子が目を見開いた。
 利香子のことは真喜子も知っているからだ。今の博貴にはそれだけが救いだった。
「……確か……随分前だけど……店で暴れたって言う……あの利香子?」
 真喜子は思い出すように目を泳がせて言った。
「そうだよ……また振られたみたいで舞い戻ってきたんだ……。その彼女が昔こっそり撮った私と自分のベッドシーンのビデオを送りつけてきたんだ。まさに嫌がらせだよ。それを大地が見たって訳だ……」
 はあと溜息をついて博貴は言った。
「……あららら……」
「あららで済まないんだよね……ほんと」
「でもそれって身から出た錆っていうのよね」
 また笑いながら真喜子は言った。笑われる覚えはないのだが、確かに笑うしかないだろう。
「錆って……はあ……。それにね、大地、本当に悩んでいるんだよ私の事で……。聞きたがるかと思ったんだけど、逆だった。話して聞かせようとしても、拒否されてね。その上大地の仲の良い友人に私のことを愚痴っていたし……。まあ……愚痴るのは構わないんだけど偶然それを聞いてしまって……。かなりショックはショックだったよ……。もちろん私が悪いんだから当然だと言われたらもう言い返す言葉はないんだけど……」
 博貴は俯き加減にそう言った。
 連絡のない大地が今何を考えているのか博貴にはさっぱり分からない。このまま戻って来ないのではないかと不安になる。つい先日、荷物を取りに来たときのあの何かを吹っ切った顔が博貴の心にずっと焼き付いていた。
 もう私のことを精算したのだろうか?
 不吉なことなのだが、そんな風に考えては博貴はここしばらく溜息ばかりついていたのだ。それほど気になるのなら自分から電話の一本でもかければいいのだろうが、博貴自身が追い出したという引け目もあり、それも出来ずにいた。
 大地が帰ってきてくれたらそれで良い……
 そう思うのだが、当分希望は叶えられそうになかった。
「でもまあ……大ちゃんが居ないんだったら、その利香子とケリつけちゃいなさいよ。貴方は適当にあしらえば良いって思っているみたいだけど、あの女は普通じゃないわよ。私、同じ女として信じられないもの……。まずどうしてこんな男が良いのか理解できないわ……」
 博貴の方をじっと見ながら真喜子は言った。
「きついね……真喜子さん……」
 苦笑しながら博貴は言ったが、真喜子は意外に真剣な顔をしていた。
「だってそうじゃない。貴方、愛想は良いけど、根は冷たいの知ってるもの。そんな貴方が大ちゃんに本気になった事も最初は信じられなかったんだから……。まあ……大ちゃんを見て初めて、貴方が本気だって分かったけどさあ。それってきっと光ちゃんは自分に欠けてないものを大ちゃんに求めているんだと思うわ……。だから余計に好きなのよ」
 しみじみと真喜子はそう言った。
 そうなのかもしれない……
 大地は博貴にないものを沢山持っている。そして大地は自分の持っているものを惜しげもなく博貴に与えてくれるのだ。
 あのそこぬけの素直さといい、人を疑うことを知らない大地は、よくぞここまで真っ直ぐに育った……と、思うほど純粋だ。
 元々の性格なのだろうが、人は誰もが善人だと信じている大地なのだから、博貴の存在ほど理解しがたいのかもしれない。
「……私は……どうしたら良いんだろうね……」
 ポロリと博貴は今の心境を口にしてしまった。そんな博貴に真喜子は一瞬驚いた顔を向け、いきなり笑い出した。
「やだわ~もう……光ちゃんってほんっと、大ちゃんに惚れてるんだから……。どうしたら良いんだろうって……そんな言葉を貴方から聞けるなんて思わなかったわよ……」
 手を机にバンバンと叩きつけて真喜子は笑った。余程可笑しかったようだ。
「笑い事じゃないよ……。何度も言うけど、これでも私は真剣に悩んでいるんだから……」
 ムッとした顔で博貴は言った。これだけ博貴が真剣に悩んでいるにもかかわらず、真喜子の態度は明らかに馬鹿にしている。
「ま……当分、大ちゃんは戻ってこないと思うわ……。その間に利香子を何とかしたらいいのよ。大ちゃんが今、何を考えているのかなんて私には分からないけど……。でもさ、別れる別れないにしてもあの子は最後をきちっとする子だと思うわ」
 そういう言葉は心臓に悪いんだが……
 博貴は胸元を押さえながら苦笑いを顔に浮かべた。
 最後にきちっとする子……か……
 なら今、大地は自分の身の回りの整理でもしているのだろうか?
