Angel Sugar

「秘密かもしんない」 第4章

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 あまりの突然さに大地は博貴と手を繋いでいることを忘れていた。
「どうして男同士で手を繋ぐんだ……」
 そう言って早樹は大地と、そして博貴を見る。
「えっ……あ、別に……大したことじゃないよ」
 大地は早樹に言われようやく博貴の手を振りほどこうとしたが、がっちりと組まれた博貴の手は離れてくれなかった。
 なっ……
 なにいいいっ!
 博貴の方を見ると、本人は真剣な顔をしている。
 おい……
 おいおい……
 まさかお前……
 こんな所で早樹にいにばらす気じゃねえだろうな……
 大地が内心ドキドキしていると、博貴が言った。
「男同士、手を繋いではいけませんか?そんな法律が世の中にあるんですかね」
 博貴って……
 思い切り喧嘩売ってないか?
 そう思うのだが、こんな博貴を見たことがないのだ。だからどう言って止めて良いのか大地には分からない。
「訳の分からないことを言うなっ!大っ……こんな男と手など繋ぐんじゃないっ!」
 言って早樹は開いている方の大地の手を掴んで引っ張った。だが博貴も手を繋いでいるために真ん中に挟まれて引っ張られる大地は堪ったものではなかった。
「早樹兄さんっ!止めてくださいっ!大が痛がってるでしょう!」
 戸浪は早樹にそういうのだが、全く無視だ。
「痛てえっ!何でも良いからどっちか離してくれよっ!」
 そう大地が叫ぶと、手は同時に離された。そうなると今度大地は地面にひっくり返る。
「大地っ!」
 先に博貴が尻餅をついた大地に手を伸ばしたのだが、早樹の方がその横から大地の手ではなく身体ごと自分の肩に担ぎ上げた。
「……???何……?」
 腰に腕を廻され担がれた大地は、早樹の太い腕にしっかりと掴まり動くことが出来ない。その早樹の行動に驚いた大地は、早樹の後ろに立っていた戸浪に助けてよ……と、視線を向けたが、戸浪の方は両手の手の平を上に向け、肩を竦めた。
 ど……どうなるんだ?
 いや……
 どうするんだよ……これ……
 大地に見えるのは早樹の背中と、困ったような顔をした戸浪だけだ。博貴の方は早樹と向かい合わせになっているために、丁度大地の後ろにいることになる。だから博貴が今どういう顔をしているか大地には確認が出来なかった。
「大地を返してください……」
 博貴の声は本当に真剣だった。だが博貴の言葉など早樹は無視だ。そのまま大地を抱え、博貴を通り越すと、スタスタと元来た道を歩きだした。
「大地っ!」
 後ろから博貴が追いかけてくるのだが、こうなるともうどうにもならないのだ。
「ごめん……一人で帰ってくれる?」
 担がれたままの情けない格好で大地は博貴に言った。
「……嫌だよ大地……」
 それが博貴の本音なのだろう。
「……」
 でもな……
 お前早樹にいのこと何にもわかってねえもんな……
 早樹にい……怒るとマジ恐いんだって……
 もちろん大地は早樹と喧嘩をすることなど恐くはなかった。何時だって殴り合いの喧嘩をしてきたのだ。そうであるから、ここで怒鳴り合いと殴り合いになっても別に構わなかった。だがその事に博貴が巻き込まれるのが恐かった為、大地は大人しくしているのだ。
 お前のこともボコボコにするぞ……早樹にいは……
 俺は慣れてるけど……
 お前は慣れてないしなあ……
 それが恐かった大地は目線で戸浪にもう一度助けを求めた。すると戸浪は担がれた大地を追いかけている博貴に言葉を掛け、その足を止めさせてくれた。
 大地の方はどんどん博貴達から遠ざかる。
 ……ああもう……
 マジ怒ってる早樹にい……
 俺が博貴とつき合ってるのわかちゃったのかなあ……
 ガックリ肩を落としていると早樹が言った。
「お前の根性は都会に出て腐ったんだな。性根を叩き直してやる……」
 ぽつりと早樹はそう言って、祐馬のマンションに戻るまでの間大地を下ろすことをしなかった。

「君は余計に立場を悪くしているんだよ……分かっているのかい?」
 戸浪はそう言って溜息を付いた。
「……私は……大地を連れて帰ります」
 そういうしか博貴には出来なかったのだ。
