Angel Sugar

「真実の向こう側」 第5章

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 彼がどうしたいのか冬夜には全く分からない。青柳の行動は既に冬夜の理解を超えているのだから判断など付かないのだ。
 何となく沼地に足をつっこんだような気がしたのは間違いだろうか?
 昨日扉を開けるべきではなかったのかもしれない。何故青柳をうちに入れてしまったのだろう。一時の快感を追いかけた結果、代償の方が大きいかもしれないのに。
 するとまた隆史からメールが入った。

井澤
 あんまりいい雰囲気じゃないように俺は見たけど……

浅木
 分からないけど……僕はもしかしたらとんでもない奴と寝たかもしれない

井澤
 おいおい、冬夜大丈夫か?

浅木
 あ、冗談だよ。僕もいい年した大人だからね。あしらい方くらい分かってるよ。

 それは嘘だ。あしらいが上手いほど冬夜自身には経験がない。もちろん揉めることも無かった。だが、隆史を心配させるわけにはいかなかった。

井澤
 大人じゃん~冬夜

浅木
 馬鹿にするなよ。じゃあ。僕は行くから……休みに入ったら連絡するよ。

井澤
 またな~俺もそろそろ真面目に仕事しようっと……

 そのメールに笑いが漏れそうになりながら冬夜はアナウンスルームに戻った。だけど鍵を返してくれない青柳の態度がずっと気になっているのは確かだ。仕事に集中しようとしても、彼がどうして冬夜に対し、あのよう態度を取るのか全く分からない。
 なにより冬夜は今まで青柳と話をしたこともなければ、既知の友人でも無い。何故突然青柳は冬夜に近づいてきたのか。
 疑問ばかりで答えは出なかった。
 ……あ……
 通路を行ったり来たりしていた冬夜はあることを思いだし、立ち止まった。
 そう言えば鈴木と揉めていたとき青柳は、何か重要な話しでもしていたのだろうか?それを冬夜が聞いていたのかもしれない……と勘違いしている?
 冬夜は努めて彼らの話を聞かないように気を紛らわせていたから、会話前半は全く知らないのだ。確かに後半部分は少し聞こえたた、冬夜は別にこそこそ聞いていたわけではない。
 その辺りに問題がありそうだな……
 冬夜はそう結論づけると溜息が出た。
 はあ……
 そういうことか……
 あの時、二人は聞かれると不味いことでも話していたに違いない。だから冬夜に対して口止めが必要だったのだろう。
 口止め……か……
 行き着いた答えにどことなく寂しさを覚えながら冬夜はまた仕事に没頭することにした。



