Angel Sugar

「真実の向こう側」 第22章

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「俺はスクープを狙うぞ」
 小声で、だけどしっかりした声で海堂は言いきる。
「……新人記者みたいな事言わないでくださいよ……」
「……局長賞が欲しいんだよ~」
 それは海堂の長年の夢だ。冬夜は欲しいと思ったことなど無い。縁がないことだから。
「……まあ……そんなでかい山ありましたっけ?」
「放火だ」
 ……
 だから……
 青柳くんじゃないって……
「それこそ勇み足であとで突き上げられますよ」
「報道世界の田上さんのころでも青柳のコメントを取ろうとしていたらしいんだけど、そこのスタッフと青柳がもめて流れたんだと。他社も似たようなもんだ。うちだけインタビューに成功してるんだぜ……くっそ~おいしすぎる……」
 おいしいのかどうか分からないけど……
 これで青柳が犯人だったら確かにこの間の別取りのビデオが大変な価値になるだろう。だけど冬夜はどう考えても納得がいかない。
「そういえば田上さんと青柳くんは以前に喧嘩したって言ってましたね」
 以前、そんな話を聞いたことを冬夜は思い出した。
「そうそう。田上さんが言い負かされたって言う奇妙な話な。あいつ妙だよなあ……この間の別取りのインタビューではキャスターが嫌いだなんて一言も言わなかったんだよ。それが喧嘩してるだろう?まあ……あの田上さんのキャラクターならむかつく奴はむかつくだろうなあ……」
 報道世界は土日のゴールデンタイムの報道番組だ。その司会者である田上は、いつも人を見下したような目つきをしている。それは田上自身がエリートであるからなのだろうが、何処か小馬鹿にしているような視線は慣れないと目を合わせるのが辛い相手だった。
 あの青柳のことだから、田上と目があっただけでも喧嘩をふっかけて行きそうだ。
 タイプが全然違うからだろうなあ……
 頭が良くて学歴でのし上がった田上と、自分の身一つでのし上がった青柳は水と油だろう。
「そう思いますね……」
「ただよ、俺は思うんだが、田上さんが何か掴んでいて、それを青柳に問いつめようとして喧嘩になったとかは考えられないか?」
「違うでしょう。田上さんが気にくわなくて、インタビューを受けるのが嫌だったんじゃないですか?青柳くんならそんな感じがしますけど……」
「思う。あのおっさん、俺も気にくわないからな……」
 いつの間にか田上さんがおっさんになっていた。
 いいけど……
「話を戻しますけど……放火の話は少し待った方が良いと思います。今、僕から見る分には海堂さんは暴走しそうな雰囲気です」
 そう冬夜が言うと海堂は頷く。
「それを言ってもらいたかったんだ。浅木くんは俺にとって良い女房役だからな。俺が暴走するのを止めてくれるのは浅木くんだけだ。しかも、浅木くんが言ってくれるから俺も立ち止まれるというかな……。実は浅木くんのその一言が欲しかったから話したんだ。自分じゃあ高揚した気分を押さえられなかったからね」
 ふうううっと大きな深呼吸をした海堂は気持ちを落ち着けたようだった。
「僕は……そんな大したことは……」
 女房役……
 海堂さんは僕をそんな風に思ってくれていたんだ……
 どうしてだろう……
 すごく嬉しい……
「いや……浅木くんの存在は……こう、かゆいところに手が届く細やかさがあるんだなあ……以前違う番組で他のサブとも組んだが……浅木くんが一番だ。あ、別に雑用してもらえるからとかそういう意味じゃないぞ」
 はははと笑って海堂は自分の料理をつつきだした。
「……ありがとうございます。とても……光栄です」
 でも僕は……
 辞めるつもりです。
 済みません。
 許してください。
 後から何度でも謝ります。
 だから……
 胸が一杯になった冬夜は箸が止まったまま動かせなかった。

 その日のニュースは滞りなく終わった。
 冬夜はホッと一息を付き、そっと海堂の机の上に昨晩書いた手紙を置いた。その中にはサブキャスターを辞めたいと思っていること。そして、数日中には上に正式な辞表を出すと言うこと……を、書いてある。
 海堂には世話になっていたから冬夜はどうしても先に知らせておきたかったのだ。その海堂の方はまだ報道フロアにいる。帰ってきたらこれを見るだろう。
 それでいい。
 冬夜は小さくため息をついてアナウンスルームから出るとエレベーターにのって一階まで降りた。
 そこでエレベーターから降りると、隣のエレベーターに乗り込む隆史が見えた。隆史は冬夜には気が付かなかったようだ。
 あ、と思った瞬間に隆史の乗ったエレベーターの扉が音もなく締まり、上部にある階数の表示が上がる。
 こんな時間に?
