Angel Sugar

「秘密かもしんない」 第9章

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 俺は……
 博貴を信じる。
 他人に振りまわされたりなんかしない……
 俺は……
 今見えている博貴を知っている。
 過去はそれほど良い奴じゃなかったのも聞いてる。
 それは博貴が言ってくれた……
 内容まで知る必要はないんだ……
 知りたかったら聞けばいい。
 何時だって教えてくれるはずなんだ……
 博貴は俺に嘘は付かない。
 周囲にある植え込みの木々がサワサワと風に揺れ、大地の頬を撫でた。その感触に奇妙な心地よさを感じ、知らずに視線が上を向いた。
 大地はどうやってうちに戻ってきたのか自分でも分からなかったが、気が付くと今住んでいるマンション前に立っていた。
 マンションを見上げながら暫くぼんやりとその外観を眺め、大地は立ちつくした。相変わらず木々は枝葉を擦りあわせ、乾いた音を立てている。
 周囲は既に暗く、街灯だけがポツポツと灯り、マンションの入り口だけが煌々と明るく、回りの暗闇から浮いていた。
 大地はゆるゆると歩き出し、入り口の自動ドアを通り抜けるとエレベーターに乗った。そしてオーナー専用キーをかけ、最上階まで上がる。
 普通の顔で入らないと……
 あいつ心配するよな……
 必死に顔を元に戻し、大地はポーチを通り抜け玄関までやってきた。そこで一旦立ち止まり、泣いた目を何度も擦った。
 ようやく気持ちを落ち着け、玄関を開けてそっと中にはいると、博貴の靴が何時も通り並べてあった。
 うん……
 これから俺は何時も通りに夕飯を作って……
 あいつと食べるんだ……
 何とか笑顔を作り、大地は博貴がいるだろうリビングに向かった。するとひそひそとした声が聞こえてきた。
 博貴は受話器をもち、電話をしていたのだ。それを遠目に眺めながら、大地が中に入ろうとすると、博貴の会話内容が耳に入ってきた。
「……ああ……もう何度も電話してこなくても、会うって言ってるだろう……。何かあったらこちらから電話するから……そうだよ……ああ、はいはい。分かったよ」
 あんな風に邪険に会話する博貴を大地は見たことがなかった。
 もしかして相手は大地に秘密にしている女性なのだろうか?
 俺を迎えに行くって言ったのも……
 俺に帰るときは電話しろって言ったのも……   
 俺が居ないことを確認したいだけだった?
 いや……
 違うかもしれないし……
 違うよ。そんなことなんかある訳ないだろ。
「ただいま……」
 大地がようやくそういうと、博貴は驚いた顔で振り返った。
「大ちゃん……早かったんだ……お帰り」
 こちらの顔を認め、博貴はニッコリと笑う。
「……え、うん。今帰ったんだ……」
 博貴からの視線を逸らせた大地は、ローソファーに足を延ばして座った。なんだか酷く疲れていたのだ。このまま横になって眠ってしまいたいとさえ思った。
「大ちゃん……顔……どうしたんだ?頬が腫れているけど、もしかして殴られた?お兄さんと喧嘩でもしたのかい?」
 大地が座るローソファーの真横に来ると、博貴は心配げにこちらを覗き込んできた。だが顔を見られたくなかった。
「なんでもない……」
「……そんなに激しいとっくみあいをしたのかい?」
 言いながら博貴はこちらの頬に手を伸ばしてきた。
「だから……別に……何でもないって言ってるだろ……」
 頬に当てられた手をやんわりと押しやり、大地は笑う努力をしたのだが、顔は強ばり、目も真っ赤に腫らしていることなど気が付いていなかった。
「でも……大ちゃん……」
「ほんとに……大したことないから……気にしないでくれよ……あ、俺……夕飯作る」
