Angel Sugar

「秘密かもしんない」 第20章

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 あいつ……
 まさかそんなことまでしてないよな……
 仕事に行かなければならない足が止まったまま動かない。大地は携帯を取りだし会社に電話を入れると、急に腹痛が……等と訳の分からないことを言って休みを取ると、今来た道を引き返し、また祐馬のマンションに戻ってきた。
「大……なんだ忘れ物か?」
 リビングで早樹がユウマとウサ吉を膝に乗せてくつろいでいたが、大地にはそんな余裕は無かった。
「休み取った……」
 大地は早樹の方も向かずにそういうと、例の興信所で調べた書類を探した。もし本当に博貴が利香子の言ったように、裏でそんなことをしていたとすると、興信所の書類に絶対に載っているはずだと考えたのだ。
 こんな形で中身を見ることになるとは思わなかったが、どうしても確認しておきたかったのだ。
「休みって……で、何を探してるんだ……?」
「……大良を調べた書類……あった……」
 引き出しに入っていた書類を見つけ、手に取った。何故だか異様に重く感じる。
「急にどうしたんだ……。休みを取ってまでそれを見ようと思ったのか?」
 早樹は驚いていた。当然と言えば当然だろう。
「……え、ちょっと調べたいことが出てきて……」
 大地は机に書類を置き、ドキドキしながら中身を出した。本当は見ないでおこうと決めていたのだが、こうなると仕方ないだろう。
 見るぞ……
 嫌だったけど……
 見ないと……
 目を閉じながら大地は手探りで書類を引っ張り出し、深呼吸を数回する。次ぎに下を向いて目を開けた。その姿を早樹は困ったような顔で眺めている。
 上から一枚ずつ大地は丁寧にその書類を読んだ。調べてあった内容は博貴の大学時代くらいからのものだった。 
 淡々と書き出されている博貴の事に大地は息が浅くなる。どれだけ遊んだかと言うことはどうでも良かった。利香子の言った言葉が本当なのか大地はそれが知りたかったのだ。
「……大……」
 早樹が声をかけてきたが、大地の耳に入らなかった。ものすごい集中力を今、書類に向けていたからだ。
「……ない……良かった……」
 最後まで見終え、大地は今まで息を止めていたような息の吐き方をすると、汗をかいているわけでもないのに額を拭った。
「ないって……何が……?」
「……さっき下で例の利香子って女に引き留められてさあ……大良が女を裏で売りさばいているって言って来たから、俺……信じる気は無かったんだけど、確かめたかったんだ。もしそんなことをしてたら、これに載ってるだろって思って……」
 一気に力が抜けたような気分になり、大地は床に座り込んだまま後ろに身体を倒した。
「大、もしそんなことが書かれていたとして、私が許すと思ってるのか?警察に通報していたぞ……」
 苦笑しながら早樹はユウマとウサ吉を交互に撫でていた。
「……あ、そうだよな……。俺、なんかもう気持ちが動転していて……はは。馬鹿だなあ……俺……」
 考えればすぐに分かることだったのだ。だが先程までの大地にはそんな気持の余裕などなかった。
「そんなことを確認するのに、お前は会社を休んだのか?」
 呆れたように早樹は言った。
「……え、だって……すっっげーショックなことガ書かれていたら、俺会社に行けないなあって思ってさ……。だから先に電話したんだけど……」
 今まで見ていた書類をもう一度眺め、大地は今度、身体を前に倒した。
「……あいつ……それでもあんま良い奴じゃないよな……。俺これだけ見たら、絶対あいつに話しかけたりはしなかったと思う……。もちろんそれって、先入観っていう奴なんだろうけど……」
 利香子の言ったことがあまりにもショッキングであったため、今見た博貴の行いが霞んでしまったのだ。だが気持ちが落ち着いてくると、やはり褒められるような生き方はしていなかった。
 女性をとっかえひっかえ、良くまあこれほど遊べるものだと逆に呆れるほどだ。若いから出来たのか、元々そうなのか大地にも良く分からないのだが、分かっているのは母親が入院した頃から酷くなったようだ。
 もちろん、ホストとしてバイトをし、次に正式に働くようになれば、多少はトラブルも合っただろう。真喜子が以前言っていたように、ホストという商売としての顔をそのまま信用してしまった女性もいるに違いない。その一人一人に大地も同情するわけにはいかないのだ。なにより、ホストは元々がそいう男だという認識がやはり何処かにないと駄目だと大地も思うからだ。
 騙すような言葉を言い、金のために寝たこともあったようだ。仕事だと割りきっていても好きでもない相手に「愛している」と囁き、どうして抱き合えるのか大地には分からない。多分、博貴に何をどう説明されたところで大地には理解できないだろう。逆にそんなことができた博貴を、なんだかもの悲しいと思うのは大地だけなのだろうか?
