Angel Sugar

「日常の問題、僕の悪夢」 第3章

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「トシ……」
 ようやく唇を離した幾浦は、トシの額や頬にキスを落として笑みを浮かべた。普段、クールな表情がこのときばかりは優しげになる。なにか考えるような仕草をしているときや、煙草を吹かして物憂げにしている幾浦もトシは胸がドキドキするのだ。
 いつ見ても、幾浦は格好いい。
 リーチはすぐに暗いだの、根暗だの言うのだが、単に幾浦は寡黙なだけだ。ベラベラと話すタイプでないから、そう見えるだけなのだろう。幾浦の持つ大人の雰囲気がトシは好きだった。
「恭眞……」
 すり寄るようにトシは幾浦の胸元に頬を擦りつけた。するとふんわり漂う苦い煙草の香りに気がつき、瞳を細めた。仕立てのいいスーツは肌触りもよく、このまま身体を預けて眠ってしまいたいほどだ。
「トシのここが……立ってるよ」
 小さく笑って幾浦は、トシの胸の尖りを指先で摘む。ジクンとした痛みと疼きが胸元から伝わり、羞恥心が一気にトシを襲った。
「……え……あ。その……やだ……」
 かあっと頬を赤らめて、トシは身を捩らせた。こんなふうに解説されると照れくさくて仕方がないのだ。もっとも、事実そうなっているのだから、どうしようもない。幾浦の指先で弄ばれた末にプックリと膨らみを帯びているのだから、元はといえば幾浦の責任だろう。
「赤くなってきた……」
 コリコリと指先で弄られて、トシはギュッと目を閉じた。声をかけられると思わず自分の胸元を見てしまうのだ。トシは自分の欲望の印を見るのが恥ずかしかった。
 しばらく指先で先端を潰したり、揉んだりしていたかと思うと、チュッと吸い付かれて、トシは身体がブルッと震えた。高さのない尖りの側面を舌でペロペロと舐められると堪らない快感が伝わってくる。小さな、本当にささやかな胸であるのに、そこを攻められると変な気分になってくるほどだ。
「や……恭眞……っ……あ……」
 トシの耳に伝わるような音を立てて吸い付く幾浦は、放置されているもう片方の尖りを指先で転がしていた。どちらに意識を集中していいか分からないほど、両方から刺激が走ってトシはそれだけでイってしまいそうだ。
 胸を触られているのに、なぜか下半身が疼いてもぞもぞと両脚を動かしてしまう。すると幾浦の下半身にあるモノが衣服を通して感じられ、トシの欲望が高まってきた。
 恭眞の……硬くなってる……。
 どうしよう……嬉しい。
 言葉にできないのだが、幾浦の欲望の証をトシは目にしたかった。硬く尖った雄は、トシを求めているからそのような状態になるのだ。求められていることが明らかに分かるものを目にするとき、トシは本当に嬉しくなる。
「……あっ……!」
 胸を触っていたはずの手が、トシの雄を掴んだことに気がついて思わず目を開けた。すると既に幾浦の身体はトシの下半身に下がっていて、掴んだ雄をしげしげと眺めているのが見えた。
「そ……そんな、まじまじ見ないでよ……っ!」
 両脚を折り曲げさせられている姿ですら、恥ずかしくて見ていられないのに、自分の羞恥心の塊のような場所を凝視されると、言葉では表せないほど恥ずかしいのだ。
「いや……」
 幾浦は手で掴んだモノを眺めながらぽつりとそう言った。なにが、いやなのかトシには分からない。
「……なに……なんでそんなところを見てるんだよっ!や……やめてよ~……!」
 両手で顔を隠してトシが叫ぶと、幾浦は手に持っていたものを口に含んだ。ヂュッという音が妙に生々しく響いて、トシは喉で声が止まる。
「ひっ……」
 根元まで一気に含まれてトシは顎を仰け反らせた。今までも何度となくこうやって幾浦に口でイかされて来たのだが、未だに慣れない。なによりいつもよりきつく吸い上げられて、同時に手で擦られているのだから妙に性急だ。
「きょ……恭眞っ……あ……っ……まって……やぁ……」
 心のどこかで幾浦の今日の行動を変だと思いつつも、快感がそれを拭い去っていく。一瞬浮かんだ疑問が全て流されてしまうのだ。言葉として口をついて出るのは甘やかな声で、問いかける言葉ではない。
「……あっ……あ……あ……」
 伝わる刺激にトシは自然と瞳を擦った。トシは快感を味わっているときに、どうしてか手があちこち勝手に動くのだ。シーツを掴んでは離したり、髪をかき上げる。額を拭ったり、目を何度も擦ってみたりと自分が意識しないところで、手は意味もない動きをする。
「や……あっ……あ……恭眞っ……!」
 トシは何かに追い立てられるように、幾浦の口内に欲望を吐き出した。急激に冷める体温がトシの理性にかかった霧を晴らす。同時に、羞恥心が戻ってきて、トシはここから逃げ出したくなった。
 とはいえ、やはり幾浦がなんとなく妙だ。
 そのことを問いかけようと口を開いたが、隠されていた窄まりに指先を突き入れられて、言葉ではなく濡れた喘ぎ声しか出なかった。
「……や……っあ……あっ……っ!」
 入ってくる指先はヌルリとしていた。己が吐き出した蜜で濡れているのか、いつの間にか幾浦が用意したローションで濡れているのかトシには定かではないのだが、痛みは感じなかった。すんなり幾浦の指先を呑み込んだ内部は、収縮して食いついている。その感触に幾浦が気がついていないわけなどないだろう。
 は……
 恥ずかしい……っ!
