Angel Sugar

「真実の向こう側」 第11章

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「ただ……僕は……」
 暫く沈黙が続き次の言葉が出てこない鈴木に冬夜は仕方なしに言った。
「……無理に聞く気はないけどね……」
「……青柳さんは立ちだったけど……俺……そっち役もやってみたいんだ」
 言って、鈴木は冬夜の肩に手を回してくる。それは馴れ馴れしくではなく、こちらの態度を窺うような様子だ。
「君はストレートだろう?それじゃあ君はゲイじゃないか……」
「ただの興味かな」
「……いい加減にしろ……」
 冬夜は肩に掛けられた鈴木の手を払ってそう言った。
「知りたくないんですか?」
「言っておくけど、青柳くんとは別につき合っているわけじゃないよ。多分レポーターに追いかけられるのが嫌で隠れる場所として僕のうちにいすわってるだけだろうしね……」
 あくまで冬夜は強気な態度を崩さずに言う。弱みを握られるわけにはいかないから。
「浅木さんは狡いっ!そんなことを僕が今更信じるとでも思ってるんですか?」
 何か必死な面もちで鈴木はこちらを見る。
「信じるも何も……彼がふざけた男だと君も知ってるだろう?冗談でキスくらいしてくる男だ。そんな彼と僕を見て鈴木くんがどんな淫らな想像をしているか知らないけど、僕たちは何もないさ……追いだしたくても居座っている男だから仕方ないだろう……なんなら引き取ってくれても良いんだよ……」
 あくまで冬夜は冷静だ。
 いままで何度もこんな場面にブチ当たったのだ。
 別れようと言われ、その言葉を受け止めたときも、誤解した元つき合っていた相手の彼女が半狂乱に問いつめてきたときも冬夜はこんな風に仮面を被ってきた。
 慣れたものだ。
 嘘を付くことに躊躇うことなどない。
 ゲイを隠そうとしている男がようやく身につけた仮面だから。
 多分一生被り続けていくのだろう。
「……帰ります……」
 鈴木は立ち上がると今度こそ帰っていった。冬夜は一人、薄暗い公園で頭上に輝く星を眺めて目を閉じる。
 静かな公園は木々の葉の重なりだけが響く。それはかさかさとまるで誰かが隠れてうわさ話をしているようにも聞こえた。
 恨まれてる……?
 どうして?
 分からない。
 今まで人に恨まれるほどの発言をしたことがあっただろうか?
 記憶にはあまり無い。
 恨んでいるならどうして青柳は冬夜を責めないのだ?
 もし何かあるなら青柳は冬夜を責めたはずだろう。だが青柳は何も言わない。いや、言うそぶりを見せたこともない。ただ冬夜を抱いては己の欲望を発散させていただけだ。それに冬夜は便乗している。
 それとも……
 冬夜の気持ちを自分に向けさせ、今までしてきたように冬夜を切るつもりだろうか?
 それが青柳の復讐だとでも言うのだろうか?
 冬夜は閉じていた目を開ける。
 空はただ星が輝いているだけだった。

 マンションに戻ると玄関には青柳の靴が転がっていた。いつも彼の方が早いのだ。あれだけ言い合っても青柳はここにもどってくる。
 ここなら鬱陶しいレポーターも来ないだろう。誰も青柳がここにいることを知らないからだ。だがそれだけのためにここに居座るのも考えるとおかしい。
 やはり鈴木の言っていたことをふまえた上で考えた方がすんなり納得できる。
 恨んでるんだ……
 僕を?
 いつそれを僕に言うんだろうか……
 責めるんだろうか……
 ゆるゆると靴を脱ぎ、冬夜は玄関を上がった。すると青柳の声が聞こえてくる。また電話をしているようだ。
「……いい加減にしろって何度言わせるんだよこのアマっ!」
 青柳の口調から電話向こうの相手が女性だということが冬夜には分かった。
 最低な男……
 自分が目立つためならあらゆることを利用するのだ。
「俺が誰と寝ようと関係ないだろうがっ!あんた頭おかしいんじゃないのか?病院に行けよっ!」
 君が悪いんだろう?
 どうしてそんな言い方しかできないんだ……
 だけど……
 最低な男と寝ている冬夜自身はもっと最低なのだ。
 冬夜は青柳のいるリビングに入ることなく寝室に向かった。
 疲れた……
 ベッドに突っ伏すように倒れ込み、そのまま冬夜は眠りに落ちた。



