「真実の向こう側」 第10章
自分の気持ちが分からなくなっている。
これでは今までと同じだ。遠からず隆史の言うとおりになるだろう。否定しているのに、少しずつ青柳が分かってくると、駄目だと思いつつ冬夜は相手に惹かれてしまうのだ。
それは冬夜の悪いところかもしれない。
身体の関係が出来るだけで、相手に対して何か特別な気持ちをもってしまう。それは誰でもいいから温もりが欲しいと何時も思っているからだ。
側にいて少し優しくされると冬夜自身の気持ちは恋に似た錯覚をいつもおこす。そうやって自分自身をきちんと分析しているにも関わらず、いつの間にか冬夜は深みにはまっていた。
その後、表面上は綺麗に別れるが、落ち込みはすごい。
もちろんすぐに気持ちは癒えない。時間だけが冬夜を癒すことができた。
人前では泣かない。
それでも一人になると涙が出る。涙が枯れてしまうとようやく冬夜は冷静になれるのだ。
そろそろ冬夜は以前の痛みを忘れる時期に来ていたのだろう。だからまたあの青柳に惹かれ始めているのだ。
側にいてくれるから……
温もりを与えてくれるから……
そして……
時折見せる優しさが冬夜の心を揺さぶっている。
寂しいと思う心の隙間が埋まりそうになると恋にすり替わる。
だから恋ではない。
それが分かっているから、別れようと言った相手を冬夜は引き留められないでいる。
狡いのは冬夜自身だ。
寂しさを埋めるために恋をしているような気分になっていから。
いつも……
いつもそうなのだろう。
ではどういう気持ちが恋なのだ？
僕には……
分からない。
自分の席でシャーペンをもったまま冬夜はひたすら考えた。だが答えは何処にも無い。
今まで本当の恋をしたことがあったのだろうか？
偽りだったのか本気だったのか、それとも冬夜自身が自分の気持ちをごまかしているのか……全く分からない。何故自分の事なのに分からないのだ。
溜息しかでない。
自分の席で何をするわけでもなく冬夜がぼんやりしていると中隅がアナウンスルームに飛び込んできた。
「見て～見てよこれ～」
中隅そういって週刊誌を冬夜に突きだした。
「え？何か大きな事件でもありました？」
渡された週刊誌をとりあえず受け取り、冬夜は聞いた。
「噂に聞いていたけど本当に遊び人よね……彼」
溜息混じりに中隅は言い、それに促されるように冬夜は週刊誌を見てぎょっとした。
「これって……青柳くん？」
そこには女優との密会を報じられた青柳の記事が載っていた。しかも女優の方は顔を隠そうとしているのに青柳は動じることなく真っ直ぐカメラを見つめている。
「見てわかるでしょ。まあ……日本に来てから色々スキャンダラスな事を書かれていたけど、これはびっくりしたわよ……。だってすっごい視聴率をとって話題になったドラマの主演女優の中瀬南美とのショットよ……。ま、最近はちょっと人気も下降線だけど、それでも話題作りには良いわ。それにしてもホテルから出てきたところを取られてるんだから、否定しようが無いわよね。あいっつう……やるじゃない」
いや……
そういう問題じゃあ……
「元々青柳くんはこういう男性だって言われていたからね……不思議はないよ……」
この間の電話はその女優と電話をしていたのだろうか？
今から思うとそんな感じだったことを冬夜は思い出していた。
「でもね、なんかひっかかるのよ……」
「ひっかかる？」
女性には男性のない第六感のような感性があるのだと冬夜は思う。男性は目に見えているものしか認識できないが、女性は何処か優れた感があるのだ。
ピンと来るとか、何となく変だ……という感覚らしいが、男にはそんなものはない。だからいくらあの海堂が浮気を隠しても、奥さんはピンとくるのだろう。
女性がすごいと冬夜が感じるのはそんな時だ。