「……もう今日は無理だね。帰った方が良いよ。逆にまだここに居座ったとしたら、早樹兄さんにボコボコにされるかもしれないし……。私や大は困ったことに、それを止めらないんだよ……。あの人は怒ると普通じゃないから……」
 苦笑しながら戸浪は言った。
「……そうなんですか……」
「それにね、少し大地から話しを聞いたことで私は考えたんだが……。もちろん、一応は君の味方になって話しをしたが……。実際、大を弄ぶつもりはないだろうね?もしそんな気が少しでもあるなら私も早樹兄さんと同じ立場を取らせて貰う……」
 そう言った戸浪の表情は、普段と変わらない中に冷えた瞳をこちらに向けた。
「……まさか……。私が大地を弄ぶなんて……。冗談でもそんなことをおっしゃらないで下さい。今の私には……大地が居ない生活は考えられません」
 博貴はそう言って、戸浪の視線を見返した。
「……ただね……。君が他の女と寝たとかなんとか大は言っていたから……。もちろん私も君がこの先、女性を選んでも仕方ないとは思っている。男同士のリスクは普通の男女のカップルに較べて大きいからな……」
 小さく溜息をついて戸浪は言った。
「大地には誠実でありたいと私は何時も思っています。もちろん……過去は褒められたものでは有りませんが……、そういう人間が今、誠実になることはおかしいですか?信じられないことでしょうか?」
 博貴がそういうと、戸浪は目を見開いて次に笑った。その笑顔は、元々余り表情のない奇麗な顔が、急に人間味のある綺麗さになる瞬間だった。
 やはり兄弟なんだなあ……と博貴は思う。だがやはり博貴にとって好ましい顔は大地のあの大きな瞳と、指の間をサラサラと落ちる色素の薄い髪だった。
 大地の真っ直ぐな人間性が博貴には魅力的だ。その点、兄の戸浪は一癖ありそうだ。
「……いや……。そう思ったから大には言ったよ。君が過去だというなら過去にして置けと……。ただ、本日の所は私の顔を立てて帰って貰えないかい?きちんと大地は帰らせるから……。まあ……今日は無理だろうけどね……」
 大地の兄にここまで言われ、嫌だとは言えないだろう。
「はい……分かりました……。今日は退きます」
 博貴はようやくそう言った。
「うん……その方が良い。じゃあ……私も上が心配だから戻ることにするよ。君もこの辺をうろつかないで帰るんだ……」
 戸浪はそう言ってきびすを返すと、自分の住んでいるマンションに向かって帰っていった。博貴はその姿を眺めながら、溜息を一つ付くと、自分もうちに帰るために表通りに出た。そこでタクシーを拾う。
 早樹兄さんか……
 あれが長男で、戸浪、大地と三人兄弟には見えない……
 シートにもたれながら博貴は思った。以前家族で映っていた写真を見たことがあったが、あれを見ていなかったらきっと兄弟とは思わなかっただろう。それほど早樹は他の二人と似ていないのだ。だが両親を見るとなるほどと思える。
 大地と戸浪は母親そっくりだ。逆に早樹は父親そっくりなのだ。どういう遺伝の仕方をしたのかは分からないが、早樹には母親の外見は全く遺伝していないようだ。いや中身もそうなのかもしれない。
 何となく博貴は父親に大地が似なくて良かったとホッと胸を撫で下ろした。
 あんなごっつい身体の大ちゃんは嫌だなあ……
 等と想像し、思わず博貴は口元に笑みが落ちた。
 だが……
 例え大地が父親似にて、身体がごつごつしていたとしても、博貴はそれでも大地を選んでいたのだろうという気があった。
 博貴が何に惚れているかはそこに現れているのだろう。
 それより大地はビデオのことは許してくれそうだな……
 先程の事を思い出し、博貴は大地が許してくれると確信したのだ。それが分かっただけでも博貴の気持ちは随分と落ち着いた。
 それも大地の良い所なんだねえ……
 大地は多分どんなことでも、人から許しを請われるとそれを受け入れるのだ。多分、博貴が犯罪を犯したとしても、心から謝れば大地は許してくれるはずだ。
 そういう男なんだ……大地は……
 頼られたり、お願いされたり……
 そういう事に拒否が出来ないのが大地という人間だ。
 誰かを嫌いになったり憎んだりも出来ない。
 それを知ったとき博貴は余計に大地を好きになったのだ。
 大地……
 今頃あのお兄さんと喧嘩をしているのだろうか?
