Angel Sugar

「血の桎梏―策略―」 第22章

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「ラ……シャ?」
 この場にいること自体が、あまりにも現実離れしていて、ライは口をだらしなく開けたまま、目を見開いていた。
「……やっぱりDNAに追跡マーカーが付けられていたみたいだな」
 サイファはそう言って身体を起こすと、ライの腰に手を回し、自らの胸に引き寄せた。それはまるで、ラシャに見せつけているようにも思える。
「よせよ、サイファ……」
 ライはサイファの手を払おうとしたが、しっかり掴まれていて、無駄だった。
 ラシャは静かに佇んでいる。
 バルコニーから入ってきたのか、ラシャの背後にあるガラス戸が開いていた。ラシャの姿は身をすっぽり包んでいるコートのため、闇を纏っているように真っ黒だ。
 冷えた眼差しを包んでいるバイザーの奥には、長い睫が深淵を思わせる瞳がある。ライだけが知る、人間離れした美貌は、相手が殺し屋だと頭で理解していても、いつだって目を奪われてしまう。
「それで?」
 ラシャは静かにそう呟き、いまだ闇の中で佇んでいる。行動に移さないところが、余計にライを不安にさせた。いつも何を考えているのか想像もできない相手だから、動かないラシャが怖い。
「見ての通り、ライは僕のものにした。殺し屋に渡す気なんて、ない」
 ベッドの明かりを付けたサイファはそう言ってラシャを威嚇する。けれど、肩に乗って様子を窺っていたリーガが口を開いた。
「ラシャ、ずっと機嫌が悪いんだ。だから、下手に煽らない方がいいって、そこの人に言ってやってよ、ライ」
 リーガの言葉にライは我に返った。
「サイファ……逃げた方がいい……」
 ラシャから視線を逸らせず、ライはサイファの身体を背後へと押しやる。けれど、サイファには逃げる気などないのか、また口を開いた。
「どうしてライに執着するんだ? 彼じゃなくてもいいだろう? だけど、僕にとって彼は……大切な人だ。殺し屋に弄ばれることが分かっていて、引き渡せるわけなどないっ!」
「よせっ、サイファッ!」
 ラシャが動いたように見えたライは、思わずそう叫び、サイファを守るように手を広げた。けれど、サイファはライの手を払い、ベッドに押し倒して、呟く。
「ライ……ごめん。僕と一緒に死んでよ……」
 一瞬、サイファの言葉が理解できず、ライは身体を強ばらせた。
 サイファは何を言ったのか。
 その言葉の重要さに気づくのに、しばらく時間が掛かった。
「ま……さか……何か仕掛けてるのか?」
 ライが驚きで唇を震わせながら見上げるのと同時に、サイファが視界から消え、あっという間に消え、ベッドに倒れ込んだ。
「サイファッ!」
 身体をすぐさま起こし、ライがサイファの方を向くと、先程まで窓際に立っていたはずのラシャがいつの間にサイファの肩をスティンガーで貫き、ベッドのヘッドボードに串刺しにしていた。
「ラシャッ!やめろっ!殺さないでくれっ!」
 ライはラシャの腕を掴み、サイファから引き離そうとした。けれど、筋肉質ではないはずなのに、ピクリとも動かず、ラシャの腕は鋼のようだ。
「お前が仕掛けたものは、すでに無力化してある。死にたいのなら、お前が死ね」
 ラシャはライの方を見ることなく、サイファに冷えた眼差しを落としている。肩に乗っているリーガはライの方を見て、鼻の頭に皺を寄せた。構わない方がいいと言っているようだ。
「もういいだろ。俺……ラシャと行くから、これ以上手を出さないでくれよ。約束してくれただよな?ラシャはもう殺しはしないって……それをここで証明してくれよっ!」
 ラシャはライの言葉にちらりと視線を寄越してきたが、深淵を思わせる瞳には何の感情も浮かんでいない。けれど、本当に殺す気ならもうサイファは死んでいるだろう。ラシャがサイファの肩を打ち抜いただけで、とどめを刺さないのは、ライとの約束を守ってくれているのだと、信じたい。
 もっとも、ラシャがどういう殺し方をする人間か、ライは知らない。ライと出会ったときも、命をかけてゲームをしていたほどだ。今はサイファを生かしているが、死ぬまで拷問することを楽しむ男かもしれない。
「こんな奴に懇願なんてするなよっ!」
 サイファがそう怒鳴り、肩を貫いているスティンガーを引き抜こうと手を伸ばしたのが視界に入りったライは、慌ててラシャから手を離し、今度はサイファを腕を掴んだ。
「スティンガーは持ち主のDNAを判別するんだ。サイファが掴んだら……手がスライスされて、使い物にならなくなる……」
 ライの言葉に、サイファは目を見開き、手をベッドに下ろすと、突然笑い出した。
「……サイファ……」
「結局、僕は……ライのために何もできないんだな……いや、したくても……身体が痺れていてもう動けない……情けいないな……」
 笑いを収めたサイファは目を閉じたままそう言った。
 目尻には涙が浮かんでいるものの、流れ落ちるまではいかない。
「その気持ちだけは……感謝してる……でも……俺は、ラシャと行く」
 サイファは閉じていた目を開け、ベッド脇に立つラシャを見上げた。
「……ライをどうしたいんだ?」
「何故お前に答える義務がある?」
 ラシャは無表情でそう答えた。
 動きがないところを見ると、殺す気はないようだ。
「……ライ……行けよ。僕にはもう止める手だてがない」
 サイファは抵抗する気はないのか、グッタリと身体をベッドに伸ばしたまま、そう言った。けれど、苦痛を堪えるように唇を震わせている。
「……サイファ、ごめん」
「きっと謝らなくちゃならないのは……この僕の方なんだろう……な。でも僕は謝らない」
 ライを見ることも、ラシャを見ることもなく、サイファは俯いたままそう言った。サイファのやりきれない気持ちが痛いほど伝わってくるが、これがライが選んだ道だ。
「いいよ……謝らなくて……っ!」
 ラシャに首を掴まれたライは、慌てて振り返った。
「ほう……可愛がってもらったようだな」
 ライが着ているローブは引き剥がされて、サイファの目の前で素っ裸にされる。ラシャの纏う闇に釘付けになりながらも、ライは身体を震わせた。
「ラシャ……俺……」
「どんなふうにされたんだ?」
 ラシャはライの身体を引き寄せ、サイファの方を向かせると、背後から両脚を開かせた。ライはラシャの考えていることに気づき、慌てたが回された手を振り払えない。
「嫌だ!」
「淫らなお前を見せてやるんだな……」
 ラシャはクスリとも笑わず、ライのペニスを掴み、誇示するようにサイファに見せつけた。
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