 そして最後は真喜子の言うように、別れると言い出すのか?
 それは余り考えたくない事だった。だが大地が決心すれば、博貴は何も言えないだろう。
 大地は一度決めたことは貫き通す頑固さを持っているからだ。
 私の考えたことは間違っていたのだろうか?
 博貴はそう自問自答した。
 大地を追い出すなどと言う行動は不必要だったのだ。あんな風に追い出していなければ、今も大地は博貴の側に居てくれたはずだ。
 失って初めて分かると良く言うが、今、博貴はそれを身をもって感じていた。失ったつもりはないのだが、ここ数日大地が居ないうちの中はとても空虚だった。
 寂しいなどとは口が裂けても性格的には言えないのだが、正直なところ、大地が居ないと辛いものがある。
 まず、自分のうちであるにも関わらず、ホッとする事が出来ないのだ。目は何時もいる筈のない大地の姿を探している。
 大地のお気に入りの場所、キッチンで何時も立っている姿……。大地がいない今、そんな姿が見えるわけでもないのに、自然と目線は何時もいた大地を追うように彷徨う。
 私が馬鹿だった……
 これほどの喪失感があるのなら、何故大地を追い出したのだ。自分が一番大地を必要としているにも関わらず、博貴はそんな気持ちすら誤魔化していた。
 確かに今も大地に決めて貰うしかない……そう思っている。第一、大地が自分で決めなければこの先はない。早樹のこと、そして家族のこと。博貴の過去を許すか許せないか……そんな諸々のことを幾ら博貴が弁解しても、言葉では大地の気持ちを動かす事などないのだ。
 大地は戻ってこないかもしれない……
 博貴は本気でそう思った。もし自分が大地の立場なら既に博貴に呆れ、恋心も冷めてしまっているに違いないのだ。
 私は酷い間違いを犯したのだろうか?
 何度も自分にそう問いかけるのだが、答えを聞ける大地はここには居ないのだ。
「そろそろ帰ろうかな……」
 真喜子はそう言って立ち上がった。
「あ、もう帰るのかい?良かったら昼ご飯でも一緒に食べに出ないかい?」
「ん~仕方ないなあ……。一人で食べるの寂しいのね。つき合ってあげるわ。でも光ちゃんのおごりよ」
「もちろんおごらせて貰うよ……」
 他に何か聞けるかもしれないと博貴は考えた。
「それと、その格好じゃ嫌よ。ちゃんと服を着替えてよね」
 その真喜子の言葉に博貴は再度苦笑した。
 
 
 
「お前の名前はウサ吉だっ」
 大地はウサギ膝に乗せそう言った。
 最初、薄汚れていた身体であったが、大地が動物専用の水のいらないお手入れセットを買い、ウサギの身体を拭いてやったのだ。すると付着していた汚れが取れ、毛が乾く頃にはふわふわのウサギ独特の毛質を取り戻した。
 今日から大地は夜勤だったのだ。その為今はウサギと猫の守をしていた。
 ユウマはウサ吉がとにかく気になるのか、大地の膝の近くに座り、じいっとウサ吉を見つめている。ウサ吉のほうと言えば鼻をヒクヒクとさせてユウマの方を見ていた。
「なんだかお前らって可愛いなあ~」
 大地は猫とウサギに囲まれて幸せだった。
「……でも俺、こんな事してる場合じゃなかった」
 ウサ吉を自分の膝からテーブルに置いた籠に移すと、大地は早樹が興信所を使って調べた資料をリビングにあるチェストの引き出しから引っ張り出した。
 見ると決めたにも関わらず、気持ちはどうしても後ろ向きになるのだ。
 俺……
 書類を手に持ったまま天井を見つめ、大地は暫く思案した。決心は付いたのだが、やはりまだ気持ちが付いていかないのだ。
 人の過去を勝手に見ても良いんだろうか……
 その気持ちの方が強かった。
 博貴自身に聞くことをせず、人が調べてきた過去を覗くという行為が卑怯な事に思えて仕方ないのだ。
 あいつに聞くのが筋なんだよな……
 天井から視線を手元の書類袋に移す。分厚い袋は、それが全て博貴の過去だという事実を大地に分からせた。
 俺……
 どうしていいか大地にも分からない。決心したものの、本当に見て良いのかという疑問にずっと囚われているのだ。
 博貴は自分から俺に話そうとしてくれた……
 なのに俺……
 こんなものを見ようとしてるんだな……
 読んでみたところで、それが嘘なのか本当なのか何を基準で判断するのだ?これは赤の他人が調べたことで、この中に書かれていることが全て事実だという証拠は何処にもない。
 大地は自分が見て聞いたことしか信じないようにしようと思ってきたのだ。
