Angel Sugar

「真実の向こう側」 第6章

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 翌朝目が覚めると、隣りに青柳が昨日と同じくぐっすりと眠っていた。こうやって寝顔を見るとやはりまだ少年っぽさが残っている。
 いくつだったっけ……
 冬夜は寝顔を眺めながら考えたが寝起きの頭はまだはっきりとせず、思い出せなかった。
 あ、十九だった……
 若いな……
 あまり手入れしていないような栗色の髪は、そのまま青柳の持ち味になっている。
 なんだか……
 猫みたいだ……
 気まぐれで……
 食べ物と寝床があるところに居着くんだよな……
 そうだ……猫は人に馴れずにうちに居着くんだ……
 まさにその状態かもしれない。
 触れたくなるようなサラサラの髪に冬夜は手を伸ばして掻きあげようとしたが、空中まで移動させた手を引っ込めた。
 何やってるんだよ……
 つき合っている訳じゃないんだから……
 冬夜は青柳の方を向いていた身体を動かし、今度は仰向けになると天井を眺めた。
 そうなんだよな……
 つき合ってないのに僕は彼と寝たんだ……
 その上一緒に暮らそうとしてる。
 変だな……
 だが嫌な気分ではなかった。
 目を閉じると誰かの息づかいが聞こえる。
 目を開けると側に誰かがいる。
 それだけなのにとても暖かい。
 目線だけでチラリと隣を窺うと、青柳の目がいつの間にかうっすらと開いていた。
「あ……おはよう……」
 何を言って良いのかすぐに出てこなかった冬夜はとりあえずそう言った。すると青柳は身体を猫のように、う~んと目一杯伸ばすとまたベッドに沈んだ。
「まだ眠そうだな……」
「……俺……低血圧」
 青柳は目を閉じてまたうつらうつらとする。余程朝に弱いのだろう。
「僕は土日は休みだけど……君は?」
「休みは一日寝てる……」
 ボソボソと気怠げに返答するだけで青柳は冬夜を見ようともしない。
「君らしいな……コーヒーでも入れて来ようか?」
 青柳は「頼むと」言いたげに手だけを振った。
 ベッドから身体を起こした冬夜はローブを羽織る。やはり普段とは違い下半身が重いことに冬夜は気が付いた。多分昨晩も結局抱き合ったからだろう。
 もちろん嫌だと冬夜が拒否したとしても、青柳がそんな冬夜の言葉に耳を貸すわけなど無い。
 そうして結局流されているのは冬夜自身だ。
 よろよろとした足取りでキッチンに入ると、毎朝作るようにコーヒーの粉をセットし、スイッチを入れ、出来上がるまでの時間にメールと新聞のチェックをすることにした。キッチンテーブルに置いたモバイルを開け、毎朝のチェックをする。すると今朝も例の悪戯メールは入っていなかった。
 諦めたのかな……
 ならいいんだけど……
 冬夜はいくつかのメールの返信をし終えると、今度は玄関まで行って新聞を取って、またキッチンに戻るためにきびすを返す。すると廊下に青柳が立っていた。
 しかもまた素っ裸だ。
「ローブくらい羽織ってくれないかな……」
 こっちは裸でうろつく習慣など持っていない。それに青柳の裸は綺麗すぎて冬夜は目のやり場に困るのだ。
「電話」
 言って冬夜の携帯をこちらに投げてくるのを慌てて受け止めた。
「で……電話って……まさか取ったのか?」
「うるせえんだよ……しかたねえだろ……」
 青柳は鬱陶しそうにそう言うとまた寝室に入った。寝直すつもりだろう。
 誰からの電話か分からなかったが、仕方ない。とりあえず冬夜は携帯を耳に当てると、相手は隆史だった。
「……よ……良かった……。局の人だったらどうしようかと本気で思ったよ……」
 安堵しながらキッチンに戻り、ホッと胸を撫で下ろしながら冬夜は椅子に腰をかけた。
「なあ……さっき出たの……やっぱり例のモデル?」
 隆史は怪訝な声でそう聞いてきた。
