「真実の向こう側」 第23章
「……はあ……はあ、はあ……」
自分のしていることが酷く情けなくなった冬夜は、思わず頬に涙が伝う。その表情にやや青柳の顔が曇ったかのように見えた。だがそれも一瞬のことだった。
「……だから……愉しめよ……」
言ってこちらの口元に噛みついてくる青柳のキスは、口内を隅から隅まで味わうような愛撫をしてくる。すると身体の奥から甘い疼きがわき上がるのが感じられた。
「……ん……」
目を閉じて必死に冬夜は気持ちを落ち着かせようとするのだけど、甘い痺れが身体を覆っていくのを止めることが出来ない。
「で……もちろん、自分でやるんだろ?」
口元を離した青柳は意味深な瞳をこちらに向けた。
「……え……」
キスだけでぼんやりとしていた冬夜は青柳が何を言ったのか最初、分からなかった。
「だから……自分で広げろよ……俺は手を出さねえからな……」
クスリと笑って青柳はじっとこちらを見る。
「それは……」
出来ない……
そんなこと今までだってしたことがない……
「出来ないって言いたいのか?ふうん……じゃあ隆史ちゃんに頼もうかな……」
「青柳くんっ!」
非難するような声を上げた冬夜に青柳は冷たい瞳を落としてくる。これが本当に今まで冬夜に向けていた心の姿なのだろう。
「じゃあやってみせろよ……」
有無を言わせない口調が冬夜に突き刺さる。決して許すことのない声と瞳。
「……」
仕方なしに冬夜は羞恥で歯を食いしばりながらも自分の手を後ろに回して、いつもは誰かに開いてもらう場所を指先で弄った。
「……く……」
恥ずかしさと、情けなさが入り交じった感情が、頭の中を駆けめぐる。辛いとか悲しいとかそいういうものではなくて、冬夜にも少しだけ存在するプライドがうち砕かれていくような感覚だ。
「……ほら……そんな、なっさけねえ顔するんじゃねえよ……」
からかうように言う青柳を冬夜は精一杯睨み付けながらも自分の行為に没頭した。
下に身体を伸ばしている青柳の身体をまたいだ形で膝を折り、必死になる冬夜はさぞかし滑稽に見えることだろう。こんな姿も青柳からすると楽しくて仕方がないに違いない。
「……う……く……」
ギリギリと歯を食いしばり、更に指を使った。だが痛みしか感じず、ひたすら空しい。あまりの情けなさに冬夜の頬に再度涙が伝う。それは青柳の腹に落ちてシーツへと流れていった。
「……あんたって……」
苦虫をかみつぶしたような青柳の表情が冬夜を余計に落ち込ませる。
「なんだっ!ちゃんと……ちゃんとやってるだろうっ!」
精一杯の虚勢を張って叫ぶように言う。叫ぶことしかもう出来ない。これ以上何を言えばいいと言うのだ。
「……そうだな……」
青柳は口元にうっすら笑みを浮かべているが、決して楽しんでいるようには見えなかった。その表情に冬夜は動揺すら覚える。
暫く自分を石だと思い、感情を殺して必死に指を使っていた。すると青柳の口元が冬夜の胸の尖りに触れ、そのまま口内に誘われた。
「……あ……っ……」
キュッと歯で軽く噛みつかれ、冬夜の胸元は仰け反る。だが逃げることは許されなかった。
「立ってる……」
尖りの先端にキスを落とされ、冬夜は自分自身がどうしようもなく高揚するのが分かった。こんな風に扱われても己の身体は感じるのだ。そこには理性ではどうにも制御できないものがある。
「……は……あっ……」
腹の柔らかい部分を舐め上げられ、息が上がり、先程まで己の後腔を弄っていた指先は痺れて言うことをきいてくれない。
「……ひっ……や……め……」
青柳の手が冬夜の股下にぶら下がっているモノを掴み、手の内で転がす頃には身体は降参していた。快感に弱いのか、これは仕方のないことなのか冬夜にはもう判断が付かなかった。
「腰……おろせよ……」
うっとりとそう言われ、冬夜は囁かれた声に促されるように腰を落とした。するとまだ堅い、こちらが受け入れる場所は、ピリピリとした引きつった痛みを伝えて冬夜を苦しめる。この辺りが限界なのだろうが、許してくれはしないだろう。
「む……無理……っ……あーーーっ……」
ぐいと腰を捕まれ無理矢理膝を折らされた冬夜は、急に入ってきた青柳のモノに身体を裂かれてしまうかと思うほどの痛みを感じた。
「かてえこというな……っ……狭いな……相変わらずだ……」
痛みで震える体を堪えながら冬夜は浅く息を何度も吐きだした。だが痛みは治まらない。
「……あ……ああ……」
腰から太股にかけて青柳は何度も指で撫でさすってくる。その手の動きはまるで恋人に対するような優しさがあった。
信じられない……っ!