 すさまじいに違いない……
 あそこの兄弟は三人共が空手の黒帯だった筈なのだ。
 ものすごい兄弟だ……
 さぞかし兄弟げんかは派手に違いない。そう考え、戸浪が博貴に帰れと言ったのも、一番の原因がその派手な喧嘩の所為だと分かった。
 巻き込まれたら……私はボコボコだな……
 それはそれで、誠実さが伝わり、良いことなのかもしれない。ただ、戸浪の口調から兄弟の喧嘩は五体満足で終わることがないような感じがあった。
 それは嫌だねえ……
 だけど……
 大地は大丈夫だろうか?
 流れていく景色を車外から眺めながらそんな風に思った。
 大丈夫だろう……
 大地の事だし……
 それより問題がまだ残っている。
 ビデオを送ってきた相手のことだった。一体彼女は何を考えてあんなビデオを当時隠し撮りし、今頃送って来たのだろう。博貴にはそれが理解できなかったのだ。
 彼女はこちらが働いている場所を知っているのだから、何か言いたいことがあるなら直接店に来れば良かったのだ。まあ今はアルバイトでしかないのだが……
 それは良い、文句は幾らでも聞こう……
 だが……
 今更どういうつもりなんだ。
 つき合っていたのは確かだが、あんな事をするのは反則だ。
 だが文句を言おうにも……彼女は今何処に住んでいるのだろうか?
 どうして現在の私の住所を知っているのだ?
 その辺りは全く博貴にも分からないのだ。随分昔に別れた女性からいきなりビデオを送られてきた。それがどういう意味なのか皆目見当もつかない。
 見て、昔を懐かしんでね……と言うわけでもなさそうであった。
 だったら一体どういうつもりで……
 博貴にはそんなことなど想像も付かなかった。なによりあんなビデオがあったことも知らなかったのだ。
 カメラの視点から考えられるのは、やはり隠しカメラだな。
 迷惑なことをしてくれる……
 だが……大丈夫だ……
 その程度のことで揺らぐような関係を大地と作っては居ないはずなのだ。強固と言うほどでもないだろうが、ユラユラと何時までも揺れている関係ではない。と、博貴は思っていた。
 噂で博貴達のことを知り妬んだのだろうか?
 その辺りははっきりしないのだがビデオを送り、博貴達を引っかき回して見せ、大地と引き離そうとでも企んだのか?
 まあいい……
 とにかく探してみるしかないね……
 はあ……とまたもや溜息をついて、博貴は家路についた。

「ここに座れ」
 早樹がそう言って床を指さした。この場合正座を指す。大地はとりあえず早樹の言うことを聞き、現在早樹の部屋になっている客間に入った。この部屋は六畳の畳間になっているのだ。もちろん他の人間はシャットアウトで中に入れることを早樹はしないだろう。
 担がれて帰ってきた大地を祐馬はびっくりした顔で迎えてくれたのだが、早樹は何も言わずにこの部屋に入ると、ものすごい音を立てて扉を閉めたのだ。そんな風に閉められてどうして入ってこれるのだ。
 三崎さん……
 どうせ廊下で聞いてると思うけど……
 大地はそう思い身を縮ませた。
「……」
「で、お前は一体どういうつもりなんだ。男と手を繋ぐなんて、兄ちゃんは信じられないぞ」
 それって……

 男と手を繋ぐ=男とつき合っている=ホモ

 という図式が早樹の頭にあるのだろうか?それが大地には分からず、暫く早樹の言動を聞くことにした。まずその辺りをはっきりさせないと、自分から白状してしまうことになりかねないからだ。
「大、聞いているのか?どうしてあんなちゃらちゃらした男と手を繋げるんだ?あれはどういう意味なんだ?」
 早樹は大地の目の前にやはり正座で座り、両手を膝に乗せている。その手は握りしめられ震えていた。かなり怒っているのだろう。まだ手が飛んでこないところを見ると、早樹の方も我慢しているのだ。
 困ったなあ……
 こっちも困ったぞ……
 博貴へ送られてきたビデオの話しもまだきちんとしていない。その上兄の早樹まで乱入だ。
「……別に……意味なんかないよ……」
「意味が無くて手を繋ぐのかっ!」
 怒鳴るように早樹はそう言った。
 そんな兄をじっと大地は見つめて更に考えた。
 早樹にいは俺が博貴と手を繋いでいるのを見て、実際、どう思ったんだろう……
 つき合うつき合わないという話しが出ないところを見るとそれは考えつかないのだろうか?
