Angel Sugar

「日常の問題、僕の悪夢」 第2章

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 その日仕事を終えたトシは、珍しく夕方退庁することができた。いつもなら一度自宅に戻っていたが、今日に限っては幾浦のマンションに速攻向かう。こんなに順調に仕事を終えられることなどあまりないため、途中で警視庁から呼び出されたらどうしようとトシは心配していたが、無事に幾浦のマンションに到着した。
 ポケットから合い鍵を取り出し、トシは心臓をドキドキとさせながらキーを差し込んだ。何度、合い鍵を手にとっても、この瞬間胸が高まるのだ。これは恭眞が僕にくれた合い鍵なんだ……と思うだけで、なにやら嬉しくなる。
 カチンと小さな音を立てて、シリンダーが回り、かかっていた鍵が解除された。トシは合い鍵をポケットに入れると、ノブを掴んで扉を開ける。すると、いつものようにアルが喜びを現すように飛びついてきて尻尾を振り、顔中を舐め回す。
「アル……分かったって。あはは。やだなあ……もう、こそばゆい……」
 立ち上がると子供よりも背が高くなるアルの向こう側に幾浦が立っているのが見えた。
「随分、今日は早いんだな。こら、アル。私の恋人を独占するんじゃない」
 アルの尻尾を捕まえて、トシに絡みついている飼い犬を引っ張っている。
「え。恭眞も早いよね?僕、まだ恭眞は帰ってないと思ってた。僕の方は、仕事が珍しく早く終わったからなんだけど……」
 ようやくアルが離れてくれたことで、トシは靴を脱ぎながらそう言った。すると幾浦はトシのためにスリッパを並べてくれる。
「ああ。今週のために、先週詰めて仕事をしたからね。だから今日は昼から帰ってきていたんだ。掃除や洗濯もためていたのもあるんだが、トシが来る日は綺麗にしておきたいだろう?」
 幾浦は小さく笑った。その様子はどこから見てもストーカーに悩まされている男には見えない。それとも、この近所に幾浦の同姓同名がいるのだろうか?だが、もし本当にそうであるなら、同姓同名がいるのだと幾浦の方から驚きの言葉を聞かされているはずに違いない。
「そんなの、気にしなくていいのに……だって、恭眞も忙しいんだよね?」
「ま、一般のサラリーマンの忙しさと対して変わらないな。刑事という職業の方が忙しいに違いないさ。それより……」
 スリッパを履き終えたトシの身体を幾浦はギュッと抱きしめてきた。一週間ぶりの抱擁にトシは照れくさく感じる。幾浦のつけているコロンの香りに混じり、煙草の苦い香りもして、なぜかホッとトシは安心できるのだ。
「恭眞……」
 目を細めて自らも手を回し、幾浦の胸へ顔を埋めて温もりを味わった。厚い胸はそれだけでトシを虜にさせる。緩やかに伝わる体温が心地よく、このまま眠ってしまいそうなほどだ。
「トシ……トシの香りがするよ……」
 鼻先をトシの頭に擦りつけて、幾浦は楽しげな声で言った。サラサラと左右に揺れる黒髪の動きを楽しむように、幾浦は何度も鼻先を左右に振る。くすぐったい感触に、トシは思わず笑いが漏れた。
「恭眞……くすぐったいよ……やめてって……」
「そうか?私は気持ちいい。トシの髪は柔らかくて……こう、すべすべしているから思わず触れたくなる」
「……手入れしてるわけじゃないんだけどね」
 そろりと顔を胸元から離して、幾浦を見上げると漆黒の瞳がこちらを覗き込んでいた。
「トシ……今日は……先にいいか?」
 額にキスを落としながら問いかけてくる幾浦に、トシは小さく頷いた。照れくさいのだが、もちろんトシも一週間ぶりに肌を合わせることに期待があるのだ。付き合ってまもなくの間は、抱き合うことに多少の抵抗感があったが、今は違う。
 これが『欲しい』という気持ちなのだ……という感覚を知ってからというものの、トシは素直に幾浦の求めに応じるようになったのだ。それはそのままトシの求めに他ならないからだった。
 寝室まで抱きかかえられて、ベッドの上に下ろされる。薄暗い部屋に灯された小さな明かりが妙に幾浦の陰影を濃くしていた。幾浦の持つ一重の瞳に見つめられると、トシはもう、堪らない気持ちになる。クールな瞳は、初めてであった頃から全く変わっていない。トシが本当に素敵だと思う瞳を幾浦は持っているのだ。
「恭眞……」
 トシが声をかけると、いつもは厳しく引き締められている口元に笑みが浮かぶ。