「そうなんだ……。自分でもどうなってるのか説明できないんだけど、居座っちゃったよ……」
 笑いながら言うと隆史が心配そうに言った。
「あいつ……あんまり良い噂ないぞ……止めた方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫だよ……割りきってるから……」
 元々冬夜は恋愛に関して希望的観測は持たない主義だ。だから心配することなどない。
「……何時も思うけど……それでいいのか?」
「……いつもって……なんだよ……」
「冬夜って結局いつも良いようにされてるだろ。お前からじゃなくて、向こうから声を掛けてきてつきあっても、向こうの都合で駄目になってるじゃないか。冬夜も冬夜だ。それに対して怒ったりしない。俺はそういう冬夜を見るのが辛いときがある。もちろん相手が男だから仕方ないのかもしれないけど……恋愛ってそういうの関係ないだろ。なのに……冬夜がいつも貧乏くじ引いてるじゃないか……。俺……いつも冬夜の相手に対して止めろとか言わないけど……あのモデルは止めた方が良いって」
 こんな風に忠告してくれるのも隆史だけだ。
「分かってる。でも……納得してるから……。ああ、青柳くんは数週間でパリに戻るらしいし……それまでだよ。僕もたまには遊びをしてみたいだろう?本気になるつもりはないよ……」
 そう。最初からそう決めておけば辛いことなど無い。
「うそばっか。冬夜っていつも、本気じゃないからとか言って相手を守ろうとするけど……本当は辛いの知ってる。冬夜は優しいから相手の負担を軽くすることばかり考えるけど……恋愛はそうじゃないだろう?別れたくないなら別れたくないって言ってもいいはずだよ。それは男同士だからっていう問題じゃないと俺は思う。たださあ、モデルは駄目だって……。あいつは最初から遊ぶつもりだろうし……そういう相手と冬夜は関係を持ったこと無いだろ?元は真剣でつき合うのが殆どだったから、傷つくの分かっている相手とどうこうなるなんてさ……」
 隆史が心配する気持ちは充分解っている。だが冬夜自身が納得しているのだ。
「心配かけてごめん……でも……大丈夫だから……」
「つき合いを止めるつもりは無いんだ……」
 隆史は今までここまで冬夜の相手にこだわったことはない。よほど青柳に関して悪い噂でも聞いたのだろうか?だが、冬夜自身も全く青柳の事を知らないわけではない。必要以上に知る気はないが、ああいう奴だととりあえず納得できているのだからそれで良いのだ。
「つき合ってるわけじゃないよ……だから何も心配するような事にはならないって……」
 努めて明るく冬夜は言った。
「……これ……話すつもりはなかったけど……。あいつすごく大切な人がいるらしい。男か女か知らないけど、それで戻ってきてるって聞いたよ。昨日聞いたんだけどさ……」
 それを聞いても冬夜は何の感慨も起こらなかった。
「へえ……そうなんだ……」
「……冬夜……」
 益々心配そうな隆史の声だ。
「だから……何とも思ってないって……。僕も狡いんだ。隆史は僕のことすごく良い奴だと思ってくれているけどさ……。サブだけどキャスターっていう仕事持ってる僕が、本気で男と恋愛するわけ無いだろう?ばれたら仕事出来なくなるし……。だから後腐れないほうが僕にとってもありがたいわけ。こんな僕でごめんな……」
 狡いのはお互い様だ。
 青柳はつまみ食い程度に思っているのだろう。冬夜も久しぶりに男と寝て性欲が満たされている。だからといってこのまま互いに続けていけるものではない。
 何処かで切れる相手だから安心していられるのだ。
「……冬夜がそう考えてるならいいよ。でもさ、なんかあったらいつでも相談しろよ……お前が狡いなんて俺は思わない」
 買いかぶりすぎだよ……
 そう思ったが冬夜はそれについては何も言わなかった。
「頼りにしてるよ……」