 大地はソファーから腰を上げると、キッチンに向かって歩き出した。博貴を振り払ったのは申し訳ないのだが、今は何もかも混乱しており、まともに受け答えが出来ないのだ。
 だがそんな大地を博貴が放って置くわけなど無かった。
「大地……ちょっと」
 キッチンまで追いかけてきた博貴は、後ろから大地の手を掴んだ。
「……なに……」
 大地は振り返らずにそう言った。
「嫌なら喧嘩した理由は聞かないよ。兄弟の話だからね。でも、どうして私から目を逸らすんだい?」
 困惑したような博貴の声であった。
「……そんなつもりは……ないよ。ただ……こんな情けない顔見られたくないから……」
 ははと取って付けたような笑いを大地はすると、博貴が後ろから抱きしめてきた。
「本当にそれだけかい?」
 後ろから廻されている博貴の手は、大地の胸元で交差している。博貴の胸元に触れている背から温かい体温が伝わってきた。
 それは紛れもなく大地が好きだと思っている博貴の温もりであった。
「そうだよ。たまに無茶苦茶な喧嘩するから……いつものことなんだ……」
 淡々と大地はそう言った。すると博貴は自分の顎を大地の頭に置き、更に言った。
「心配しすぎなんだね……私は……」
 何を心配しているのか大地には分からなかったが、博貴に問うことはしなかった。
「……で、離してくれない?俺、飯作るから……」
 大地は言ったが、博貴の拘束は緩まなかった。
「あのねえ……大地。君には隠したくないから言うよ。さっきある女性と電話していたんだ。以前ビデオを送ってきた事があったけど、その送り主の女性だ。で、今度会うことになったんだ。……君に嘘は付きたくないから言っておくね。その人は大学の時につき合っていた女性だ。この間のビデオに映っていたのもその人だよ」
 ……
 嘘……付きたくないのは分かる……
 でも……
 そこまではっきり言われたら……
 俺は……どうしたらいい?
「あ……そうなんだ。そっか……」
 大地は狼狽えながらもそう言った。
「会って文句言ってくるから……あんなもの今更送ってくるなってね。私の恋人は嫉妬深いからって……そう言えばもうあんな事できないだろうし……」
 博貴は楽しそうにクスクスと笑いながら言った。
「し……嫉妬ぶかい……って……やだなあ……ははは……」
 どういう意味に取ったら良いんだろう……
 会うんだろ?
 会って……
 なにするんだ?
 俺の知らないところで……
 俺が知らないと思って?
 ただ苦情言うだけか?
 本当?
 駄目だ……
 俺こんな風に博貴を疑ったら……
 だけど……
 大地は益々混乱してきた。
「大地……君……顔が真っ青だよ……」
 覗き込むように博貴が大地の顔を見ていた。
「え……そう?大丈夫だよ……」
 博貴は急に大地を拘束する手を解いた。
「風邪かもしれないから、夕食の準備は良いよ。大地はもう横になった方が良い……」
 言いながら博貴は大地の身体を抱き上げた。急に体勢が変わり、フワリと宙に浮く感覚に大地は目眩を起こしそうになった。
「……俺……風邪じゃあ……」
「そんな青い顔をして体調が悪くないという言葉は通じないからね。眠らなくても良いから横になっているだけでも楽だよ。だからもう大地は休むといい」
 言いながら博貴は大地を抱きかかえたまま寝室に向かって歩いた。
「大良……なあ……」
 寝室の入り口で大地は小さな声で言った。
「ん?なんだい?」
「その……会うのか?」
 身体をキングサイズのベッドに下ろされながら、大地は聞いた。
「君が嫌なら電話で文句を言うだけにするよ。嫌かい?」
 うっすらと笑った博貴に、これと言って不審なところは見えなかった。
「……別に……良いんだ……」
 身体を丸め、大地は言った。本当に気分が悪くなってきたのだ。博貴は無言で壁に設置してある扉を開けて、大地の着替えを取りだし、またベッド脇に戻ってきた。
「大ちゃん。ほら、服を着替えようね」
