Angel Sugar

「秘密かもしんない」 第8章

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「……え、あ、良いけど……何?早樹にい……」
 大地は何となく嫌な予感がしたが、平静にそう言った。
「会ってからだ、ああ、三崎さんのうちに来てくれたら良い。何時になってもいいからな。とにかく今日、大と話しがしたいんだ」
 イライラと早樹はそう言った。
「うん。分かった。じゃあ……もう少ししたら行くよ」
 言って大地は早樹との電話を終えた。
「大ちゃんどうしたの?何か急用でもあった?」
 真喜子は漬け物の入った紙袋から視線を上げて言った。
「……え、うん。ちょっと一番上の兄さんと会うことになって……」
 早樹のことが気がかりなまま大地は真喜子に言った。
「一番上……あの戸浪さんじゃないのよね?」
「うん。俺三人兄弟の一番末なんだ。戸浪にいが二番目で、一番上が早樹にい。海上自衛隊で働いてるんだけど、今休暇もらったとかで、戸浪にいの所に居候してるんだ……」
 何だろう……
 早樹にい怒っていたような気がする……
 もしかして……
 戸浪にい達ばれたのかな?
 一緒にいたらばれる可能性大だもんな……
「……一緒にって……戸浪さんのところも……恋人と一緒じゃなかったかしら?」
 真喜子は思い出すようにそう言った。
「……うん。兄弟二人のうちどちらかに泊めるとなったら、うちは……ちょっと無理だったから……。早樹にいって博貴みたいなタイプが一番嫌いなんだ……。だから戸浪にいの所にいるんだけど……。あっちも大変みたい……」
 大地が小さく溜息をつくと、真喜子が笑った。
「事情が事情だから大変ねえ……でも堅物な人って私嫌いじゃないわ。真面目だから……。硬すぎて困ることもあるでしょうけど、そういう人って基本的に善人だし、嘘を付けない人が多いもの……」
 まるで早樹を知っているかのように真喜子は言った。
「それで……早樹にいがどうしても会いたいって言うから、俺そろそろ行きます。俺から誘っておいて、すごく悪いんだけど……」
 申し訳なさそうに大地が言って立ち上がると、真喜子も椅子から腰を上げた。
「気にしないで。私の目的はこの大ちゃんの漬けてくれた漬け物だったもの。これを貰ったら充分よ」
 大事そうに漬け物の入った紙袋を抱え、真喜子は言った。その姿が大地にはとても嬉しかった。自分の漬けた漬け物が楽しみだとか言われると本当に嬉しいのだ。
 まあ……
 母さん仕込みだけど……
 そんな風に思いながら大地がレシートを取ろうとすると、真喜子が横から素早く掠め取った。
「私のおごり。沢山漬け物貰ったんだから、この位払わないとね。ごちそうさま。大ちゃん」
 そこまで言われると、大地も無理に自分が払うとは言えなかった。
「あ、じゃあ……ご馳走になります。それで……漬け物なんですけど……。無くなったらいつでも言ってくださいね。俺ので良かったら幾らでも真喜子さんにお裾分けしますから……」
 大地が照れながら言うと、真喜子は「や~ん……大ちゃん大好き~」と言って抱きついてきた。
 何となく得したなあ……と、大地が思ったのは言うまでもなかった。
 二人で喫茶店を出ると、真喜子が急に言った。
「色々あると思うけど……大ちゃんは大ちゃんらしくしてたらいいのよ。あんまり考えたり落ち込んだりするの大ちゃんらしくないしね……」
「うん。俺、なんか元気になれたよ……真喜子さんありがと」
 大地がそういうと、真喜子はニッコリと微笑んだ。こんなに綺麗で優しい人にどうして恋人が出来ないのか大地には不思議だった。
 いやいるかもしれないが、その辺り、真喜子は話してくれないので分からない。
「じゃあね……大ちゃん」
 そう言って真喜子は手を振りつつ、去っていった。 
 ああいうお姉さんが欲しかったよなあ……
 おれんち男ばっかりだもん……
 まあ……
