「日常の問題、僕の悪夢」 第4章
「……ああっ!」
ムチッとした肉が内部にめり込み、トシを喘がせた。久しぶりに感じる雄の熱さに身体が捩れそうだ。荒くなった息を整えようとしても、グイグイと奥まで移動してくる雄は熱く、内部を擦りあげてトシの喉を詰まらせる。
「恭……眞っ……あっ……あ……」
詰まった雄が内部で蠢いて、軋む肉壁が言葉では表せない快感を呼び覚ましていた。一週間ほど前も抱き合って感じたものが、鮮明に呼び覚まされて、幾浦に応えている。それを幾浦も感じているはずだった。
「……トシ……」
リズムを刻むように腰を動かされ、トシは身体をくねらせるように捩った。内部の襞を散々擦りあげられているのに、口に出せない欲求はもっと欲しいと叫んでいる。そんな己の媚態を知られたくなくて、トシは幾浦の身体にしがみついて呻いた。
「……や……あ……ああっ……」
幾浦の背に回した手に力を込めて、そうすれば快感が少しでも身体から退いてくれるのではないかと思いつつも、今以上の刺激を求める疼きは止まらない。与えられて満足されたその時から、もっと欲しいと幾浦の雄を襞が締め付ける。
「……っあ……」
トシは幾浦の熱い迸りを余すところなく受け止めて、そのままベッドに沈み込んだ。
うっすらと目を開けると、幾浦が難しい顔で携帯を切ったところだった。チラリとこちらを見たような気がしたので、トシは眠っているふりをする。どういった内容の会話があったのか、それ以前に目を覚ましたわけではなかったので、予想もつかない。
多分仕事の話なのだろうと楽観視するものの、なんとなく不吉な予感めいたものがあった。問いかけた方がいいのか、それともこのまま眠ったふりを続けた方がいいのか今のところ判断が付かない。
幾浦が再度ベッドに横になったのか、少しだけベッドが沈み、トシの額に幾浦の指先が感じられた。額にかかった髪を撫で上げているのだ。心地よい、下手をするとこのまま眠ってしまいそうなほど緩やかな動きに、また睡魔が襲ってきそうだった。
だが、このまま寝たふりをしているわけにもいかず、トシは今起きたように瞼を開いて目を開けた。
「起きたのか?」
クスリと笑って幾浦はトシの顔を眺めている。切れ長の瞳は愛おしげな色合いをトシに見せていて、いつも整えられているはずの前髪がやや乱れていた。トシは今まで力を入れることを忘れたように伸ばしていた腕を持ち上げて幾浦の方へと向けると、かかる髪をそろりと後ろへと撫で上げる。一瞬、そういう仕草が気に入らないかもしれないと思ったが、幾浦は嬉しそうに瞳を細めたことでトシはホッとした。
「珍しいな……」
トシの手を掴み、唇で愛撫しながら幾浦は言った。
「……なに?」
「髪を撫でてくれるのは初めてのような気がするよ」
「そ、そうかな?」
えへへと笑ってトシは毛布を引き上げた。いつまで経っても……何度抱き合ったとしても裸を見られるのが恥ずかしいのだ。
「トシに触れられると気持ちいいんだ」
幾浦は掴んでいたトシの手を離すと、そっとベッドの上に下ろして、今度は額にキスを落としてきた。
「そうなんだ……じゃあ、いっぱい触ってみようかな……」
下ろされた手にもう一度力を入れて、トシは幾浦の首や肩をそろそろと撫でた。トシとは違った硬い筋肉の盛り上がりがヒンヤリと汗で湿っているのが指先から感じられる。
「気持ちいいよ……」
「僕も……」
下から上へと一気に駆け抜けていった快感の後には、気怠いのだが、緩やかで心地いいものが身体を覆っている。それは、ゆりかごに寝かされて左右に動かされているような感じだった。
「しばらくこうしてから、夕食にするか?」
「うん。僕、すぐに起きられないよ……」
ジクジクとした疼きはまだ内部にあって、軋む膝はまだ動きたくないとトシに訴えていたのだ。なにより、抱き合った後はこうやってしばらく微睡んでいたい。こういう時間もトシにとって何よりの楽しみだったのだ。