 どう見ても嘘を付くような女性ではないと思っていた相手が、大嘘つきだったという事が以前にあった。大地はそれに気が付かなかったのだ。
 要するに大地は騙そうとしている相手の嘘を見抜くことが出来ない。
 俺って……
 もしかしてすごい馬鹿なのかも……
 馬鹿正直だと言われたことはあるが、誰であっても優しく接されると無条件に信用してしまうところが大地にはある。そこに何か裏があってもすぐに気が付かない。それが自分の良さでもあり欠点だと思うのだが、最初からああでもない、こうでもないと疑うことなど大地にはとても出来ないのだ。
 どうしようかな……
 ソファーに座り、大地は膝の上に問題の紙袋を置き、溜息を付いた。そんな大地に籠からウサ吉が不思議そうな顔を向けた。
 これは人が調べた博貴の過去だ……
 そんなものを見るのはやっぱり反則のような気がする……
 膝に置いた紙袋は相変わらず口をあけて大地を誘っていた。
「大……飯に行くか?」
 早樹がそう言ってリビングに入ってきた。
「あ、うん……」
 大地は膝に置いていた紙袋を、こそこそと背中に隠した。何となく悪いなあと思ったのだ。
「おお……ウサ吉……機嫌が良さそうだな……。ユウマも機嫌が良さそうだ……」
 ウサ吉の頭を撫で、次ぎに大地の隣りに座っているユウマの頭を早樹は撫でた。するとどちらも嬉しそうな顔で早樹に応える。
「なあ……大……」
 言って早樹は大地の隣りに座ると、大地が先程背に隠した書類袋を掴み引っ張った。
「あ……」
「嫌なら無理に見る必要はないだろう……。これは兄ちゃんが悪かったんだから……」
 大地から奪った書類を手に持ち、早樹はウサ吉を眺めながらそう言った。
「正直言うとね……どうしようか迷ってる……。なんか狡いことをしている気分になってるんだ……」
 大地はユウマを膝に乗せ、黒い毛を撫でながら言った。ユウマの方はゴロゴロと喉を鳴らしている。その声に何故かホッとした気分に大地はなった。
「……お前が言いたいことは分かるよ……」
 早樹はそう言って籠に入っていたウサギを自分の膝に乗せた。お互いまだ気まずいのだ。だから一人一匹動物を膝に乗せていた。
「俺は……これを調べた兄ちゃんのこと怒ってる訳じゃないんだ……。もし俺が早樹にいの立場だったら同じ事してるような気がするしさ……」
 淡々と大地はそう言った。
「そうか……」
「兄ちゃんは全部見た?」
「いや……パラパラと見ただけだ」
「どう思う?」
「全部が本当だとはもちろん思わないが、それでも余り良い性格はしていないだろう。それは言える。違うか?」
 苦笑しながら早樹はそう言った。
「……まあ……確かにあんまり良い奴じゃないかもな……。でも悪い奴でもないよ」
 ユウマを撫でていた手を止め、大地は早樹の方を向いてそう言った。だが早樹は無言でウサ吉を撫でていた。
「ああ……」
 早樹はそれだけ言った。
「俺が認めてやらなきゃ……きっとあいつは……独りぼっちだ。そんなあいつの家族に俺はなってやりたいんだ……」
 それが大地の決めたことだったのだ。
「……大、良いんだ。私は何も言わない」
 早樹は目を閉じ、相変わらずウサ吉の背を撫でてそう言った。
「うん……そうだね……ありがとう早樹にい……」
 言って大地はユウマの喉を更に撫でた。
「そろそろ飯に行くか?戸浪から車のキーは預かっているし……運転は私がする」
 ウサ吉を籠に入れ、早樹は椅子から腰を上げた。
「うん。俺、なんか美味いもの食いたいなあ……」
 大地が笑顔でそういうと早樹も笑顔で応えた。
 兄弟っていいなあ……
 大地は本当にそう思った。

 大地と早樹が入った川沿いにある店は、店内の奥から外に出られるようになっており、そちらにもテーブルと席があった。天気が良かったこともあり、大地達は外で食事することに決め、川の流れを眺められる席に座った。
 本来のランチタイムを少し過ぎていた所為か、客入りは少ない。
「何を食べるんだ?」
 メニューをじっと見つめている大地に早樹はそう言った。
「う~ん……自分で作られないようなものがいいな……」
 端から端までメニューを見ながら大地は唸った。こういうメニューはどれも見ても美味しそうに見えるのだ。だから目移りして仕方がない。
 どうしようかな……
 これも……あれも美味しそう……。
 迷い出すときりがないのだが、大地はメニューを見るのも好きなため、じっくりと眺めていた。
