「日常の問題、僕の悪夢」 第17章
「だめ……っ……あ」
口を押さえていた手を幾浦の腰に回し、身体を背後に密着する胸板に思いきり凭れさせ、トシは身体を逸らせた。快感に酔いながらも、トシは隣接している部屋の住人に声を聞かれたらどうしようという不安があった。
こんなことがリーチの耳に入ったら、後でどんな嫌みを言われるか分からない。
「や……聞かれる……」
「だったら、口を閉じてくれないと……」
シャツの下に差し入れられていた幾浦の手がトシの口を覆った。
「……う……ふっ……っ!」
人差し指と親指に挟まれたトシの雄は、簡単に欲望を弾けさせ、ギュッと閉じていた目からは涙がこぼれ幾浦の手を濡らす。
「トシ……」
ゆっくりとトシの口を覆っていた幾浦の手が離れ、また、シャツの上へと移動すると胸元を撫で回す。トシの雄を掴んでいたもう片方の手は未だ離されることなく、力を失いぐにゃりとしている肉の塊を手の平で弄んでいる。
「……やだ……」
小さな声で囁くようにトシは呟いた。だが、幾浦はフッと笑っただけで、手を離すどころか、トシの放った蜜を太股や腹に塗り込めていく。
「今、欲しいんだよ……トシ」
頬にキスを落とし、幾浦はどこか上擦ったような声で言った。その口調から、いつもクールで冷静な幾浦が、余裕を無くしていることがトシには分かる。こういう幾浦に気付くと、トシは身体が震え、貪られたい気持ちに駆られるのだ。
トシの理性は『ここが壁の薄いコーポ』であることを忘れてくれない。
「……ここじゃ、駄目だよ……あっ」
幾浦に身体をぐるりと回されて、向かい合わせに座らされた。あまり間近で幾浦の顔を見たくないトシは俯いて小刻みに震えていた。寒いわけではない。残っている快感が身体から落ち着きを奪っているのだ。
「……恭眞……ほんとに……僕……」
「腰を上げてくれないか?」
トシの尻に回した両手に幾浦は力を入れて、張りのある肌に指先を食い込ませてきた。
「……う……あ、駄目……」
更に持ち上げられて、トシは膝を床につけて幾浦の首にしがみつく。腰を落としたら己を貫くモノがあることを分かっていて、それでもトシは抵抗していた。
「トシが協力してくれたらいいんだよ」
小さく笑って幾浦の手の力は下へ入れられる。我慢して逆らってみるものの、膝がガクガクとして頼りない。
「……協力って……なに?」
頬を赤く染めてトシは幾浦を見下ろした。
「声をできるだけ出さないようにすること。そうだろう?」
トシの顔をじっと見つめる幾浦は、欲しいと訴えている。応えたくて仕方ないのに、場所が悪すぎるのだから仕方ない。
「……無理」
膝が幾浦の力に負けて、ジリジリと腰が下がる。顔を左右に振ってトシは幾浦の力に出はなく己の中にある欲望と闘っていた。
「私も、無理だよ。トシの姿を見ているだけで堪らない。これでは、とても耐えられそうにない……」
いきなり渾身の力をかけられたトシは、不意を着かれた形で腰を落としてしまった。
「……っ~!……」
トシは幾浦の首に回していた手を解いて、すぐさま己の口に覆い、叫び声を消した。それでも言葉にならない声が喉の奥でもんどり打っている。
「……っ……っ……!」
肉が内部を裂いているような痛みだ。己のまき散らした蜜で濡れているとはいえ、それでも辛い。なのに心地いいのだ。堪らない快感が身体を覆って、今まで自分を止めていてくれた理性がバラバラに砕け散っていく。
「……く……くうう……っ……!」
幾浦はトシの羞恥心などお構いなしに腰を突き上げてくる。状況を把握しない幾浦に対して腹立たしく思いながら、欲望に正直な幾浦を愛おしく思う。好きで堪らないのはトシの方だ。いつでも幾浦の側にいて、幾浦のことばかり考えていたい。
「トシ……」
声を潜めて幾浦は囁いた。口を閉ざしながらもトシが幾浦の方を見ると、黒い瞳が満足そうに細められている。幾浦の額には浮いた汗がうっすらと光っていて、トシは思わず口を押さえている手を離し、拭ってやりたい気分に駆られた。
