Angel Sugar

「真実の向こう側」 第13章

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 朝方近くまで起きていたのは覚えていたが、冬夜は気が付くと眠っていた。
 外は雨が降っているようで、それらが窓を叩く音で目が覚めた。冬夜はうっすらと開けた目で引かれたカーテンの向こうを想像しながら、今日は傘がいるなあとぼんやりと考える。気怠げな身体にパラパラとサッシに打ち付ける雨音が何となく心地よく、冬夜はここに来てまた寝てしまいそうだ。だが後ろでごそっと布の動く音が聞こえて、冬夜はそろそろと振り返った。
「あんたって丸くなって寝るの好きだなあ……」
 いつからこちらを見ていたのか分からないが、青柳はそう言って笑う。
「悪趣味だな……起きたなら起こしてくれてもいいのに……」
 何時も起きる時間より三十分ほど早い。かといって寝直すには短い時間だ。
「まだ時間じゃねえしな……無理に起こす必要なんてないだろ……」
 ベッドに両肘をついて青柳は両足をパタパタと振っていた。嬉しいのか、楽しいのかよく分からない仕草。
「……気を使ってくれたんだ……らしくないな……」
 枕に頬を沈ませて冬夜はまつげを伏せた。
「そうか……?」
「そうだよ……」
 雨音だけがまた寝室に響き、暫く冬夜たちは無言でベッドの上でだらだらとしていた。会話が探せない。何を言って良いのか分からない。もちろん青柳もそう考えているから沈黙しているのだろう。
 その沈黙に耐えられなくなったのか暫くすると青柳がぽつりと言った。
「……なあ、俺はあんたの一体何だ?」
 いきなりの言葉に冬夜は目を見開く。
「何だって……?」
「だから……俺ってあんたにとって何かなあ……って思っただけ」
 その問いかけは……
 逆じゃないのか?
「……それは僕に聞くことじゃなくて、青柳君がどう思っているかだろう?」
 顔を少し上げ、冬夜はまっすぐ青柳の瞳を覗き込みながら言った。
「あんたって……遊びなれてるんだなあ……意外~」
 だが青柳はこちらから視線をはずして小馬鹿にしたように切り返す。
「君には負けるけどね……」
 ため息をつきつつ冬夜はまた毛布に顔を埋めた。
「そうか?あんたも大概だとおもうけどなあ。自分を強姦した男を家に入れてるんだから……すげえとしか思えないよ」
 冬夜からすれば、逆に強姦した青柳がここにこうしている方が変だ。
「居座ってるのは君だよ……」
 呆れた冬夜はそんな風にしか答えられない。これ以上の答えが何処にあるというのだ。
「かてえこと言うなよ……俺、宿無しなんだからさあ……」
 勝手にホテルを引き払ったのは他ならぬ青柳だ。それは冬夜が強制したわけではない。
「君が勝手にうちに上がり込んだんだろう?」
「……堂々巡りだなあ……言い出すとさあ……」
 面白く無さそうに青柳はまた足をばたつかせた。
「出ていってくれて良いんだ」
 青柳が何を考えているのか分からずに冬夜は視線を逸らせて呟いた。
「何悩んでるんだよ……」
 悩む?
 君のことに決まっているだろう。
 と、心の中では思ったけれどもちろん口に出すことはしない。
「悩みなんてないよ……」
 目を閉じ、外から聞こえる雨音を聞きながら、今、何が起こっているのか冬夜は必死に考えた。青柳が妙に優しげに振る舞おうとしている真意がどこにあるのか。
 彼は今、何かを企んでいるんだ。だから普通なら見せない優しさを必死に作っている。冬夜にはそうとしか考えられない。
「俺はそんなに信用ならないか?」
 信用という言葉にほど遠い男に言われると呆れるより腹も立ってくる。
「朝から飲んでるみたいだな……」
 やや刺々しく言ってしまうのは仕方がないことだ。こんな会話を青柳が本当に望んでいると思わないから。
「違うだろう……そんな話しをしてるんじゃないだろ!」
 苛ついたように青柳は、身体を起こすと、両膝を立てて座った。
「朝からいきなり何をいってるんだ?」
 これでは恋人同士の睦言に聞こえて仕方がない。だが二人は恋人同士でも友人同士でもない。
「何って……」
 頭をガシガシ掻いて青柳は困惑した表情になる。
「気持ち悪いな……君がそんな風に言うと……」
 本当に気味が悪かった。
 チラリと冬夜の方を見ると、また青柳はせわしく頭を掻いていた。
「なんか……悩んでるって聞いたからさあ……」
 誰に?
 誰にだ?
「はあ……?」
「……その調子なら、大したことねえって感じだな……」
 鼻の頭をかいて青柳はまた視線を逸らせる。
「……」
「ああもう……俺ってこういうのは苦手なんだよ……」
 ぶつぶつと青柳は独り言のように言った。
「誰がそんなことを言ったんだ?」
 冬夜が、今一番気になっているのはそのことだ。誰が的はずれなことを青柳に吹き込んだのか。
「あんたの友達だろ。ほら……なんってったか、隆史君だ。あいつ食堂でウエイターやってんだな。知らなかったけど、向こうから話しかけてきたよ……」