 相変わらず笑顔で冬夜は言った。作りすぎた所為で顔が引きつっているような気がしたが、気のせいだろう。
「で、今晩一緒に飲みに行こうって話し、何とかなりそうだから、その連絡をするつもりだったのに、なんかしめっぽくなっちゃったなあ……」
 ようやく明るい口調になった隆史が、どこか無理をしているように思えたが、冬夜はそれも仕方ないのだと諦めることにした。
「あ、相談事あるっていったよな。行くよ」
「相談事は良いんだけど……さ。あ、場所は下北沢なんだけど……来られるか?」
 何処か引っかかっているような口調の隆史がやはり奇妙だ。ついこの間もこんな調子であったことを冬夜は思い出した。
「隆史……何かあったのか?」
「え、どうしてそんなこと聞くんだ?別に、いつも通りだよ」
 驚いたように隆史は言う。
「ならいいんだけどさ……。で、何時?」
「駅に7時。じゃあな~」
「ありがとう……」
 携帯を終えると、冬夜は自分の後ろに青柳が立っていることに気が付いた。
「あ……寝てたんじゃなかったのかい?」
「目が覚めちまったんだよ……」
 低血圧だと本人が言うようにかなり不機嫌だ。だがちゃんと今度はローブを羽織っていた。
「悪かったね……。ああ、コーヒー出来たみたいだから……」
 冬夜が立ち上がろうとすると、青柳は後ろから身体を拘束した。
「遊びに慣れた大人なんだな……あんた……」
 言って青柳の口元は冬夜の頬を後ろから撫で上げる。
 ……
 聞いていたのかもしれない……
「お互い様だろう?」
「大人は狡いな……」
 狡い?
 僕が?
 青柳くんには僕じゃない誰かがいるのに?
 ……
 違う……
 僕は一体何を考えてるんだよ……
「大人だからね……子供でも狡いのはいるだろう……っ……」
 耳朶に噛みつかれた冬夜は痛みで声を上げた。
「誰がガキだ?」
 噛みついた部分を今度は舌で舐め上げてくる。
「朝からよせ……」
「セックスは夜だけって決めてるのか?」
 クスクスと耳元で笑う青柳の息が首筋に触れ、冬夜はくすぐったく感じた。
「いいから……止めろ」
「気取るなよ……ベッドの中じゃあ、あんなに乱れるのにそれじゃあ説得力なんかねえぜ」
 青柳は冬夜の腰元に手を伸ばし、敏感な部分を掴んだ。
「頼むから……」
 捕まれた部分をやんわり解こうとするのだが、青柳の手は緩まない。あまり意地になって払いのけようものなら、また無理矢理何をするか分からないのが青柳という男だ。
「俺はやりたいときにやるんだ……そうやってきた……」
 手慣れた手は冬夜の息を荒くさせるのが上手い。こんな事は駄目だと頭では思うのだが、動かされる手に身体が言うことをきかなくなってくるのだ。
「……君がそうでも僕はっ……あ……」
「もっと足開けよ……」
 ローブを解かれ、身体の前面を空気に晒された冬夜の身体は、青柳の手によって隅々まで撫で上げられた。まさぐる手は器用に後ろから動かされ、次第に身体が上気しはじめる。
 身体は素直だというのはこういう事なのだ。
「いや……だ……って」
 身体は既に降参しているのに、冬夜はちっぽけなプライドだけでようやくそう言ったが、青柳は小さく笑っただけで、手を離さなかった。
「……っ……あ……」
 ややきつく擦りあげてくる青柳の手は、冬夜のまだ起きたての霞かがっていた頭を快感でたたき起こそうとしているのが分かる。こんな風にイかされるのは不本意なのだが、勃っている自分のモノを見る限り、説得力など無い。
 先端から滲む液は擦りあげられる為の潤滑油になり、感じる快感も同時に心地良かった。
「……あっ……」
 散々擦り上げられた所為で、朝からイかされてしまった。
「あははははは」
 ようやく後ろから拘束していた手を離し、青柳は楽しそうに笑う。だけど馬鹿にしているような笑いではない。
「笑い事じゃないよ……」
