Angel Sugar

「真実の向こう側」 第3章

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「あんたも同類のくせに、人を馬鹿にしたような目つきで俺を見てる。どうしてなんだろうな……」
「悪かったな……こんな目だ」
 暗闇でこちらの表情が見えないだろうが冬夜は自分の上に乗りあがっている男を睨み付けた。
 すると闇の中で平手が空を切る音がした。それは冬夜の頬を打つ。しかし、痛みはそれほど強くは感じられなかった。
「あっ!」
「隠して楽しいか……?」
「どうしろと言うんだよ……」
 こういう相手は逆らわない方がいいのだと冬夜は判断した。要するにうちに入れるべき人物ではなかったのだろう。その男を入れてしまったのは冬夜自身だ。
「どうしろ……か……」
 平手で打ち付けた頬を青柳はそっと撫で上げてくる。すると何故か冬夜は青柳の行為に対してぞっとするものが身体を支配するのを感じた。
「……だから……どうして欲しいと言うんだ?謝ればいいのか?僕の態度が気に障ったのなら謝ろう……」
 説得できるとは思わなかったが、冬夜はようやくそう言った。
「謝まる?違うな……俺は見たいんだ……浅木さんが泣いて……はいつくばって懇願する様子をさ……」
 そう言って青柳は冬夜のシャツを引き裂いた。
「なっ……なにをっ……」
「その冷めた目から涙が出ると面白いだろうな……。その口から俺を求める言葉が出たら、たまらないだろう……」
 暗闇で青柳の表情は見えなかったが、舌なめずりでもしているような口調だ。
「嘘……だろう……?」
「本気に決まってるだろ……」
 その言葉に思わず冬夜は、上に乗り上げている青柳を押しのけて逃げようとしたが、しっかりと組み敷かれているせいか思うように動けない。
「……く……」
「無駄だって……」
 シュルッと言う音で冬夜は自分のネクタイが解かれ、それが己の手に巻き付けられたことに気がついた。
 違う縛られたのだ。
「……やめろ……じょ……冗談は……」
「冗談でこんな事が出来るか?ははっ」
 楽しそうに青柳は冬夜の身体を包む衣服を剥ぎ取ると、とうとう素っ裸にされた。
「……よせ……馬鹿なことは……」
「馬鹿なことじゃねえよ……可愛がってやるって言うんだ……」
 青柳は手で冬夜の内股をゆるゆるとした動きで撫でた。するとぞくりとした感覚が冬夜の身体を包み込んだ。
「やめろっ!」
「うるせえんだよ……黙ってろ」
 無理矢理冬夜口をこじ開けられて、まず舌を犯された。すると忘れかけていた感覚が冬夜の頭を掠め、そんな自分に嫌悪しながらも、身体中を愛撫する舌に喘ぎはじめる自分が情けない。
 だが、身体は青柳の触れる手に、舌に、素直に感じているのだ。
 冬夜の中には燻ったものがあった。ずっとあった。それを青柳は無理矢理掻き立てようとしている。
 暫く鎮まっていたもの。
 日々押し殺してきた自分の中にある情欲という名の、一旦体内で動き出すとやっかいなものに火を点けようと青柳はしていた。
「あっ……やめ……やめてくれ……他のことなら……何でも……」
 ほかのこと……
 ほかのことなど冬夜は何一つ思いつかないのだが、そう言うしかない。
「浅木さんの身体ってなかなか良いよ……。感度良好」
 内股を唾液でぬるぬるになるまで青柳は冬夜を愛撫する。開かされた身体は閉じる事を放棄し、青柳のまさぐる手を歓迎している。そんな自分を理性では何とかしたいと本気で冬夜は思っているのだが、身体はその愛撫に応えているのだから説得力などない。
「はあっ……あっ……やめろ……やめてくれ……」
 自分が何か別な生き物のように感じられた冬夜は必死に青柳に訴えた。だが、その言葉に青柳は残酷にも返答をしない。
