Angel Sugar

「真実の向こう側」 第4章

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 局入りすると廊下でディレクターの溝口に冬夜は声をかけられた。溝口は性格的に悪いタイプではないが、全体的に痩せているせいか一見すると神経質っぽい感じが漂う。だけど確かに胃腸をすぐに患うタイプであるところを見ると、以外に見た目そのままの性格をしているのかもしれない。
「浅木ちゃん。昨日はどうしちゃったの?」
 ああもう……
 僕はそんなにおかしかったのだろうか?
「昨日はご迷惑をかけてしまって……ちょっと腹の調子が悪くて……」
 腹など悪くもないのに冬夜はそう答えた。
「気をつけないとせっかくの出世街道真っ逆様だよ……気をつけるんだね」
 神経質そうな小さな目をちらちらとこちらに寄越して溝口は言う。
「はい……ご心配をかけました」
 精一杯の笑みを冬夜は浮かべた。
「そういえば昨日はADの鈴木君も変だったね……。君達、同じ昼ご飯でも食べたのかい?」
 ……
 鈴木くんもか……
 彼の場合はまた別だろうけど……
 昨日、資料室で見た事を思い出した冬夜はそんなことを考えた。
「さあ……それは分かりませんが……鈴木君も昨日変だったのですか?」
「ああ……色々ね……。気付かなかったら構わないさ……じゃあ……」
 溝口は自分が言いたいことを終えると冬夜から離れていった。
 鈴木くん……
 ショックだったのかな……
 かなり惚れ込んでるような感じだったし……
 
「……僕は……真剣だったんだ」

「……やめてくれよ……愛だの恋だの語るつもりじゃねえだろうな?気持ち悪いっての。俺はそんなつもりなかったんだから……」

 所詮遊び慣れた男だと認識しないとああいうタイプは後で泣くことになる……
 冬夜自身は別に経験が豊富なわけではないが、こういう業界にいるせいかそれがよく分かる。虚飾の世界の住人に一般人が本気になったところで夢から覚めたときの現実が酷く辛いだけなのだ。
 鈴木くんはかわいそうだけど……
 良い経験になっただろうし……
 僕はこんな風だから大丈夫だけど……さ……
 気を取り直してアナウンスルームに歩き出そうとするとまた声をかけられた。
「浅木さん……ちょっと……」
 問題の鈴木だ。
「なに?」
 昨日あの資料室に冬夜がいたことを鈴木は知らないはずだから、ここは平静を装っていつも通りに接するのが良いだろうと冬夜は判断した。
「浅木さんは……誰か好きな人がいるんですか?」
 なんだ……
 そうくるか……
「最近までつきあっていた人に振られてね。こういう仕事をしていると彼女もついてこられないみたいだよ……」
 誰かとつきあっているかどうか人に聞かれると、冬夜はいつもこういう風に答えることにしている。これが一番無難だからだ。だがこんな質問をしてくるのは何故だろう。
 冬夜には鈴木の本意が分からない。
「……そうなんですか……やっぱりアナウンサーの仕事って夜遅いですし、なかなか休みも取れませんから仕方ないんでしょうかね……」
 言って笑う鈴木の表情がやや強ばっているのを冬夜は見逃さなかった。
「鈴木くんはどうなんだい?君なら可愛い彼女の一人や二人いるんじゃないの?」
 社交辞令とは言え、事情を知っているだけにあまり言いたくはなかった言葉だ。
「そうですね……今はフリーです」
「じゃあ鈴木ちゃんも来る?今度コンパするのよね、冬夜さん」
 突然冬夜達の会話に割って入ってきたのは中隅だった。
「……中隅さん……」
「やあねえ、恋の相談は任せてよ。今はフリーだの振られただの適齢期の男性の話題じゃないでしょう」
 しっかり聞かれていたようだ。
「はは……まあね」
 とりあえず冬夜は笑うことで誤魔化す。
「ってことで、コンパのメンバーには入ってるからね」
 何故かすでにメンバーに入れられている……
 だけどここだけでも頷いておいた方がいいかもしれない……
「そうだね。やっぱり彼女は欲しいし……」
 そんなものは必要がない。だが付き合いというものもある。冬夜はそう自分に言い聞かせることにした。
「……え……あ……」
「鈴木ちゃんも行こうよ。遅くからのコンパだし、ほかの女の子とも話をしたんだけど、局内の食堂でやってもいいんじゃないの~って方向になってるの。なら時間のことも気にならないでしょうし、他の人も気安く入ってこられるでしょう?綺麗所連れて行くから……」
 何もしらない中隅は鈴木に絡んでいる。
「へえ……コンパするんですか?じゃあ混ぜてもらおうかな……」
 突然後ろからそう言ったのは青柳だった。
 もううちから出てきたのだろうか?
 昼からだと言ってなかったか?
 冬夜は予想も付かなかった青柳の乱入に驚いたのだが、当然、表情には出さなかった。
 どんなときでもキャスターは表情を取り繕うことが出来る。身内が亡くなってもテレビのお茶の間で見ている人に不快な表情を見せてはならないからだ。
「ええっ……青柳くんも来てくれるの?うっそ~マジで?じゃあさ、青柳くんの友達にも声をかけてくれたりしない?そうすると私も女の子達を誘うの楽なんだよね」
 冬夜や鈴木に見せていた笑顔とは明らかに違う笑みを顔に浮かべて中隅は言った。よほどモデルというブランドがお気に入りらしい。
 本性を知らないというのは幸せなのだろう。
「良いですよ。綺麗な男を連れて行きますけど……誰か希望はいますか?」
 青柳は言いながらも僕の方に視線をチラリと寄越して見せた。何処か意味ありげなその表情に肩を竦めるしかない。
「ね、お昼に時間ある?良かったら打ち合わせしながらお昼一緒に食べない?」
「構いませんよ」
 営業用の笑顔で青柳は返す。冬夜よりすごい仮面をかぶることが出来るようだ。
「そろそろいかないと……じゃあ……」
 鈴木がそう言ったことで冬夜も我に返った。
「あ……僕も行かないと……」
 冬夜はもう誰の方も見ずに、きびすを返して足早にそこから離れた。