 数人も同時に女性とつき合うなど大地には出来そうにもない。ホストでトップを走ると言うことはこうでもしなければならないのだろうか?
 もし大地が博貴のことを知らず、これだけを見たとしたら本当につき合っていたかどうか分からない。それほど博貴は酷い奴だったのだ。
 だが博貴だけを悪者には出来ないだろう。
 虚しくなかったのだろうかと大地は考えた。
 虚飾だけの世界に住み、その時だけの快楽を求めることに何も疑問を感じなかったのだろうか?本当に自分を理解してくれる人などいない人生の何処が楽しいのだろうか?
 だがそんな生き方を選ぶしかない理由は母親のためだった。もちろんそれだけではないだろうが、最終的に金を稼ぎ出さなければならなかった一番の理由は、意識もない植物人間になった母親の医療費のためだった。
 大地は色々考えたが答えは出なかった。ここにある書類には博貴の意見など何処にも入っていない。女性側のインタビューをまとめたようなものになっているのだ。一方的に責められるのはフェアとは言い難い。
「俺……大良のうちに今から行ってくるよ……」
 書類を封筒にもう一度入れ、大地はそれを小脇に抱えて立ち上がった。
「……そうか」
 早樹はそれだけしか言わなかった。
「あいつの反論も俺……聞きたいし……。これだけ見たらすっげーあいつ悪者だけど、こんな一方的なものは俺……嫌なんだ……」
 大地がそういうと早樹は苦笑したような笑みを浮かべて頷いた。膝の上ではユウマとウサ吉が丸くなって眠っていた。

 博貴の住むマンションまで来ると、大地は一階のエントランスにある内線を使って博貴を呼びだした。
「……大地……」
 すると驚いたような声が返ってきた。
「あ、俺……ちょっと話しあるからうちに入れてくれないか?」
 また駄目だと言われると困るのだが、大地は今日はどうあってもここに入らせて貰うぞ……と決めていた。
 暫く博貴から返事が無かったために大地は更に言った。
「……なあ、また駄目だって言うのかよ……」
「あ、いや……開けるよ……」
 今、気が付いたように、博貴はそう言い、内線を切った。大地は博貴を待つ間、ブラブラと大理石を見ながら行ったり来たりしていると、博貴が内側の自動ドアを開けて出てきた。
 その姿は昼間見た服装のままであった。
「ごめん……悪い……。ちょっと話しをしたかったんだ……終わったら帰るから……」
 大地は自分の住むうちだとようやく思える頃にここから追いだされた為に、そんな風にしか言えなかったのだ。
 なにより何時、きちんとここに帰られるかは分からない。
「いや……いいよ。上がってくれて……」
 博貴は笑顔を作りながらそう言い、一緒にエレベーターで最上階に上がった。その間、博貴は何故かこちらの持っている封筒にチラチラと視線を寄越してくる。気になっているのは分かるのだが、大地はその説明をここでする気にはならなかった。
 聞いてくるかなと思ったが、博貴は口に出して問うことはしなかった。そうして最上階に上がると、見慣れたポーチを歩き久しぶりに大地はこのうちに帰ってきた。
 中に入ると博貴は何も言わずにリビングに向かって歩く後ろをついて大地も歩いた。何となく気まずいのだが、だからといってこの雰囲気をどうして良いか大地にも分からない。
 何時も座っているリビング奥にあるローソファーに博貴が座ると、大地はその前に座った。
 どう切り出そうかと大地が思案しているといきなり博貴が口を開いた。
「……で、話しってなんだい?昼間のことを怒っているんだったら……悪かったよ……。本当にからかう気は無かったんだ……」
 そんなことなどすっかり忘れていた大地は、博貴が気にしていたことを知り、何故かホッとしたような気分になった。
「違うよ……」
 大地はそう言い、今まで小脇に抱えていた書類を渡した。博貴それを不思議そうな顔をしながら手に取った。
「え……と。大ちゃんこれは?」
「それ、早樹にいが興信所使ってお前のことを調べた書類。見て良いよ」
 すると博貴の顔色が困惑したような表情になった。
「……大地……」