 う……どう言い訳しよう……
 大地には早樹がどう思っているのかが全く分からないため、答えに窮した。
「大っ!」
 バンッと床を叩き、早樹は怒鳴った。
「……ほら……女子高生と同じのリだって……。別に意味もなく手を繋ぐだろ……あいつら……。俺も……意味もなく手を繋いだんだよなあ……」
 うは……
 むっちゃくちゃ苦しい言い訳だ。
 チラリと早樹の方を向いて様子を伺うと、その表情は噴火寸前だった。
「お前は何時から女子高生になったんだ」
 なってねえって……
 なってねえけどさあ……
「……そういうノリだって言ってるんだよ。別に意味なんかねえよ……」
 冷や汗が背を伝うのが大地には分かった。
「もしかして……大……お前……」
 やべっ……
 鈍感な早樹にいも気が付いたのかもっ!
「……んだよ……」
「そんな女みたいな性格に成り下がったのか?」
 早樹にい……意味がわかんねえよ……
「……なにそれ……」
「なにそれって……こっちが言いたいんだっ!それともお前は男が好きなのか?」
 うわ~
 本当の事を突いてきた!
「訳の分からないこと言うなよっ!何で俺がっ!」
 と、怒ってみせるしかないのだ。早樹にはどうあっても博貴とつき合っているとは言えない。自分だけの被害なら多分大地は嘘を付かずにつき合っていると言っただろう。だがその被害は博貴にも及ぶはずであった。それが分かっているだけに、早樹にはどうあっても言えないのだ。
 そこに「にゃ~」とユウマがスタスタと入ってくると、大地の膝に乗り丸くなった。
「またこの猫かっ!昨日も戸浪と話しをしているときにこうだったんだ!大!猫を……どっかにやれっ!話しの邪魔だっ!」
 早樹は猫のユウマにまで怒りを向けていた。
「……猫に文句言ったって仕方ないだろう……。気ままなのが猫なんだから……」
 何となく助かったと思いながら大地はそう言い、膝に乗るユウマの頭を撫でた。
「ええいっ!鬱陶しい猫だ。名前も付いていないような猫に何故邪魔をされなきゃならんのだ」
 腹立たしげに早樹はそう言った。
 その言い方から戸浪が早樹にこの黒猫をユウマと命名していることを話していないのだ。
 まあ……確かに言えないだろうと大地は思った。
「別に邪魔してるわけじゃないだろ……そんな猫居ないよ。俺の膝が気に入っただけだって」
 このまま話しを逸らしていけたら良いなあ……と大地が考えていると早樹がいきなりユウマの首根っこを掴んだ。
「早樹にいっ!」
「邪魔だっ!」
 首を掴まれたユウマは、ものすごい形相でしおを吹いた。その上、爪を立てた手を振りまわしている。
「よせって……早樹にいっ!生き物をそんな風に扱っちゃ駄目だよっ!」
 大地は慌てて、ユウマを奪おうとしたのだが、早樹はその手を離さなかった。その間もユウマは手を振りまわして「にぎゃーーーっ」と声を上げていた。
「あっ……止めてください!」
 ユウマの声を聞いた祐馬が驚いて思わず部屋に入ってきた。
「この猫は邪魔だっ!飼い主のしつけが悪すぎるんだっ!話しの腰ばかり折るっ!」
 もう早樹、思い切り怒りモードに入っている。
「俺が連れて出ますから、そんな風に首を持たないで下さい。そいつ……ただでさえ人間嫌いなんですから……」
 オロオロと祐馬がそう言った。
「じゃあ連れて出ていけ!鬱陶しい猫だ」
 ガッと手を振り上げ、祐馬の方にユウマを放り投げた。
「うわああっ!何て事するんですかっ!」
 ユウマをしっかりとキャッチした祐馬がそう言ったが、その口調は珍しく怒っているように大地には聞こえた。
「猫は二階から落としてもちゃんと着地する生き物だろう。投げたって死にはしない。良いからその猫を連れて出ていけ」
 早樹がそういうと、祐馬がムッとした顔を見せた。こんな祐馬は本当に大地は見たことがなかった。というより何時もへらへらしている顔しか知らないのだ。
「兄ちゃん……言いすぎ……。ごめん三崎さん……。早樹にい興奮してるんだ……」