「よう~おはよう。なんだ昨日と比べて随分すっきりした顔をしてるなあ」
 何かを敏感に感じたのか、海堂はアナウンスルームに入ってきた冬夜の顔を見るとしたり顔で言った。
「昨日はゆっくり寝ましたから……」
 睡眠時間はそれほど長くはとれなかったのだけど、違うところが満たされただけで、すっきりした表情になるのだろうか。冬夜自身には表情の変化は分からないのだが、他人から見ると何処か昨日とは違うのかもしれない。
「そういや佐代子ちゃん見なかったか?」
「……あ、なんだかコンパに燃えてますよ。モデルの青柳くんも引き入れていましたし……」
「ふうん。女はやっぱりルックスか……」
 チッと舌を鳴らして海堂は言った。
「あれだけ綺麗に生まれたら僕もモデルになれたかも……」
 真顔で冬夜が言うと海堂は笑い出す。
「それは無理無理。あの世界はかなりやばいぞ。浅木くんみたいなタイプはすぐに食われちまう」
「食われるって……なんですか?」
「浅木くんは自覚してないかもしれないけどなあ、結構かわいいタイプの男だからなあ……」
 褒められているのだろうか?
 それともそれっぽく見えると言いたいのだろうか?
 もし僕の態度がそんな風に見えるなら少し考えなくてはいけない……
 本気で冬夜は自分の性癖を隠しているのだ。少しでもそんなそぶりを見せてはならないとどれだけ日々自分に言い聞かせているか分からないほどだ。
「かわいいって……女性なら言われても嬉しいでしょうけど、僕はちょっと……」
 苦笑いしながら冬夜は言った。
「……いや……分からなければそれでいいよ。浅木くんの良いところだろうし……」
 ……
 なんだか僕って……
 実は思い切り男に好かれるタイプだと思われてる?
 まずいなあ……
「海堂さんみたいに僕はなりたいんですけどね……」
 人当たりが良くて、機転が利くタイプが冬夜のなりたいキャスター像だ。この差がきっとサブかそうでないかを分けているような気がする。
 冬夜がまだぺーぺーの頃、海堂の持つ機転にどれだけ助けられたか分からない。そんな海堂に一時期は恋に似た感情も持ったことがあるが、あこがれと恋とは違うのだと学ぶことになった相手が海堂という男だ。
 意外に僕はほれっぽいのかも……
 優しくされると、それがただの後輩に対するものであっても、冬夜はくらりと来たものだ。あのころは若かったのだと、それほど年齢を重ねていない冬夜なのだが悟ったような気分になる。
「やめとけって……俺みたいになったら嫁さんと家庭内離婚するぞ……」
「そ……それは嫌です」
「真剣に言うなよ……」
 苦笑して海堂は言った。
「真剣なんですけどね……」
「そういえば青柳……な」
 急に海堂の口調が変わる。
「はあ……?」
「あいつ両刀だってよ」
 ……
 知ってる。
「そうなんですか……」
 今知ったという口調で冬夜は言った。
「それでな。お前が噂に疎いのは分かっているし、俺もいちいち浅木くんに話したりしないんだが……妙な噂を聞いた」
 う~んと唸った海堂はどことなく真剣な様子だ。
「はあ……」
「あいつキャスターというか、ニュースでコメントする奴がとにかく嫌いらしい」
 海堂は片眉を少し上げて、目線を上げる。
「……嫌いって?どうして?」
「昔なんかあったんだろうって話だけどな……。その辺は俺も聞かなかったが……。ほら、土日のゴールデンタイムでやってる報道世界ニュースの田上さん。浅木君も知ってると思うけど、なんだかその内容で随分と青柳と言い合ったらしい。田上さんは東大卒のエリートなのは知ってるよな?それが……言い負かされたんだと。何を言い争ったのまでは俺も忙しくて聞いている暇がなかったんだが……」
 海堂はあごをなでながら何処か遠くを見て言った。きっと話を聞いたときのことを思い出しているのだろう。
