Angel Sugar

「ユーストレス 第1部」 第23章

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 恵太郎が裏口から外に出ると、何故か逸輝が待っていた。
「逸輝……帰ったんじゃ……」
 逸輝は無言で近づいてくると、また恵太郎の手を掴もうとしたため、後退して距離を取った。
「なんだよ」
 近づくことを許さない恵太郎に苛立つのか、逸輝はムッとした表情で不機嫌そうに言う。だが、なんだと問いかけたいのは恵太郎のほうだ。逸輝があまりにも恵太郎には理解できない行動を取るのだからそれも仕方のないことだろう。
「だって、逸輝。今日は変だもん。さっきの白川さんの言い方はそりゃ、逸輝からするとむかつくことだったかもしれないけど、僕もそう思ったよ。一体どうしちゃったんだよ。いつもの逸輝と違う。もしかして何かあったの?」
 顔色を窺うように恵太郎が問いかけると、逸輝は「はあ」とこちらに聞こえるほど大きな音を立てて息を吐き出して、地面に座り込んだ。
「……悪かったよ。なんか……お前が急に遠くなったような気がしてさ。ここしばらく苛々してたんだ」
 砂利を手にとって、逸輝は何処へともなく投げる。その姿が妙に寂しげに恵太郎には見えた。だが、遠くなったと言われても恵太郎にはピンと来ない。今は春休みだが、休みになったからと言って、いつも逸輝と連んでいるわけではなかった。逸輝は友達も多く、彼らとの付き合いも忙しかった為に、どちらかと言えば恵太郎のほうが寂しい思いをすることが多かった。
 恵太郎には友達が少ないのだ。だから、いつも後ろをくっついて歩く恵太郎のことを、逸輝の友人達にからかわれることも多かった。同じ目線で付き合ってくれる人間に恵まれず、いつもからかわれていた。
 そんな自分が嫌で、恵太郎は逸輝に誘われてもあまり一緒に行動しなかったのだ。逸輝のほうも無理に誘うこともなく、時折ふらりとうちに遊びに来るくらいで、べったりではなかったはずだった。
 ただ、二人で出かけることは結構あった。
 それが普通なのだろうと思うが、逸輝は違うようだった。
「別に遠くなってなんか無いよ。住んでいるところは遠くなったかもしれないけどさ。学校だって変わらないし、今はほら、休みでなかなか会えないから、逸輝もそう思うんだよ」
「ケイは、俺と会えなくて寂しいとか……そういうの無いのか?」
 石ころを投げるのを止めて、逸輝は顔を上げた。
「……寂しいけど。春休みだから……」
 恵太郎には逸輝の問いかけの意味が分からなかった。
 元々恵太郎は孤独には強いタイプだ。父親が恵太郎が起きているような時間や、うちにいる時間に帰ってくることがなかったからかもしれない。母親も物心がつく前に亡くなっているというのもあるだろう。
 そのせいか、恵太郎は一人で遊ぶことになれていた。逆に、だからこそ、一人で出来る手芸が好きなのかもしれない。
「俺は……寂しいよ」
「……ふ~ん……」
「ふ~んってなんだよそれ。もう少し言い方があるだろっ!」
 また逸輝は突然怒り出した。
「だって……どう答えて良いのか分からないんだもん。寂しいって聞かれてもさあ、ここに来てから色々忙しかったし……。考える余裕がなかったからだと思うんだけど。きっともう暫くしたら、逸輝の言うように思うんじゃないのかなあ……」
「俺って、ケイのなに?」
「なにって……友達だよね?」
 きょとんとした顔で恵太郎が言うと、逸輝はせわしなく頭を掻いた。
「かゆいの?」
「馬鹿っ!そんなんじゃないっ!あ~も~苛々するっ!」
「……なんかさあ、逸輝って本当に変だよ。どうしてそんなに苛々するんだよ」
「俺はさあ……ケイのいう好きじゃなくて、女と付き合うような意味で、ケイのことが好きなんだ……」
 逸輝は相変わらず座り込んで、地面を見つめていた。
「僕、女の子じゃないよ」
「……そ、そうじゃなくてさあっ……なんていうか……」
 急に逸輝は顔を赤らめて、また、頭をかく。
「逸輝……」
「なんだよ……」
「ちゃんと頭を洗わないから、頭がかゆいんだよ……」
「そうじゃねえっ!」
 いきなり立ち上がって、逸輝は怒鳴った。珍しく首まで赤くしているところ見ると、余程頭に来ているようだ。
「……だってさ……さっきから、頭ばっかりかいてるもん。逸輝にそんな癖ないし……」
「……照れてるんだっ!」
「照れる?誰かいるの?」
 キョロキョロと周囲を窺ってみたものの、逸輝が照れるような相手など何処にもいなかった。もしかすると守屋でも、歩いていたのかもしれないと一瞬恵太郎は思ったのだ。
「誰もいないっ!お前がいるから照れてるんだっ!」
「……どうして僕がいることで照れるんだよ。初対面じゃないのに……」
「そういう照れじゃなくて。俺は……俺はなんていうか……長年のさあ……こう、お前に対する……あ~その……告白をしてるんだけど……分からないのかなあ……」
 また、座り込み、逸輝はブチブチとまるで愚痴でも言うように呟いた。
「……え?」
「そういう意味の告白なんだって」
「……逸輝って悪いことでもしたの?」
「違うっ!お前は俺のなにをどう聞いてるんだよっ!犯罪の告白なんてどうして俺がしなきゃならないんだよっ!」
 立ったり座ったり、逸輝は先程からせわしない。恵太郎から見ていると屈伸運動でもしているような程、逸輝は落ち着きがなかった。
