Angel Sugar

「秘密かもしんない」 第14章

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 エレベーターを上がり、ポーチを通り抜け、博貴は自分のうちまで戻ってきた。そして中に入るとすぐにリビングに入り、ローソファーに身体を横にする。
 はあ……
 参った…… 
 今までで一番目にしたくない大地を博貴は見たと思った。しかしこれはどうしても大地が自分で納得し、けりを付けて貰わなければならないことだったのだ。
 多分、これから先もこの問題は出てくるだろう。それは博貴の過去の問題など小さな事で、本当に一番大きな問題は大地の身内の事だ。兄すら振りきることが出来ずにどうして両親を振りきれると言うのだろう。
 大地は人一倍気持ちの優しいところを持っている。多分、両親に感謝し育った子供なのだ。まずここらあたりから既に博貴とは違うのだが、それほどの絆は簡単には切れない筈だ。
 しかし、博貴は自分の為に大地にそれが出来るほどの気持ちをしっかりと持って貰いたいと考えていた。これは幾ら博貴が説得したところで、無駄な事だ。大地が自分の意志で、両親を説得するか、それが出来ないとなれば両親と絶縁しても構わないと言う位の気持ちをもって欲しかったのだ。
 そこまでの決心が付けられるのなら、博貴の過去など多少大地を傷つけることになるだろうが、家族の問題に較べると取るに足らないものになるだろう。
 狡いんだな……
 私は……
 ふーっと息を吐いて博貴はそう思った。
 ここで大地を突き放す気が博貴にはもともと無かった。いつかこの問題にぶつかったとき、二人で考えたら良いと思っていたのだ。しかし、同時に二つの問題が持ち上がってしまった。
 大地は博貴の過去と、兄の早樹の事で悩んでいる。大地にとって今、早樹のことより博貴の過去の方が重要な位置を占めているはずだ。だがそれは全く逆なのだ。
 本当に辛いのは人の過去を聞くことよりも、大地自身の問題の方が大きい事を大地は分かっていない。
 博貴はその事を大地に自分で分かって貰いたかったのだ。もちろん、大地を手放す気はない。ああやって泣いているうちは大地の気持ちは博貴に向けられているのだと分かるからだ。
 それが分かっていて突き放す自分は狡いのだと博貴は思った。大地が本当に何が一番問題かを大地自身に分からせようとしているからだ。それを理解したとき、博貴の過去などとても小さな事だと気が付くだろう。博貴はそれを期待していた。
 だから狡い。
 分かっていながら大地を一人で苦しませる気でいる。その事を利用し、自分の過去を霞ませる気でいる。こんな事を博貴が考えていると大地が知れば、何もかもぶち壊しになるはずだ。
 だから言わないよ……大地……
 私が今何を考えているか……
 私の本当の気持ちは……
 絶対に話さない。
 君を失わない為には私は何だって利用するつもりなんだ。
 例え君の大切な家族であろうと利用する。
 君がどれだけ苦しんでも、大地を家族に返す気などない。
 大地を手放す気などこれぽっちも博貴にはないのだ。その為にはどんな事でも企むだろう。本来そんな狡さを持つ博貴のことを大地は一生気が付かないはずだ。いや、博貴が気づかせない様にしているのだ。
 見せないからね……
 そんなところは……
 私は大地が思うほど良い人間じゃないんだ。
 それに心が綺麗なわけでもない。
 大地の事を考えるとき、独占欲の強い自分がいることを博貴は意識していた。いつでも博貴は大地を自分だけのものにしておきたいと考えている。
 知らないんだろうね……
 私が優しくなれるのは君にだけなんだよ……
 後は大抵、営業の顔なんだから……
 仕方ないよね。
 そうやって生きてきたんだ。
 今更、性格を変えられないよ……
 でも君は私が優しい男だと信じてる。
 博貴は誰を傷つけても全く堪えない昔とは違うのだと大地は信じているが、そうそう人間は性格を変えることなど出来ない。どうして大地はそれに気が付かないのか博貴にはそちらの方が不思議なほどだ。
 誰だって大切な相手には自分を良く見せようとする。今は違うのだと演じてしまうのも仕方のないことだろう。だが根底にある狡さはやはり今も博貴の中にあるのだ。もちろん、現在は大地に何処を見られても恥ずかしくない生き方をしている。だからといって大地の望む「誰にでも良い人」に等なれるわけではないのだ。