 もうどうにもならないけど……
 大地は姿が見えなくなるまで真喜子を見送った。そうして次ぎに祐馬のマンションに向かうため駅に向かって歩き出した。だが歩きながら嫌な予感だけが胸の中に棘のように刺さっている。
 何となく嫌だな……
 どうも怒ってたみたいだけど……
 何かあったのかな……
 しかし、これから祐馬のマンションに行くとなると帰宅時間が随分と遅くなるはずだった。大地は歩きながら携帯を取り出すと、うちにいるであろう博貴に電話を掛けた。
「もしもし……あ、大良?悪いけど俺、今日遅くなる。悪いんだけど勝手に飯食ってくれない?」
「ああいいよ。何処か行くのかい?」
 博貴はいつもの口調で言った。
「うん。なんか早樹にいから会いたいって言ってきたから、俺、三崎さんちにこれから行くんだ。もし急用があったらそっちに電話くれる?」
「分かったよ大地。帰りが遅くなるようだったら電話をくれるかい?迎えに行くから……」
 心配そうに博貴はそう言った。
 ガキじゃないって……
 もう……
「……俺は男だっ!ガキじゃないっ!遅くなっても一人で帰られるっ!」
 大地は不機嫌な顔で言った。そんな顔も多分博貴には予想されているはずだった。それが分かるように、電話向こうの博貴はクスクスと笑っていた。
「……ああ、そうだね。大地は大人だよ。じゃあ迎えには行かないから、帰るときは電話をくれるかい?」
 笑いを堪えるように博貴は言った。
「……うん。分かった。電話する。じゃあ……」
 大地は電話を終えると、携帯をポケットに入れ、駅の入り口をくぐった。

「……今日は遅いんだ……大ちゃん……」
 博貴には大地に話しが合ったのだ。何時言うか、それとも言わずに置こうかと悩んだのだが、結局話すことに決めたことがあった。
 今日は早く帰ってくるだろうから、夕食後でも……と思っていたのだが、予定が狂ってしまった。
 だがまあ……
 明日でも良いし……
 大地が夜勤になると今度はなかなか込み入った話が出来なくなる。そうであるから、大地が日勤の時に話したかった。
 博貴はつい先日、例のビデオを送ってきた女性から連絡を貰い、今度会うことになった。大地に黙ってこっそり会っても良いのだろうが、何処で誰が見ているか分からない。それをどんな形で大地が知るか分からないのだ。
 そこまで考える必要はないだろうと博貴も思うのだが、もしもを考えると、やはりきちんと大地に話そうと博貴は考えた。
 何より博貴は大地に隠れてこそこそなどしたくなかった。
 それにしても……
 いまさらごちゃごちゃ言われてもねえ……
 博貴はテレホンラックから離れ、ソファーに横になった。
 彼女は何時もそうだ……
 自分が振られたら直ぐに戻ってくる……
 全く……
 いい加減にして欲しい……
 まあ今回は長く続いた方か?
 こめかみ部分を抑えながら博貴は目を閉じた。
 それは大学時代、博貴の彼女だった相手だ。意外に長続きしたような気はする。一年とちょとつき合っていた様な記憶もある。但し随分昔のことであるため、はっきりと博貴は覚えていない。
 つき合うと言っても何となくつき合っていたという方が正解だろう。向こうは見目の良い男を横に連れて歩きたかった。こちらも綺麗な女性を連れて歩きたかったのだ。利害が一致したからつき合っただけだった。そこに精神的な繋がりなど無ければ、お互い腹を割って話すこともなかった。
 所詮、その程度の付き合いであったはずだ。
 いつしか彼女と別れたのだが、あれも確か向こうからだったはずだ。博貴がホストに身を転じた事で、そんな職業の人とはつき合いたくないとはっきり言われたのだ。別に心底惚れていた相手では無かったため、「あ、そう」で終わった。
 だが問題はそれからだったのだ。彼女は新しい男と付き合い、別れて一人になると直ぐに博貴の所へやってくるのだ。一時期は店にまで顔を出し、彼女だと言うのだから随分と困ったものだった。店では邪険に突き放すことも出来なかったからだ。