 暫くすると触れられたくない部分からぬるっとした感覚が走った。
「なっ……そんなところに……指を入れるなっ!」
「……ここに俺のを入れるんだ。っ……固いなあ……久しぶりか?ためすぎは良くないぜ」
 青柳はくくくと笑うと指で閉じている蕾を開こうとしている。その突然の出来事に冬夜は今までぼんやりしていた頭が鮮明になった。
「やめてくれっ……頼む……頼むから……」
 一度静めた身体だ。この先何度、男性に恋をしても今の仕事を続けるつもりである限り、告白は出来ないと冬夜は思っていた。
 それがここにきて冬夜が自らに課した戒めを解こうとする男がいるなんて……
 必死に冬夜が身体を動かそうとすると、青柳の方が閉口したのか、今度は両足を無理矢理掴んで持ち上げた。
「うわあっ……嫌だ……やめろ……っ……」
 そこに来て冬夜の頬に涙が伝った。
「いいねえ、普段スーツをきっちり着込んだ男がこんな風に泣き叫ぶと……。だけどまあ……痛い目にはあわせられないからな……。俺って優しい男だよなあ浅木さん」
 これの何処が優しいのか冬夜には分からないが、青柳本人は鼻歌でも歌い出すのではないかと思うほど楽しそうだ。
「あっ……やめろ……っ……頼む……お願いだ……っ!」
 グチャグチャと窄んだ部分を押し広げられ、時に舌が指の代わりに入れられた。そんな行為に冬夜はパニックになっていた。
「青柳くん!!やめてくれっ……お願いだから……」
「浅木さんって可愛いな……。そんな声でおねだりできるんだ……。ちゃんとご褒美をあげるよ」
 青柳は散々冬夜の蕾を弄り、とうとう己のモノをずいっと奥へと沈ませた。すると鈍い重みが冬夜の下半身にかかり、急に息が出来なくなる。
「あっ……はあっ……嫌だ……やめ……ぐうっ……」
 ボロボロ涙がこぼれ落ち、そのころには冬夜はもう頭のなかが真っ白になっていた。引き絞った唇が切れて口の中に血の味を感じる。
「力抜けよ……」
 青柳は抜く気など無く、冬夜の中できつい締め付けを味わうように腰をゆっくり動かしていた。その度に冬夜の身体に鈍痛と快感が交互に伝わり涙がこぼれる。それとは逆に、押さえていた欲望が沸々と冬夜の身体を支配し始めた。
「あっ……はあっ……はあっ……あああ……」
 久々の快感は相手を別にして酷く心地よく冬夜には感じられた。
「なかなか良い感じじゃないか……俺も良いぜ……」
 感嘆の声を上げて青柳は言った。
「うっ……あっ……あっ……嫌だ……っ……こんな……っ」
 身体は完全に降伏しているのに、発する声だけは意味もなく反抗している。既に青柳に取り込まれているのに、僅かばかりの反抗が声となって漏れていたのだ。
 だが違う。
 冬夜は酔っていた。
 久しぶりの快感に。
 認めることが頭で出来ないだけだ。
「自分に嘘をつくなよ……今浅木さんは快感に酔ってるんだぜ……」
 違う……
 僕は……
 こんなの……
 だけど……
「あっ……うわああああっっ……」
 結局、青柳に抱きついていたのは冬夜の方だった。



 朝、冬夜がけたたましくなる目覚ましの音で目を覚ませると、隣には青柳が身体を伸ばして気持ちよく眠っていた。冬夜はとりあえず鳴り響く音を止めたが、青柳が起きる様子はない。よほど寝入っているのだろう。
 夢じゃなかったんだなあ……
 ぼんやりと冬夜はそう思いながら、ゆるゆるとベッドから下りた。身体はあちこち痛いのだが、久しぶりの性欲の捌け口に身体は正直に良かったと冬夜自身に伝えている。
 嫌だ……嫌だ……
 もう一度青柳の方を向き、冬夜は近くにあったローブを羽織ると足取り頼りなく、寝室から出てバスルームまで歩いた。
 はあ……