「青柳くんって、目立とう目立とうってしてるように思えて仕方ないのよ……。明らかに作為を感じるわ……。普通、相手の女性にもう少し気を使うでしょう？ばれたら自分だって記者に追いかけ回されるんだから……。だけど、そういうの気にしてる行動じゃないのよね……先週の初めだって、ええっと、歌手と噂がたってたじゃない。それにたいしても、言葉を濁したりしないのよね……なあんか変よ」
歌手の事など冬夜は知らなかった。
「そうかなあ……そんな色々考えるタイプかな……」
冬夜には青柳が何かを考えるようなタイプに思えない。
「目立って何かメリットがあるのかな……。業界に顔を売って良い事ってなに？こんな売り方にメリットなんてあるのかな……」
悪く書かれていることにメリットがあるのかどうか冬夜には分からず、中隅に疑問をそのままぶつけた。
「今は個性の時代よ。悪い男って分かっていて引っかかるのは魅力がある証拠なの。私だって、青柳くんとなら噂が立ってもいいわよ～。それを許せる男なのよねえ……。もちろん真面目だと思われているタイプが女を騙すと叩かれるけど、元々こういう男だと認識があるなら状況は違うわよ……」
そ……
そうなのか？
「そ……そんなものなのかな？」
冬夜には中隅の言葉が理解できないが、確かに個性の時代だとは思う。
「そうそう。そんなものよ」
くすりと笑う中隅は女性独特の色気のある笑みを冬夜に見せた。
「悪い奴ほど魅力的か……う～ん……女性って不思議だな……」
「あら、彼は両刀だから彼のようなタイプが好きな男性からするともう堪らない相手になるんじゃないの？」
中隅は何気なしにそういったのだろうが、冬夜自身はドキリとした。
「そうらしいね……彼は両刀だって海堂さんが言ってた」
「なんだか話がずれちゃったけど、絶対青柳くんには裏があると思うのよ。もしかしてモデルを止めて違う業界に移りたいのかなあ……歌手とかさあ……」
それなら……
俳優だと思うけど……
青柳は冬夜にそんなことを言っていたからだ。元々は役者になりたかったと……なら青柳はその夢を諦めずに色々試行錯誤しながら自分を目立たせて売りに出しているのだろうか？
考えると、いま俳優という世界も個性が重視されている。私生活に多少問題があってもアクのあるタイプを起用するプロダクションは多いのだ。
目を付けられるのを待っているのかもしれない。
「中隅さん聞いてみたら？」
「え、いやあねえ……。そんなこと聞けないわよ……それより玄関に記者がたむろしていたの見た？」
「え？そうだったかな……」
余り気にせず冬夜は朝、局の玄関を抜けてきたが、今から思い出すといつもより人が多かったような気がした。
あれは記者達だったのだろうか。
「もううう……冬夜さんってほんっと、キャスターやってるときはしっかりしてるのに、どうして日常はぼんやりしてるのかしら……ちゃんと前を見てる？」
「はは……見てるよ……」
どうやらとてもぼんやりしている男性に冬夜は見られているようだ。
「でもさあ、自分をアピールするやり方は人それぞれだけど、踏み台にする相手のことを何も考えていないのはちょっと恐いわね……。そこまで冷酷になれるなんて……」
……
そうだな……
僕もそう思うよ……
チャンスを掴むためなら誰であろうと踏み台にするのだ。そうやって青柳はモデルとしてトップにのし上がったはず。いくら土台が良くても自分の売り方を知らない人間は目立つことなく埋もれていくから。そこから飛び抜けるためには人には話せないやり方も青柳は使ってきたのだ。
「人それぞれの生き方があるから、僕には色々言えないけどね……」
人は人。
どんな風に業界で生きていこうが冬夜には関係がない。なによりその話を聞かされたとしても青柳に冬夜が意見などできるわけがない。
