Angel Sugar

「日常の問題、僕の悪夢」 第18章

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 チラリと幾浦を眺めてみたが、トシの動揺など気付かず眠っている。起こしていいのかどうかも躊躇われ、トシは無言のまま携帯を持っていた。すると、南は携帯に出ている相手が幾浦だと勝手に勘違いして話し続けた。
『……あの……こんなお願いなんてできないと思うんですが、幾浦さんは刑事さんとお友達ですよね?良かったらあの方にお願いしてもらいたいんです。いいえ、伝えていただくだけでも結構です。あの爆発は……私の部屋からでしたが、あれは、友人から預かっていたもので、爆弾だなんて、知りませんでした。勝手に爆発して、私の方が驚いているんです』
 一気に話す南だったが、関係ないのならさっさと警察に出頭すればいいでしょう……と、喉元まで出た言葉をトシは呑み込んだ。
『……何も話してくださらないんですね。私……迷惑かけてしまったし、こんなことお願いできる立場じゃないの、分かってる』
 分かってるんだったら、電話なんかしてこないでよ!と、ムカムカした気持ちでトシは携帯を握りしめた。大体、この番号をどうして南が知っているのか、トシはそちらが気になって仕方ない。
『……でも、私……』
 南は半分涙声になっていた。あまりにも切実な訴えに、トシも少しだけ心が痛み、なんとかしてやりたいと思うまでになっている。
 だが……。
『あの晩のこと、忘れませんから……。あ、違うんです。だから、こうして欲しいって話している訳じゃなくて、良かったらもう一度、お会いして話を……』
 その言葉にトシは思わず携帯を床に投げつけていた。トシからするとこういう感情を思いきり外にぶつけることは珍しい。だが、何かを考える暇もなく、気がつけば投げつけていたと言った方がいい。
 当然、電話は切れてしまった。
「……なんだ?どうしたんだ?」
 携帯を床にぶつけた音を耳にした幾浦がようやく目を覚ませ、身体を起こす。そんな幾浦にトシは睨み付けるような表情を向けたが、直ぐに言葉が出ずに、握った拳だけがわなわなと震えた。
「……トシ?」
 真っ赤な顔で怒っているトシの姿に、幾浦は驚いた表情になったが、こちらは頭の中でグルグルと同じ言葉が回っていて、とても怒鳴り声まで出せない。
 あの晩のこと、忘れませんから……
 忘れません……
 って、何?
「トシ?」
 晩、って……晩にすることって……
 一つだよね?
 それもこそこそ、することって……
「おい、どうしたんだ?」
 もう一度お会いして……って。
 会ったことがあるってことだよね?
 違う……。
 会っただけじゃなくて……。
「トシ……おい、大丈夫か?」
 覗き込んでくる幾浦に、トシは大声で怒鳴った。
「大丈夫なんかじゃないよっ!」
「トシ??」
 きょとんとしている幾浦を見ているだけでトシは沸々とした怒りが湧いてきた。一体、幾浦はトシの知らないところで何をやっているのだ。トシが思う幾浦ではないのか、それとも、南が嘘をついているのか。
 トシには分からなかった。
 だが、一つだけ分かったことがある。
 南はまた電話を掛けてくるに違いない。
 床に転がっている携帯を取り上げて、トシは幾浦の目の前に突きだした。
「誰から電話だったんだ?会社か?」
「恭眞。今日中に携帯の番号を変えて。絶対。絶対だからねっ!」
 携帯を持つ手を震わせてトシが大声で言うと、怪訝な顔つきで幾浦は携帯を手に取った。
「どうしたんだ?どうして携帯の番号を変えなければならないんだ?」
「そんなの……どうでもいいんだよっ!絶対に変えて。いい?変えてくれるの、変えてくれないの?それとも、変えたら都合が悪いの?」
 鼻息荒く、トシが言うと、幾浦は困惑しながら髪を撫で上げた。