 夕方からのニュースの打合せ中、冬夜はあることに気が付いた。
「放火……ですか……」
 今日もまた連続不審火のニュースがトピックスとして上がっていた。問題はその不審火が今度は冬夜のマンション近くであったようなのだ。
「師走に放火が増えるのは毎年の事だけど、年が明けてからと言うのも珍しいな……。いや珍しいと言うより気味悪いな……この放火ってここ一ヶ月ほど定期的にやってきてないか?南下してきてるというか……」
 海堂はどうして今頃……という疑問を表情に浮かべていた。
「海堂くんも気が付いたかね。どうも同じ犯人の様だよ。警察もかけずり回っているようだがなかなか犯人が捕まらんようだ……」
 プロデューサーの五十嵐も首を捻っている。
「やっぱり不景気なんですかね……そういや、浅木さんの住むマンションはこの現場近くじゃなかったですか?」
 スポーツ担当キャスターである久保田が聞いてきた。お調子者で有名な久保田は何処かとぼけた笑みを表情に浮かべいていた。
「え?」
 だが突然問いかけられた冬夜の方は一瞬言葉が詰まった。
「おお、そうだな。浅木くん気が付かなかったのか?」
 五十嵐が手を叩いて冬夜の方に視線を向け、何か情報が無いのかという表情を見せる。だが冬夜はその晩青柳とベッドの中で散々泣かされていたのだから、外で何があったとしても気が付かなかっただろう。
 それほど没頭していた自分が恥ずかしい。
「寝込んでいたみたいです」
 青柳と一晩過ごしたなどまかり間違っても冬夜には話せない。
「浅木ちゃんは昨日調子悪そうだったしね……」
 ディレクターの溝口が心配そうに冬夜の顔を覗き込んできた。
「あ……そう。そうなんです」
 とりあえず冬夜は溝口にあわせるように笑って誤魔化す。
「でも鬱憤をはらそうとするのは良いけど、放火なんてねえ……」
 溝口は五十嵐に同意を求めていた。五十嵐の方も分かったように頷いた。
「確かに人の家を燃やしてやろうという気持ちは俺には理解できないね……」
 言って海堂はう~んと唸った。
「そんな商売ありますよね。確か皿を割ってストレス解消……っていう商売。あれ、何処で見たかな……」
 話題を変えようと冬夜は思いつくまま口にした。確かそんな記事を何処かでみたはずなのだ。それが何処だったかは思い出せない。ただ話題を変えたかった。
「へえ……そんな商売もあるんだ」
 久保田が感心する。
「結構サラリーマンの客が多いみたいですよ。給料下がるわ、リストラにびくつかなきゃならないわでストレス溜まるんでしょうね」
 ストレス解消法に話題を変えることに成功した冬夜は、内心ホッと胸を撫で下ろした。別に放火の話自体に問題があるわけではない。ただ、放火が冬夜の済むマンション近くであったことが問題なのだ。
 その日の晩、何をしていたのかと冬夜はしつこく聞かれたくなかっただけだった。
「そんなのをテーマにしても面白いかもしれないな……世間のストレス解消法でいうアロマや癒しはもう飽きた感があるからなあ……。次にニュースの中で特集するにはそんな変わったのがいいのかもしれん」
 五十嵐も乗り気のようだ。
 そのまま話は、変わったストレス解消法を特集することで落ち着いた。
 だが冬夜が気になったのはやはり不審火の方だ。
 昨日の晩……
 そんな警報聞いたかな……
 どう考えてもそんんな騒ぎがあったことなど思い出せない。
 人に言えないな……
 帰ったらまた青柳と顔を合わせることになるんだろうか……
 冬夜は憂鬱になりながらため息をついた。