「これも魅力になるんだから仕方ないかあ～」
「こういう男だって分かっても女性って惹かれるのかい？」
「こういう男だから関わってみたいって思うのよ。逆にさあ、向こうが本気になったら気分いいじゃない」
女心は良く分からない。
「そ……そうなのか……」
「冬夜さんって意外にうぶね」
中隅はそう言って笑った。だが冬夜は笑えない。
「じゃ……ちょっと資料を探しに行くから……」
このまま中隅と話をしていると今度はどういう話しにつき合わされるか分からないという危機感を冬夜は感じて椅子から腰を上げた。井戸端会議も長くなると頭が痛くなるからだ。
「そう、じゃあまた後でね」
中隅の方はそそくさと立ち上がる冬夜に対して別に不審に思う様子はなく、持っていた雑誌を机に広げると、側にあった椅子を引き寄せて腰をかけて読み出した。女性は週刊誌に夢中なところがあるのだろう。
冬夜には感心がない。もちろん事件性のある事実に基づくものなら読むが、週刊誌はガセネタが多いのと、小さな事件も誇大になるため冬夜は普段からもあまり読まないのだ。
それにしても……
青柳くんって結構やるなあ……
目標を達成する為には青柳という男は何を踏み台にしようと、誰を傷つけようと構わないのかもしれない。そんな生き方もあるだろう。だが冬夜自身は認めるつもりはなかった。
そんな人間は嫌いだから。
一番嫌いなタイプが青柳だったと冬夜はそこで気が付いた。もしかすると正反対の性格だから惹かれているのかもしれない。
いいか……
どうせいなくなる人間なんだから……
ずっと居座る訳ではない。最初からそのつもりで青柳は住み着いてるのだ。
そう考えることで冬夜は自分の揺れる気持ちを納得させた。
これ以上深みにはまりたくない。
傾きかけている気持ちを軌道修正する為には都合の良い話を聞けたのだ。
そんなことをつらつら考えながら冬夜が歩いていると廊下でばったり青柳に会った。耳に携帯を当て、話をしているのだがその表情は険しい。冬夜は知らぬ顔で通り過ぎようとしたが、青柳が横をすり抜けようとした冬夜の腕を掴み、柱の陰に引きずり込まれた。
「……お……」
おい、よせ……と、言いたかったのだが、青柳の手に口を塞がれて言葉が出せない。
「だから……言ってるだろ。俺は知らねえよ……そんなこと……あんたがどう思おうと知ったこっちゃない。鬱陶しいからもうやめろよな」
青柳は冬夜を己の胸元で羽交い締めにしたまま携帯に向かってそう言った。
もしかして……
別れ話でもしてるのか？
しかも……
こんなところで？
それも……
こんな状態で？
信じられないという目を青柳に冬夜が向けると、その視線に気が付いた青柳はニヤリと口元だけで笑った。
「だって俺ねえ……あんたとなんか遊んだ記憶もねえよ……うぜえからもうかけてくんな」
さ……
最低だ。
普段滅多に怒らない冬夜であったが、青柳の台詞に思わず手を上げそうになった。だが振り下ろそうとした手を掴まれた。
「俺いまフリーじゃねえし……こいついるからさあ～」
といっていきなり青柳は冬夜の口元に自分の携帯を突きだす。携帯は青柳のものであったが冬夜は思わず条件反射的に切った。
「……何を考えているんだ」
ドンと青柳を突き飛ばし、冬夜は腹立たしげに言った。場所をわきまえない青柳に本当に腹を立てたからだ。
「ちょっとふざけただけだろう？何怒ってるんだよ。俺はいつもこんな感じ。あんたが考え過ぎなんだよ……」
悪びれない態度で携帯をポケットに戻しながら青柳は言う。
「二度とこういうことをしないでくれ。君はそれで良いかもしれないけれど、僕は笑えない」
溜息をつき、廊下に誰も居なかったことを確認すると、冬夜はホッと胸を撫で下ろした。