「……あ……うん」
 身体を起こし、差し出されたパジャマを手にとって、大地は気怠げに服を脱ぎ始めた。その一つ一つの動きを博貴は目で追っている。
「……見るなよ」
 顔をやや赤らめて大地はそう言った。
「恥ずかしいのかい?今更……」
 クスリと笑い、博貴は自分もベッドの上に登ってきた。
「……何だよ……」
 大地がじっと博貴を見ていると、まだ留めていないボタンを留めだした。
「……ガキじゃないぞ……」
 ムッとしながら大地が言うと、博貴は嬉しそうに笑った。
「してあげたいんだよ。ガキだなんて思っている訳じゃない……」
 ぐずる子供を宥めるような口調で博貴は言った。
「……」
「ほら、大ちゃん。下のズボンも脱いで。早く着替えて横にならないと……」
 と言う博貴が大地のジーパンを引っ張っている。
「うん……」
 大地は言われるままにズボンを脱ぎ、パジャマに着替え終わると、ようやく安堵の溜息が漏れた。
「毛布に入ってゆっくり身体を休めないとね。何か食べたい物があったら、今晩は私が作ってあげるから……お粥がいいかい?」
 既に身体を毛布にもぐらせた大地は顔だけを出しフカフカの枕に頭を埋めていた。
「いらない。俺寝る……すっげー疲れた……」
 大地は本当に疲れていた。こうやって温かいベッドに丸くなると、睡魔が急にやってきたのだ。
 なんかもう……
 何も考えずに寝たい……
 今は……
「そうか……うん。それも良いかもしれないね……大ちゃんは疲れてるんだよ……」
 博貴の手は、毛布の上から大地の身体を上下に撫で上げている。その動きが本当に心地よく感じだ。
「うん……そうだよ……きっと……そうだ……」
 呟くように大地は言い、そのまま目を閉じた。

 大地が眠るのを待ち、博貴は横になっていた身体を起こした。
 変だな……
 どう見ても……
 大地が帰宅してから、その様子がおかしいことに博貴は気が付いていた。
 電話してみるか?
 音を立てずに博貴はベッドから降りると、リビングまで戻った。そうして祐馬の自宅に電話を掛けた。
 出てきたのは戸浪だった。
「あの……済みません。大良ですが……澤村戸浪さんいらっしゃいますか?」
 戸浪だとは思ったが、違っていると困るために博貴は窺うように聞いた。
「……私ですけど……何の用でしょう?」
 その言い方は棘があった。
「大地が帰ってきたのですが……様子がおかしいので心配しています。何かそちらであったのでしょうか?宜しかったら教えていただけませんか?」
 丁寧に博貴が言うと、電話向こうの戸浪は小さく溜息をついた。その様子からやはり何かあったのだと博貴は確信した。
「ああ……あったね。早樹兄さんを宥めるのが大変だった。いや……まだ怒っているが……」
 疲れたような戸浪の声だった。
「……そこでは話せませんか?」
「ああ……無理だね。ところで少し出てこられないか?まだ時間はそれほど遅くないし……。うちのマンションの下に公園があっただろう?そこを通り抜けたところに屋台があるんだ。悪いがそこで待ち合わせしたいんだが……。大は側にいるのかい?」 
 小声で戸浪はそう言った。
「いえ……今、寝室で休んでいます。酷く疲れたようで……」
 キョロキョロと誰も居ないリビングを見渡し、博貴は言った。
「なら都合が良い。それほど時間は取らせないから……私も長居はできないしね。……じゃあ……あとで」
 そう言って戸浪は電話を切った。
 一体何があったのだろうか……
 博貴には全く分からなかったのだが、もし大地が起きてきたとき博貴の姿が見えないことで不審に思われても困る。その為、博貴は「栄養の付きそうなものを買ってくる」と書いた紙をテーブルに置いた。
 戸浪さんは知っているような口振りだったな……
 博貴はそう思いながらマンションを後にした。