 隆史が?
 青柳くんと何を話したんだ?
「……隆史が?」
 二人が話をするという状況が冬夜には想像が出来ない。
「まあな……最初は偉そうに説教たれてくれたけど……話し聞いてると別に嫌な気分にはならなかったな……」
「隆史……君に何を言ったんだ?」
 青柳が話すことに興味を失っていくのとは逆に冬夜は益々真剣になってくる。隆史がこの青柳と一体どういう話題で話しをすることがあるのだ。
「別に~」
 ニヤニヤとした顔で青柳は言った。
「言うつもりが無いなら良いよ……隆史に聞くから……」
 ちゃかされているような気がして仕方がない。教えてやるから……といって何か条件を口に出されそうな気が冬夜にはした。
「うわ……あんたって思い切り諦めが早いんだな……」
「そろそろ起きるよ……」
 話を切り上げる方が良いだろうと冬夜は思った。
「隆史君って結構良い奴だよな……っていうか……ああいうノーマルとやるのもたのしいかもなあ……」
 意味ありげに青柳は唇を鳴らした。
「いい加減にしろよっ!」
 思わず僕は怒鳴り声を上げていた。
「うわあ……こわ。冗談に決まってるだろ。あんた何ピリピリしてるんだよ……」
「頼むから……冗談でもそんなこといわないでくれ……」
 青柳が言うと冗談にならない。だから冬夜は恐かった。
「……面白くないなあ……真面目すぎると突然ぷっつんくるぜ……」
「……ほっといてくれ……」
 冬夜はベッドから下りて、スリッパを履くと青柳の方を見ずに言う。朝から気分は最悪だ。一体あと何日こんな朝を迎えなければいけないのだろう。それを考えるとため息しか漏れない。
「どうしたら出ていってくれるんだ?」
 限界かもしれない。
 罵られるどころか、痛いところをチクチク付いてくる青柳の言葉に冬夜は耐えられない。
 悪いことに、こんな奴だと頭では分かっているのに、何処か惹かれている冬夜自身がこのまま行くと泥沼に足をつっこみそうな気がして仕方がない。
 今ならまだ何とかなる。
「ん、飽き性の冬夜ちゃんは俺の息子ちゃんに飽きちゃったのかな?」
 相変わらずふざけている。
「飽きた」
 冬夜はきっぱりとそう答えた。
「ハッキリ言うんだな……」
 ふざけていた声が急に真面目な声へと変わった。
「年下だからな……君は……」
 そう、年下だ。冬夜よりも数年遅く生まれた相手に、翻弄されるのはたまらない。
「少しだけあんたより遅く生まれただけだ。それが何だって言うんだよ……」
 ムッとしたような口調。
「そんな話はいいよ……出ていってくれ……」
 チラリと後ろを振り返り、冬夜はまだベッドの上に座っている青柳を見る。すると青柳は怒っている訳でもない、拗ねているわけでもない、どちらかというと苦笑したような表情をしていた。
「う~ん……最近悪いことばっかりやってるからなあ……あんたも呆れたってところかあ……」
 別段、大したことのない様な言い方だ。
「君は……どうしてここに居座るんだ?」
 恨んでいるんだろう?
 じゃあ……
 それを言ってくれよ……
 冬夜は心の中でそう呟いた。
「あんた、俺が宿無しだから居座ってると思ってるのか?」
 青柳は本当に驚いた顔をした。その表情に冬夜は動揺すら覚える。何故、ここで驚いた顔をするのだ。
「自分でそうだと言っただろう?」
 そうだ。自分で言ったのだ。
「ただの宿無しなら俺は何処にだって転がり込むぞ」
「じゃあどうしてうちだ?」
 聞かなければ良いのに、冬夜は思わずそう口にしていた。
「あんたが気に入ってるからだろ?なんで分からねえんだ?」
 まっすぐ向けられる瞳に嘘、偽りは見えない。だがそれをそのまま冬夜が信用するわけなど無いだろう。騙そうとしていることを知っているのだから、簡単に騙されてやるわけにはいかないのだ。
「身体がだろう?」
「あんた馬鹿か?」
 今度は腹を立てだした。
「ああ、馬鹿だね。強姦された男をうちにいれた馬鹿だ。それがなんだ?」
 そのことに関して、冬夜自身も自分が馬鹿なことをしたと後悔していたのだ。今更言葉にされなくても十分理解しているつもりだ。
「……なんていうか……男とつき合ってきた男のくせに、恋心ってちっともわからねえ鈍感なタイプなんだな……あんたって」
 何故かクスクス笑いながら青柳は言った。
「……ほっといてくれ……」
「俺はあんたが好きだから居座ってるんだぜ……分かれよそのくらい……」
 うっすらと笑った青柳は本当に嘘を付いているように見えなかった。だがそんな風に見えたと思う自分の気持ちを冬夜は振り払う。
 恨んでいるはずの男が、何故告白をする?それには裏があるからに決まっているから。
「……君の冗談で一番最悪な言葉を聞いたよ……」
 冬夜はもう振り返ることなく寝室から出ると、朝の用事を済ませてマンションを飛び出した。
 馬鹿馬鹿しすぎて涙も出なかった。