「ほんっと真面目だな……」
「……あっ……」
また青柳によって引っ張られた冬夜は柱に押しつけられると口元に噛みつかれる。その瞬間、冬夜は拳を青柳の腹に飛ばした。
「……ってえなあ……」
余り痛がっていない顔で青柳は何故か笑う。
「君は相手の立場を考えなさすぎる……」
今度は簡単に掴まらない距離を取りながら冬夜は呻くように言った。青柳の方は壁にもたれ、こちらを見下ろして瞳を細める。笑っているわけでもなく、かといって怒っている訳でもない。それは複雑な表情だった。
「それ、言い過ぎじゃないか？」
「君のスキャンダルは毎週更新かい？それとも日替わりか？目立つのがそれほど楽しいのか？」
「何怒ってるんだよ……。あ、もしかして今日でた週刊誌の話？あっはは。結構目立ってたな……あれは……」
「笑い事か？」
ムッとしたまま冬夜は言った。
「俺は目立ちたいんだ。今は特にね……誰を傷つけたって構うもんか。俺はこういう男だって分かっていて相手だって来るんだぜ。お互い様だろう」
そんな男であることを冬夜は理解していた。だが場所をわきまえて欲しいのだ。
「真剣な人だっていたかもしれない。君が遊びでも……」
真剣な人がいるから今みたいに電話がかかるのだ。
何故それが分からないのだろうか？
「へえ……あんた真剣に俺のこと考えてくれてるんだ？」
「僕の話じゃないっ！」
怒鳴るように言うと青柳の瞳は今まで見たことのない冷たいものへと変った。
「ふうん……そう。じゃあ、あんただって遊びだろ？適当に欲望処理ってやつだ……そんなあんたに何が言えるんだ？」
それに反論する言葉が冬夜にはすぐに出てこない。
「……」
「自分だって否定できないのに、人のことをごちゃごちゃ言うなよ。お綺麗な事ばっかりいう奴程、自分がどれだけ幸せか分からないんだろうなあ……あんた、良い性格してるよ……」
刺々しい青柳の声は冬夜の心に突き刺さる。
僕は幸せか？
何処が？
好きになった男には散々振られてきた。
しかも今は、青柳という最低な男と寝ている。
そんな男だと分かっていながら、少しでも良い奴だと思った冬夜自身が馬鹿なのだ。
「合い鍵……返してくれないか」
側にいるから気持ちが乱される。
例え相手が最低な男でも、冬夜の心はフラフラとあるはずのない希望を求めてしまう。今まではそれで良いと思ってきた。後で泣いても良いと思えた。
だがこんな男の為に泣くのはごめんだった。
「やだよ」
「君なら何処にでも転がり込めるだろう？」
冬夜のうちである必要など青柳にはないのだ。
「恋愛沙汰で揉めない、割りきることのできる大人が良い」
いちいちこちらの神経を逆撫でするような言い方を青柳はした。
「……もういい……」
冬夜はきびすをかえし、ようやくその場から離れることができた。だが後ろから青柳の視線が痛いほど向けられているのに気が付いた冬夜は、そのちくちくとした視線から逃れるために、さっさと廊下を曲がってしまいたかった。
平静を保ちながら、冬夜はようやく通路を横に入ることができ、青柳の向ける痛い視線から逃れられたことにホッとして顔を上げると、目の前に鈴木が立っていた。
「浅木さんって……」
……もしかして
聞こえていた？
それとも見ていた？
「……鈴木くん……何か用かい？」
冬夜は精一杯、平静を保って言った。
「……青柳さんと……」
「……え？」
にこやかな笑みを冬夜は作る。逆に鈴木の表情は青ざめていく。多分聞いていたのだ。だからショックを受けているのかもしれない。それとも冬夜自身の性癖を知り、愕然としているのだろうか？
騙されたと思ってる？
「……いえ……何でもないです」
こちらをチラリと見て、正確には冬夜の立っている位置のやや後ろに視線を鈴木は向けると、表情を強ばらせて俯いた。