「それは都合が悪い。あちこちに知らせている番号の変更を連絡しなければならないからなあ……仕事でも使っている携帯だ。そうそう、変えられるものじゃない。それより、朝から一体どうしたんだ?そんなに、気分の悪い電話が入ったのか?」
 携帯の着信履歴を確認しようとした幾浦の手から、再度トシは携帯を奪い取り、着信履歴を消した。
「何をしてるんだ?」
「なんでもない……」
 次に、番号登録している電話帳を開いて、南の名前を検索したが、出てこなかった。幾浦の方は南の番号を知らないようだ。いや、覚えているから残していないということも考えられる。
 しかも、電話帳の中にはシークレットの部分があって、そちらに登録されている番号はトシには見られない。こちらに南の連絡先が入っている場合もある。楽観はできないだろう。
 これ以上は無理だよね。
 いくらなんでも幾浦に暗証番号を聞くわけにもいかない。知ったところで、他にも見たくないようなものがぞろぞろ出てくる可能性もある。
 とはいえ、南だけに関して言えば、これ以上どういう手も打てそうにない。
「だから、人の携帯を見て、何をしてるんだ?」
「なんでもない……ありがとう」
 携帯を幾浦に返し、トシは暗い声で言った。履歴を消したところで、何が変わるわけでもないと悟ったからだ。
「トシ……朝から、おかしいぞ。一体どうしたって言うんだ……」
 シャワーを浴びようとバスルームに歩き出したトシに幾浦は背後から声を掛けてきたが、振り返る気力もなかった。
「トシっ!」
「……仕事、早いから」
 バスルームに駆け込むように入り、熱い湯を浴びた。
 意識は既にはっきりしているが、落ち着く必要があったのだ。
 とにかく、早めに登庁し、爆発事件を管轄する所轄に連絡をするのが一番だろう。まずはそこから始めるしかない。あと、幾浦のことを一番良く知っているのは弟である恭夜だ。もしかすると先に連絡を取ったの方がいいのは恭夜の方かもしれない。
 だが、恭夜が素直に幾浦のことを話してくれるのかは謎だった。恭夜は兄の恭眞がトシと付き合っていることを知っていて、普通で考えると協力してくれそうなものだが、兄が不利になるようなことを、口にするとは思えないのだ。
 無理にでも聞き出さないと……。
 こういう場合、幾浦に問いつめたところで、後ろめたいと思っていたら絶対に口を割らないだろう。もちろん、トシは幾浦から全てを聞きたいと思っている。だから、思い切って幾浦に聞いてみたのだ。それらは昨晩否定されていた。もう一度蒸し返したところで、トシが考えているような答えを口にしないだろう。
 違う。
 幾浦は、トシを裏切るようなことなど絶対にしない。
 幾浦のことを信じている。
 信じると誓ったのだから、南のことをまず疑わなければならないだろう。
 だが、あの南が幾浦にああいうことを口にするメリットなどないはずだ。それとも何かあるのだろうか。
 僕は恭眞を信じてるもん。
 こつんとバスルームの壁に頭をぶつけて、トシは目を閉じた。どういうことでも正直に話してくれると幾浦は言った。だから、トシは信じるつもりだ。ただ、南の言葉に少しだけ動揺しているだけだった。
 はあ……。
 僕……なんか最低な自分を恭眞に見せちゃったかも……。
 落ち着いてくると、冷静になり、自分のしてしまったことがいかに子供っぽいことだったのかを知る。もっとも、あんな電話を受けて直ぐに冷静になれるわけなどない。
 確かめないと……。
 シャワーを止めて、トシがタオルで身体を拭い、鏡で自分の姿を確認した。気持ちを盛り上げたつもりだったが、鏡に映る顔はどこか疲れたように見える。
「あっ!」
 昨晩の名残を身体のあちこちに見つけ、トシはため息をつくことしかできなかった。リーチを起こし、相談に乗ってもらおうとしても、これでは悪態をつかれるだけで、へそを完全に曲げてしまうに違いない。
 ……最悪。
 トシの気分はますます晴れなかった。
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