 身体は習慣になっている行動を冬夜の意志に関係なくこなしていく。それでも熱いシャワーを浴びながら、ようやく目覚めてくる身体と思考が、昨夜のことをはっきりと冬夜に思い出させ、憂鬱な気分になってきた。
 今まで行きずりで誰かと寝たことは無かった。多少はお互い気に入った相手とベッドをともにしてきたのだ。それが昨晩は違う。あれではまるで行きずり同然だ。
 青柳を責める気持ちは冬夜には無かった。要するに楽しんだ自分も自覚しているから片方だけを責められないのだろう。
 うちの扉を開けたのは冬夜だ。
 結局はそこに責任がある。
 シャワーを止め、冬夜はぬれた身体をタオルで拭うと、身支度を整えてバスルームから出ると。玄関に投函されている新聞を手に取る。次にキッチンに向かいコーヒーをセットし、暫くテレビをぼんやり眺めた。
 それは身体が覚えている毎日の行動の一つで、何も考えなくても冬夜はそこまでいつのまにかこなしている。だが新聞を読もうという気にはならなかった。
 怠いな……
 時間が過ぎるのに身を任せていると、携帯が着信を知らせた。
「あ……隆史……」
「おはよう……金曜飲みに行こうってお誘いの話しだけどさ……いいかな?どうしても会いたいんだよね……ちょっと話があってさ……」
 何となく歯切れの悪い隆史の口調に冬夜はどことなく違和感を感じたが、急ぎなら今話してくれるはずだ。そうであるから週末に持ち越しても良い話しなのだろう。
「話し?うん良いよ……。どちらにしても予定はないし……。あ……そうだ……僕もちょっと相談があるんだけど……」
「どうしたんだい?」
 コーヒーをカップに移しながら冬夜は青柳のことを話すことにした。まずこんな事を話せるのは隆史しかいない。そして隆史だから冬夜は聞いて欲しかった。
「実は……今うちのベッドに男が寝てる……」
「……?彼氏ができたのか?」
「それなら喜んで報告するけどね……違うんだ……」
「どこで拾ってきたんだ?」
 拾ったと言うより……
 襲われたというか……
 なんて言うんだ、こういうときは……
「……なんていうか……そいつはモデルで僕より年下」
 思わず冬夜は苦笑しながら言った。
「ふうん。綺麗な年下君だ……」
 だが隆史の口調は嬉しそうだ。
「で、そいつが僕を落としてやると公言していた」
「そりゃすごい……さすがモデルの世界にいる男の子は違うなあ……」
 何かを誤解したまま隆史は笑った。
「……違うよ隆史。そいつは何人落とせるか誰かと競っているみたいでさ。その中に僕も含まれていたみたい……」
 情けない話なのだろうが、冬夜自身はどことなく吹っ切れている。
「いいのか?コケにされてるぞ……」
「それが……なんていうか……僕も最近……色々たまっていてさあ……誰でもいいや……っていう考えがあったんだなあ……。実は今、後悔とか、なんて酷い奴なんだ……って責める気が無い。これってどういう事だと思う?」
 自分のそんな気持ちが冬夜は信じられないのだが、よくよく考えてみると、青柳をうちに入れようと決めた時点で、何かが起こるのではないかと心の何処かに予感めいたものはあった。
 それが現実になっただけだ。
「なんだ……そういうこと。男の生理は理屈じゃないからなあ……。向こうはお前を落としたつもりで実はお前が食っちゃったということか……」
 いや……
 食われたのは僕なんだけど……
「まあ……それに近いかも……」
 コーヒーを飲んで冬夜は誤魔化した。
「大人の手のひらで坊やをかわいがってやるのも良いんじゃない?俺は反対しないよ。ここしばらく一人だったし……」
「そうだね……そう考えている方が気も楽だし……」
 ただ抱き合うだけなら良いだろう……
 冬夜の心にはそんな言葉が浮かんだ。