 私は大地にだけ優しくなれるんだ……
 大地だから偽りのない自分を見せることが出来る……
 狡い部分は隠すが……
 そこで博貴は何故か笑いが漏れた。だが暫くするとその声も小さくなり、真剣な面もちになった。
 大地……
 少しだけ苦しいかもしれない……
 だけど……
 君の気持ちは私を向いている。
 私はそれを信じている。
 だから……
 君からの連絡を待つことにするよ。
 暫くの間一人で辛いが……
 その期間に私も自分の問題を片づけてしまうからね。
 亡霊のようにまとわりつく、過去消してしまった女に大地を傷つけさせるわけにはいかないのだ。博貴にとって大地が今全てであり、守るべき恋人になっている。いや、もう恋人という存在を越え、博貴の身体の一部分になっているのかもしれない。
 だからこうやって今ソファーに横になっていても、心が痛いのだ。
 不思議な気持ちだった。
 多分、大地に出会わなかったらこんな人間的な感覚など味わえなかっただろうと博貴は思う。だからこそ誰にも邪魔されたくなかった。
 横からかっさらわれる等は論外だ。
 ああ……
 電話をしておいてやらないと……
 また徹というガキの所に行くかもしれないからねえ……
 心配はしていないが、徹という大地の同級生も博貴には目障り以外なにものでもなかった。しかも徹はどうも大地に好意を抱いている。そんな男の所に今、不安定な大地を行かせる事など絶対にしたくない。
 博貴は閉じていた目を開け、携帯を取りだし朝方という普通なら絶対掛けないような時間に三崎家へと繋がる短縮ボタンを押した。

 博貴が行ってしまった後、残された大地はまた椅子に座っていた。明かりが煌々と灯された中、どうして良いか分からない自分の気持ちがだけが漂っていた。
 泣き疲れた所為で、目元がじいんと痛みを訴えている。
 擦りすぎた目が赤くなっているのだろう。
 どうしよう……
 腕時計で確認すると今四時になろうとしているところだった。マンションの玄関から外を見るとまだ外は暗い。そこから見える道路にはもちろん車一台すら走っていなかった。
 ……戸浪にいのところは早樹にいがいるしな……
 でもここにずっと居られないし……
 項垂れた顔はじっと床を見ている。するとつるっとした大理石の表面に三葉虫の断面図が見えた。
 あ……ここの大理石って本物なんだ……
 今、気が付いた……
 なんとなくその三葉虫が気になり、大地はずっとそこに視線を合わせていた。
 何万年前にここに埋まったんだろう……
 そんなことを考えて大地は息を吐いた。
 俺……
 あいつが何を今考えてるのか分からないけど……
 別れるつもりがないのだけは分かった。
 本気でそう思っているなら連絡をくれなんて言わないよな……
 それより……
 博貴があんな決心を付けるほど、一体早樹は何を言ったのか大地は気になった。余程酷いことを言ったのかもしれない。そうでもなければ、博貴が自分の気持ちを曲げるようなことなどないはずなのだ。
 早樹にいにやっぱりもう一度は会わないと駄目だよな……
 戸浪にいのとこ……
 行くしかないか……
 大地は椅子から降りると、玄関に向かって歩き出した。すると自動ドアの向こうから戸浪が走ってくるのが見えた。
 え……
 なんで?
「大……」
 戸浪はそれだけを言い、ギュッと抱きしめてくれた。だが大地はもう涙は出なかった。それよりどうして戸浪がここにいるのかのほうが不思議で仕方なかったのだ。
「戸浪にい……なんでここにいるの?こんな時間に……」
「大良さんから連絡を貰ってね……」
 言って戸浪は大地の頭を撫でた。
「……あいつ……」
 何もかもお膳立てされているような気分に大地はなった。
「何でもいいが……こんな時間だ。さっさとうちに帰ろう……」
 戸浪は大地の背に今度は手を回し、歩くように促した。
「……うん……」
 歩道を歩き、道路までくると祐馬が立っていた。
「やあ……」
 ……やあって……
 誰こいつ?
 と、言うほど、祐馬の顔が酷く腫れていたのだ。戸浪が祐馬とつき合っているのを知らなかったら、今ここに立っているのが誰だか分からなかっただろうと大地は思った。
「三崎さん……その顔……どうしたの?」
「ん~早樹さんにボコボコにされちゃってね……」
 苦笑しながら祐馬は運転席の方へまわり、車の屋根越しにこちらを見た。
「なんで?なんで殴られるわけ?……あ……」
 ばれた?