 解かれたローブの前を合わせ、冬夜はそろりと両足をそろえた。本来なら朝のすがすがしい光を浴びて気分良くコーヒータイムをすごそうと考えていた冬夜の気分は最悪だ。
「いいじゃん。気持ちよかったんだろう……」
 青柳は勝手にコーヒーを注ぐと自分だけ飲んでいた。
「君って……」
 呆れて何を言って良いのか冬夜には分からない。要するにこういう奴なのだ。常識を彼に求めるほうが無理なのだろう。
「文句言うなよ。はは……」
 文句では無い。苦情だ。だがそんなこと青柳に言ったところで理解などしてくれないだろう。
「ところで、君の言葉使い。ずっと気になっていたんだけど酷すぎるよ。局にいるときはきちんと一応は敬語を使って話しているみたいだけど、普段から綺麗な言葉使いをしないと何処で地がでるか分からないぞ」
 冬夜は話題を変えるように言った。
「それはキャスターとして言ってんのか?」
 何が楽しいのか本当に嬉しそうに青柳は笑っている。
「別にキャスターだからじゃないよ。普通は誰でもが思うことだ」
「かしこまったしゃべり方しても面白くねえじゃん」
「ねえじゃんって……はあ……」
 ため息しか出ない。
「逆にさあ、親しみがこめられているように聞こえないか?」
 そう言って暫くそこで青柳は無言になった。
 ここでどう切り返せば良いのか冬夜には分からずに、仕方なしに同じように沈黙しながら青柳の言葉を待った。すると青柳は大げさに髪をかき上げて続けていた。
 イライラしているのだろうか?
 それとも会話が面白くなかった?
 持たなくても良いような不安が冬夜の心に沸く。その理由は分からない。
「そういや……飲みに行くんだって?」
 沈黙に耐えられなかったのか、青柳は冬夜の斜め前から言った。
「友達とね。君は夜どうする?」
「局から色々借りてきたからそれを見るかな……」
 カップの縁を両手で撫でながら青柳は言う。その添えられている指がまた長くて皺一つ無い綺麗な指だ。
「借りてきたって何を?」
 局にはエロビデオなど無いはずだと冬夜は一瞬そんなことを考えた。
「映画とか、ドラマとか……色々。そこらへんのビデオ屋よりいいもんあるし、ただじゃんか。あんたテレビ局に勤めていて、利用しないのか?」
「……いや……たまにね……」
 昔は良く自分をチェックするために冬夜も借りてきては見ていた。最近はテレビといえばライバル局のニュースを見たり、新聞のチェックくらいしかしない。
「昔の映画とか結構いいぜ……。俳優の立ち位置とかポーズとか勉強になるしな」
「君が勉強するんだ……」
 冬夜には何かに真剣になる青柳の姿が想像出来なかった。
「……俺のこと馬鹿にしてないか?これでもプロのモデルだぜ」
 ジロリとこちらを見て青柳は不機嫌な表情になる。
「いや……それは分かってるんだけど……。なんていうか……」
 努力、真面目という文字が似合わないと冬夜は思っているからだ。だが実際の中身は真面目な部分があるのかもしれない。
「べっつにいいけどなあ……俺、不真面目に思われてるからさあ。これで結構真面目なんだけどな」
 その一言が可笑しくて冬夜はつい声を上げて笑った。



 夕方まで冬夜たちは別に何を二人でするわけでもなく、互いの時間を過ごした。もしかすると青柳が絡んでくるかと思ったが、意外なことに彼は自分が借りてきたビデオを見てはポーズを考えていたり、音楽を聴いたりして冬夜に絡んでくることはなかった。
 それが不思議であったが、人が色々噂する程、青柳は不真面目でも無ければ、悪い男では無いのかもしれない。考えてみると不真面目な男がパリコレなどに出られるわけなど無いだろう。
 ただ、口調と態度が彼の印象を変えているのだ。
 もう少し丁寧に話すとか出来ないのかな……
 リビングで音楽を聴いている青柳はソファーに身体を伸ばして機嫌が良さそうだ。
「僕は飲み会に夕方から出るけど、青柳くんはどうする?」