「局でやり合ったんですか?」
 それなら冬夜の耳に入ってもおかしくないことだ。だが耳に入ってこなかったと言うことは何処か隔離されたような場所でやりあったのだ。
「ああ、だが、トイレで言い合っていたのをうちのスタッフの飯島さんが偶然聞いたらしい。途中からだったから内容がよく分からないとは言っていたけどね」
「……田上さんとやりあうなんて……僕には出来ませんけど……」
 田上はひと言で言うと切り口が人と違った。だから冬夜たちがその日にあった事件や話題、スポーツに天気というごく普通の内容であるのとは逆に、世情にあった一つのテーマをまず特集としてくみ、そのあと簡単に一日のニュースが流れる番組を持っていた。
 冬夜にはとてもそれは出来ない。
 頭が優秀だけでは選ばれないのだ。田上は的確に社会が望むテーマを追いかけ疑問を投げかけるという素晴らしい才能を持っていた。その田上を言い負かすことができる青柳は一体どういう人間なのだろうか。
 冬夜には全く青柳という男が理解できなかった。
「青柳くんってただのモデルですよね……」
「そう聞いてるけどね……」
 海堂はまだ考え込んでいる。
 そこに中隅さんがやってきた。
「聞いて~今度のコンパものすごいことになりそう~」
 嬉しそうに中隅が言った。青柳とあれから多少の話をしたのだろうか?
 何となく冬夜は気になったが、そんなそぶりは見せなかった。
「なに?どうしたの……」
 話の腰を折られた所為で、やや表情が曇ったものの、海堂はすぐに気持ちを切り替えたようだ。
「青柳くんがモデルの綺麗所連れてきてくれるって約束してくれたのよ。詳しい事は今日のお昼に話をするつもりなんだけどね……なんだかわくわくしてきたわ~」
 上機嫌の中隅はそう言って笑った。あまり興味は無かった冬夜だが、とりあえず笑って表情を取り繕った。
「へえ……そりゃまた……」
「頼んでみるものね。当たって砕けろとはこのことよ。これで女の子達も呼びやすくなったし……」
「それって……僕たちじゃあ役不足って言いたかったのかなあ……」
 社交辞令的に冬夜が言うと中隅さんは当然だというような顔つきになった。
「あたりまえでしょ。やっぱり男はブランドよ……」
 ……
 ブランドね……
 キャスターはブランドにならないのかな……
 やっぱりモデルの方が華やかではあるけど……
 あ……
 いや……
 別に僕はそのことについて興味はないし……
 一人で心の中でぼけている自分に気が付いた冬夜は思わず苦笑がこぼれた。
「なんだあ……浅木くん乗り気だね……」
 ひゅっと口笛を鳴らして海堂は言った。
「乗り気というほどではないですけど、女性と知り合う機会が滅多にないので、少しだけ嬉しいかなと……」
 当たり障りのない言葉を選んで冬夜は言った。だが言いながらそんな自分に自己嫌悪を感じているのは仕方ないだろう。自分が同性しか愛せないと言うことを公言できるならまだしも、隠すと決めたからには疑われるような言動も、態度も見せられるわけなど無い。ごく一般的な言葉を適当に組み合わせて乗り切るしかないのだ。
 そんな自分が嫌で、そして可哀相だと思うが仕方ない。
 時折、すべてぶちまけてしまいたくなるが、それは一瞬の衝動で今まで実現したことなど無かった。ばれてしまうとやっかいなだけだから。
 僕は将来メインキャスターになりたい……
 では隠し通すしかないのだ。
「さて俺は……別番組があるから行くか……」
 海堂は言って立ち上がった。
 メインキャスターともなるとあちこちから声がかかる。サブではまだ一人前には見てもらえない。その分雑用はすべて冬夜に回ってくる。
 これも今が修行だと思うことにして冬夜は自分のなすべき事に集中することにした。