 兄ちゃんのとこも?
 後ろの戸浪を振り返ると、表情は苦笑している。
「ばらしたんだよ……大……。お前だけがばれて私だけが知らない顔を出来ないだろう?まあ……あとでゆっくり話してやるから……車に乗りなさい……」
 言って戸浪は後部座席の扉を開ける。大地はそれに逆らわず車に乗った。
「……祐馬……お前本当に大丈夫か?、前見えてるのか?」
 戸浪が助手席に座り、運転席でエンジンを掛けている祐馬にそう言った。
 ……兄ちゃん……
 恐いよ……
 三崎さんの顔も酷いけど……
 その会話の方が俺……恐い……
 大地は思いながらも、折角迎えに来てくれたことで文句は言えなかった。
「見えてるよ。んも~本当に前が見えなかったら俺、運転なんかしないって」
 ははと笑いながら祐馬はそう言った。
「……なら……いいんだが……。あ、大、眠かったら眠ってもいいからな」
 戸浪は心配そうに後ろを振り返り大地にそう言った。その言葉に何故か冷えていた心が温もった。
「眠くないから心配しないでよ……。それより……戸浪にい……ばらしたって……それで三崎さんが殴られたのか?」
「……というより……なあ……。早樹兄さんは私を殴ろうとしたんだが、この馬鹿が間に入ってきたもんだから、早樹兄さんが逆上してしまってね……。私の代わりに殴られたって言った方がいいかもしれないな……」
 こほっと小さく咳払いをしながら戸浪は言った。既に戸浪は前を向いていたので、背中しか大地には見えなかったが、きっと今、兄は頬を赤くしているに違いないのだ。
「だってさあ……なんで戸浪ちゃんを殴ろうなんて思うかな……。俺だったらどんなに腹がたっても絶対殴れないよ……」
 戸浪ちゃん……て……
 もう良いけど……
「私が一発殴られたら済むところをお前が間に入るから余計に早樹兄さんは腹を立てているんだ。それに……お前もお前だ。それだけ殴られてもまだ、夕食は呼びに行くわ……仕事に出るときも声をかける……どうなってるんだお前の頭の中はっ!普通なら追いだすだろうが……!」
 何やら戸浪は腹を立てているようであった。
「……ん~そうかなあ……俺、兄ちゃんの気持ちも分かるんだよなあ……。だから俺、強く出られないと言うか……。もちろん、戸浪ちゃんを殴ろうとするのは勘弁して欲しいけど……俺が悪いんだからさ……。別に許してくれと言っても許してくれそうにない人だから仕方ないんだけどな。だからといって戸浪ちゃんを奪っちゃった俺に、早樹兄さんに言えることってないんだって。それに殴りたくなる気持ちも分かるし……。殴られたからって恨むのも逆恨みだよ。俺は早樹さんを恨んでないし、こんちくしょ~とも思ってない。だから追いだす気もないんだなあ……」
 祐馬は何故か嬉しそうに言いながらハンドルを握り、運転を続けていた。
 羨ましいな……
 大良もこうならいいのに……
 性格が違うため、反応の差があるのは仕方ないとして、いつも情けない奴だなと思っていた祐馬の評価が変わった。
 祐馬は気持が優しいのだ。
 それはきっと誰に対しても優しいのだろう。相手の気持ちを考えてしまうから強気に出られないのだ。戸浪のことを大切にするのは当然なのだろうが、その兄も祐馬にとっては大切なのだろう。
 だから早樹を追いだすことが出来ないでいる。
 こうすれば気に入られるんじゃないか……と考えながら祐馬が行動している訳ではない。これが祐馬の性格であり、戸浪が惚れた中の一つに数えられているのだ。
 俺は……
 博貴も三崎さんみたいに殴られて欲しかったな……
 俺……そんなのみたら
 きっと嬉しかった……。
 それを想像して嬉しいと思う位なのだから、実際、殴られる祐馬を戸浪は目の前にし、きっと嬉しかったに違いない。
 いいなあ……
 戸浪にい……
 人をうらやんでも仕方ないのだが、家から追いだされてしまった大地には、そんな風にしか思えなかった。