「お前は何でも作るだろう……」
 早樹はそう言って笑った。
「俺……このオープンサンドのグラタンセットにする」
 大地が決めたのはオープンサンドにホワイトソースをかけ、上にチーズを乗せて焼いたものだ。それは幾つかの種類から飲物も選ぶことが出来、最後には小さなデザートが付いてくると書いてあった。
「同じもので良いよ……」
 早樹は大地とは違い、メニューを見ずにそう言った。
「……早樹にい……見なくて良いのか?」
「何でも食えたらいいからな……」
 そうして注文を終え、だらだらと話しをしていると、突然早樹の視線が彷徨った。
「……兄ちゃんどうしたの?」
 早樹は視線をこちらに戻して不機嫌な表情になった。
「いや……何でもない……」
 だがそれは何でもないという顔ではなかった。確か早樹は、横に視線を向けた瞬間、不機嫌になった筈だった。
 店の方に何かあるのかな……
 大地が店の方を見ようとすると、早樹が怒鳴った。
「見るなっ!」
「見るなって……」
 言われても……
 早樹の剣幕に一度は姿勢を正して座ったのだが、大地は見るなと言った店側が気になって仕方がない。
 じーっと早樹の表情を見ていると、どんどん機嫌が傾いていく。
 あちゃ……
 なんだか知らないけどすっげー気分悪いみたい……
 大地は早樹が川側を向いたのを見計らってチラリと横目で店側を見た。すると一段下がったところにある、店の方に博貴と真喜子を見つけた。
 あ……
 あいつ絶対真喜子さんに相談してる……?
「……やっぱり反対した方が私は言いような気がしてきた」
 早樹は大地が見たことを知ったのか、ぶつぶつと怒りだした。もちろん真喜子を知らないのだから誤解しても仕方ないだろう。
「あいつと今一緒にいるの友達だよ。俺とも友達だもん。すっげーいい人だって。真喜子さんっていう人なんだけどさ。綺麗だろ」
 ニコニコと大地はそう言った。
「……本当か?」
 信じられないという顔を早樹が向けた為、大地は更に言った。
「なあ、早樹にい……女友達がいたら駄目なのか?男だからって女の友達いたらおかしいか?早樹にいだって女友達の一人や二人いるだろ」
「居ないな……元々男ばかりの船だからな」
 相変わらずムッとした顔で早樹は言った。
「はは。そか……海の上だもんな……。俺、あの真喜子さんにはとっても世話になってるんだよ。本当にいい人なんだ……」
 大地が嬉しそうに言うと、早樹の表情が和らいだ。
「……ならいいが……私はあの男の女だと思ったぞ」
「だからさあ、男が女と一緒にいたら全部そういう風にみちゃうわけ?早樹にいそれは変だよ。誰だって異性の友達はいるんだから……」
「……確かにな……」
 言った早樹の視線は博貴達の方をまた見ているようだった。大地は相手が真喜子だという安心感もあり、もう見る気はなかった。
 向こうは都合の良いことにこちらに気が付いていないようだ。
 あいつも悩んでるのかなあ……
 でもそんな風に見えないけど……
 最初は大地のことを相談していると思ったのだ。だが先程チラリと見た博貴を思い出してみると、そんな雰囲気でも無かった様な気がしてきた。
 もしかして……
 俺だけ悩んでるのか?
 ……
 良いけどな……別に……
 博貴にすれば今回出てきたことは全て過去のことなのだ。だから本人は余り気にならないのかもしれない。
 俺だけが気にしてるんだろうか……
 相談した真喜子にしても大地が思うほど気にしていない様子だった。多分同じ世界にいる為、大地より事情が良く分かるのだろう。
 俺は……
 何も分かってやってないよな……
 分かってる顔してただけだ……
 突き詰めて考えるとそこにたどり着くのだ。
 俺の考え方が子供なんだろうか……
 大地がそんなことを思っていると、ウエイトレスが先程頼んだ料理を持ってきた。それらを机に並べている間、大地はぼんやりとしていた。
 すると突然女性の怒鳴り声が聞こえた。
 え……
 声は真横からしている。
 何となく嫌な予感を抱きながら大地が声のした方向を向くと、博貴と真喜子が座る席の側に見たことのある女性が立っていた。
「……おい、あれは……」
 早樹が驚いたような声で言った。
「……うん……そうだね……兄ちゃんの言いたいこと分かるよ……」
 大地は早樹の方へ視線を戻すと肩を竦めた。
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