 ニュースも無事終わり、帰宅すると待っているだろうと考えていた青柳は玄関前にいなかった。
 ……うそ……
 うちに入られないぞ……
 きょろきょろと廊下を前後に眺めてみたものの、やはり青柳の姿はない。
 ……
 おい……
 僕にここで待ってろって言うのか?
 かといって今から行く場所もなし、冬夜は仕方なしに玄関のところに座り込むと青柳を待つことにした。
 考えると……
 来ないって事も考えられるんだよな……
 気まぐれっぽいタイプだし……
 何となく信用していた僕が馬鹿なのかもしれないけど……
 三月とはいえまだ寒い。冬夜は自分の身体を暖めるように両足を抱えると、膝に頭を乗せて目を閉じた。
 もし……
 本当に好きな人が出来て一緒に暮らせたら幸せだろうな……
 一人暮らしが長いせいか冬夜はそんなことを考えていた。いや……いつも考えていることだ。恋人が欲しい……暖めてくれる誰かの存在をいつも望んでいる。ただ相手がいないだけだった。
 積極的に探すことなどもちろん出来ない。もう随分前だが一度、新宿二丁目に行ったことがある。が、冬夜の想像していた世界とは全く違った。
 ゲイなのに……
 ゲイになり切れて無いというか……
 認めてるけど……
 相手が出来ない。
 違う……
 怖いんだ……
 はあっと吐く息が白く染まる。
 仕事は冬夜が望んでキャスターになった。その世界ではエリートコースだとも言われている。そんな自分に満足しているはずなのに心がいつも寒い。
 希望が叶っているのにちっとも満たされない。
 誰かを愛したくて仕方がないのだ。
 一度で良いから、何もかも捨てて誰かのために尽くしてみたい。
 だが冬夜にはもう映画のような大恋愛を夢見るような年齢を超えてしまった。今では現実を理解できる認識力と大人としての常識を持っている。
 だから動けずにただいつもこうやって両足を抱えているのだろう。
 自分で自分を慰めても満たされないのに、世間体が冬夜の身体をがんじがらめにしているような気がする。
 青柳くんって……
 うらやましいよな……
 人から両刀だと言われても彼はどこ吹く風なのだろう。自分が信じる道を青柳は自らの力で切り開いてきたのかもしれない。だから自信家で少々のことでは動じない。
 冬夜も青柳とその辺りは同じなはずなのに、どうしてあんな風に生きられないのだろう。何かに縛られている自分と、なにものにもとらわれない青柳と、何処がどう違うと言うのか。
 僕だって後悔しない生き方を選んできたはずなのに……
 自分の嗜好を隠すこと……それが当然であり、普通の生活を送るためには必要な事だと冬夜は信じてきた。
 だが今では息をするのも辛くなってきている。
「遅くなった。わりいな……」
 いきなり青柳の声が冬夜の頭上から聞こえた。
「……うわっ……びっくりした……」
「あんた……ワンテンポ遅いんじゃねえの……」
 苦笑しながら青柳くんは鼻の頭を擦っている。
「そ……そうかな……はは……。じゃなくて、鍵だよ鍵……あれ……」
 チラリと見ると青柳は大きなリュックを背負っていた。それが何を意味するのか冬夜には最初、分からなかった。
「……今から……山でも登りに行くのかい?」
 真面目に冬夜が聞くと、青柳は笑い出した。
「あんた最高!むちゃくちゃ笑えるよな。こんな時間からどうして俺が山に登るんだよ」
「だって……その荷物……」
「あ、これ?俺、ここ気に入ったから住んでやろうと思ってさ……よろしく!」
……
 はあああああ?
 冬夜が驚いている間に、青柳は鍵を使って勝手に玄関を開けた。もちろんその鍵は冬夜のものだ。
「ちょ……ちょっと待てよ。そんなの勝手に決められたら……」
「で、鍵返しておくよ。あ、俺のはスペア作ったから……」
 今使った鍵を渡されるままに冬夜は受け取った。
 ……
 ス……
 スペア?
「君……一体何を考えてるんだ?」
「あんたとセックスすること。いいじゃん。俺あんたの身体気に入っちゃったんだよな。良い身体してるぜ。使わないなんてもったいないって」
 それは……
 褒めているのか?
 それとも馬鹿にしてるのか?
 冬夜にはどちらとも判断が付かない。
 だが青柳はすでにブーツを脱いで、玄関を上がって歩き出す。それはまるで自分の家のようにごく自然な振る舞いに見えた。これでは冬夜の方が客のようだ。
「青柳くんっ!」
「俺、一樹っていうんだ。一樹」
 振り返った青柳は軽い笑みを浮かべていた。
「あ……僕は冬夜……」
「知ってる」
 言って笑う青柳の顔は少年の青臭さが残っている。
 か……
 かわいい顔で笑うじゃないか……
 じゃなくて……
「だから……ここは君のうちじゃないだろ」