 隆史の上がりはもっと早いはずだけど……
 今、隆史が乗ったエレベーターが何処で止まるのか冬夜がじっと数字の光を追いかけていると、最後の屋上で止まった。それを確認してから冬夜はまたエレベーターに乗り込んで隆史の後を追うことにした。
 胸騒ぎがする……
 何だろうこれは……
 ようやく屋上につくと、空中庭園と呼ばれている景色が広がる。一応、今、はやりの緑化計画をそのまま利用し、木々が植えられているのだ。ここは昼間は一般に公開されているが、夜は安全のために関係者しか入ることが出来ない。
 そのせいか夜間は人がまばらだった。
 隆史は何処にいるんだろう……
 姿を見られると何となくまずいと思った冬夜は、近くの木に身体を隠してキョロキョロと辺りを見回した。
 上空にある警告灯がちかちかとせわしなく光り、頭上から冬夜を警告しているように感じる。それらに気を取られながらも冬夜は辺りをまるで何かから逃げているような気分で見渡すが、庭園内は水銀灯だけの灯りだけしかなく、人が何処にいるのか判別しにくい。
 ああもう……
 もちろん声を上げて探すことが出来ればいいのだが、それは出来なかった。
 そこに隆史の声が響いた。
「謝っているだろうっ!」
 この先だ……
 心臓付近を押さえながら冬夜がそっと声のしたほうに近づくと、隆史と、本来ならいるはずのない青柳の姿が目に入る。すぐさま冬夜は草木に身体を隠して様子を窺うことにした。
 青柳くんと隆史が一緒にいる……
 警察から帰ってきてたのだろう。
 だがどうしてここにいる?
 庭園として作られている場所を抜けると後は普通の屋上だ。ただしこちら側はフェンスがある。そのフェンスに青柳くんがもたれかかっていた。
 突然隆史が土下座をして何か言ったが、聞こえない。あんな隆史を見たのは初めてだった。
「謝られてもさあ……俺だって何とかしてもらいたいんだよ……だろう?」
 そういう青柳の表情は灯りが足りないためにこちらからは分からない。
「警察に行ったって……聞いた」
 絞り出すような隆史の声。
「ちげーよ……そのことじゃねえ……。俺は昼には帰されたしな……心配するなよ」
「……そ……そうか……」
 チラリと隆史の顔は上がったが、また力無く下がる。
「おい、俺とあいつの仲を取り持ってくれるっていったじゃねえか……」
「……こればっかりは……だから謝っているだろう?」
「あんた、いい加減にしろよ。どれもこれも謝られても結果がどれも滅茶苦茶じゃないか……俺だって堪忍袋ってあるぜ」
 いらいらとした口調だ。
「……俺も……努力してるんだ……だけど……」
「努力しても結果が出なきゃ、それは無駄って言うんだよ……」
 見下ろしながら責めるように青柳は言う。逆に隆史の方は肩を落とし、視線は下に向けられたまま顔を上げようとはしない。
 なんて言い方をしてるんだ……
 冬夜は知らずに拳を握りしめていた。
「……どうしたらいい?」
「あのなあ……俺が言いたいんだぜ。なのに俺に聞くなよ……。ったくよ……」
 がりがりと頭をかいて青柳が隆史から視線をそらせた。
「君が戻ってくるからこんな事になったんだっ!そうだろう!」
 隆史はようやく上半身を上げ、青柳の足にすがりついて叫ぶ。何から何まで信じられない光景が目の前にあった。
「うっせえっ!俺のせいにするなっ!俺が何処に行こうとあんたに関係ないだろうっ!全部ぶちまけてやっても良いんだぜっ!だろうが!」
 怒鳴りながら言う青柳は本気で怒っていた。
 何があったらあんな会話になるんだ?
 冬夜には分からない。
「……分かってる……」
 暫く沈黙が流れる。それは息苦しく、胸元に痛みさえ伴いそうだ。
「……あーうぜえ……っ!」
 何もかもを投げ出すような青柳の声はそのまま続く。
「俺は良いんだ。良いんだってよ。慣れてるからな……こういう事は……。だけどまあ……俺が言っても説得力ねえけど……人に迷惑掛けてることだからな……」
「十分……理解してる……」
「……俺がいなくなったら……終われるか?このあともずるずるやられると俺は困る。分かるだろ?惚れてるんだから……」
 なに?