「……俺は全部内容を見た。ちゃんとさ。で、お前もそれを見て、違うところがあったら弁解してくれて良いぞ。俺、それを聞きに来たんだ。一方的に他人に自分を調べられるの嫌だろう?だから、持ってきたんだ。俺、それがフェアだと思う」
 大地がハッキリ言うのとは逆に、博貴は苦笑した顔で、書類を机に置くと指先でこちらに押してきた。それは見る気がないから返すという意味なのだろう。
「……何だよ……見ないのか?」
「……何が書かれていたとしても……私は弁解する気はないよ……」
 博貴は苦笑いしてそう言った。
「だって……嘘が書いてあるかもしれないだろっ!だったらお前も弁解したらいいじゃないか……」
 見ない、弁解しないと言われると、大地はどうして良いか分からないのだ。何故博貴がそんな風に言うのかも理解できない。
 それとも全部本当だから言い訳できないのだろうか?
「大地が読んで……それが本当だと思うのならそれで良いよ。逆も良い。ただ私はこれに関して何かを言える立場じゃない。そうだろう?何が書かれてあっても、それは人から見た私の本当の一面だと思うし、それを私の立場で否定したところで何の証明にもならない。書かれている誰かは本当に私についてそう思ったから、発言している。だろう?彼か彼女か分からないけれど、書かれた内容はその発言した相手にとって正しいことなんだろうから、私は否定もしないし、肯定もしないよ……」
 穏やかにそう言って博貴は立ち上がった。
「何か飲む?御茶でも入れようか?」
「……え……あ、うん」
 折角持ってきたが、博貴には見るつもりはないようであった。
 博貴が言いたいのはこういう事なのだ。
 例えばここに証言として書かれている女性が幾ら自分に都合の良いように発言していたとしても、本当に博貴に対して思っているなら、それは発言者にとって正しいことだから、博貴には意見が出来ないと言いたいのだ。
 チラリと大地はキッチンで御茶を入れている博貴を見ると、何時もと変わりない姿がそこにはあった。
 見ないつもりなんだ……
 それが分かると大地は急に恥ずかしくなってきた。早樹が調べたとはいえ、そのもの自体を当人に見ろと迫ったのだ。もちろん、大地にすれば一番良いことをしたつもりであったが、よくよく考えると、失礼極まりないことだろう。
 俺って……
 余計に博貴を傷つけたような気がする……
「はい、大ちゃん……」
 目の前に麦茶を置かれ、大地は俯き加減の視線を元の位置に戻した。
「あ、ありがと……」
 急に気まずくなった大地はコップに入っている麦茶を飲むことで気を紛らわせることにした。だが会話が出てこない。
 何かしゃべらないと……
 必死に大地は考えたが何も出てこない。
「……ねえ、大ちゃん……」
「……え……」
「私も色々考えたよ……」
 昼間見た切ない瞳がそこにあった。
「……うん……」
 視線をまたコップに戻し大地は頷いた。
「大地がそれを見て……私をもう軽蔑しているなら……良いから……。仕方ないことだからね。無理矢理君の気持ちを変えたいと私も思わないよ。大地の好きにしたらいい……。ここから本当に出ていくのも良い。私のことを許せなくても良い……。本来道ばたで会っただけの関係なら……きっと今、こうやってつき合ってはいないと思う……。私は元々大地には受け入れられない人間だと思うから……。それが分かったから、私には何も言えないよ」
 淡々と博貴はそう言った。
「……博貴……」
 何故か目の前にいる博貴がこのまま泣くのではないかと思うほど、博貴の表情は寂しげであった。そんな博貴の表情に大地は胸が痛む。
 何時もふざけている姿はそこには一欠片も見られなかったのだ。