 夕方のニュースではここ数日連続している放火事件を扱うことになっていたため、冬夜はその被害者になった人たちや、目撃者へ電話取材を行った。それが済むと丁度昼時であったので、そのまま食堂へ向かった。
 一人で食事をとることも冬夜は多いのだが、今日はその日だった。冬夜はいつものようにランチを頼むと窓側の席に座った。
 すると携帯がメールを届いたことを知らせてきた。一瞬、どきりとしたが、毎朝来るメールは携帯メールまでは知らないはずなだ。嫌がらせメールの方は局で作っているホームページに置かれた冬夜専用のご意見メールのアドレスに届く。そちらは公開されているだけに誰が送ってきても仕方のないことだとあきらめることにしていた。
 携帯の表示を見ると隆史からだった。
 ちらりと食堂の厨房の方を見ると、隆史が手を振っていた。
 全く……
 仕事しろよ……
 苦笑しながら内容を読むと、今朝告白した内容についてかかれていた。

井澤
 な、今いる?

 冬夜はランチを食べながらメールを片手で打った。

浅木
 いないよ。よく局にいる人間だって分かったな。

するとすぐに返事が返ってきた。まったくよほど暇なようだ。

井澤
 キャスターなんて不規則な仕事で、しかも男の彼氏を見つけようと思ったら身近な人間しか考えられないだろう?

 その鋭い推理?に冬夜は更にメールを返そうとしたが、視線の先にあるテーブルで中隅と青柳がなにやら親しそうに顔をつきあわせて話をしているのが視界に入った。
 ……
 いるじゃないか……
 しかも今度は中隅さんか?
 呆れたなあ……
 そういう奴なんだろうな……
 隆史に冬夜はこう打った。

浅木
 隆史が気に入っているお天気お姉さんと話している男だよ。

 厨房の方を見ていると、隆史が首だけを伸ばしてきょろきょろと食堂内を見回しているのが冬夜に見えた。その姿が何故か可笑しい。
 またメールが届く。

井澤
 うわ……
 なんだかやばそうなタイプじゃないか……
 あれは遊び人って言わないか?

 その通りなんだよなあ……
 だが冬夜は昨晩あったことに対し別に後悔もしていないし、いま中隅と話していることで青柳が気になるわけでもない。これは一晩だけの遊びだったのだと冬夜は割り切っている。だから隆史の慌てふためく様子の方がどちらかといえば見ていて気になったのだろう。

浅木
 まあね……
 両刀らしいし、女性も好きなんだろう。

井澤
 それでいいのか?

