Angel Sugar

「血の桎梏―策略―」 第1章

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 触れると瑞々しい肌は雪のように白く、髪と瞳は漆黒の闇。薄く色づく唇は重ね合わされると甘く、吐息は密やかだ。一体どんな名工がこの美貌を作り出したのか、いくら考えても答えなど出ない。
 それほどラシャの容貌は人間離れしている。
 神にでも特別に作られたような男であるのに、何かの手違いで忘れられたのか、釘付けになる美貌とは裏腹に、心を持たずに生まれてしまった。きっと神がその器を愛でている間に、つい心を備えるのを忘れてしまったのかも知れない。
 そう、思わなければラシャという人間をライは語ることができないのだ。
 怜悧な面立ちは感情のない人形だ。何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。多分後者だろう。
 整った容貌は、楽しい、嬉しい、悲しい、寂しい……などという喜怒哀楽を表すことがない。気に入らないときは若干、眉が動くが、顔全体が動くことはない。眉だけ動いてもライにとっては気味が悪いだけだが、最近はラシャの機嫌だけは分かるようになってきた。
 ラシャに出会って一ヶ月。
 殺しをやめると告げてから、真夜中の仕事に出かけることは確かになくなった。けれどその分暇になった時間を潰すため、ラシャはライを弄ぶように抱く。自分が満足するまで、とことんラシャはライを貪るのだ。
 何事にも無関心なのだろうかと思いきや、ライが何を聞こうと、とりあえずは答えてくれる。答えるのが面倒になると、眉間に皺を寄せて無視をするのだ。
「……もう……耐えられない……」
 震える声でライは背後から突き挿れているラシャに言った。
 身体はもうくたくたで、すでに噴き出す汗も失われた。身体が干からびてしまったような倦怠感に覆われているのに、快感だけは鮮烈な刺激をライに与えている。
「そうか……」
「あっ……ああっ……ああ……も……やめ……」
 ラシャは今まで以上に内部を擦りあげ、ライは床に顔を擦りつけながら喘いだ。身体を支えている肘や膝が赤く擦れて、痛い。腰は怠く、抽挿を繰り返されている内部も爛れて赤くなっているだろう。
 快感から流れた涙は目を充血させていて、閉じられなくなった唇は、熱い息だけが漏れる。快感に打ちのめされている身体は休息を欲しているはずなのに、本能はまだ快感を得ようと、内部を収縮させてラシャを煽る。
「まだだ」
 感情のない冷たい声色が背を舐めるように発せられた。ただそれだけなのに、ライは身体が疼く。身体を離して欲しいのに、もっと快感を得たいとも思う。けれどここ最近、ライはセックスの最中であっても、集中できない事情を抱えていた。そんなライの様子に気付かないラシャではなく、また事情を知らないからか、ライを攻める手にも力が入っていたのだ。
「ああ……っ……あ……」
 心が蝕まれていくような頭痛。
 ライが悩まされているのはそれだ。
 原因は分かっていた。環境の違う生活を始めたために、精神的に不安定になり、管理されていたはずの力が、暴走一歩手前まで来ていたのだ。
 人の意識の中に入ることの出来る力を持っているライの仕事は、犯罪者などの心の走査記録を取るというものだった。けれどライの力は何時も不安定なため、連邦政府に管理されている人間の一人に数えられていた。それを制御しているのは両耳につけられたピアスだった。
 片時も外さず付けているピアスは特別仕様で、ある程度の不安定な力を安定させてくれる。またピアスは年に一回調整をしなくてはならない。
 人の心を覗く種類の力は暴走するとやっかいなのだ。暴走すると、初期は頭の中で雑音が起こり、次ぎに人の意識が代わる代わるライの意識に流れ込んでくる。そうなるともう自分ではどうにもならなくなるのだ。ピアスが無いとライは気が狂っていたにちがいない。
本来、年に一度調整すればいいだけのピアスだったが、この環境の変化にライの力が不安定になっているのだ。ラシャの住むうちは防音も完璧で、いつもは静かなのだが、どれほど防音がされていても、今は道行く人達や、近所の建物に住んでいる人達の生活音がザワザワと混じり合ってライの心を支配していた。それが頭痛の原因だった。
 ピアスの調整をすればすむのだが、ライは現在、行方不明者としてポリスに捜索されている一人になっている。ライが遭遇した、ラシャと出会うきっかけになったあの殺しの現場に居合わせたことが、物事を複雑なものへとしていたのだ。
「……ああっ!」
 ラシャの熱い飛沫を内部に感じ、ビクビクと身体が震える。潮が満ち、一気に引いていくような感覚に、身体は弛緩して、床に伸びる。
 けれどいつもは心地よい気だるさに覆われるはずが、違った。
 快感で満たされているはずなのに、同じだけの痛みが身体を支配している。脳味噌が攪拌されて、グチャグチャにされているような気すらした。この痛みから解放されるために、頭をすげ替えてやろうかと提案されたら、頷いてしまうかも知れない。
「……頭が……割れそうだ……」
「それほど愉しんだのか?」
 身支度をすぐさま調えて立ち上がるラシャは、自らの欲望を遂げたライを見下ろしていた。この男は自分のしたいことを終えると、ライをその場に捨て置き、自らは別室に籠もってしまうのだ。そこで何をしているのか、ライは知らない。
「……違う。……俺、頼みがあるんだけど……」
 顔を上げることもできずに、ライは床に身体を伸ばしたまま、そう言った。
「なんだ?」
「ある非合法のクスリを手に入れて欲しいんだ」
「どんな?」
「ブラック・コブラ」
 強力な神経遮断剤なのだが、名前の由来は、コブラの毒に匹敵する作用があるというところからつけられたらしい。正常な人間は絶対に使用できない、ライのような人間専用だ。けれど常用すれば間違いなく廃人になる。
「自殺でもする気か?なら、ここではなくて、外で死ね。死体を処理するのは面倒だからな」
「ラシャって!ライ、マジで調子悪いみたいだよ」
 こそこそとどこからともなくやってきたリーガが毛布を引きずってやってきた。
「ふん」
「俺、力の制御がいまできない状況なんだ。連邦に戻ればいいんだけど、今のところそれは考えてないし……他の方法が考えられるまで、しばらくそのクスリで凌ごうと思って……」
 はあ……とため息をついてライが言うと、ラシャは冷ややかな眼差しのまま背を向けた。
「無視……しないでくれよ!」
「今から手に入れてくるつもりだが、まだ言いたいことがあるのか?」
 振り返ることなくラシャはコートを羽織る。
「……え、あ……うん。ありがとう」
 ライはリーガからかけてもらった毛布にくるまりながら目を閉じた。
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