「僕はこれで……」
鈴木はあたふたとそこから逃げ去るように走っていった。
後ろに誰がいるんだろう……
そろりと冬夜が振り返ると青柳が立っていた。言葉がもう出せない冬夜はただ青柳の視線を受け止めることしかできない。
「……」
「どいつもこいつもよ……」
チェッと口を鳴らした青柳は、冬夜に背を向けると行ってしまった。
冬夜は途方に暮れそうだった。
仕事を終え、局を出ると鈴木に声をかけられた。
「……やあ、鈴木くんも駅までかい？」
「……話……ちょっと良いですか？」
鈴木はそう言って局の近くにある公園に冬夜を案内した。既に暮れた周囲は薄暗く、昼間は明るい公園なのだろうが、夜はあまり近寄りたくない感じだ。
だがそんな中、鈴木が先にベンチに座った為、冬夜も仕方無しに隣りに腰を下ろした。
「えっと……何かな……」
昼間のことを鈴木が聞こうとしているのは冬夜にも分かったが、例え聞かれたとしても知らぬ振りを通すことにした。
「青柳さんは……もしかして浅木さんのうちにいるんですか？」
窺うような視線を鈴木は向ける。
「え？」
「昼間の話……聞こえました。嘘を付かないでください」
ここまで言われた場合、冬夜はどう答えると一番良いのかすぐには出てこない。色々否定する言葉をのど元まで出しながらも声に出せずにいた。
「……」
「あ、別に責めてるつもり無いですよ。どっちかっていうと心配なんです……」
予想に反し鈴木は笑いながら言った。
「心配？」
「青柳さんは浅木さんのことを聞いてきたんですよ……理由知ってます？」
チラリと意味ありげに鈴木はこちらを見る。
「知らないな……」
これは本当の事だった。
「彼は……キャスターが嫌いなんですよ……特に浅木さん」
僕が？
僕が嫌い？
「は？」
「浅木さんが覚えているかどうかしらないけど……浅木さんの過去のニュース番組で酷く青柳さんがショックを受けたことがあるそうです」
知らない……
そんなことは……
「それは……どういう内容で？」
初めて知らされた事に冬夜は動揺を隠せなかった。
「知らないですよ……僕も……」
本当に知らないのか、それとも鈴木がただ誤魔化しているのか冬夜には判断が付かない。ただ青柳が浅木のことを嫌いだというのは事実のようだった。
「聞いたんだろう？」
聞いているはずだ。そうでなければこんな風に鈴木が言うわけなどない。
「浅木さんがベッドの中で聞けば良いんじゃないんですか？」
皮肉るような笑い方で鈴木がそう言った為、冬夜はムッとした。
「取りすがっても駄目なのは君のことで証明済みだろう？同じ事を僕はしない」
冬夜が言うと鈴木は見る見る青ざめた。
「……どうして知ってるんですか？」
声が震えていた。
「僕は何もしらないよ……君が一番知っているだろうから聞いてるんだ」
自分が優位に立てたことで、冬夜は自分の動揺していた気持ちをようやく立て直すことが出来た。
「もしかして……聞いてたんだ……っ！」
鈴木はそう叫んで立ち上がった。冬夜を見つめる瞳が怒りに燃えている。
「君も聞いていたんだろう？」
「……別に……いいや……。結局女の子の方が良いって分かったし……」
冬夜が聞きもしないことを鈴木は呟くように言うと、またベンチに腰をかけた。
「……そう」
「ちょっとくらりと来ただけだ……別に青柳さんのことを引きずっている訳じゃない。やっぱり僕はストレートだと自分でも思う……」
どっちでも良いよ……
鈴木の言い方は何故かゲイを見下している。
「よかったな……。もういいかい？帰るよ」
これ以上話したとしても何も鈴木から情報が得られないことが分かった冬夜は早々に立ち去りたかったのだ。
「浅木さんって隠してるんですよね。噂も聞いたこと無かったし……真性ゲイがこんなに近くにいるとは思わなかった」