 幾らもう昔のことだと追い払っても、彼女に新しい恋人が出来るまでコーポの回りをうろついたり、電話をひっきりなしに掛けてきたりしたものだ。それがこの一年ほど無かった。多分、ようやくいい人にでも出会えたのだろうと思っていたのだが、違ったようだ。
 また別れたのか……
 振られたのかもねえ……
 あの高飛車な態度にみんなうんざりするのだと、そろそろ学ぶべきだと思うけど……
 恋愛はフィフティフィフティだ。一方通行的に自分だけが何かをして貰うことを望むのは相手を疲れさせる。
 どうしてそれが分からないのだろう……
 まあ、確かにそんな女性とつき合っていたのは博貴自身だ。
 あの頃は外見で選んでいた。ホストになってからは外見より幾らお金を店に落としてくれるかで相手を選んだ。
 今では、良くそんな虚しい関係を続けられたのだろうと思うほど、博貴の恋愛観は180度変わってしまった。
 大ちゃんがいるからねえ……
 よくまあ……
 これほど惚れたものだと思うよ……
 大地のことを思いだし、博貴は笑いが漏れた。
 まあ……
 今晩帰ってきて、時間がまだ早かったら話しをしよう。
 博貴はそう思いながら、目を開け、ソファーの上で身体を伸ばした。

 大地が祐馬のマンションに着くと、祐馬が走ってきた。
「大地君、帰った方が良いよ。戸浪ちゃんは仕事からまだ帰ってきてないし……」
 小声で祐馬は早口でそう言った。
「……なに?別に戸浪にいが居なくてもいいけど……早樹にい俺に話しあるって言ってたし……。上がって良い?」
 玄関で靴を脱ぎながら大地がそう言った。
「それはいいけど……日を改めた方が良いと思う。俺もさあ……帰ってきてびっくりしたんだけどさ、リビングで腕組みしたまま固まってて……すっごい機嫌が悪いんだよ……。一応帰ってきた挨拶はしたんだけど、なんかとばっちり受けそうで恐いから俺も夕飯作る振りして、キッチンに逃げてるんだ。またユウマに当たられるのも恐いしね。ユウマもキッチンに避難させてる。あいつはやる気満々で目を離すと直ぐにキッチンから早樹さんのいるリビングに行こうとするんだけ……あーーっ!ユウマっ!そっち行っちゃ駄目だっての」
 途中から目線が廊下に向かっていた祐馬は、キッチンからトコトコとリビングに移動するユウマを目線に捉え、慌てて追いかけていった。
 三崎さんって……
 何時もあんなのかなあ……
 なんかおもしれえ……
 大地はユウマを追いかけていく祐馬を見ながらそう思った。 
 戸浪にいも退屈しないだろうな……
 それがいいのかもしれないけど……
 自分で考えたことに何故だか笑いが漏れながら、大地はリビングに向かった。
 すると、祐馬が怒りに燃えているユウマを抱きかかえながら、リビングから出ようとしていた。
「あ……大地君……駄目だって……」
「大、来たんだな。逃げたかと思ったぞ」
 同時に二人が話したことで大地には良く聞こえなかった。
「三崎さん。良いよ。俺、早樹にいとちょっと話しするよ。ここ暫く使わせて貰うけど……いいかな?」
 一応大地は祐馬にそう聞いた。
「それはいいけど……」
 にぎゃー、にぎゃああ~と鳴きわめくユウマを抱きながら祐馬は心配そうな表情で行った。
「大丈夫だって……じゃあ……」
 大地は不安げな祐馬にニッコリと笑みを見せ、早樹の座るソファーの前に腰をかけた。目の前に座る早樹は確かに機嫌が最高に悪そうであった。
「……何?話しって」
「……兄ちゃんは情けないぞ……」
 いきなり早樹はそう言ってこちらをジロリと睨んだ。だが怒っているより何やら悲しげに見えた。
「……何だよいきなり……」
 大地がそういうと、早樹は続けて言った。
「大良博貴……ホストだな?今はアルバイト的にやっているようだが……。それだけならまだ良かったんだ。大、お前は何を血迷って男とつき合ってるんだ?」
 ば……
 ばれた?
 なんで?
 どういうことだよ?