 戸浪が指定してきた屋台は直ぐに見つかった。赤い屋根の本当に小さな屋台だった。だがこざっぱりしたのれんが垂らされ、その周囲にも座れるようにパイプ椅子が幾つか置かれていた。
 視線を屋台にもう一度向けると、のれんの下からほっそりした戸浪の身体が見えた。
「済みません……お時間を取らせて……」
 博貴はのれんを手でよけ、屋台に置かれた椅子に座ると戸浪はこちらを向いた。だがその膝には真っ黒な子猫が行儀良くお座りしていた。
「なんだ……戸浪ちゃんのお友達かい」
 屋台の差し向かいにいる中年を少し越えたくらいのおやじは嬉しそうにそう言った。口調からすると、戸浪とは顔見知りのようだった。
「ええ。おじさん。彼とちょっと込み入った話をするので、表の椅子に座っても良いですか?」
「ああ、良いよ。好きにやってくれて。その前に何かみつくろうかい?」
 菜箸でおでんを出汁の中で回転させながらおやじは言った。
「じゃあ……適当に……その中にこの猫の好きな、すじ肉も入れてください。あ、大良さんは表で待っていて貰えますか?」
 戸浪の言葉に頷くと、博貴は表に出て無造作に置かれているパイプ椅子に腰をかけた。
 屋台の明かりが椅子を照らし、仰げば街灯が道なりに等間隔に設置されている。その明かりは周囲の木々をぼんやりと浮かび上がらせ、都会の中にいる事を一瞬忘れさせてくれそうな雰囲気が漂っていた。
 先日の夕方ここに博貴は来たのだが、太陽の下で見る公園とは違い、なにやら怪しげな存在が出てきそうな雰囲気もある。
 そんな場所を眺めながらそのまま視線を上に上げると、ここは都会なのだと分かるように、木々の間から立ち並ぶマンションが明かりを灯して闇の中に浮かんでいた。
「すまないな……」
 戸浪は片手に猫を、もう一方の手におでんを持った皿をもってこちらにやってきた。
「いえ……こちらこそ……」
 博貴がそういうと、戸浪は椅子に腰をかけ、猫を膝に乗せた。
「食べるかい?」
 こちらに向かって戸浪が言うので「いえ……結構です」と言った。すると戸浪は困ったような顔をして、次ぎに苦笑した。
「まあ……ここを使わせて貰うのに、何も注文しないわけにはいかなくてね……。この猫の気分転換をさせると言って私は出てきたんだが……。まあ丁度良かったかもしれないな……。さっきまで本当にこの猫は興奮していたから……」
 言いながら戸浪は皿を膝の位置まで下ろす。すると猫が皿に入っているすじ肉を選んで食べ出した。
「あのう……それで大地の事なんですけど……」
 博貴はとにかく理由が知りたかった。
「……ああ。早樹兄さんが、君の事を興信所を使って調べたようなんだよ。そんなことを聞かされたら大良さんが気を悪くするだろうとは思うんだが、そもそもそれが原因で早樹兄さんと大が喧嘩になったそうだよ。で、君と大の関係もばれた。私はその時まだ帰っていなかったから、事情ははっきり分からないんだが……」
 すじ肉を必死に食いちぎろうとしている猫の背を戸浪は緩やかに撫でていた。
「私のことを……調べたんですか……」
 そこまでされるとは思わなかったのだ。つい先日会ったばかりの大地の兄だ。それがあの一瞬でそこまでの行動に出るとは予想も付かなかった。
「らしいね。色々と出てきたみたいだが……」
 チラリと戸浪の視線がこちらを見据えた。
「……大地は……それを読んだのですか?」
「さあ……読んではないと思う。ただね、大学時代から続いている女性については、はっきりと見たようだよ」
 そう戸浪が言うと、猫がにゃあと鳴いた。
「……卵もちくわも食べて良いよ。お腹を壊さない程度に食べるんだぞ……」
 戸浪はごく自然に、すじ肉を食べ終わった猫にそう語りかけていた。
「……そんな相手はいませんが……」
 博貴ははっきりとそう言った。だが戸浪は博貴にやや冷たい視線を送ってきた。