 トシは口元を引き締めて顔をしかめる。もちろん、刺激に対する自然な反応なのだから自ら率先してトシは幾浦の指先を取り込んでいるわけではない。とはいえ、勝手に動いている内部が感覚として伝わってくるのだ。
 快感を感じながらも、羞恥心で責め苛まれるようなものだった。それが心地いいと思いつつも、羞恥心は限界を超えている。もっとも、幾浦の雄で突かれる頃には、そんなものがあったのかどうか分からないような状態に陥るのが常だ。
「……離してくれない……」
 くすっという笑い声が遠くから聞こえ、トシは涙目になっている瞳をそろりと開けた。下にいる幾浦はなにか楽しそうな表情で、やはりじっと眺めている。
 だ……
 だから……
 そんなところをまじまじ見ないでよ~!
 言葉として訴えようとすると、先手を打つように幾浦がトシの身体の奥を指先で突いてきて、せっかく組み立てられていた言葉が喘ぎに変わる。ぐにゅぐにゅと指先が内部で蠢いて側面を擦りあげてくると堪らない快感が身体を走ってトシの理性を益々失わせていくのだ。いや、今のところ羞恥心すら快感を呼び覚ますものでしかないのかもしれない。
 快感に飢えている自分をトシは自覚していた。一週間会えない日が続くと、やはり幾浦の抱擁が恋しくなり、突き上げられたときの絶頂感が欲しくて堪らなくなる。リーチがよく名執に会いたいとトシのプライベート期間に五月蠅くいう気持ちが最近本当の意味で理解できるようになったのだ。
 自分を律することばかり考えていた頃からするとものすごい変化なのかもしれない。幾浦と会えないと、夜寂しい思いをすることを知ったのは随分と前だが、あれからもっとその欲求が強くなってきているような気がするのだ。
 触れて……舐めて……硬くて太い雄で貫かれることを考えるだけで身体が熱くなる。名執がリーチと会えないときに、自分と同じような気持ちになるのか、トシは聞いてみたいのだが、あまりにもプライベートなことであるから口にしたことがなかった。
 だが、いつか、チャンスがあれば聞いてみたいとトシは考えていた。自分のこの気持ちがごく普通の感情であることを、誰かに証明してもらいたいのかもしれない。いくら幾浦と付き合っていて恋人同士であるから、そんなふうに思うんだと自分に言い聞かせても、もしかしてトシ自身は気がつかなかったところで自分が淫乱という言葉に該当するような男であったら、やはり嫌なのだ。
 セックスのことしか考えていないと思われるのだけはトシは絶対に嫌だった。トシは幾浦と一緒にいるだけでも嬉しくて、幸せなのだ。セックスしたいから会いたいと思うわけではない。だが正直なところ、幾浦とこうやって抱き合うのが好きだった。
 やっぱり僕って……淫乱なのかな……。
 そんなふうに……僕、恭眞に思われていたらやだな……。
「……あ……」
 肉が触れる感触にトシは我に返った。いつの間にか両脚が抱えられていて、幾浦が己の雄を突き入れようとしていたのだ。
 入ってくる……。
 恭眞の……。
 息を一瞬止めて、トシは最初に感じる圧迫感を堪えようとした。
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