 上着を羽織りながら冬夜が言うと青柳はソファーに伸ばしていた身体を起こした。
「飲み会かあ……いいねえ……」
「……まあね」
「朝電話のあったお友達とか?」
 チラリと何故か意味ありげな目線を青柳は送ってきた。
「そうだよ……」
 言うと、こちらを向けていた視線を青柳は戻して、髪をかき上げる。
「ふうん」
 気の無さそうな声で鼻を鳴らすと青柳はまたソファーに横になった。
「夕飯どうするんだい?」
「適当にするさ……つうか、結構あんた気ぃ使ってくれるんだな……」
 ははと笑って青柳は言った。
 確かに冬夜は青柳に気を使いすぎているのかもしれない。多分青柳が年下だと言うこともあり、いろいろお節介を焼いてしまうのだろう。
「気を使っている訳じゃないよ。それより週末だから君も何処か行くところがあるんじゃないのかい?」
「そんなのあんたに言う必要ないね」
 両足をバタバタさせて青柳は言った。
「……好きにしてくれて良いけど……。あ、これだけは言っておくよ。ここは僕のうちだから誰か連れ込んだりは無し。それだけは約束してくれないと追いだすからね」
 これだけはハッキリ約束させておかないと青柳のことだから何があるか分からないと冬夜は考えてしまったのだ。誰と彼が寝ようが冬夜自身には関係ないとは思うのだが、やはり自分のうちに連れ込まれたのだという雰囲気が残っているだけでも気分が悪い。
 というよりそれは止めて欲しいのだ。
「……」
 言い終えると何故か不服そうな表情を青柳は向けてきた。やはりホテル代わりにする予定があったのだ。
「なんだよその顔。それって、思い切りここに連れ込む予定があったって感じだよな……」
「……そんなことしねえよ……。言っておくけど俺の顔はいつもこんなだよ」
 ムッとしたまま青柳は言った。
「……ならいいけどね……信用するよ……」
 こちらが悪いわけでもないのに、何となく疑ってしまったことに冬夜自身が申し訳ないなあと言う気持ちになったのが不思議であった。
「信用してくれて良いぜ……」
 急に機嫌直したのか、笑顔で青柳は言った。結構単純なのかもしれない。
「そうだ、何時頃帰ってくるんだ?」
「え、う~ん……12時越えないくらいだと思うんだけど……」
 冬夜は時計を確認してそう言ったが、どうして青柳がそんなことを気にするのだろう。
「どうしてそんなこと聞くんだい?」
 時計から顔を上げて冬夜は聞いた。
「ん?意味なんてねえけどな……一応居候の身はそういことも気にした方が良いのかと思ってさ」
 居候などと本当に思っているのだろうか?
 青柳はまるで自分の家にいるようにくつろいでいるのだ。だから全く居候などというそぶりはない。冬夜は溜息をつきながらリビングを出て玄関に向かうと、シューズボックスから靴を取り出して履いた。
 今晩は帰ってくると明かりがついてるんだなあ……
 ふとそのことに冬夜はなんとなくであるが、嬉しいなあと考えている自分がいることに気が付いた。
 飲み会よりも、灯りのついているうち……の方を楽しみなのはどうしてか冬夜にも分からない。ただ自分以外の誰かが居るということは、例え相手が自分待っていてくれなくても、そこにいてくれるのだと思うだけで温かい気持ちになる。
 なんだか……
 僕は帰ってきたときの事を楽しみにしてる……
 変だな……
 自分の気持ちが揺れ動いていることを認めることが出来ず、冬夜はマンションを後にした。

 駅に着き、隆史を待っていたのだが来る様子がない。大抵隆史は5分くらい遅れてくるのが常なのだが今日は既に三十分経過していた。
 携帯をかけて見ようかな……
 キョロキョロと辺りを見回し、隆史らしき人物がやはり見あたらない事で冬夜は携帯を取りだし、隆史に電話をしようとした。
 するとメールが入ってきた。
 隆史からだ……

 悪い。一時間くらい遅れるから先に店に行って待っていてくれよ

 何かあっただろうか?