 俺は何も言ってないぞ……
 だって早樹にいとはあれから会ってなかったし……
 大地はいきなり切り込まれた話題に言葉が出なかった。
 そんな大地に早樹は無視されたと思ったのか、今度は怒鳴るように言った。
「お前はっ!恥だと思わないのか?何を考えて男とつき合ってる。同性だろうが?そんな気持ちの悪いことがどうして出来るんだ?」
 明らかに見下したように早樹は言っていた。
 もうここまで来たら……
 言うしかないよな……
 俺は退かないぞ……
 俺は何も恥ずかしいことしてる訳はないんだから……
「五月蠅いっ!俺が誰とつき合おうと勝手だろう!早樹にいに迷惑かけてる訳じゃないし、俺は俺の好きな奴とつき合っているんだっ!気持ち悪いことでもなんでもねえっ!」
 立ち上がって怒鳴るように大地がそういうと、早樹はそれより更に大きな声で言った。
「大っ!お前は騙されているんだっ!相手の顔を見ても分かるだろう。どう見てもお前は遊ばれているっ!どうして分からない!それほどお前は間抜けな男に成り下がったのかっ!」
「間抜けじゃねえっ!何度も言うぞ。俺はあいつとつき合って恥だと思ったこともねえし、あいつが俺を騙してることもねえんだよっ!勝手に想像して適当に言うなっ!早樹にいは何にもしらねえくせに!」
 バシッ
 怒鳴るように言った大地の頬に早樹の平手が飛んだ。だが、大地は視線を逸らせることなく早樹の方を睨み付けた。
 俺は……
 間違ったことなんかしてない。
 絶対してないからな。
 博貴は俺を大事にしてくれる。
 俺だけを愛してくれている。
 だから俺は絶対負けない。
 心の中で大地は何度もそう自分に言い聞かせていた。
「馬鹿だ!お前は脳味噌が腐ってるのかっ!よく考えろっ!お前は男とつき合ってるんだぞ。それがどれだけ異常なことがどうして分からないんだっ!何よりホストを職業にしている男など誠実になれるわけなどないだろうがっ!」
「腐ってなんかねえっ!腐ってるの早樹にいだっ!自分の考えを人に押しつけるなよっ!早樹にいが一番正しいわけないだろうっ!ホストホストってうっせーんだよっ!ホストが悪いのかっ!ホストが全部悪いのかっ!あいつはっ……俺にはちゃんと誠実に接してくれてる。それを知らない早樹にいに、ごちゃごちゃ言われたかないんだよっ!」
 バンッと机を叩いて大地はそう言った。
「誠実ね……何処が?あんな男の何処を見て大はそういうんだ?知らないだけだろう……」
 鼻で笑うように早樹は言った。
「知らないだけだっ……?何言ってるんだよ。俺は知ってる。あいつ……俺にはちゃんと自分自身を見せてくれてる。俺は何時だってあいつに大事にして貰ってるんだ……。してもらってるんだよっ!」
 大地がそういうと早樹は、急に悲しげな顔になり、自分の座っていた隣に置いた紙袋を取りだしてきた。
 なんだよ……それ……
「……心配になってな。大良博貴という男の事を少し調べさせて貰ったよ。酷い奴じゃないか……。こんな酷い奴なんだから……まあ……大が騙されても仕方ない。お前は見える部分しか見られないからな……」
 溜息をついて早樹はもった紙袋をこちらに差しだしてきた。その紙袋には青柳興信所と書かれていた。
 まさか……
 そこまでしたのか?