「私は人の過去など別に興味がないから、早樹兄さんが持って帰ってきた資料は一切見ていない。だが君は叩けば埃が出るタイプだとは思っていたよ」
 その言葉に博貴は返す言葉など無かった。
「……ええ……否定しませんよ」
 胸を張っているつもりはない。だが事実は事実として認めるしか無かったのだ。
「昔を云々今更言ったところでどうしようもない。それはいい。ただね、今も君はその女性と会って色々あるそうなんだが……。もし本当にそうなら、私は君の味方にはなれない。もちろん早樹兄さんの味方になる気もないが……。私は何時だって大の味方だ……。で、どうなんだ?」
 戸浪の冷たい視線が更に冷えた目に変わる。
「……どういういきさつで、そんなことになっているんですか?私はその女性とはもう随分前に切れていますよ。それなのに何故まだつき合っていることになっているんですか?」
 戸浪の言っていることは半分本当のことで半分は嘘だった。だがどうして嘘と本当が入り乱れているのか博貴には分からない。
「……ふうん。どっちが本当なんだろうな。君とその女性は今もセックスフレンドとして続いていると聞いたんだが……」
「まさかっ!」
 博貴は滅多に出さない大声で否定した。あまりの事に椅子から腰まで浮いたほどだ。
「……ああ……怒鳴らないでくれ……。怒鳴り声は聞き飽きたんだ……」
 げんなりとした顔で戸浪は言った。余程早樹が大声で怒鳴っていたのだろう。
「済みません……ただ……本当に私は今、大地だけです。確かに……昔は色々ありました。ですが……」
「……それは私にではなく、大に言ってやってくれ。随分辛かっただろうから……私が側にいたら、間に入ってやれたんだが……」
 戸浪は言いながら、ポケットからハンカチを取り出し、卵の黄身を口に一杯付けた黒猫を拭いてやっていた。
「……はい……そうでした」
 浮かした腰を再度椅子に下ろして博貴は言った。
「大は……最後まで大良さんを守ろうとしていたらしい……祐馬が言っていたよ」
 その言葉に博貴は胸を掴まれたような痛みを感じた。
「大地にきちんと話しをします……」
 それで大地が傷ついても、今は違うとはっきりさせなければならないのだ。
「それがいい……そうしてあげてくれ……」
 戸浪は黒猫の喉を撫でながらそう言った。
「私も……早樹兄さんに話すつもりだよ……」
「え?」
「大だけが辛い思いをするのはフェアじゃないだろう?大には私という味方が必要なんだ。だから私は自分から祐馬とのことを話そうと思っている」
 戸浪は胸を張ってそう言っていた。
「戸浪さん……」
「ただ、本当に大を安心させられるのは君だけなんだから……頼んだよ」
 そう言って笑った戸浪はぼんやりとした街灯の中でもとても綺麗だった。
 大地は……
 良いお兄さんを持ったね……
 羨ましいよ……
 博貴は心の底からそう思った。
 自分にこんな兄がいたら……きっともう少しましな人生を歩んでいただろうとも思った。
「さて……この子の機嫌もなおったようだし、そろそろ帰るよ。君も早く帰ってやると良い……」
 空になった皿を持ち、黒猫を抱きかかえると戸浪は立ち上がった。
「ええ……帰ります……」
「本当に頼んだからな。大を泣かせないでくれよ」
 言ってジロリと睨んでくる戸浪は、もう先程の笑みなど何処にも見あたらなかった。
「はい……分かってます……。この度はご迷惑をかけて……済みませんでした」
 博貴が言うと戸浪は苦笑いしながら帰っていった。
 帰ったら……
 大地を起こしてでも話しをしよう……
 大地……
 辛い思いをさせてごめんよ……
 だが、博貴がマンションに帰り着くと、大地の姿は何処にも無かった。
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