浅木
 これは恋じゃない。

井澤
 珍しいな……
 でもまあ、冬夜が納得してるならいいけどさ……

浅木
 納得するも何も、一晩寝ただけの男だし……

井澤
 冬夜も言うようになったなあ……お父さんはなんだか寂しいぞ

 そのメールで冬夜は吹き出した。だがそんな冬夜に周囲が驚いた顔を向ける。
 まず……
 目立っちゃったよ……

浅木
 おい、笑わせないでくれよ……。変な人みたいだろう。

井澤
 変な人はどうでも良いけど……。その男、冬夜に近づいているぞ。

「え……」
 冬夜が携帯の画面から顔を上げると目の前に青柳が立っていた。

「何やってるんです?楽しそうですね」
 昨晩とは違う口調で青柳は言った。だが瞳が怒りに燃えているように見えたのは気のせいだろう。
「ああ……友人とメールをしていたんだ……結構暇つぶしにいいよ……」
 携帯をポケットに戻して冬夜は言った。
「仲がいいんですね。そのお友達と」
 ……
 なんだかつっかかってくるな……
「親友なんだ……」
 そう……
 冬夜のたった一人の理解者だ。
「そんな幻想を信じている男が今もいるなんて国宝級ですね」
 さらりと言ったその一言に冬夜は驚いた。だが周囲から見ると楽しそうに雑談しているようにしか見えないだろう。青柳はただにこやかな顔で話しているからだ。
「幻想でもいいさ……。君こそいいのかい?」
「俺は別に構わないさ……適当適当」
 のらりくらりとした態度に冬夜はどう言葉を繋いで良いか分からなかった。
「そう言えば……鍵まだ返して貰ってなかったね……」
 冬夜が小声で言うと、青柳はクスクスと笑って顔を近づけてきた。
「俺の……って言っても良いか?」
 ……
 って……
 昨日だけの筈だろう?
「それが無いと僕は今晩うちに入られないんだ……」
 スペアは家に置いたままだった。
「土日って休みだよな?何してるの?」
 青柳はテーブルに置いてある、胡椒の入れ物を指先で廻して言った。
「君に関係あることかい?」
 呆れた風に冬夜が言うと、青柳くんはニッコリと笑う。
「久しぶりみたいだったし、恋人なんていねえんだろうな……」
 その青柳の口調は明らかに冬夜を馬鹿にしていた。
「それも君に関係ないよ」
「冷たいなあ……一晩楽しませてやっただろ?」
 言って青柳は髪をかき上げる。やはり彼の癖のようだ。
「ここでそういう話は止めてくれないか?」
 例えこちらの会話が聞こえる場所に人がいないとしても、妙に見られると困る。
「ゲイのくせに……自分の嗜好を隠してるんだ……」
 じっとこちらを見つめて青柳は言う。
「……」
「大人って嫌だなあ……そうやって取り繕って生きたって何も面白いことないじゃん」
 もちろん彼のように公言して廻るほど強ければいいだろう。それが許される仕事なら尚良い。だが冬夜自身は強くもないし、許される仕事でもない。
「人にはそれぞれ立場ってあるだろう?君が出来ても僕には出来ない事だってある」
「思いこんでるだけじゃん。まあいいけどさ……」
 窓の外を眺めながら青柳は言った。整った顔立ちは明るい中で見ると余計に目を引く存在だ。サラサラの髪は触れたくなる。均整の取れた体つきは細いわけではない。この身体で冬夜を押さえつけたのだから、力はあるのだろう。
「最初の話しに戻るけど……鍵を返してくれ」
「今晩返しに行くよ」
 青柳はそう言って立ち上がった。
「……君は……一体何を考えているんだ?」
「さあ……何だと思う?」
 ニヤリと笑う口元から犬歯が覗く。その犬歯で冬夜は己の胸元に噛みつかれたことを思い出し、身体の奥が疼いた。
「……君が分からない……僕をどうしたいんだ?」
「……」
 その言葉に青柳は何も応えずに去っていった。
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