「……君が本当に私の過去について聞けるようになったら……。あのお兄さんを振りきれる覚悟が出来たら……一度連絡をくれたらいい……その時もう一度話し合おう……」

 どう考えても大地には納得できない。
 博貴のあの言葉も、態度も……何もかもが全て大地には納得できないのだ。
 あの態度は何処かで見たことがあるとも思った。
 何処だったかな……
 思い出せない……
 だけどあいつ……
 俺のために死のうとか考えた奴だぞ……
 普通なら考えられないようなことを本当はする奴だぞ……
「……戸浪にい……それであいつなんて言って兄ちゃんに電話したんだ?」
 ふっと顔をあげ、大地は聞いた。
「……いや……何も聞かないで大地を迎えに来て欲しいって言われたんだ。だから何も聞かなかった」
 軽く振動する車内で、大地は「ふうん」とだけ言った。
「……早樹兄さんが何か言ったんだろうか?夕方帰ってきたら随分機嫌が良かったんだ。もちろん、祐馬にはぼろくそに言ってたけどね。言葉にそれほど棘も無かったし……ああ、何かあったな……とは思った。大は知っているのかい?」
 戸浪はミラーでこちらを見ながらそう言った。
「昼間……大良と話ししたってさ……その事どっちからも聞いたよ。で、大良が根負けしたかなんか知らないけど……俺、大良にうちを追い出されちゃったんだ」
 大地が淡々とそういうと、戸浪の瞳が細められた。
「なんだって?あの男がお前を追い出したのか?」
 って……
「戸浪にい……それを分かって来てくれたんじゃないのか?俺が出ていく訳ないだろ。戸浪にいとは違うんだから……」
 大地が呆れたように言うと何故か祐馬が笑いをかみ殺したような声を上げた。
「……祐馬……何か言いたいとがあるなら言っていいぞ……」
 冷えた瞳で戸浪は隣で運転する祐馬にそう言った。
「えっ……いや……なんでもないって……あっ、うちに着いた~」
 明らかに誤魔化すような口調で祐馬は笑った。
「……まあいい……。どうせもう目も覚めたことだ……大も眠れないだろう?話し……するか……?早樹兄さんは眠っているから気にしなくて良いから……」
 戸浪は緩やかに瞳を和らげた。
「俺……それより腹減った……」
 大地は夕飯を食べていなかったのだ。 

 祐馬の自宅に三人は戻り、大地はキッチンで祐馬が温めてくれたカレーを食べた。その祐馬は食事の用意を終えた後「悪いけど、俺は朝までのもう少し、寝るよ」と言って、キッチンから出ていった。きっと二人きりにしてやろうと思ったのだろう。その優しさがとても大地には嬉しかった。
「ごちそうさま~」
 手を合わせ、大地は持っていたスプーンを食べ終えたカレー皿に置いた。
「……で、何があったんだ?」
 戸浪は膝にユウマを乗せてそう言った。ユウマの方は戸浪の膝で丸くなり、ぐっすりと眠っている。時折ぴくぴくと動くヒゲが可愛かった。
「あ……うん」
 ユウマを見ていた視線を戸浪に移し、大地は早樹が来て何を言ったか、その後博貴を待っていたことまで全部話した。
 話し終えると戸浪の表情はこれでもかと言うほど怒っていた。
「そんな男とはこっちから別れてやれ。何が覚悟だっ!全部大に背負わせる気か?一体どうなってるんだ。あの男が以前、大のためにしたことは一体何だったんだ?」
 戸浪の怒りは止まるところを知らなかった。その怒りの声を聞いたユウマが急に目を覚ませて身体を起こした。
「お前は寝てなさい。いいから……」
 そういう口調もきつい。
 だが大地は戸浪の言葉で先程気になっていたことを思い出した。
「あいつ……何か、また一人で何か企んでる……」
 ずいぶん前に、大地に別れを持ち出した博貴の態度が、先程冷たく言った博貴の姿とだぶったのだ。あの時、博貴はわざと大地を切ろうとしたのだ。それは大地のことを思っての行動だった。
 あいつ……
 今度は何を考えてるんだ?