「会いたかったよ……トシ……」
 言って幾浦はトシの唇に数回キスを軽く落とした。
「僕も……一週間、恭眞の顔を見られなくて……寂しかった……」
 目の前にいる自分の大好きな相手に触れられていることに、感激に似た感情が身体を覆って、喉まで詰まりそうだった。自分のプライベートがようやく回ってきて、最初に幾浦に会える日は、それほどトシの気持ち自体が高まっているのだ。
「ああ……そうだ、私も寂しかったよ……トシ」
 弦をつま弾くように衣服のボタンが幾浦によって外されて、トシの胸元が露わにされていく。すうっと冷えた空気に肌が触れ、産毛が急に立っているような身体の反応に、トシは羞恥心から身体を竦めた。
「寒いか?」
「ううん。ちょっと恥ずかしいだけ……」
 今更、隠す必要などないのに、思わず胸の尖りを両手で隠し、トシは照れた笑いを浮かべた。身体中で見られていない場所などないはずなのに、最初のとっかかりはいつもこんなふうに恥ずかしく思う。
 だからといって嫌だというわけではなく、トシの自然な反応だった。
「いつも、本当に可愛いな……トシは……」
 くすくす笑いながら、幾浦はトシのズボンを下ろして床に転がした。下着だけの姿になって、やっぱりトシは恥ずかしい。思わず両脚をもぞもぞと左右に動かしてしまうのもいつものことだった。
「え……そうかな……僕は……その……」
 赤く染めた頬を隠すこともできずに、もぞもぞと両脚を動かしていると、幾浦の膝が間に割り込んできた。
「私はこういうトシの仕草を見ると、心から愛らしくて堪らなくなるんだ……」
 穏やかな口調で話しつつも、幾浦はトシの下着を剥ぎ取って、ズボンと同じように床に投げる。自分だけが素っ裸になってしまった状態に、トシはもう何を言っていいのか分からない。
「え……えっと……あの……」
 相変わらず己の胸元を隠しているトシの手を幾浦は掴んでやんわりとベッドに押しつける。まだ触れられていないのに、トシの胸の尖りはプックリと立っていた。
「あ……わあ……」
 自分の胸の状態を確認して、思わずトシが声を上げもう一度隠そうと手を動かしたが、幾浦に押さえつけられた両手は、痛みを感じるほど力を込められているわけでもないのに、ぴくりとすらしない。
「トシ……こんなところが勃ってるよ……」
 チュッと尖りの先端にキスをされて、トシはギュウッと目を閉じた。高まっている自分の身体を見られて恥ずかしすぎるのだ。
「……ご……ごめんなさい……」
 謝ること自体妙なのだろうが、トシは思わずそう言っていた。
「いや、私に期待をしてくれているから、トシの身体がこんな風に高ぶっているんだろう。嬉しいよ……」
 言って、幾浦はトシの鳩尾に舌を滑らせて、再度尖りを口に含んだ。吸い上げる力は強く、ぬめぬめとした舌がそれほど高さのない尖りに絡みついてきて、小さな痺れをもたらした。胸元から感じる刺激はそのまま身体のあちこちに伝達され、触れられていないあちこちまで伝わって、同時に体温を上げていく。
「あ……僕……っ……」
 まだ力を持っていない雄を手の平で幾浦は擦り、茂みの中へも指を忍ばせる。すると身体の奥底が疼いてきた。どの辺りかというのはトシにも分からない。いや、分かっていても口にするのは躊躇われる。
「恭眞っ……ん……」
 胸元を舐め回していた舌が、今度はトシの唇を塞いだ。滑り込んでくる舌がそのままトシの舌に絡みついて、とろけるような味覚が口内に広がった。
「……う……ん……んっ……」
 トシはキスが好きだった。舌が吸われて、離されるのを繰り返されると、頭の芯がぼーっとしてきて、夢心地になれる。内部を貫かれているのとは違い、ゆっくりと神経が麻痺していくような快感を味わえるのが、キスだからだ。
 魔法にでもかけられたような感覚。目の奥がジンと痺れてふわふわとした気持ちに浸れる。キスはいつだって甘く、そして心地よい。
 だがそれは長く続かなかった。
「……あ……恭眞……もっと……キス……して……」
 一度離された唇を求めるようにトシは自然と口から言葉を発していた。すると、また唇が重ねられて、舌が入り込んでくる。
「……ん……」
 トシはキスを堪能しながら、何か肝心なことを忘れていることに、フッと気がついたが、今は思い出せなかった。
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