Angel Sugar

「血の桎梏―策略―」 第10章

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「ライ……」
 苛々した口調で男はライを呼ぶ。
 けれど、ライはどうしても男を思い出せない。
 今のライは、腕を割くような痛みを受けて、それを堪えることにばかりに意識が向かっていて、男のことを深く考える余裕などないのだ。
「……っう……ううう……」
 ライの本能がここから逃れようとして、動く方の手が床を引っ掻いた。逃げようともがいているのに、身体の自由が利かない。男から放たれている冷えた空気が、ライを怯えさせ、顔から血の気を引かせる。
 それでもライは必死に身体をうつ伏せに戻し、男の手から這って逃れようと試みた。
「俺……俺は……あっ!」
 男に腰を掴まれたライは身体を引き上げられて、フェンスに押し当てられた。ガシャンという金属音が響き、ライは無事な左手でフェンスを掴む。
「……あ……あ……俺は……本当に知らない……んだ」
 フェンスをしっかりと掴み、ようやく立っているような状態で、ライが振り返ろうとしたが、頭を押さえられて顔をフェンスに押しつけられた。
「う……っく」
「さて、どこまでとぼけ続けられるんだろうな」
 ハッと気づくと、ライはズボンを引き下ろされ、下肢を露わにされていた。
「なっ……あ……」
「こうすれば思い出せるだろう? ん?」
 甘い声とはほど遠い、底冷えするような低い声色で男は言う。
「……なに……?」
 突然、背後から腰を抱えられて、ライはフェンスに顔を押しつけられる。何をされるのだと身構えたライに、男はライの尻を無理やり割り広げ、硬く窄んでいる場所に、分厚い肉を押し当てた。
 犯されるのだと、ようやく気づいたときには、男の雄はライの蕾を割り裂いていた。激痛が下肢から伝わり、フェンスを掴んでいることすら困難だ。けれど、男によって腰をしっかり抱えられているために、床に崩れ落ちることもできず、ライはただ、必死にフェンスを掴んでいた。
「ひいっ……!や……あっ!」
 内部をひどく擦りながら男の雄は一気に奥まで抉った。乾いた場所が擦れると、ギリギリと肉がこそげ落とされていくような痛みが伝わる。ライは腕の痛みと、身体を穿つ激痛で息をするのも困難な状況に陥っていた。
「……あ……ああ……やめ……てくれ……っ!」
 自分がどうしてこんなふうにいたぶられているのか、分からない。
 苦痛が身体を打ちのめし、僅かに残っている理性を狂気へと誘う。気を失うことができたらどれほど楽になれるのだろうと、救いをそこに求めても、意識が遠のくたびに、男によって引き戻された。
「お前の中は悦んでいるぞ」
 ククッと喉の奥で笑いながら、男は腰の動きを速めた。
 内部を抉る鋭い肉棒は、痛みとともに確かに快感を与えている。しかも、ライはこの穿たれるときに走る、特別な快感を知っていた。
 男と寝た経験はなかったはずだ。
 いや、サイファはライと寝たのだと言った。
 ライは忘れているが、実は男とすることに慣れているのか?だから生理的な欲求を満たされ、本能が満足しているのだろうか。
 ――よく分からない。
「ああ……あっ……あっ……あああっ!」
 サイファと寝た記憶なんてない。
 けれど、何故かこの見知らぬ男の手や、穿つ肉の感触を覚えている。
 どうしてだろう?
 ライは混乱していた。
 見知らぬ男に陵辱されて、心は混乱しているのに、身体が満足している。
「相変わらず、身体は素直だな」
 折れてぶらりと垂れ下がっている右腕を男は掴み、ねじり上げた。麻痺していたはずの痛みが、鮮烈に蘇った。
「ひっ……ひいいっ……!」
「強情な男だ」
 ギリギリと絞り上げられて、ライはとうとう意識を失った。



 気分が酷く悪かった。
 微熱が続いて、身体がだるく何をする気にもなれずに、何度も寝返りを打つ。見る夢と言えば、とても幸せなものとはいえないものばかりで、迷彩色が入り交じった、どちらかというと不快なものだ。
 ライはびっしりと身体に汗を浮かせ、浅い息を吐き出していた。
 見てもただ疲れるばかりの夢からようやく解放されて、目を覚ます。
 視界に飛び込んできたのはサイファだった。
「大丈夫だから……」
 ライが言葉を発しようとするのを押し止めるように、サイファは額に浮いた汗を拭った。
 緩慢に意識が戻ってきて、ライは天井の明かりの形を目に映すことができた。何度も瞬き、視界を確保する。
「俺……」
 風に当たろうとして屋上に上がった。
 そこで……。
「男が……くうっ!」 
 いきなり身体を起こして叫んだライから、声を奪ったのは右腕から走った激痛だ。
「落ち着いて。ほら……」
 ライはサイファに支えられるようにして、ベッドにもう一度横たわった。見ると、右腕は身体に添うように固定されていて、動かせない。
 確か、男によって折られたのだ。
 その後――犯されたはずだった。
「……俺……俺は……」
「大丈夫だから……今は眠ってくれ」
 サイファは泣きそうな顔でそう言った。
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