 惚れてる?
「……大丈夫だ……と」
 そこで隆史がようやく立ち上がった。だが視線は青柳の方には向けていない。
「……いいねえ……お友達は……俺には偽善だとしか思えないけどな……それでもあんたは信用を得てる。うらやましいこった」
 やれやれという風に、しかも何処か本当にうらやましそうな口調だ。
「冬夜だって……」
「やめろっ!聞きたかねえっ!失敗しやがって……もういい。何もかもうぜえ」
「もう一度冬夜を説得してみる……」
 だから……
 どうなってるんだっ!
 ……
 怖い……
 二人がどういう関係なのか全く分からない冬夜は身体が震えた。
「……いや……もういい……終わったんだ……」
 何となく寂しげな声だ。多分聞き違いなのだろう。
「あいつは……あんな風に見えて……」
「知ってる……だから言うな……もういい帰れ。これ以上話すのもむかつく……」
「本当に……悪かった……」
 隆史は言ってきびすを返すと冬夜の隠れている木のところに走ってきたが、こちらに気付かずエレベーターのホールに向かって走っていた。
 見つからなかったことにホッとしながら視線を青柳の方に戻す。すると青柳は空を眺めていた。今日は珍しく星が上空を覆っているのだ。それらを眺めた青柳は何処か感慨に浸っているのが見て取れた。
「俺の居場所は何処にもねえって事か……」
 言って閉じられる瞳は泣いてしまいそうな雰囲気すらあった。
 暫くすると青柳がやはり冬夜に気付くことなくエレベーターホールに向かうのを確認し、更に時間が経った頃、ようやく冬夜は携帯を掛けた。
「浅木だ……会いたいんだけど……何処に行けばいい?」
「うわあ……珍しいこともあるんだな……なんだ~もしかして欲求不満か?」
 相変わらず茶化したものの言い方だ。
「そんなことはいいよ……会いたいんだ」
「……そうか。俺も実は話があった。あんた今どこにいるんだよ?」
「局にいる。これから帰るところだよ」
 いくらなんでも屋上にいるとは言えない。
「じゃあ……俺の泊まってるホテルに来いよ……場所は……」
 冬夜は頭の中でホテルの場所を記憶すると携帯を切り、自分も屋上から一階に下りた。そこで局の玄関に出てタクシーを拾った。
 けりを付けなければ……
 冬夜の頭にはそのことしか無かった。

 ホテルは普通のビジネスホテルだった。冬夜は青柳から聞いた部屋を訪ねるため、ホテルのロビーを通り抜けエレベーターホールに向かう。何故か気持ちが異様に高ぶっているのは何故か自分でも分からない。
 青柳がいるであろう部屋の前に立ち、冬夜は息を深く吸い込んでから扉を叩いた。すると扉はすぐに開けられた。
「よう……なんだか久しぶりだよなあ……」
 にこやかに迎えてくれる青柳は、逆に残酷そのものだと冬夜は感じた。
「……そうだね……」
 視線を合わせず、冬夜は中に入る。すると目に付いたのは、うちにあるはずの青柳のリュックだった。
「どうしてこれが……ここにあるんだ?」
「あははは。スペアがもう一本あったんだな……これが」
 開いた口がふさがらない。
 では冬夜が留守をしている間に勝手にうちに入って持ち出したのだろう。
「き……君は……それこそ泥棒じゃないのか?」
「おいおい。自分の荷物を取りに戻っただけだろ?俺がマジでそんなことしたら、今頃部屋には何もねえと思うけど……」
 くすくすと相変わらず青柳は笑う。
「……キーを返せ」
「あんたって……ほんとそれしか言わねえなあ……」
 今度は苦笑。
「……もういい。うちの鍵を変えるよ。最初からそうすれば良かったんだ」
「なあ……あんただってもう俺の顔を見たくなかったんだろう?仕方ねえじゃん」
 ベッドに腰を掛けて青柳はおもしろくなさそうな表情を浮かべた。
「……話がある」
「そんなこと言ってたな……なんだ?俺が恋しくなった?」
 言葉とは違い、瞳はまっすぐこちらに向けられていた。
「……隆史に……何をした?」
「は?」
「隆史に何をしたんだっ!」
 怒鳴るように言うと、こちらを向いていた青柳の顔が窓の外に向けられる。ムッとしたのか、顔を見られたくないのか、それは冬夜には判断が付かない。