 何が好きだ……だ。
 恨んでいる相手に良くもそんな言葉がいえるもんだ……
 ああ……
 そうか……
 青柳くんは僕に心底惚れさせておいて、一気に突き落とす気でいるのかもしれない。
 恨みを晴らすにはそれが一番だろう。
 なんだ……
 企み自体が分かると青柳の間の抜けた告白も説明が付く。いきなり強姦されてうちに居座った男に好きだと言われ信じられる訳がない。しかも遊び慣れている相手だ。多分冬夜より格段に経験が豊富に違いない。
 冬夜のような生真面目なタイプは簡単に落とせると思ったのだろうか?
 おあいにく様……
 知ってたんだ……
 青柳が何を企んでいるのかようやく突き止めた。彼は冬夜をどん底まで突き落としたいのだ。もしかするとキャスターである今の仕事も取り上げてしまいたいのかもしれない。それができる爆弾を懐に隠し持っている可能性だってある。
 もういいよ……
 好きにしてくれて……
 もし青柳が冬夜を恨んでいるという話を鈴木から聞かされていなかったら、今朝の告白に小躍りしたかもしれない。なにより好きだと言われて事情を知りつつも、胸がときめいたのは紛れのない事実だ。
 馬鹿だな……僕は……
 こんな事は初めてだ。
 どれだけ良い部分を探そうとしても青柳は何処までも最低だった。だけど嫌いになれないのは慣らされた身体の所為か、時折見せる優しさなのか冬夜にも分からない。
 本来なら一番毛嫌いしていそうな青柳のことばかり冬夜は気が付けば考えている。
 これは恋じゃない……
 何度も否定して冬夜は自分に納得させる。
 じゃあ一体この感情はなんだ?
 答えが見えそうで見えない。
 掴めそうで掴めない。
 まるで濃霧の中で道に迷っているような気分だ。
 そんなことばかり局で考え、気が付くと昼になっていた。冬夜は何時も通り食堂に出かけ本日のランチを取る。
 食堂の窓から見える景色は薄暗い。朝からの雨が上がらずにずっと降り注いでいるのだ。この分では夕方のニュースに何処か洪水のネタでも上がってくるかもしれない。
 溜息をつきつつ進まない箸を冬夜は無理矢理動かしていた。すると隆史からメールが入ってきた。

井澤
元気ないな?どうしたんだい?

浅木
ああ、色々あってね。そういえば青柳くんに何か言ったか?

そう返すと隆史から暫くメールが途絶えた。

井澤
大したことじゃないよ。

浅木
青柳くんが説教されたって言ってたからさ……

井澤
なあ……マジであいつとつき合うのか?

浅木
つき合ってないよ……そう言っただろう?