 朝目覚めると青柳は隣にはいなかった。夜のうちに出かけたのかもしれない。
 冬夜はいそいそと起き出し、いつものように出かける用意をする。気にすることはないのだ。気ままな青柳が何をしようと冬夜が感心を持つ必要など無いからだ。
 はあ……
 今、冬夜が気になるのは鈴木が言った言葉だった。
 
 恨まれてますよ
 
 今日局に行ってそのことについて調べてみようと冬夜は考えた。何が過去にあり、恨まれなくてはいけないのかをはっきりさせたいのだ。
 もしそれで本当に僕が悪かったのなら……
 僕から青柳くんに切り出せばいい。
 気分は更に下降していく。事実を知ったとき、本当に冬夜から青柳に切り出せるのか、自信は無かった。



 局に着くと冬夜はアナウンスルームに入り、先に来ていた海堂に挨拶をした。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
 海堂は難しい顔をしたまま新聞を見つめており、冬夜の方に顔を上げることはしなかった。
「随分難しい顔をしてるんですね……何かありました?」
 どういう記事に海堂が引っかかっているのか気になった冬夜は、海堂の後ろに立ち、机に広げられた新聞を覗き込んだ。
「浅木くん、今日新聞を読んだのか?」
 ようやく海堂は顔を上げ、冬夜の方を見る。
「あ、すみません。ばたばたしてしまって……」
 鈴木の言葉が気になっていた冬夜は、珍しく新聞に目を通すのを忘れていた。
「まあ……後で目を通してくれたらいいけど……また君のうちの近くで放火があったみたいだぞ。晩、五月蠅くなかったか?」
「……は?」
 冬夜はそのことに気が付かなかった。
 それほど熟睡していたのだろうか?
「まあいいけどな……」
 苦笑した顔で海堂は言った。
「こ……ここのところ疲れていて……それで熟睡していたのかも……」
 とりあえず冬夜は笑ってごまかした。
「……ここずっと続いてるな……同一犯だって記者クラブからも聞いたよ」
 腕組みをして、海堂は相変わらず顔を強ばらせている。
「そうなんですか……」
「それで、なんでも数年前の手口に似てるっていう情報が入ってる。ニュースソースはたれ込みだそうだけど、調べてみたらどうも同じ人間が犯人だろうというのが濃厚らしい」
「じゃ……僕は昔の資料を引っ張って来ます」
「頼むよ。俺のほうは記者クラブと所轄に問い合わせてみるから。もし本当にそうなら今晩の特集にあげてもいいしな……。悪いな……来た早々調べものを任せてしまって……」
「いえ……良いんです」
「じゃ、資料は頼むよ」
 海堂はそう言って、手を受話器に伸ばした。冬夜は丁度鈴木の言っていたことを調べる予定であったため、資料室に行く理由ができたことが、逆に都合が良かった。
 冬夜は鞄だけど自分のデスクに置くと、そのままアナウンスルームから出て資料室に向かった。その途中、久保田が後ろから声を掛けてきた。
「浅木先輩何処に行くんですか~」
「ああ……資料室に調べものだよ。夕方のニュースに使うんだ。久保田は?」
 後ろから来た久保田の歩調に合わせるように冬夜は歩く速度を落とす。
「俺っすか、俺も資料室に用事です。たまにはね」
 へらへらと久保田は笑った。
「しあわせそうだなあ……」
 思わず冬夜が言うと久保田は苦笑した。
「そんな馬鹿みたいに言わないでくださいよ……」
 そういうつもりではなく、冬夜はただ本当にそう思ったから口にしてしまったのだ。多分、色々ありすぎて自分の気持ちが晴れない状態に陥っているからだろう。
「あ……なんか酷い言い方に聞こえた?」
「別にいいっすけどね……そう言えば、青柳さんって知ってます?うちの後番に入ってるカリスマなんとかっていう番組に出てるモデルさんですけど……」
 久保田は思い出すように目を彷徨わせる。
「え、ああ……時々見るね」
「あの青柳さんって何故か理由は知らないんですけど、うちのニュースのビデオ借りまくってるらしいですよ。ビデオの保管部にいる川崎さんが言ってたんですけどね。ニュースなんか見てモデルさんが何の勉強をするんでしょうね……」
 まただ……
 一体どういうつもりなんだろう……
「川崎さんは何もいってなかったのかい?ほら、青柳さんが何かこういう事情で借りてるとか……」
 どきどきしながらも冬夜は平静を保った。
「いえ……川崎さんもそれを聞いたらしいんですけど、青柳さんは笑うだけで教えてくれなかったそうですよ……」
 変でしょう?という表情で久保田は言った。
「……ちょっと変わってるのかもね……」
 どう答えて良いか分からない冬夜はそんな風に言って言葉を濁した。
「変わってるって言うか……あの人良い噂聞かないですからね。なんか週刊誌ネタの問題ばっかり起こしてるでしょう?このままじゃあ降板させられるんじゃないですか?まあ……本人は日本に長居するつもりは無かったらしいですから、例え降板させられても何とも思わないんでしょうけど……関係者には堪りませんよねえ……」
 うーんと唸って久保田は言う。
「そんなことを中隅さんも言っていたよ……まあ人の生き方に僕もいちゃもんつけられないからね……」