 ユウマをしっかりと腕に抱いた祐馬に大地がそう言ったが、祐馬のムッとした顔は収まらなかった。
「あんた、人のうちに来てそれはないんじゃないですか?この猫はうちの家族だ。あんたこそ態度でかいんだっての。俺は戸浪さんに頼まれたから、ここをあんたに貸してやっているだけで、あんたこそもっと気を使って普通だろ?俺からすると、この猫の方があんたより上なの。それなのに、ぎゃーぎゃー毎日怒鳴られたら五月蠅くて仕方ないって。いっとくけど、ここ俺んち。俺がローン払ってんの。そいで、この猫は俺の家族。あんたより大事なの」
 祐馬がそういうと、早樹はウッと黙り込んだ。少しは自分の立場が分かったのかもしれない。
「兄ちゃん……これは兄ちゃんが悪いよ。絶対ね。ちゃんと謝ってよ……」
 こういう普段怒らない男が怒ると怖いのだ。それに祐馬は戸浪の彼氏だ。こんな風に怒らせて良いことなどないだろう。
「……そ、そうだな……。悪かった」
 意外に早樹はあっさりとそう言った。やりすぎたと多少は思っているような顔であった。
「……分かって貰えたら良いんです……」
 祐馬はそう言って腕に抱いているユウマの頭を撫でた。だがユウマの怒りは納まっていないようで相変わらず唸っていた。
「なんだ……どうしたんだ……」
 異様な雰囲気の中、戻ってきた戸浪がそう言って入ってきた。
「何でもないよ……」
 祐馬はやはりユウマを抱っこしたまま部屋から出ていった。
「どうしたんだ?」
 戸浪は驚いた顔で大地にそう聞いてきた。
「早樹にいが、あの猫の首根っこ掴んで放り投げたんだ。だから三崎さん怒っちゃって……。一応謝ったんだけど……もう一度、後で謝って置いてよ……」
 大地は申し訳なさそうにそう言った。だがそれを聞いた戸浪は本気で怒り出した。
「早樹兄さんっ!なんて事するんですか!もし怪我でもしたらどうしてくれるつもりでいたんです?」
 戸浪はそう言って怒鳴った。
「怪我などしていないだろう。私はちゃんと謝った。それで良いだろうが」
 早樹も負けていないが、この場合どう考えても早樹の方が悪い。
「ユウマは、本当はもっと大きい体に育っていないといけないんです。それが小さい頃に人間に刃物で切られたショックで、なかなか大きくなれないんです。それでうちに来たときも人間不信が酷かったんですよ。ようやく慣れてきたのに、なんて事するんです。折角、不信感が収まっているのに、早樹兄さんの所為で、また人間嫌いになったらどうしてくれるんですかっ!」
 腹立ちのまま戸浪はユウマと猫のことを言った自分に気が付いていなかった。だが早樹はそれに真っ先に気が付いた。
「あの猫がどうしてユウマなんだ?それはあの三崎さんの名前じゃないのか……?」
 ジロリと睨まれた戸浪は目をまん丸にして「あ……それは……」と誤魔化そうとしたようだが上手く行かなかった。
 うわっちゃ……
 戸浪にい……
 自分でばらしてるよ……
「早樹にい、だから言ってるだろ。それもこれも女子高生のノリだって……自分の名前とか色々付けるだろ……」
 そんな事があるのかどうか分からないのだが、大地はまたそう言った。
「お……お前までそんな、女の腐ったようなことをしているのか?」
「……だ……大地?」
 戸浪は訳が分からずに大地の方に視線を向けたが、大地も適当に言ってしまったことであったので、どう戸浪に話して良いか分からない。
「……う~ん……俺が博貴と手を繋ぐのも女子高生のノリで、戸浪にいが猫にユウマって同居人の名前を付けるのも同じノリって事なんだけど……」
 と、大地が言うと、戸浪は、お前は馬鹿か?という目を向けてきた。それに対して大地はやっぱり肩を竦めるしかなかった。
 だって俺……
 こういう場合の言い訳なんて、出来ねえんだもん……
「ふっ……二人ともそこに座れっ~!」
 早樹は血管が切れそうな程赤い顔でそう言った。
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