 そのメールに冬夜は返事を出すと、添付されていた店の住所を頼りに目的の場所を探し当てると中に入って隆史を待つことにした。
 そうしてとりあえずビールを頼み、ぼんやりと時間を過ごす。冬夜は結構こういう時間が好きだった。何をするわけでもなく、心に思うことをだらだらと考え思いを馳せていると時間は結構潰せるからだ。
 それにしても……
 青柳くんの大切な人って誰だろう……
 隆史から聞いた、日本にいる大切な人が冬夜は気になっていた。だが青柳の態度からはそんなそぶりが見えない。だから余計にどんな相手か見てみたいのだろう。
 女性だろうか?
 それとも男性?
 どちららにしてもその質問を青柳に投げかける権利は冬夜にはない。
 まあ……
 僕には関係ないんだ……
 俯き加減に指先でコースターを転がしていると、鈴木の声がした。
 振り返ると鈴木が冬夜の斜め後ろに座って携帯に向かって叫んでいたのだ。周囲の人間もチラチラと鈴木の方を窺っている。
 鈴木が冬夜に気が付いている様子はない。丁度二人の間には観葉植物が置かれており、よく見ないと向こう側が見えないようになっているからだ。
 誰と話しているんだろう……
 そう言えばこの間も青柳くんともめてたよな……
 まだ鈴木くんは青柳くんを引きずっているのだろうか?
 だが、一度相手が冷めてしまった場合、いくら追いかけても無駄なことを冬夜は身を持って知ってた。すがりつけばすがりつくほど相手は冷めていく。だが追いかける方は逆に逃げられると余計に追いたくなる。
 そういうものだ。
 だけど鈴木くん……
 全然ゲイに見えないよ……
 あ、青柳くんと寝てから目覚めたとか?
 ……
 なんだかピンとこないけど……
 もちろん冬夜も局で取り繕っているせいか、疑われたことはない。
 世間とはこんなものなのだろう。
 黙ってさえいれば、余程怪しい行動さえしなければ誰も気付かないものなのだ。
 一度は逸らせた視線をもう一度鈴木に向けると、彼は丁度携帯を終えて顔を上げたところだった。間が悪いことに今度は目が合ってしまった。
 カウンターの方に来るかな?
 ドキドキしながら冬夜は何食わぬ顔でビールを一人飲んでいると、鈴木が席を立ってこちらに来たようだった。
「浅木さん……何してるんですか?」
 冬夜の真横に立ち、目を丸くさせた鈴木は本当に驚いていた。だが驚いているのは冬夜も同じだ。
「僕は友人と待ち合わせなんだ。鈴木くんは誰かと待ち合わせかい?」
「……待ち合わせしていたんですけどね……ふられちゃったかも……」
 苦笑いしながら鈴木は言った。
「用事っていうのは急に入るから、鈴木くんの友人も忙しいだろうね……こういうときは仕方ないと諦めるしかないよ」
 この間の事は何も言わずに冬夜は、いつもの態度で言った。
「僕が待っていたのは……誰だか分かるでしょう?」
「まさか僕だったりしてね……」
 笑いを取ろうとしたわけではなかったが、冬夜は冗談っぽく言った。あまりにも鈴木が深刻そうな顔をしていたからだ。
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