Angel Sugar

「血の桎梏―策略―」 第2章

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「大丈夫?なんか調子悪そうだね」
 リーガが耳元で声をかけてきた。
「……大したことないって言いたいんだけど、そうじゃなくて、ここしばらく困っていたんだ。もう限界かも……」 
 ズキズキする頭を抱えながらも、ライは少しでも眠ろうとしていた。けれど、身体も頭も疼く状態では、睡魔などやってこない。
「風邪?」
「……自分の力を制御できないんだ。ちょっと情けないけどね……」
 自分の力をコントロールできない人間は、どちらかというとあまりいい評価を得られないのだ。もっともライはまだピアスで抑えられるため、暴走するといっても、管理ができるタイプの人間だった。だから、仕事にもありつけたし、それなりの給料も得られた。
「ライの力って、確か人の心を読み取れるものだったよね?僕のも読める?」
「読むつもりはないんだけど、今の不安定な力のせいで、勝手に心に流れ込んでくるよ。……お腹が空いたんだね。ごめん、ちょっと休んでからでいい?」
 ライがそう言うと、リーガは顔を真っ赤にさせて鼻の頭を掻いた。
「ご……ごめん。ちゃんと心配してるんだよ。ただ……ほら、朝ご飯もまだだったから……」
「うん。分かってる」
 リーガが悪いわけではない。
 心というのは不思議なもので、いろいろな言葉が詰まっている。相手を確かに心配していても、日常のごく普通の欲求なども同時に考えているのが普通の状態だった。
「場所、移動して横になった方がいいよ。床は冷たいよ」
「ううん。いいよ。身体が熱いから、こうしてると気持ちいいんだ。でもさ、ラシャ……意外に簡単に引き受けてくれたから、俺、びっくりした。殺しをやめて、心境が変化したのかなあ」
 ぼんやりと目をあけて、ライは言った。けれど、リーガは顔をしかめたままだ。
「どうしたの?」
「ううん。別に……」
 プイと明後日の方を向いたリーガの心が、ライには読み取れてしまった。
「どういうことだよ?」
 ライは、身体を起こしてリーガを見下ろした。
「……そういうこと。あいつはやめてない」
 リーガは微妙な笑いを浮かべている。
 ラシャは殺しをやめていなかったのだ。しかも、ライを散々弄び、眠ってしまった後に行動していた。ライはそのことに全く気付かなかった。
「どうしてだよ。やめるって言った。俺は、はっきりこの耳で聞いた」
「それは……そうだよ。確かにそう。ラシャはやめた。けどね、それって、新しい依頼は受けないけど、受けてしまっている依頼は別なんだ」
 リーガは仕方ないとでも言うように、ため息をつく。
「受けてしまってるって……あいたた……」
 頭痛がまたひどくなったライは、起こした身体を床に押しつけて、そうすれば少しでも痛みが和らぐのではないかというように、丸くなった。
 息をするのも辛く、吐き気がひどい。頭からやってくる痛みで、思考すらまともに働かない。
「大丈夫?」
「だい……じょうぶ、じゃない……」
 丸くなったままライは叫んだ。
 なにがやめるだ。
 やめてないだろうっ!
 この嘘つき男っ!
 いろいろ言いたいことがあるのだが、叫べば頭痛がさらにひどくなる。それがわかっているから、ライは怒りを抑えようとしているのだ。
「……睡眠薬でも飲む?」
「もういい……あいつ、俺に嘘ついてた……それがすごくショックだよ……」
 殺しはしないと言ったとき、どれほどライは嬉しかったか。
 それを簡単に反故にしたのだから、怒りは大きい。
「仕方ないよ……新規の依頼を受けないだけでも儲けものだって」
「……ラシャは何を考えてるんだろう……」
「なんも考えてないと思うよ」
「あっさり言うんだね」
「本当のことだから」
 リーガは長い尻尾を左右に振って、何でもないことのように言った。
「俺は……ラシャに殺しを一切やめてもらいたいんだ……」
 するとリーガは、黄金色の瞳をライに向けると、柔らかな肉球のついた前足で、ライの頭を撫でた。
「し~。頭、痛いんだろ?ちょっと寝た方がいいよ。ラシャ、すぐに帰ってくるから……」
「俺は……悔しいんだ……」
 ギュッと唇を噛みしめて、ライは呟いた。
「そうだね。分かってるよ」
 頭が割れるように痛いのだが、それでもようやく睡魔がやってくる。
「……リーガ。俺、ラシャを説得してみる……」
 虚ろになりながらも、ライはそう言った。
「この件に関しては、無理だって」
「無理じゃない……俺……」
 肉球の柔らかな感触に誘われるように、ライの意識は眠りに落ちた。



 ラシャはライの求めているクスリを買うために闇ギルドを訪れていた。周囲は怪しげな煙が立ちこめ、様々な人種が蠢いている。女を侍らせ、トリップに興じている男や、売買禁止のアルコールを呷っている集団もいた。中にはラシャの怜悧な美貌に、近寄ってくる男もいたが、瞳に奈落を持つ男の視線が向けられると、恐れおののき、すごすごと逃げ出していく。
 ラシャは一番奥の部屋に入り、アヌビスという男を訪ねた。
「久しぶりだな」
 アヌビスは死の商人と言われ、武器から宇宙船まで幅広く闇で商売している男だ。痩せすぎの身体に、落ちくぼんだ瞳、両手両脚はすでに生身のものではない。いつも虎視眈々と金儲けができるネタを探しているためか、瞳がギラギラとしたものでみなぎっていた。
「ああ。欲しいクスリがある」
 ラシャはカウンターに手をかけて、アヌビスに言った。
「どういったものだ?」
「ブラック・コブラ」
「ほお、ラシャともあろうものが、そういうクスリにはまっているのか?」
 アヌビスの嘲笑に、ラシャは冷えた視線を送った。
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