「……別に」
「隆史は……変だった……。僕と……その……君との仲を取り持つような事ばかり最近は言うようになった。最初は……隆史は僕が君と寝ることを反対していたんだ。それが突然態度を変えた。どういう事なんだよ……」
「それで頭の悪いあんたは俺が仕組んだと思ってきたんだ。うああ……単純」
 最後の単純という言葉はからかうのではなくため息が混じったような口調だった。
「それ以外に考えられないだろう?」
「はあ~……」
 何故か頭をかいている。
「もう……隆史に関わらないでくれ……」
 必死に言うと青柳はこちらに聞こえるような音を出して息を吐いてからこちらを向いた。
「……ま、いいか……。で、あんた、ここに来るのは良いけど、俺が何にもなしに帰すと思ってる?」
「……それで……手を引いてくれるなら……」
「……ぶっ……」
 いきなり青柳は笑い出した。
「何がおかしい」
「あんたって……隆史ちゃんの為なら嫌な男にでも抱かれるんだ……」
「……どう思ってくれてもいいよ。どうせ君とは何度も寝たんだから……。だけど隆史は僕にとって大切な友人なんだ……だから……」
「だから?」
「君のような男に傷つけさせたくないっ!」
 そう叫ぶと青柳の表情は冷たいものに変わる。
「じゃあ……脱げよ。あんたの決意ってのを見せてもらおうか?」
 冬夜は逆らうことなく服を全部脱いだ。もちろん下着もだ。どうせ脱がされるのだからと意外に冬夜は腹を据えていた。
「これでいいのか?」
「いい眺めだ……」
 瞳を細めた青柳の視線が上から下へ嘗めるように移動する。その視線の動きだけで冬夜は自分の身体の体温が上がるのが分かった。
「こいよ……ほら……」
 促されるまま、冬夜はベッドに乗り上がる。すると青柳は枕にもたれかかり、己のローブの前を解いた。隠されることなく見せられた裸体は手入れされているのがよく分かるように肌はつるつるで、二十歳を超えていない独特の張りがあって、とても綺麗だ。
「……それで……どうしたらいいんだ?」
 青柳の方を見ずに冬夜が言うとあごを捕まれ引き寄せられた。
「ほら……銜えろ」
「……あ……」
 眼下に見える青柳のモノは、豊かな茂みを伴ってまだ力無くそこにある。
「奉仕してくれないとな……」
「……分かった……」
 どうせ嫌だと言っても聞いてくれるわけないのだ。冬夜はゆるゆると身体を折り曲げると口元を青柳の股間に埋めて、そこにあるモノを銜えた。
「……ん……」
「ちゃんと舌使えよ……」
 ぐいと頭を押さえつけられた冬夜はのど元まで入った肉の感触に耐えた。はっきり言ってフェラチオは苦手だ。今までも数えるほどしかしたことがない。自分はしてもらうのに何処か不公平なような気も自分ではするが、逆にして欲しいと言われたことが無かったのも理由だろう。
「……ん……う……」
「あんた……すっげえ初心者……」
 呆れたような青柳くんの声に急に冬夜は胸が締め付けられた。
 どうせ下手だ……
 だけど……
 やれっていったのは君だろうっ!
 心の中で怒鳴ってみせるものの、言葉にならないのは口内に一杯になっているものがあるからだ。
 下手だと言うくせに、冬夜が舌を使うと青柳のモノは体積を増して口内に広がる。あごが外れそうなほど口を開いているのだが、それでも辛い。
「……なんだか……だりいな……」
 ちまちまと舐めている冬夜に青柳はそう言った。だけどこれで精一杯なのだから仕方がないだろう。
「あのなあ……死にそうな顔して舐められてもちっとも気持ちよくなれないって……」
 顔を上げさせられた冬夜は同時に口元に銜えていたモノからも離れることができた。だがずるりと離れた青柳のモノにぬらぬらとした己の唾液が絡んでいて、それがとても醜いもののように見える。
 何処まで情けない姿を青柳に晒せば許してもらえるのだろう。
 未だに自分の心の中に「許して欲しい」という叶えられもしない希望があることに冬夜は泣き出してしまいそうだった。
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