 ははと笑いながら冬夜は言ったが、何処か空虚である笑いであることは否定できなかった。心から笑うことが出来ない。色々なことが一度に覆い被さってきているような気持ちにすら冬夜はなる。
「と、資料室に着きましたね。俺スポーツコーナーの方だから……行きますね」
 話している間に資料室に着き、久保田は扉を開けると冬夜とは逆の棚のある方へ向かって歩いていった。
 ……
 青柳くんは一体何を考えているんだろう……
 元々分からない奴だけど……さ
 考えても答えが出ないことは冬夜には分かっていた。仕方なしに気を取り直すと、まず放火について過去冬夜たちが報道したときに使った資料を探すことにした。
 あれ……
 問題の資料が置かれているはずの場所にはあるべき資料が無い。変だと思った冬夜は採番されている番号を確認すると、資料に背についている番号が飛んでいることに気が付いた。
 資料には番号がそれぞれふられており、それと過去の番組のビデオにも同じ番号がつけられている。そうであるから資料を探せばビデオもすぐに探し出せるようになっているのだが、丁度、目次にある放火の特集を組んだ部分のファイルがすべて無くなっていたのだ。
 抜き取られてる……
 どうして?
 気になった冬夜は資料室におかれたパソコンから該当する資料番号を抜き取ったが、ある期間の分がすべて無くなっていた。それは先程海堂と話していた、現在と絡んでいるかもしれない放火についての資料だった。
 どういう事だろう……
「何やってるんです?」
 いきなり青柳の声が聞こえたことで、冬夜は持っていた資料を全部床に落としてしまった。すると青柳はその資料を一つずつ拾い、驚いた表情のまま固まっている冬夜に差し出してくる。
「落ちましたよ……」
「あ……ありがとう……」
 そこには営業用の青柳の顔があった。
「何を調べてるんですか?顔が真っ青ですよ」
 本当に心配しているような表情が冬夜を混乱させる。だがこれは外面なのだと冬夜は自分に言い聞かせた。
「え……あ……夕方放火の特集を組むことになったから……それで過去の資料を探していたんだ……」
 声がうわずっているのは仕方がないだろう。
「……ふうん。で、ありました?」
 くすくす笑いながら青柳は冬夜を見つめてきた。
「いや……それが、誰が持ち出したのか分からないんだけど……該当の資料が無くて困ってるんだ……」
 そこに久保田の声が響いた。
「浅木先輩、じゃあ僕はお先に」
「あ……ああ……じゃあまた後で」
 青柳は久保田が出ていったのを確認すると冬夜の方に振り返った。
「浅木先輩なんだ」
 にやにやと笑いながらだ。
「ああ……そうだよ……」
「資料が無いの当然だよ」
 意味ありげな言葉に冬夜の鼓動が早くなった。
「当然って?」
「俺が全部いただいたから」
 やはり……
「どうして君が?」
 顔色が無くなりそうな気分になっていたのだが、必死に冬夜は平静を装う。ここで感情にまかせて問いつめたところで青柳は喜ぶだけのような気がしたからだった。
「興味があったから……ちょっと借りてるだけだよ。また後で返すさ……」
 青柳は後ろの壁にもたれかかって腕を組む。
「モデルの君が放火に興味があるなんてね……」
「まあね……そういや昨日の晩もすごかったんだぜ……あんたぐっすり寝込んでたけどさ……おもしろそうだから俺、外に見に行ってた」
 野次馬根性があるようには見えないが、青柳はそれを見に真夜中、マンションを出ていったのだろう。
「へえ……そういう趣味があるんだ……」
 顔を引きつらせながら冬夜は聞いた。
「別に趣味なんかじゃねえよ……」
 何故か青柳はムッとした表情になる。
「そういえば朝いなかったけど……」
 向けられている視線から顔を逸らせて冬夜は呟いた。じっと見据えてこられると何を言って良いか分からなくなるから。
「ん?外で男ひっかっけてホテルに行ってた。あんた冷たいから」
 嬉しそうに笑う青柳に悪びれた様子はない。
「ふうん……おさかんで良いね……」
「そ、若いからな。性欲はちゃんと処理しないと鬱憤がたまるんだ……」
 ……
 嫌な奴……
「そんな君の話はいいから、持って行った資料を返してくれないか?今晩のニュースに使うんだ……」
 冬夜が苛立たしそうに言うと青柳の瞳がすっと細くなった。
「昔の資料を探してどうするんだ?」
「君には関係ないことだよ……」
 睨み付けるような瞳が冬夜の額に汗を滲ませる。
「冷たいなあ……そういう態度はかわいげが無いっていうんだぜ。もてないぞ浅木先輩」
 その言葉に冬夜はカッとなった。
「君に言われたくない……」
「あ、怒った?はははは。冗談だって。資料な、ここには無いよ」
 冷えるような表情が急に緩み、いつもの青柳に戻る。その理由が全く冬夜には分からないでいた。
「……もう良いよ……ビデオの方を借りるから……」
 番号は控えた。あとはその番号のビデオを借りるといいことだ。
「そいつも俺が借りてる」
 気のない声で青柳は言う。
「一体君はどういうつもりなんだ?」
 資料と、ビデオ。すべて青柳が持っている。青柳がそれをどうしたいのか冬夜には輪からない。
「本当はあんなもの全部焼き捨ててやりたいくらいだ……」
 そう言った青柳は冬夜が見たこともない真剣な瞳をしていた。