井澤
いや……俺は別に冬夜が良かったら良いんだ……

何となく隆史が言葉を選んでいるのが冬夜には分かった。

浅木
でさ、何を話したんだ?

井澤
だから、大したこと無いって。気にしないでくれよ……じゃあ俺……仕事忙しいから……。

 それを最後に隆史からメールは来なかった。一体何を話したのだろう。全く冬夜には分からない。それとも冬夜自身のことで隆史が青柳に何か言ったのだろうか?
 考えてみると以前、隆史は冬夜に何かを話したがっていた。そのことだろうか?だけどあのとき隆史は青柳と話し合えるほどの仲では無かったはず。
 じゃあ違うのか?
 だったらなんだ?
 みんな僕を蚊帳の外にしてるよな……
 青柳は本心を話さない。
 隆史も何かを隠してる。
 鈴木も意味ありげな事しか言わない。
 だったらどうしたらいい?
 自分で答えを探せとでも言うのか?
 そうして傷つけと言うのだろうか?
 ……
 それもいいか……
 冬夜は食後のコーヒーを一口飲んで深いため息を付いた。
 傷ついて欲しいんだろう……?
 だったら傷ついてやるよ……
 涙が出そうだ。
 何に悲しいと思っているのか自分でも分からない。ただ無性に心が渇いて寂しくなった。身体は満たされた。だが何時も感じる乾きがそこにある。しかも今まで感じたどの乾きよりも酷い。
 ずたずたになるのが見たいか?
 僕が打ちひしがれて、涙に濡れるのが見たい?
 青柳は何も言わないが、そう思っているのだ。笑いかける笑顔の後ろには冷徹な眼差しがあるのだろう。
 復讐なんて可愛らしいものではなく、家族を失った悲しみを冬夜に向けているのだ。あんな風におどけてみせるのも全て冬夜を罠に掛けるためだった。
 いいさ……
 泣いてやるよ……
 冬夜が傷つけてしまった過去の一言のために、青柳は冬夜のことを忘れなかったのだろう。そうして機会を得た。
 それだけだ……
 後は冬夜が青柳を傷つけた一言を探すだけだった。
 だけどそれらは青柳の手の中にある。どこからそれを探せばいいのだ。

 気持ちが余計重くなりそうな窓の外をぼんやりと冬夜が見ていると海堂がランチを片手にやってきた。
「おまえなあ……さっさと昼飯に行くなよ……」
 苦笑しながら持っていたランチをテーブルに置く。
「あ……すみません。とにかくお腹が空いていて……」
 空いていた訳ではなかったがとりあえずそう言った。
「その割には食が進んでないぞ……」
 チラリと冬夜の皿を見て怪訝な表情になる。
「考え事……してたらぼんやりしてました」
 箸を再度持ち、冬夜は無理矢理口に食べ物を押し込んだ。料理の味などしない。砂を噛んでいるような味覚だけが口内に広がるが、それでもお茶で流し込み、表情を何とか笑顔に取り繕う。
「天気悪いなあ……朝から良くまあ降るもんだ……」
 溜息をつきつつ海堂も自分の料理を食べはじめた。
「土砂崩れとか無いと良いんですけどね……」
「この調子じゃあ、あるかもな……今晩のニュースの組み方はそれを予定に入れて置いた方が良いだろう。あれは突然入ってくるからな……また樋口さんの顔が歪むぞ」
 タイムキーパーは時間の配分が途中で変えられることを酷く嫌うのだ。
「そうですね……」
 雨は降り止む気配を見せず相変わらずの勢いで天から落ちてくる。壊れた水瓶が空にあるようだ。
「ああ、そうだ……放火の資料、戻ってきたらしいぞ。今朝、久保田が資料室を見てきたらあったってさ。ビデオの方も貸し出しされていたのが返ってきてるのを聞いたよ。でな、それ田上さんのスタッフが借りてたわけじゃなかったんだ……」
 嬉しそうに海堂は言った。では青柳が全部返したのだろう。
「返ってきて良かったですね」
 海堂の笑顔とは逆に冬夜の無理矢理作った笑顔は曇りそうだ。もちろん気取られないように無理をしてなんとか冬夜は笑っている。こんな自分が辛い。それでも笑うしかない。
「それが驚くなよ……借りてたのは青柳だぜ……なんだか訳が分からないな……自分の家族が亡くなった過去のニュースを見ることで余計落ち込んだりしないのか?普通借りないぞ……」
 僕に対するメッセージだろうか?
 見ろよ……
 見て反省しろよ……
 俺がどれだけ傷ついたと思ってる?
 青柳は無言で冬夜にそう言っているのだろう。
「分かりません……」
 いいよ……
 君の罠にはまってやるから……
 それで君の気持ちが安らげるなら……
 それでいいさ……
「それで、久保田は見つけただけで取ってこなかったんだ。馬鹿だろあいつ……全く……鈴木にでも頼もうかと思ったんだけど、あいつもいないんだよ……どっこほっつきあるいてるんだか……悪いけど食事が済んだら取ってきてくれないか?俺別番あるんだよ」
「構いませんよ」
 冬夜は自分の心臓の鼓動が早くなるのがわかった。早足から駆け足へ。全力疾走を強いられたように心臓はばくばくと音を立てている。
 何がそこに写っているのか?
 資料として残っているのか?
 自分で分からないために恐い。
 どれだけ酷い言葉を言ったのだろう?
 だが当時、冬夜は誰からも注意をされなかった。ならばどんな言葉に青柳が傷ついたか、冬夜に分かるのだろうか?
 窓の外を眺めると雨は、下界にあるものすべてを押し流さんばかりの勢いで降り注いでいた。