「かてえこと言うなよ……広いんだから一人くらい増えたってあんたの迷惑にならねえだろ?それよか、性欲の処理がお互い出来て万々歳だと思わないか?」
 あからさまに言う青柳に冬夜は呆れるしかない。
「そ……そんな言い方するな」
「本当の事だろ。俺は別になんてことないことだけどな。つうか、あんたいい年してなに赤くなってるんだよ……少女じゃあるまいし……」
「……え……あ……」
 そんなに顔を赤くしてるだろうか?
 玄関にある鏡でちらりと冬夜は自分の顔を見ると、青柳が言うよう確かに真っ赤になっていた。
「俺よか年上のくせにウブなんだなあ……」
 青柳は嬉しそうに言う。からかっているのか、それとも本心なのか検討もつかない。
「僕より年下のくせに随分とすれてるんだな」
 照れを追い払うように冬夜は強く言った。
「あれ、一本とられたことになるのか?」
「大人をからかうな」
「ははははははは……おもしれえ……あんたすっげーおもしろいよ……」
 冬夜自身はこれっぽっちもおもしろくない。だが青柳はお腹を抱えて笑う。
「……お……おもしろくなんかない」
「いいじゃん。あんたも一人で寂しいだろう?俺も寂しいよ。久々に日本に帰ってきて友達なんかいやしない。両親もいないからさ……俺……」
 何となくその言葉に冬夜は同情心がわいた。
「そ……そうなんだ……」
「そ。天涯孤独。ま……慣れてるけどね。だからホテル住まいって結構退屈で、おもしろくないんだよな……。春になったら夏のパリコレあるからさあ……それが始まる前にはここを引き払うよ。どうせ四月の番組編成で俺の今出てる番組は無くなるんだから……」
 聞きもしないことを青柳はべらべらと話していた。冬夜に聞かせても仕方ないことをどうして青柳が話しているのか分からない。だが同情を勝ち得るには十分な内容であり、聞いてしまうと追い出すことなど冬夜には出来なくなっていた。
「……仕方ないな……。どうせ君のことだから僕じゃあ追い出せないだろうし……」
 はあとため息をついて冬夜は言った。
「お、分かってるじゃん。じゃあ俺の部屋どこにしたらいい?」
 ……
 部屋をくれって言うのか?
 2LDKでか?
 冗談じゃない。
 ……ああもう……
 僕は何故ちゃんと断れないんだ……
 いつだってこんな風に流されてる……
「特別に君にあげられるほど部屋数がないから、全部共同で使うんだよ。はっきり言うけどここは僕が家主なんだからな」
 必死に迫力を付けて冬夜は言ったが、多分青柳は堪えてはいないだろう。それが分かるように青柳の表情は先程から変わらないのだ。
「共同ね……いいぜ。ベッドも共同……ってことだよな……」
 近寄ってきた青柳は冬夜の耳元で小さく囁いた。その言葉に冬夜はまた顔が赤くなってしまった。先程から自分は一体どうなってるんだろう……自分で自分が分からない。
 これほど傍若無人に振る舞われ、腹が立つのが普通なのだろうが、心の何処かで言っても仕方ないと冬夜は諦めている。多分、青柳の性格を知ってしまったからかもしれない。
 春まで……
 あと数週間のことだ……
 そのくらいならいいか……
 しかも悪いことに、そんな軽い気持ちが冬夜の中にあった。
 多分、一人で過ごしてきた時間にそろそろ冬夜が耐えられなくなっていたのだろう。だったら期限付きの後腐れのなさそうな相手と暫くままごとのように暮らすのも良いのだと思うことにした。
 本気にならなければ良い。
 結局はそういうことだ。
「で、飯は?」
 青柳の言葉に再度僕は溜息が漏れた。
「簡単なものしか作れないよ……僕も疲れてるから……」
 スーツを脱ぎながら冬夜は廊下を歩く。その後を青柳がついてくる。
「食えりゃあなんだっていいさ……いくら何でも腹はこわさねえだろうからな……」
 意外に真面目に言われた冬夜は返答に困った。
「……パスタでも良いかな……」
 チラリと青柳を見ると青柳は何故か天井を眺めていた。食べたいものを想像している。そんな様子だ。
「パスタねえ……」
「嫌いかい?」
 キッチンに移動する冬夜を追いかけるように青柳は、やはりついてくる。
「嫌いじゃねえよ……」
 キッチンに入ると、冬夜は冷蔵庫からレトルトのパスタの袋を取りだした。麺もソースもゆでるだけで出来上がる優れものだ。一人暮らしには重宝する。だが、青柳は気に入らないようだった。
「ゆでるだけ?」
 ムッとした口調。
「……そうだけど……」
「よしてくれよ……そんなもの何時だって食えるだろう……」
 青柳は中腰になると、冷蔵庫を勝手に開けて中を覗いていた。やはり既にここの住民と化している。
「……なんだこれ……レトルトばっかだな……」
 げえという声が聞こえてきそうな表情で青柳はこちらを向いた。そんな青柳に冬夜は肩を竦めるしかない。