 向こうもそのつもりなのだ。これが例え一度きりで終わったとしてもそれで良いだろう。こちらも欲求が満たされ、青柳の男性経歴も一人分増えて万々歳だ。
「あ、俺はもう出ないと……じゃあな……また何かあったらいつでも電話して来いよ……急ぎだったら昼飯時に声かけてくれたらいいさ」
 隆史はそう言って電話を切った。
 本当に彼はいい友達だ……
 そんなことを考えながら冬夜が何気なしに顔を上げると、キッチンの入り口に素っ裸の青柳が立っていた。艶のある肌は青柳がまだ十代である事を証明しているのだろう。
「起こしてくれてもいいだろ……」
 くしゃくしゃになった髪をけだるげに整えながら青柳はあくびをした。
「コーヒー……飲むかい?」
 隠しもしないその裸体から冬夜は目線を逸らせて聞いた。
「それより着るものが欲しい……」
 もう一度あくびをして青柳は言った。
「……ちょっと待ってて……」
 冬夜は青柳にローブを持ってくるとそれを渡す。すると青柳の瞳が眠気から覚めた輝きを浮かべた。
「なんにも言わないんだ……」
 椅子に座り、にやにやと笑いながら青柳はこちらを見る。
「何を言って欲しいんだい?」
 冬夜は青柳からの視線を逸らせ、机に出しっぱなしにしているモバイルを開くと、メールのチェックをした。すると今日初めて例の嫌がらせメールが届いていなかった。
 いたずらもたまには休みを取るのだろうか……
 そんなことを思っていると青柳が急に不機嫌そうに言った。
「人の話を聞けよ……」
「……え?ああ……済まないね……仕事前にしておかないといけないことがたくさんあるんだ……」
 といってもメールのチェックと朝の新聞のチェックだが……
「浅木さんって変だよなあ……」
 不機嫌だった表情に笑みが浮かぶ。
「何が?」
「普通強姦されたらそれなりに言いたいこともあるんじゃないのか?」
「なんだ……君は自分で認めるのか……」
 冬夜は思わず笑ってしまった。
「笑い事かよ……それともああいうプレイに慣れてるとか?」
 呆れた口調で下唇をちょっと尖らせた青柳はどことなく幼く見えた。
「まさか……あんな風に寝たのは君が初めてだよ……」
 言いながら冬夜は時計を見て、そろそろうちを出なければならない時間だということに気が付いた。
「悪いけど、僕はもう出ないといけないんだ……君の局入りは?」
 冬夜はモバイルを閉じ、椅子から腰を上げる。するとやはり鈍い痛みが身体を走った。もちろんそのことを気付かせるような顔つきは青柳には見せない。
 見せるとまたからかってきそうだったから。
「おもしろくない奴……俺は昼からで良いんだ……」
 栗色の髪をかき上げて青柳は言った。
「じゃあ……仕方ないな……。鍵を渡して置くから、君が出る頃に締めてきてくれるかい?」
 そういうと青柳は目をまん丸にして驚いていた。
「やっぱあんたって変わってるよ……」
 呆れているが、ほかにどういう選択肢があるのだろう。
 遅刻することは冬夜には出来ない。青柳にはまだ局入りまでに時間がある。そして彼はまだローブ姿だ。そんな姿で冬夜が青柳を追い出すことなど出来ないだろう。
「ああもう時間が……鍵は局で返してくれたらいい」
「不審がられないか」
 楽しそうだ。
「……君の誠実さに訴えるよ……じゃあ……」
 冬夜はモバイルを鞄に入れると青柳をうちに残したまま自分のマンションを後にした。
 気分はすっきりしているのにもかかわらず、その日はどんよりとした天気だった。
 降るのかな……
 まあいいか……
 冬夜は一つ大きなのびをしてから駅に向かって歩き出した。
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