「人の過去を勝手に調べていいと思ってんのかよっ!汚いよ早樹にいっ!」
 差し出された紙袋をはたき落とし、大地は言った。
「赤の他人だろうがなんだろうが、こっちは可愛い弟を騙されてるんだ。その弟は完全に騙されてあっちの味方になっている。そうなると、証拠でももってこないと大は目が覚めないだろう?」
 怒鳴るわけでもなく、早樹は淡々とそう言った。
「見なくても……俺はあいつが酷い奴だったって知ってる。今更そんなことを引き合いに出してきてお俺は動じないよ。俺は今のあいつを見てるんだ」
 ちゃんとあいつは言ってくれた。
 過去だって話そうとしてくれた。
 自分の過去を反省している博貴を俺は知っている。
「お前……知っていてつき合うのは本当に馬鹿だぞ。分かっているのか?どれだけ女を騙してきたか……そんな男と分かっていて、本当に大は良いのか?」
 信じられないという顔をして早樹は言った。
「……良いんだ。俺はちゃんと理解してる。昔は酷かったかもしれないけど、今はあいつもちゃんとした生活してるんだ。それに……あいつ、自分のお母さんのこともあって、そんな生き方しか出来なかった時期があるんだから……俺みたいに家族に恵まれた人間が、意見なんかできやしない……」
 そうだ……
 見なくても良い……
 俺は博貴からきちんと聞くんだ。
 人に振りまわされるのは止めようって話し合った……
 俺は……
 あいつがどんなに酷いことを過去していたとしても……
 あいつからちゃんと聞いて……
 受け止める気でいるんだ。
 こんな事で壊れるような関係なんかじゃない。
「馬鹿だな大。母親も利用されたようなものだろう。それは確かに私も読んだ。多少の同情はするよ。だが、母親があんな状態になる前から、その男は女を弄んでいたんだぞ。結局の所、お前を納得させるためだけに、母親を引合に出して同情を得たんだろう。良い理由だったに違いない。それにしても母親まで利用するなんて酷い男だ……」
 バシッ!
 今度は大地が早樹に平手を飛ばした。だが言葉は出なかった。涙が滲んで喉が詰まっていたのだ。
「ほら、大も分かってきたんだろう?だから何も言えないんだ。大、目を覚ましてこういう男とは別れなさい。どうせぼろ布のように捨てられるに違いないんだからな。散々女を騙して、ちょっと気分を変えて男に手を出したくらいしか思っていないはずだ」
 そんなことなんかない……
 あいつは……
 あいつは……
 俺にはちゃんと……
 ちゃんと……
「これは言いたくなかったが、今も会っている女性がいるようだぞ。お前が知らないところで適当に遊んでいるんだ。呆れた男だよ……」
 ふうと息を吐いて、早樹はソファーにようやく腰をかけ、先程大地が払った書類をもう一度手に取った。
「これだ……この女性だ……」
 ガサガサと書類を繰りながら、一枚の紙を早樹は引き抜いた。そこにはスナップ写真と、女性の経歴などが書かれていた。
「ほら……ちゃんと見なさい。辛くても現実をちゃんと見るんだ」
 早樹はそう言って机の上にその書類を置いた。
 見るつもりなど無かった。だが視線が自然と下に向かい、まずスナップ写真が視線に入った。
 この人……
 この人って……
 ビデオに映っていた人……
 いや……
 見間違いだよ……
 だって俺あのビデオ一瞬しか見えてなかったし……
 はっきりそうだとは……
 でも……
 写真に視線が釘付けになっている大地に早樹が言った。
「大学の時からの付き合いだそうだよ。たまに会ってると本人は言っていたそうだ。セックスフレンドだと。彼女のコメント付きだ。まあ……大もこれで分かっただろう……」
 大学の時からの……
 博貴は大学時代つき合ってたとは言ってたけど……
 だったらやっぱりあのビデオの人?
 セックスフレンドって……
 何?
 何なんだ?
 どう言うことなんだ?
 違うよな……
 違う……
 俺……
 俺は……
 頭が半分パニックになっており、早樹がまだ何か言っているのだが既に耳には入らなかった。ぼんやりしている大地の肩を早樹は何度も揺すりながら、一人で語りかけている。それは分かるのだが、全く聞こえていなかった。
 ただ、頭が真っ白で、何を考えて良いのか分からないのだ。そんな大地にはっきりと祐馬の声がだけが聞こえた。
「いい加減にして下さいっ!」
 祐馬は肩を掴んでいる早樹から大地を引き離し、自分の方へ寄せると更に言った。
「貴方は今大地君がどんな状態か分かっていて、まだ追いつめるようなことを言うんですか?声も出さずに泣いている弟をみて可哀相だと思わないんですか?信じられないっ!」
 俺……
 泣いてた?
