Angel Sugar

「血の桎梏―策略―」 第8章

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 ライは連邦管轄のビルに身柄を移動させられることになり、渋々ながらも、重装備の男たちに囲まれながら、車に乗り込んだ。サイファは最後に車に乗り込み、ついてくる。こなくていいけど……という言葉は呑み込まれ、ライはただ流されている状態だった。
 自分の置かれている立場が未だよく理解できていないのだ。
 分かっているであろう、もと上司のエリアルとは、まだ話ができていない。これから行く先で会えるのだろうか。
 自分で隠した記憶。
 それを解除するキーは一体何だろう。
 だが、それ以外に、ライが日常にスムーズに戻るためだといって、隠した記憶の上に新しい記憶が書かれている。普通、そんなことはしない。もし本当にライがラシャに拉致されていたのなら、その記憶を無理やり開こうとするのが、政府のやり方だ。なのに、ライはまだそういう扱いを受けていない。
 俺の本当の立場はどうなっているんだろう……。
 サイファも結局のところ、本当の事を口にしていないように思える。
 チラリとライがサイファの方に視線を向けると、硬い表情で見返してきた。
 何も本当のことを話してくれない、友達。親友だと思ってきた。今もそう思っている。けれどサイファの思いは、ライが抱いているものとは違う。それが今のところ一番ショックなのかもしれない。
 車がいつの間にか停まり、ドアが開かれる。重装備の男たちが二名先に下り、次にライが、その背後にまた二名重装備の男が続き、最後にサイファが下りる。まるでVIP待遇だ。
 地下駐車場からエレベータに乗り、さらに地下へと移動する。本部の地下には研究所があり、シールドつきの医務室もある。ライはきっとそこに軟禁されるのだろう。
 ライはうんざりしつつも、予想していたとおりの部屋に案内された。
 そこは、生活をするには問題のない、小さなキッチンから、シャワールーム、ベッドなどが用意されていて、マンションで言うとワンルームのような部屋だ。けれど、プライベートを確保するためのドアがなく、変わりにシールドが下ろされていて、入口になる場所、左右に警備員が立つ。
 部屋の中、外にそれぞれ監視カメラが設置されていて、それを気にし出すと、眠ることもままならないだろう。
 これではライが犯罪者になった気分だ。
 なんだかなあ……。
 俺が見張られてるみたいだ……。
 ため息をつきながらも、お前の身を守るためだと言われたら、拒否ができない。ただ、ライは危険だといわれる間、この小さな空間で過ごすしかなかった。
「ちょっと窮屈かもしれないけど、ここの方が安心だろう?」
 サイファはそう言って、飾りで作られている出窓に腰をかけた。
「安心……か。そうだよな……うん」
 この厳重に監視されている場所には、確かにあの殺し屋でも入ってこられないはずだ。いや、また来るだろうと予想されているから、ライはここに連れてこられた。ライだけがその容貌を目撃した。いや、させられたのだが、それ以前からライは知っていたのか。だから、命を狙われているのだろうか。
 どれもこれも、理由としては、すっきりしないことばかりだ。
「エリアル司令がもうすぐここに説明に来る。それで少しはライの疑問も解決するんじゃないかな……」
 エリアル・サマーはライの理解者でもあり、信頼のおける上司だった。
 が、今は違う。
 自らキーをかけた記憶の上に、他人が新しい記憶を植えることは、大変な危険が伴い、普通ならばそういったことはしない。そうしなければならない、どれほどの理由をこじつけられても、ライには納得ができないのだ。こういう不信感というのは、一度心に根を下ろしてしまうと、なかなか払拭ができないものだった。
「分かった」
「じゃあ、僕は……外に出てるよ。ライの側にいると……駄目なんだ」
「……そう」
 背を向けて出て行くサイファに、ライは何の言葉もかけられなかった。今のライは自分のことで精一杯で、そのほかのことを考える余裕がない。
 ベッドに腰をかけていたライだったが、小さなソファに移動して、そこへ座った。
 頭の芯がずっと疼いている。
 二重の記憶操作が、響いているのだろう。
「ライ。よく戻ったわね」
 その声に顔を上げると、エリアルが立っていた。
 彼女の持つ赤茶の髪は時折燃えるような赤い色にも見える。一重の瞳は冷たくも見えるが、決して見かけどおりの女性ではない。
「エリアル司令官……」
 立ち上がろうとすると、エリアルは「座ってなさい」といい、自らもライの前に座った。
「体調はどうなの?」
「え……はい。大丈夫です」
「そう、よかったわ」
 しばらく沈黙が二人の間に下りたが、それを破ったのはライだった。
「……どうして俺の記憶が勝手に弄られているんですか?」
「すぐにばれるような操作をしたことが、まず問題だったわね……」
 エリアルはそう言って、笑っているように唇を歪めた。
「これがどれほど危険なことか、貴方が一番よくご存じのはずです」
「そうね、ライ」
「俺がかけているキーが、もし被さっている記憶の下から復活したら……どうなるのか、俺が想像していることが正しいのなら、死にますよね……俺?」
 ライがエリアルに不信感を抱いたのはそれが理由だ。
 どうして自分の部下にそんなことができるのか。ライが知っているエリアルならこんな手段は講じなかった。
「その通りよ」
 あっさりとエリアルは認めた。
「どうしてです?」
「貴方が連邦を裏切っているからよ、ライ」
「は?」
「私たちに知られたくない記憶を貴方は持っていて、自らキーをかけているわ。それこそ、連邦に対する裏切り行為だと思わないの?」
「それは……」
 確かに自分でも不思議だった。
 どうして自分の記憶にキーをかけているのか。知られたくないことがあるから、キーをかけている。その理由すら、キーのかかっている記憶の中にあるために、分からないのだ。
「はっきり言いましょう、ライ。キラーラシャはどういう理由かは分からないけれど、貴方を取り返そうとしているの。だから、私たちは貴方を餌にして、あのキラーラシャをおびき寄せ、捕らえようとしているのよ。例え、失敗しても、生きたまま貴方をキラーラシャには返す気がないわ。理解できるかしら?」
 生きたまま返す気がない?
 その意味がライにはよく分からなかった。
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