「……告白っていうから……」
「あのなあ。俺はケイが好きだから、告白してるんじゃないか……」
「……え~っと……。女の子に対するようなものだったよね?」
 逸輝が言ったことを、恵太郎は頭の中で思い出しながら、逸輝が何を言いたいのかを考えていた。苛ついている割には、逸輝が随分と必死に何かを説明しようとしていることだけは分かるため、恵太郎も分からないなりに理解しようと努めたのだ。
「そうだよ」
「女の子と付き合うときに言うような告白をしてるの?」
「そうだっ!」
「誰に?」
「お前だろうっ!」
「僕は女の子じゃないのに、どうして僕なの?」
「男でも好きになることがあるって言ってるんだよっ!ああ、俺はお前が好きなんだっ!ずっと前から好きだったんだっ!どうだ、分かったかっ!」
 ようやく逸輝が何を言おうとしていったのか、分かったのだが、恵太郎はどう答えて良いのか分からない。男に好きと言われて、どう返事をすればいいのだろうか。
 恵太郎にはそんな気持ちなどないのだから、答えに窮していた。
「……」
「別に……俺の一方的なもんだから、ケイがどう俺のことを思っていても構わないんだけどさあ、なんていうか……あ~もう。俺も何言いたいのか分からなくなってきたっ!」
「……逸輝の言いたいことは分かったけど……。僕は……その、なんていうか……。ほら、付き合うってことは女の子と同じことなんだよね?」
「……そうだよ。男か女かの違いだけだろ。性別が違うだけで一緒だけどな」
「……ねえ、逸輝」
 座り込んでいる逸輝の隣に、恵太郎も座り込んで、同じように石ころを手に取った。
「なんだよ」
「男とキスなんて出来るの?」
 ぽいっと石を投げて、恵太郎は逸輝のほうを見る。
「はあ?お……お前、いきなりなに聞いてくるんだよっ!」
 今度は逸輝が後退する番だった。
「だって、女の子と同じように考えるんだろ?」
「……そうだけど……」
「じゃあ、逸輝って……僕とキスしたいとか思うの?」
 じっと逸輝のほうを見つめて恵太郎が言うと、焦ったように逸輝は額を拭った。
「……思ってたよ」
「……え、それってさあ、僕と会ったりすると思うの?キスしたいって……」
「ああ、そうだよ。悪いか」
「悪くはないけど……」
「なんだよ……」
「逸輝、それは気持ち悪いよっ!」
 恵太郎が、叫ぶように言うと、逸輝はジロリと睨んできた。
「なあ……」
「なに?」
「俺、一瞬、ケイに殺意を覚えたぞ」
「どうして?」
「お前が気持ち悪いとか言うからだよっ!俺は真剣なんだっ!」
「……女の子を好きになった方がいいよ……。ほら、僕はそういうの興味ないし。そりゃあ、僕だって将来の夢はあるよ。女の子と結婚して、真ん中に庭がある家に住むんだ。そこに花壇とか作って、犬も飼うつもりなんだ。僕はうちで手芸教室を開いて、お嫁さんに手伝って貰うの。それからね、可愛い子供達に囲まれてさあ……」
「ファンタジー語ってんじゃねえよ……」
 がくりと肩を落としつつ、逸輝は深いため息をついていた。
「……これが普通の将来像だと思うんだけど……」
「もういい。ケイと話してたら頭がこんがらがってくる」
「……僕も、逸輝の話を聞いていると頭がこんがらがるよ……」
 逸輝はチラリとこちらを見て、何かまだ言いたそうな顔をしている。何だろうと、恵太郎が顔を覗き込むと、そろりと伸ばしてきた手に手首を掴まれた。
「……なに?」
「……い、一度でいいからさ。キスさせろよ」
 恵太郎のほうを向くことなく、逸輝は言う。だが、恵太郎には頷くことなど出来なかった。男同士でそういうことをするなど考えられない。しかも恵太郎には逸輝に対してこれっぽっちも恋愛感情がないのだから当然だ。
「やだよ。僕のファーストキスは好きになった女の子とするんだ」
 掴まれた腕を振りつつ、恵太郎は言う。
「女みたいなこと言うなよ」
「逸輝。あのさあ。僕は男だよ?気持ち悪いだろそういうの」
「俺は気持ち悪くない」
「僕が気持ち悪いの」
「いいからっ!やってみてからいえよっ!」
 逸輝は立ち上がり、恵太郎を引っ張った。だが、恵太郎は足を踏ん張ってまた抵抗する。先程の状況とまた同じだ。とはいえ、ここには白川もいない。恵太郎を助けてくれそうな人間の姿は見あたらなかった。
「……逸輝って!」
「裏に回った方がいいよな。誰かに見つかるの、俺も嫌だし……」
 グイグイと引っ張られ、林の中に連れ込まれる。暫く引きずられると、ぽっかりと空いた裏庭のような場所に出たが、恵太郎はこの景色をどこかで見たような気がした。
 ここ……
 ここって、僕の部屋から見える場所だよ!
 逸輝によって引っ張られながらも恵太郎が顔を上げると、例の井戸が見えた。太陽が真上にあるはずなのに、そこだけ、妙に薄暗く感じるのは、この間のことで先入観があるに違いない。だが、あまり恵太郎は近づきたくなかった。
「ここ……気味悪いんだって……」
「なあ……ケイ。俺、マジでお前が好きなんだからな……」
 いきなり引き寄せられたかと思うと、ギュッと抱きしめられて、恵太郎は反射的に逸輝を突き飛ばした。バランスを崩した逸輝は、そのまま後ろに後退し、運悪く井戸の縁に足を引っかけた。
「わっ!」
「逸輝っ!」
 恵太郎が駆け寄ろうとした瞬間、逸輝の姿は暗い井戸の中に消えた。
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