「……最初はね、君をどんなことが合っても手放すつもりはなかったんだけど……。それは私の気持ちだけのことで、大地がどう思うかと言うことは考えていなかった。私が幾ら望んだところで、大地が嫌だと言えば仕方ないんだよね。それだけのことをしてしまったのかもしれない……。何よりね、反省なんてそれほどしていないんだ……多分大地には理解できないと思うけど、遊び人だった頃の自分を思い返して、虚しいことをしていたと考えても、私が悪いんだ……って心の底からは思えない。あの時はあれで良かったのだと今は言える。大地がどう思うか分からないけど、それが正直な私の気持ちだよ……。だから、謝る気もない。人間として最低なやり方で人生を歩んでいたと言われるかもしれないけれど、私自身は恥じることをしたくない」
 博貴はハッキリとそういうと、ニコリと笑って見せた。
「……それって……女を騙した自分を恥じたりしないって言うのか?」
 大地は思わずそう言った。
「ああ……そうだよ。そうやって金を稼いできたんだ。それが私だよ。例え君には認められない行為でも、私はそれをしてきた人間だ」
 博貴はもう笑みを顔には浮かべていなかった。
「お前っ最低なんだぞっ!分かってるのか?少しくらい反省しろよっ!」
 大地は腰を浮かせてそう怒鳴った。
「しない」
 だが博貴はただそう言った。
「なんで?お前絶対おかしいよっ!だってそうだろ?普通は悪いことしたって思うだろう?だって……お前酷い事やってるじゃないかっ」
 女を泣かせて……
 二股どころか同時に何人もつき合って……
 嘘ばっかりついて……
 それで……どうして反省しないんだよっ!
「だから……言ってるだろう。私は反省はしないってね」
 大地の意見など全く聞こうとしない博貴がそこにいた。
「……お前なんか……」
 ギュッと拳を握りしめて大地は絞り出すように声を上げた。その手を博貴はそっと掴んでくる。
「……もう良いよ大地……。所詮私達はお互い一緒にいるのがおかしい二人だったんだろう……。考えた……色々考えたよ……。君が言ったとおり……色々ね……。でも駄目なんだから仕方ない。もう……いいから……私を認めようとしなくていい。理解しようとしなくても良い。君の育った環境と私の育った環境はあまりにも違いすぎるんだ……。だから理解できない……。良いんだ……大地……」
 じっと見上げられ、大地は目を見開いた。
 何……
 何を言ってるんだろうこいつ……
「君が言えないなら私が言うよ……」
 ……
 だから……
 何を?
「別れよう……大地……」
 ……
 ……え?
「……博貴?」
「また冗談でも言ってると思うかい?違うよ……本気だよ……君を試してるわけじゃない。何か企んでるわけでもないよ……。だから言葉通りに取ってくれたらいい……」
「博貴……?」
「大地を沢山傷つけてしまったね……。許してくれるかい?」
 博貴はただじっと茫然と立っている大地を見つめている。大地の方は混乱したまま声が出なかった。
 どうして……
 博貴は何時もそうやって逃げようとするのだろう……
 これで本当に考えたと言えるのか?
 俺は……
 お前とこれからも一緒にいたいから……
 色々なことも考えてきたのに……
 お前は簡単にそれを止めようって言うのか?
 それって逃げてないか?
「逃げるなよっ!なんだよっ!どうして簡単にそんな言葉が口に出せるんだよっ!俺はそんなこと一度だって考えてないのにっ!別れるなんて……そんなの考えなかったのに……!お前が言うのか?どうして……っ……」
 そこまで言って大地は涙が溢れた。
「……考えなかった?」
 驚いたような博貴の顔に大地は余計に腹が立った。それはいかにも大地も考えていただろうと言う顔だったからだ。
「考えるかっ!馬鹿野郎っ!どうして別れるまで行くんだよっ!俺は……っ……俺はここにいたいって思ってるのに……。お前の家族だって俺は思ってきたのに……。ちょっと問題が出たらお前は別れるってすぐに考えるんだなっ!ああ、ああいいよ……良く分かったよ。別れたいなら別れるよっ!お前がそれでスッキリするならそうしろよっ!畜生っ!何でこんな奴なんだよっ!その報告書の最後に載るのは俺だったんだっ!ばっっかみてえ!」
 掴まれた手を振り払い、大地はそう言い足早に玄関に向かって歩き出した。
 悲しいとか辛いとか、そういうことよりもむかついて仕方がなかったのだ。
 俺がいつ別れたいなんて言ったんだよっ!