「一人暮らしはこんなものだと思うけど……」
「そうだなあ……適当に……何か作るか……」
 それって……
 青柳くんが作るって言ってるのか?
 冬夜が青柳の行動を驚いて見ていると、野菜の切れ端や、バター、それに卵を取りだして狭いキッチンに並べはじめた。
「もしかして……作ってくれるのかい?」
「俺、レトルト嫌いなんだよ……」
 ぶつぶつと言いながらも青柳は籠に入っていたボウルと菜箸を掴み、手際よく卵を割って混ぜはじめた。意外に手慣れているのが不思議だ。
「……似合わないな……」
 冬夜がクスリと笑うと青柳が睨む。
「あんたな、笑ってる暇があったらフライパンとか出せよ。俺が作ってやるって言ってるんだから、そのくらいしろよな」
「あ……そ、そうだね」
 慌てて冬夜はフライパンを棚から出し、コンロに置く。
「ちゃんと火を付けろよ」
 言われるままに冬夜はコンロに火を付けた。ちらと青柳に視線を移すと、常備されている調味料を勝手に使い、溶き卵に混ぜていた。
 慣れてる……
 僕とは大違いだ……
「だから、あんたさ。そんなぼーっとしてないで、冷蔵庫にあった冷や飯温めろよ。今から米を研ぐわけにもいかないだろ……」
 フライパンに油を落として青柳はこちらに菜箸を向けて指示をする。これではどちらが家主か分からない。だが青柳は手慣れた調子でオムレツを作っていた。
 冬夜は自炊が苦手だ。当然、オムレツなどひっくり返すことが出来ない。いや、元々そんなものを作ろうとまず思わないために、余計に出来ないのだ。
「……慣れてるよな……」
 感心してフライパンを覗いた冬夜に、青柳くんがまた言った。
「あと、即席でも良いからスープかなんかねえのか?」
「確か引き出しに……コンソメとかみそ汁が……」
 引き出しをひっくり返しながら冬夜はようやくコンソメとコーンスープの即席を見つけだした。何時買ったのか覚えていないが、こんなものは腐りはしないだろう。
「あった。じゃあこれをコップに入れて……」
「一旦沸かした湯に入れて温めてから味を調えると美味いんだ。ほら、かせよ……」
 青柳に今見つけたコーンスープの袋を取られた冬夜はもう手伝える事が無くなった。この状態ではなんとなくばつが悪い。
「……他……何を手伝えば良いかなあ……」
 尋ねるように聞いたのだが、青柳は何も言わずにフライパンを器用に動かし、オムレツを整えている。その手際の良さに冬夜は思わず魅入ってしまった。
「上手いね……僕がすると、こう、卵がひっついてボロボロになるんだよ……」
 冬夜がいうと青柳は口元だけで笑う。だが別に冬夜を馬鹿にしている様子ではなかった。
「そりゃあ、あんた。ちゃんと熱くなったフライパンに油を落としてないからだ。せっかちはそうやって卵をくっつけさせるんだ……」
「……熱くなった……って?」
「またゆっくり教えてやるよ……はは。それより皿!」
 フライパンを持つ手首をもう片方の手でトントンと叩き、真ん中でするするっと形が整うオムレツは冬夜には驚くべき光景だ。
「あ、そうだね」
 見とれていた顔を背け、慌てて皿を引き出しから出して青柳に渡す。そこに綺麗に形作られたオムレツが乗った。
「……それにしてもどうして俺が作ってるんだ?」
 今、気が付いたように青柳が言うので、冬夜は苦笑するしかなかった。
「……僕が下手くそだから、上手い君が作ってくれているんだろう?」
「あ、そうそう。ま、俺は自炊になれてるからなあ……だけど普通一人暮らしが長いと多少心得ができるもんだけど、あんた全然駄目だな」
 話しながらも青柳は今度、鍋にコーンスープの素と湯を入れて火に掛けている。もちろん、即席でも多少味を調えた方が美味しいのだろうが、手間のかかること自体、冬夜は面倒くさいのだ。逆に、こういう事を面倒がるタイプの青柳が楽しそうにフライパンを握ったり、鍋の中にあるスープの味見をしている姿が似合っているようで似合わないように冬夜は思えた。
 意外にまめなのかな?
 だが不思議なことに冬夜は嫌な気はしなかった。
 多分、誰かと食事をするのが久しぶりだからだろう。相手はただの同居人で、恋愛感情も無ければ友人でもない。そんな不思議な関係であるのに冬夜はこの今の空間を心地よく感じていた。
「ほら、ぼーっとすんな。スープ皿出せよ」
 言われるまま冬夜は今度はスープ皿を戸棚から取りだし、青柳に差し出した。するとニッコリと笑顔を見せてくる。
 不覚にも冬夜は、また青柳が可愛いと思ってしまった。
 変だな……
 僕は……
 深入りしないようにしないと……
 出来上がった夕食が並べられるのを見ながら冬夜はそう自分に言い聞かせていた。
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