 嘘だよ……
 俺……別にショックなんか……
 だって……
 博貴のこと……
 知ってるから……
 分かってるから……
 今、何を言われても俺は大丈夫なんだ……
 そう大地は思うのだがやはり声は出ない。
「君には関係ない」
「過去過去って……うっせーんだっての。大地君が良いって言うんだからほっときゃいいんだよ。何で他人にごちゃごちゃ言われなきゃなんねーんだって。本当に弟さんが可愛いなら見守ってやれば良いだろっ!こんな風に追いつめて何が兄貴だっ!」
 祐馬は激しい口調でそう言った。
「君には他人事かもしれんが、大が人の道を外しているのを、兄としてどうして放っておけるんだっ!君こそごちゃごちゃ言わないで貰いたい」
 言って早樹は祐馬が引き寄せている大地の腕を掴んで、引っ張った。その手を祐馬が払った。
「だからっ!これ以上何を言うんだよあんた。暫くそっとして置いてやれよ。余計なことばっか言ってさあ。なあにが兄貴だ。男を好きになってどうして人の道を外してるんだ?犯罪者じゃあるまいし……」
 呆れた口調で祐馬は言う。
「五月蠅い。君にそんなことを言われる筋合いはない」
「その言葉、そのままあんたに返してやるよ」
 へへんと祐馬が言ったことで、早樹が切れたようであった。
「君は何様のつもりだっ!人の兄弟の事に口を挟まないで貰おうっ!」
「俺様だよっ!このうちでは俺が一番えらいの。俺が家主なの。あのさあ……俺、もちろん口出す気は無かったよ。だけどあんた言い過ぎだっての。興信所まで使うなんて……俺、信じられねえよ……」
 そう祐馬が言うと、早樹の手が上がり祐馬を殴った。その手にユウマが飛びつき噛みついた。
「いってえっ!あんたなにすんだよっ!」
「この猫っ!また邪魔をしてっ!」
「ふぎゃーーっ!」
「一体何の騒ぎなんだっ!」
 そこに驚いた顔をした戸浪が帰ってきた。
「戸浪にい……」
 大地は俯いていた顔をあげ戸浪を見た。
「大……どうしたんだ?何故泣いてるんだ?」
「お……れ……俺……」
 ウッと胸が詰まり、大地は戸浪の胸に飛び込んだ。なんだかもう頭がパニックで涙しか出ないのだ。
 悲しいのか……
 辛いのか……
 分からない……
 複雑な気持ちが胸の中で入り乱れ、今の自分を表現できないのだ。そんな混乱した大地の頭を戸浪は緩やかに撫でていた。
「何でも良いですけど……喧嘩は止めてください。それと、早樹兄さん。ここは人様のうちです。貴方は世話になっているんですよ。それから三崎さん。うちの兄が何を言ったか存じませんけど、失礼があったら後でお詫びしますから、とりあえず許してあげて下さい。うちの兄弟喧嘩は普通じゃないですから……。何時もこうです。気にしないように……」
 早樹を見て、次ぎに祐馬をギロリと睨んで戸浪は言った。すると祐馬と早樹はお互い睨みながらソファーに座った。その祐馬の方は更に、毛を逆立てているユウマを膝に抱えている。
「で、何があったんですか……」
 はあ……と溜息をついて戸浪が言った。
「俺……俺が悪いんだ……だから……二人とも悪くない……」
 大地は顔を上げそう言った。
「大……?」
「……俺が……悪いんだ……」
 上げた顔をまた下に向け、大地は言った。
「大……どうしたんだ?ここで話せないないなら、あっちに行くか?」
 戸浪は膝を床につき、俯く大地を下から見上げるように言った。
「……ないよ……何も……俺……帰る……」
 絞り出すように大地はそう言い、戸浪が掴む手を払って玄関に歩き出した。
「大っ!待ちなさい。ちゃんと話しをしてからだ」
 後ろから戸浪が心配そうにそう言って追いかけてきた。だが大地は今何も話しをしたくなかった。
「ごめん戸浪にい……俺……今……何も話したくない……ううん。何話して良いか分からないんだ……ごめ……」
 靴を履きながら大地はそういうと、玄関を飛び出した。
 今は誰とも話しをしたくなかったのだ。
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