 俺はなにも言ってないだろうっ!
 そんなこと考えもしなかったのに……
 あいつは……
 違う方向で考えてやがったんだっ!
 俺が真面目に考えてくれって言ったのはそういう事じゃないっ!
「大地っ!待ってくれ……」
 博貴は後ろから駆け寄り、大地の腕を掴んだ。
「うっせぇっ!勝手にしろよっ!お前の真面目に考えるって事はそういうことだって俺分かったからもういいよっ!何が別れるだよっ!何が……っ……」
 大地はまた涙が零れた。悔しくて仕方ないのだ。
「違うんだよ……大地……聞いてくれ……」
「何が違うんだよっ!別れたいんだろっ!そうしろよっ!俺はもう良いからっ!考えるの馬鹿馬鹿しくなってきたっ!」
 手を振りまわして博貴の掴む手を離そうとしたが離れなかった。
「大地が……あれを読んだら、きっと君は私のことを許せそうにないと思ったから……私は自分の中で決めていたんだ……。君が読んだら別れるしかないって……。逆に大地が私に話しを聞かせて欲しいと言ってきたら……きっと大丈夫だって……。そう思うことにしようと決めたんだ……。大地は私の口から聞いてくれると思っていた……だけど……そうじゃなかったから……。同じ事を知るのに、どちらにそれを求めてくれるかを私は考えたんだ……」
 真摯な表情で博貴は大地に話した。
「博貴……俺は……」
 見るつもりは無かった……
 だが……
「私は……私に聞いてくれると信じていたんだ……。大地には隠さずに全て話すときちんと伝えてあったからね……」
「違うよっ……俺だって……見るつもりなんか無かった。やっぱり……博貴に聞くべき事だって……でも……利香子って女が……」
 大地がそういうと博貴は怪訝な表情になった。
「利香子?どういうことなんだい?」
「その人が俺に言ったんだよ……博貴は裏で女性を売りさばいて稼いでいるって……だから俺……疑った訳じゃないけど、もし本当にそんなことをしていたらあれに載ってるかなって……載ってなかったら嘘だって分かるはずだって……。俺……お前に聞けなかったから……もし聞いたら……お前をもっと傷つけるような気がしたから……それで……」 
 ただそれだけだったのだ。博貴の言うように本当は博貴自身から過去は過去として聞くつもりであった。だが、利香子の言ったことがどうしても気になったのだ。
 嘘だとは思った。が、やはり気になった。しかし、博貴にそんな事を聞けなかったのだ。だからあの書類を見た。
「……はあ……もう……あれはねえ……利香子を完全に切るために嘘を付いたんだ……。しつこい人だから……。少し脅しでもかけておいたら、もう付きまとって来ないと思ったんだが……大地に話すなんて思わなかったよ……」
 溜息をついて博貴は言った。
「……嘘つき……」
 大地はじっと博貴を見つめてそう言った。すると博貴はただ笑った。
「……嘘つきだよ……あの書類にも書いてあっただろう……?でも大地には本当の私しか見せてないよ……大地に対して自分を取り繕ったりするのは嫌なんだ……。君には私を見て欲しい……本当の私をね……。だから正直に君の疑問に答えたつもりだよ……」
 それは大地も分かっている。だから一緒にいられるのだ。しかし、自分の昔のことをこれっぽっちも反省していない博貴に大地は苛ついているのだ。
「お前はちっとも反省していない……」
「しない」
 きっぱりと博貴は言った。
「人間は間違って悪い事をしても反省できるから立派なんだって俺は教わって大きくなったんだ。なのにお前は大きくなってもちっとも反省しないっ!どうしてなんだよっ!」
 くってかかるように大地はそう言った。
「私はね……大地。分かっていて悪いことをしたんだよ」
「……っ……」
 大地は博貴の台詞に言葉を失った。
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