だから？
なんだ……
「何も答える気は無いよ……」
「俺……誰にも言いません」
「僕も君のことは黙ってるよ」
そうでも言わないと、鈴木はあちこちで冬夜の事を話しそうで恐かった。だがそんな弱気な自分を見せるわけにはいかない。
「僕はゲイじゃないっ！あれは……血迷っただけだ」
怒りに満ちた声で鈴木は叫ぶ。興奮しやすいタイプなのだろう。
「取りすがっていたじゃないか……」
鈴木にこんな事を冬夜は言いたくはなかった。基本的に鈴木は良い奴だからだ。だから多分、鈴木の言うとおり、彼は興味本位で青柳と寝たんだと冬夜は思った。だがここで優しさを見せるわけにはいかない。
「君が僕のことを言うなら、僕も君のことをばらす」
こんな駆け引きを鈴木にしたくなかったが、もし局で冬夜がゲイだという噂をまいたとしたら何もかも終わりだ。もちろん、本当に好きな相手ならまだ諦めもつくだろう。だがあの青柳のことで全て失うのは堪らない。
あんな奴……
あんな奴のために……
そう思いながらもどこか惹かれている自分が情けない。
そして青柳のことも冬夜は考えている。
あちこちで青柳はスキャンダルを起こしているのだから、当然周囲の人間からは最低な男だと言うまでもなく知られているはずだ。だが女性関係で暴露されるのと、ゲイだと暴露されるのとでは扱いが違う。
例え業界では周知の事実であっても、それが表に出ることはあまりない。だが鈴木がどういう行動を取るか分からない現状では脅しも必要になってくる。
鈴木なら下手をすると何処か三流週刊誌にたれ込むこともやってのけそうだ。
冬夜はそれが心配だった。
「浅木さんって……結構言うんですね……流石エリート……」
馬鹿にされたような気が冬夜にはしたが、答えなかった。
「考えたら浅木さんだって青柳さんと似てますよね。人を押しのけてのし上がるんだ。やり方は違ってもたどり着くところは一緒って事かな……。だから性格が合うのかも……」
「……一緒じゃない……」
僕はあんな酷いことはしない……
そう冬夜自身は考えるが、はたからみたら同じように見えるのだろうか？
「だけど青柳さんが一番狡いかも……知ってます？浅木さん実は恨まれてるんですよ」
恨まれてる？
「僕が恨まれてる？」
また分からないことを鈴木は言う。
「近づいた理由はそれだろうし……」
ふふんと鼻を鳴らして鈴木は言った。
「どうしてだい？」
「聞いていたんでしょう？」
鈴木は驚いた顔になったが冬夜はあの時、全部立ち聞きした訳ではないのだ。この様子では会話の最初に冬夜のことを話していたのか？
確かにそんな話題だったような覚えはある。
「全部じゃないからね……」
興味のない態度で冬夜は言ったが、鈴木には効果がないようだ。
「ふうん。教えてあげても良いですよ」
青かった顔が今は嫌らしい笑いを浮かべている。
「……聞けば、教えてくれるのかい？」
知りたいと、冬夜は思った。
「教えてあげますけど、その変わり、条件出していいですか？」
「……どういう？内容によるな……」
鈴木が何を条件として出してくるのか冬夜には全く想像が付かなかった。
「……青柳さんは立ちだったけど……俺……そっち役もやってみたいんだ」
「はあ？君は何を言ってるんだ……」
どういういみなのだ？
「慣れている浅木さんなら大したこと無いことでしょう？」
意外にもそれは馬鹿にしているような口調ではなく、淡々としたものだ。
「言っておくけど、僕は君の思っているような人間じゃないよ……」
「違う……僕は……こんな風に言いたかったんじゃない」
冬夜には鈴木の考えが全く読みとれないでいる。
「……鈴木くん？」
俯いてしまった鈴木を覗き込むと、小さな声が聞こえた。