「……っ……っ!!」
深く突き刺さった楔が奥を抉って、トシの身体全体を揺らしている。自然と幾浦の動きに合わせてトシも腰を揺らしていた。漏れ出る声を手で抑えることはできても、自分の中でのたうち回っている欲望を抑えることはできない。
「トシの中が……蠢いているのが分かるよ……」
幾浦の言葉にトシは肌という肌を赤く染めてしまいそうな気分に駆られ、口を押さえたまま顔を左右に振った。
「自分でも分かるだろう?私は感じてる……トシの内部が絡みついて……私をあおり立てているんだ……」
腰の動きをとめずに、幾浦は感嘆の声を漏らした。
「……う……くう……うう……」
快感で涙をぽろぽろと落としながらも、トシは身体全身で幾浦からもたらされている快感を味わっていた。口さえ閉ざすことができたら、身体だけは素直に快感を甘受してもいいのだ。
「……っ……!」
激しくなる幾浦の突き上げに、トシは目眩を覚えながらも、しっかりと快感を身体に刻んでいた。内部に灯った火は行くところまで行かないと消えることがない。途中でやめられたら、あれほど駄目だと言い張ったにもかかわらず、トシは泣いて幾浦に懇願してしまうだろう。
「……トシ……お前だけを愛してるよ……」
幾浦の告白をしっかりと心に刻んで、トシは甘いひとときを過ごした。
いつもセットしている目覚まし時計の音が響き、トシは狭いベッドで目を覚ました。隣に眠る幾浦は未だ夢の中だ。
サイドボードに手を伸ばし、トシはすぐさまベルを止める。
時間は七時を過ぎたところだった。幾浦が本日どうするか分からないが、トシは警視庁に出なければならない。
トシはゆるゆると身体を起こして、長く息を吐いた。熱が冷めた身体は、後悔と同じ数だけキスの痕を残している。スリープしているリーチをいつもは朝起こすのだが、警視庁に出てからでもいいだろう。こんな状況を知られたくなかったのだ。
とはいえ、どうせリーチのことであるから予想しているに違いない。また、今日、一日ねちねちと嫌みを言われるはずだった。普段なら、プライベートのトシのことにつっこみはしないが、ここは二人の自宅だ。ここで抱き合うことはいろいろと問題が残る。だからトシは避けたかった。分かっていたのに、自分を抑えられなかったのもトシ自身だったから、文句は言えないのだろう。
やだな……もう。
チラリと幾浦を眺めて、トシは微笑みを浮かべた。
嫌だと思いつつ、こうやって幾浦が隣に眠っている姿を見るのは嫌いではない。どちらかというと好きな方だ。
……僕も、押し切られちゃったし……。
仕方ないよね。
幾浦の額にかかる髪をそろりと撫で上げて、何時間眺めても飽きない顔をじっと見つめていた。すると、サイドボードに置いていた幾浦の携帯が着信を知らせるようにブルブルと震えていた。
あれ……電話だ……。
「恭眞……電話鳴ってるよ」
幾浦の肩を掴んでそっと揺らしてみたが、目を覚ます気配がない。とりあえずトシは携帯を掴んで画面を見たが、非通知だった。
「恭眞……って。電話、鳴ってる」
変な電話だな……と思いつつ、トシは幾浦の肩を先ほどより強く肩を揺らす。すると、幾浦はようやくうっすらと目を開けた。
「……おはよう……トシ」
引き寄せようとして手を伸ばしてくる幾浦に、トシは携帯を押しつけたが、受け取る仕草を見せなかった。
「電話……恭眞にだよ」
「……あ~……放って置いてくれたら後でかけ直す」
「だって、ずっと呼び出ししてるよ」
いつまでもブルブルと携帯は震えているのだ。電話を掛けてきた相手はどうしても幾浦と話がしたいのだろう。
「トシが聞いて置いてくれ……もう少し私は寝る」
それだけ言うと、幾浦は本当にまた寝てしまった。呆れながら、トシはどうしようかと悩んだが、そっと通話を押して携帯を耳にあてた。
『……ごめんなさい。朝早く起こして。南です……』
トシは驚きで、携帯を落としそうになった。