「え、なんだ企むって……穏やかじゃないな……」
 びっくりした顔で戸浪は言った。
「え……うん。俺もよく分からないんだけど……さっき見たあいつの態度が何となく本心からじゃないなあ……って気が付いたんだ。なんかこう……作ったみたいな態度って何か企んでることが多いんだよな……。昔一度俺に向けた態度で、あんなのがあったなあって思い出したんだ……」
 ふうと息を吐いて大地は半分まで飲んだお茶を最後まで飲んだ。
「……一体どういう男なんだ……あの大良という男は……。兄ちゃん心配になってきた……」
 せわしなく自分の頭を撫でる手に、何となく嫌な顔をしているユウマが、戸浪の膝の上で丸くなって目だけを開けていた。 
「あいつ……ほんとマジで、性格が良いタイプじゃないんだよ。最近分かってきたんだけど……。あ、俺にはそんな事ないんだ。でも、こう、二人で外に出たときとか、結構あいつ自分を作ってるって言うか……。そりゃもちろん他人にも優しいよ……言葉使いとか丁寧だし……でもな……あいつそういうの作ってるだけって俺分かってるんだ。まあ……俺にそんなことしないから気付かない振りをしてるけどね……」
 淡々と言う大地の言葉に戸浪はじっと聞き入っているようであった。
「でさ、俺以前から気になってたんだけど……あいつが泣いたの俺、見たことないんだ……。何となく泣いてるのかなあ……っていうのはあったんだけどね。で、俺考えたんだけど、あいつが冷たい奴だから泣かない訳じゃなくて、なんていうのかな……俺よりちょっと上の年にお母さんがあんな事になって、生活費とか入院費とか……こう、普通ならお父さんが居て、支えてくれるはずなのに、あいつにはそんなの無くて……自分で全部支えなくちゃならなかったんだ。その頃は色々あって泣いたのかもしれないけど、泣きすぎて泣けなくなったんだろうなって考えたんだ。いや……もしかしたら泣き方を忘れたのかもしれない……。その時人間不信にもなったのかなって……。俺には分からない世界でお金を稼いでいたわけだから、やなこともあっただろうしさ……それにいちいち反応してたら、人間誰だってもたねえよ。あいつはああやって自分を殻に押し込めてようやく自分を守っていたのかもしれないって……。だからこう、俺にも本音を隠すところあるんだ。もちろんお互い何でも話し合おうって決めてるけど……全部あいつがきちんと俺に話していると思ってない」
 一気にそこまで話し、大地が戸浪の様子を伺うと、目をまん丸にしていた。
「……なんか……変なこと言った?」
「あ、いや……随分と大人な考え方をするんだなあと思ってな……」
 ははと笑って戸浪は更にユウマを撫でる手を早めていた。
「泣けるっていうのは……きっと幸せなことなんだと思う。大人になっても自然に泣けるのはきっと幸せに育ったからなんだって……。だから俺は幸せな人間なんだと思う」
 ニッコリ笑って大地が言うと、戸浪はうっすらと笑った。
「で、大は、そこまで大良さんのことを分かっていて、これからどうするつもりなんだ?」
「……ただ俺ね、あいつが何か企んでいたとしても何を考えているのかは分からないんだ。今みたいにすぐに気が付くこともあんまりないし……大抵ひっかかった後で気が付いて、くそ~やられた~ってむかつくんだ。俺は自分で認めたくないんだけど単純だから複雑に物事を考えるあいつのことなんて、ほんと分からないんだよな」
 へへへと笑って大地は頭を掻いた。
「でも俺もぐらぐらしてたし……うん。まだ色々考えてるけど、一度に沢山のことを俺は考えられないから……。とりあえず、あいつの過去と向き合ってみる。まだあるんだよな?」
「あるって何が?」
 戸浪は分からないようであった。
「だから……ほら……あの……早樹にいが興信所使って博貴の事調べただろう?」
「ああ……あるよ」
 不満げに戸浪はそう言った。
「俺……自分でちゃんと見るよ。全部見て、自分自身で納得する。とりあえずそれから始めようかなあって……はは……。俺もう泣きすぎて妙にすっきりしたところあるんだよな……こんなのってなんだか変なんだけどさ……」
 上手く自分の思っていることが言葉に出来ず、大地は戸浪から視線をそらせた。
「お前がそれでいいんなら……一つずつ片づけていけばいい……」
 戸浪の優しい声は大地を力づけるものだった。
「それから早樹にいとちゃんと話しをしてみる」
「そうだな……」
「全部終わったら……俺……あいつに電話するよ」
 ぽつりと大地がそういうと戸浪が「とんでもない……」と言った。
「え?」
「いま何かを企んでいる男なんだろう?」
「……まあ……何を企んでるのか知らないけどね……」
 済んでしまってから種明かしがあるのだろう。今までそうだったのだ。先に分かっても大地には博貴が今、何を企んでいるのかまるで分からないのだ。
「だったら、お前も何か企んでやればいいだろう」
「……なにそれ?」
 大地がきょとんとした表情をしていると、戸浪は意味ありげに笑った。
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