Angel Sugar

「血の桎梏―策略―」 第15章

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「俺に……死ねって言うんですか?」
 今でも記憶が不安定になっていて、頭痛がする。
 微妙なところでバランスを保っているのだ。だが、それがいつまで続くのか、ライ自身にも分からない。
「そうは言ってないわ」
 エリアルは考えの読み取れない表情で微笑した。
「俺が連邦を裏切ったと思うんですか?」
 確かにライは、連邦に対する愛国心というものを、あまり持ち合わせていない。けれど、連邦の情報を売ったこともなければ、また、そうしたいと考えたことも無かった。それなのにこんな風に疑われると、いい気はしない。
「いいえ」
「でも、俺の記憶を弄っただけでなく、もしもの時の保証を取り付けている。違いますか?」
「ええ、そうね」
 エリアルは否定しなかった。
「……貴方はそういう方でしたか?」
「私は貴方という部下をとても大切に思っているわ。だから陵辱され、プライドを踏みにじられた貴方を、守ろうとしているだけよ。そのことに感謝はないのかしら?」
 その言葉にライは顔が赤く染まった。
「俺は……」
 自分の身体に残る陵辱された痕を、どう否定していいのか分からない。無理やり犯され続けてきたのか、それとも、合意だったのか。それすら思い出せないのだ。ただ、記憶を操作したのは自分自身だということだ。
「貴方は私たちに記憶を探られないようにキーをかけ、長年与えてきた私の信頼を踏みにじった」
「それは……」
「違うと言い切れるのかしら?」
「……分かりません」
 明確にこうだと答えられる確固たるものが何もないのだ。
「こう言ったことを隠す気はないわ。今、貴方は囮なの。どういう事情か分からないけれど、あの殺し屋は貴方を取り戻そうとしている。それを利用して、罠を仕掛けたわ。ここまでキラーラシャがたどり着くとはとは思わないけれど、覚悟だけはしておいて」
 エリアルはそう言い、立ち上がる。
「俺が……その殺し屋を呼び寄せる餌になれるんですか?」
「断言はできなけれど、できるでしょうね。そう思えるほどの事実を、貴方は自分の身体に刻んでいることを、理解しなさい」
 淡々と告げるエリアルの表情は、今までになく冷えたものだった。以前あったライに対する信頼はすべて失われていて、そこには猜疑しかない。
「……」
「貴方はすべてが終わるまでここでくつろいでいればいいの。貴方に何があったのか、キラーラシャを捕らえ、尋問すれば分かるでしょう。そこで裏切り行為が証明されてから、貴方を処分をしても遅くないわ」
 エリアルはそう言って背を向けると、部屋から出て行った。
 ライは何の説明も言い訳もできず、ただ、ソファに座って、何を考えたらいいのか、それを考えていた。



 連邦ビルの近くにエアカーを止め、ラシャはリーガを肩に乗せて、下りる。
「ねえ、ラシャ。もう、ライに構うのはやめようよ……」
 リーガはラシャの行動が理解できずにいた。この男は一体、ライをどうしたいのか、よく分からないのだ。
「言ったはずだ。あれは私のものだとね」
 濃い藍色のバイザーに隠された瞳は冷え冷えとしていて、人間的な感情の揺らぎはそこにはない。黒のマントコートは身体にピッタリあったもので、佇んでいると、影に溶け込むようだ。
「……ていうか、正面から入る気?」
「当たり前だ。どこから入る気でいたんだ?」
 それは外からの攻撃をリーガに任せるという意味なのだろう。
 やっぱりそうなんだ……と、肩を落としながら、リーガはラシャの肩から飛び降りると、その前をひょこひょこと歩いた。
 殺しをするときは、人目を避けるのが常だ。けれど今ラシャは、堂々と連邦ビルに足を踏み入れようとしている。攻撃自体はどれほどの量が浴びせられようと、リーガの張る、フォースフィールドが防ぐため、問題はない。
 ただ、今からやろうとしていることの重大さをラシャが理解しているとはリーガには思えないのだ。
 絶対、何にも考えてないよ……。
 それでいいわけ?
 ますます連邦に睨まれるの、分かってる?
 ビルを襲撃するなんて、普通じゃないよ。
 などと、いろいろ頭では思うのだが、リーガはそこまでラシャに言えない。ラシャは無口で、何を考えているのか分からない男だ。リーガが怒鳴り散らそうが、暴れようが、何のアクションも返さない。
 そんなラシャがライのためにここまで来た。そして連れ戻そうとしている事実に、ラシャの中で何かが変わろうとしているのかもしれないと、漠然とした気持ちもある。それはラシャ自身も自覚していない可能性が高いが。
「ラシャ……」
 リーガは振り返り、ラシャの方を向く。ラシャは見下ろすこともなく、淡々とした口調で言った。
「行くぞ」
「ねえ、ちょっといい?」
「なんだ?」
「ラシャって、ライが好きなの?」
「そういう感情が元から存在しない私に、問うべきことではないな」
 リーガの問いかけにラシャは、笑うことも、怒鳴ることもなく静かにそう言った。
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