 昼から放火の資料を集めてきたものの、その頃くらいから入り始めた各地の土砂崩れ騒ぎで冬夜はそれらの資料に目を通すことも出来ず振り回されることになった。放火の話題など誰一人くちにせず、お天気お姉さんである中隅も気象庁に問い合わせたり、入ってくる被害の大きさにスタッフはてんてこまいだ。
 雨は小降りになるどころか激しさを増し、夕方のニュースは土砂崩れの話題一色になってしまった。
 ある程度予想していたとはいえ、ここまで予定が変更になるのも珍しい。一番大変だったのはタイムキーパーの樋口だろう。
 そうして外の嵐のような天気と同じく、ニュースの方も予定を全て組み替えるという滅多に起こらない事態に見舞われて終わった。
 
「疲れたなあ……今日のニュースは……後から後から速報が流れてきて大変だったな……」
 はあ~と深いため息を付いて海堂は言った。
「たまには引き締まって良いですよ……」
 毎日同じだと身体が慣れて集中力も低下する。たまには緊張感のあるニュースも良いだろうと冬夜は思った。
「まあ……そうだけどなあ……俺は疲れたからもう帰る」
 本当に疲れたようだ。
「僕は放火の方ちょっと見てから帰ります。資料折角集めたのに目を通してませんから……」
 冬夜からすればこれからが問題だったのだ。
「根を詰めるなよ……明日辛いぞ。放火もこの雨じゃあ暫く無いだろうから明日でもいいんだぜ」
 傘を持った海堂はそう言った。
「ちょっとだけ……」
「じゃあな。さっさと帰れよ~」
 傘を振る海堂を中隅が見つけて走ってきた。一緒に帰るつもりだろう。
「あ、私も帰る帰る~。じゃあねえ冬夜さん」
 すれ違いざま、ポンと肩を叩かれ、冬夜は苦笑した。綺麗な女性に肩を叩かれても何とも思わない自分に笑いが漏れたのだ。それは自嘲気味なものだったかもしれない。
「お疲れさま……」
 そうして誰も居なくなったアナウンスルームに一人残された冬夜は、ドキドキしながらビデオを取りだした。
 どれが問題なんだろう……
 アナウンスルームにあるビデオにカセットをセットして早送りしながら放火の報道部分を探した。だがどれを見ても新聞に書かれているような内容しか話していない。
 どれだよ……
 ガシャガシャとビデオを選びながらまたセットする。
 外の雨音が誰もいなくなったフロアに響き、それらを聞きながら冬夜は一人、問題のビデオを探す。早送りしては、違うビデオに変え、また早送りする事をつづける。それは終わりのない作業のように思えた。
 本当にあるのだろうか?
 そんな疑問が冬夜の心の中に生まれる頃、ようやく問題のビデオらしきものを見つけた。
 丁度、過去起きた連続放火の最後の事件の報道だ。
 若いなあ……
 数年前のものだが、やはり冬夜も海堂も若く見える。しかも冬夜自身はまだスーツに着られているような印象を受けた。
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