 恨まれてますよ……

 冬夜の脳裏に鈴木の言葉がよみがえってくる。
「……恨んでる?」
 僕を恨んでいるのか?と、冬夜は青柳に問いたかったが、僕という言葉がどうしても出せなかった。
「あ、分かってるんじゃん」
 急に笑いながら青柳は茶化したように言ったが、瞳は決して笑っていなかった。
 ……
 何故?
 どうして?
 僕が君に一体何をしたんだ?
「……どうして?」
「無神経なたった一言が人をどれだけ傷つけるか……あんたには分からない」
 僕が……
 僕が一体何を過去に話したんだ?
 それも……
 番組の中で?
「それは……」
「浅木くん、いたいた~あれ、青柳くんと何してるの?」
 中隅が資料室に入ってきたことで話が中断してしまった。
「こんにちは中隅さん。今日も綺麗ですね」
 にこやかな営業用に戻った青柳がそこにいる。
 話を途中で中断された冬夜はただ混乱したままだ。今の話の続きをしたくて堪らないのだが、中隅がいるこの状況では無理だった。
「どうしたの?真っ青よ」
 中隅は冬夜を覗き込み、心配そうな表情を向けてくる。
「あ、え、ああ……いや……あるはずの資料が無かったからどうしようかと思って……」
 自分でも何を言っていいのか分からず、冬夜は混乱したままそう言った。
 落ち着け……
 落ち着くんだ……
 何度も気付かれないように深呼吸をして、冬夜は自分なりの仮面を被ることに専念した。
「海堂さんが呼んでるわよ。そろそろ上がった方がいいわ。無いなら仕方ないじゃない」
 二人の雰囲気になんら気付くことなく中隅は言う。
 以前、ひまわりの次を引き継ぐ気象衛星の打ち上げに失敗したときもこんな感じだった。要するに気楽なのだろう。
「あ……そう、海堂さんが……分かった……じゃあ……」
 冬夜はその場を逃げるように早足で資料室から出た。
 だが心臓だけが冬夜の気持ちを表すように、勢いよくうち続けていた。
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