「……そうだな。私もこうしているととてもホッとするよ。トシといつだってこうやっていたいんだがね……あ、いや。いいんだ……」
時折、幾浦は叶えられない言葉をぽろりと口にする。それは紛れもなく幾浦の本音なのだろう。リーチを否定することはないが、トシを独占したいという気持ちから出てしまうのだとトシは思うことにしていた。いや、そう思う方がなんとなく嬉しい。
「僕も……思うよ。うん。嬉しい」
幾浦の胸に頬をすり寄せてトシは呟くように言った。暖かい胸は内部にある心臓の鼓動を伝えるとともに、トシの頬まで一緒に振動させる。
あ……
本当に気持ちいい……
人の温もりは触れていると心地よいもので、安心感が生まれてくるのをこうやって触れることによってトシは知った。大げさなのかもしれないが、人の体温はそれだけで癒す力を持っているような気がするのだ。
恭眞の胸……暖かいな……。
温もりを感じながらトシはなにか大切なことを忘れていることに気がついた。
何だったかな……
何だったっけ?
思考が半分麻痺しているような時であるからはっきりと思い出せないのだ。とはいえ、かなり重要なことだったというのだけは脳裏に焼き付いている。
「……あ!」
フッと顔を上げて、うつらうつらしている幾浦の方を向いた。
「恭眞……。眠らないでよ。起きて」
ゆさゆさと幾浦を揺らしながら、トシはようやく思いだしたことで、半分眠っていたような己の意識がはっきりと目覚めるのを感じた。昼間、篠原から聞いたことを幾浦に説明してもらわなければならなかったのだ。
「……え、あ。うん。どうしたんだ?」
トシとは逆に、半分意識がここにないような表情の幾浦の頬を掴んで引っ張る。さすがに幾浦の方も意識を戻したように目を見開いた。
「なっ……なんだ?」
「あのさ。恭眞。僕になにか話さなきゃならないことない?」
じっと幾浦を見つめながらトシは、はっきりとした口調で言った。本来は幾浦から切り出して欲しかったのだが、どうもそれらしい様子はない。絶対に話さなければならないと思っていたのなら、抱き合うよりも先に話してくれていたはずだからだ。
それがないということは、幾浦に話す気がないのか、それとも日を置いて話そうと決めているのかどちらかだろう。だが、トシはどうしても聞いておきたいことであったし、先延ばしされるのも嫌だった。
ならば、トシの方から聞くしかない。
「ん?私がトシに……か?」
ヘッドボードに置かれたシガレットケースから煙草を一本取り出して口に銜え、火をつける。
「うん。だって、恭眞。なにかいいたそうだもん」
これっぽっちもそんなふうに見えないのだが、幾浦が話しやすいように言葉を選ばなければと考えた、トシなりの嘘だった。
「そうか……そうだな……」
ふうっと紫煙を吐き出して、幾浦は天井を見上げる。どこか考え込んでいる様子は、やはり篠原から聞いたことを考えているに違いない。
「僕でよかったら力になるよ」
更にトシは幾浦を促すように言った。
「いや……別にないな」
そう言って幾浦は煙草をくわえてまた吸った。
「本当に?」
幾浦の方から視線を逸らせずにトシは言うのだが、幾浦の方はこちらを見ないで顔を縦に振った。明らかに嘘をついている。いや、トシは幾浦が隠していることを実は知っているのだから、嘘だと分かるだけだ。
「僕、恭眞に隠し事なんてされたくないよ」
「……」
「女性につきまとわれてるんだって?」
本当は幾浦から聞きたかった言葉だったが、トシは仕方なしにそう言った。どういった反応を見せるだろうかと、内心ドキドキしていたトシだったが、予想に反する言葉を幾浦は口にした。
「いや……そんなことはないよ」
笑いながらこちらを向く幾浦に、トシは訝しげな表情を作って見せた。