分からない……
僕は……
痛みで麻痺した頭ではまともに何かを考えられないのだ。
「動けよ……ほら……」
ぐいと身体を引っ張られて冬夜はうめき声を上げた。止まらない涙だけがぽろぽろと青柳の腹や胸を濡らす。
「……あ……僕は……」
涙で濡れた瞳は視界をかすませ、もう青柳が今どんな表情をしているか分からなかった。ただ苦痛だけが身体を支配して、どうにかなってしまいそうだ。
「これでおしまいか?あんたの友情はそんなものか?」
歪んだ視界の中、冬夜は歯を食いしばって腰を動かし始めた。既に痛みしか感じない挿入はただの拷問でしかない。それでも冬夜は必死になった。
身体に感じる痛みはどうでもいいのだ。
これで本当に終わりに出来るならそれでいい。
長年蓄積された僕への恨みや憎しみが、少しでも晴れるなら……
青柳くんがこんな僕を見て、心が安らげるなら……
隆史のことも不問にしてくれるなら……
それでいいんだ……っ!
「……あ……ああ……あ……」
絶え間なく落ちる涙は痛みと悲しみで一杯だ。
僕はこんなセックスでも感じている……
それが事実だ。
隠しようもない僕の本心だ。
僕は……
こんな風に扱われながらも……
こんな男の事が……
好きだ……
「もういい……」
いきなりそう言った青柳は、冬夜の身体を抱きしめてきた。その力強さに喉の奥から冬夜は呻く。
「……僕は……まだ大丈夫……出来る……」
喘ぎながらようやく言葉を紡いだが、青柳はこちらの身体を離すつもりはないようだった。
「……あんた……友達思いだな……。あいつも……同じだ」
「青柳……くん……?」
「抜けよ……」
「……え……」
「抜けってっ!」
今度はどうしたいのだろうと思いながら、冬夜は身体をなんとか離した。だがすぐに青柳に抱き込まれてベッドの上に組み敷かれた。
「……次は……なんだ……」
抱きしめられた身体は青柳の顔を見えなくさせている。今、どんな顔をしているんだろうと思うが見えない。
「もういい……」
「……それは……一体……」
「見てられねえんだよっ!」
言って更に拘束する力を青柳は強めた。
分からない……
何が起こっているんだろう……
「……そんな下手だったかな……」
涙で一杯一杯になっている目を閉じて冬夜は言った。身体のあちこちが痛く、次に何か言われても出来るかどうか分からない。
「そうだな……下手だな……」
先程までの激しい口調はではなく、淡々としたものだ。呆れているのか、冬夜の情けない姿に気分をそがれたか。
「ごめん……こういう経験は無いから……」
不思議とすんなりと冬夜はそう言った。
「俺は……ちったあ嬉しかったんだぜ……」
「……なに……が?」
「俺に会いたくて連絡くれたんだと思った……」
「……まさ……か……」
それの何処が嬉しいのか冬夜には理解できない。今はまともに思考が働かないからだろう。
「友達のためなら何だってするんだな……呆れた……」
「当たり前だよ……隆史は……僕のたった一人の理解者なんだ……」
大切な……
大切な友達だ……
「……」
「で、……どうするんだ……?滅茶苦茶に犯すか?いいよ……それで君が満足するなら……」
閉じた目を開けずに冬夜は言った。
「だな……そうするか……」
冬夜の肩に埋めていた顔を上げ、青柳はこちらをじっと見下ろしている気配だけが感じらる。次に来るのは怒りだろうか?それとも……。
「好きにして良い……」
覚悟していたことだ……
しかも……
望んでいる僕がいる。
滅茶苦茶にされたいと……
犯されたいと思ってる。
「後悔するなよ……」
言って青柳は冬夜の頬にキスを落とした。
閉じた瞳を冬夜は最後まで開けることをしなかった。
冬夜を呼ぶ声が遠くから聞こえていた。
「冬夜……」
青柳の声だ。
「冬夜……」
こんな風に真剣に名前で呼ばれたことが一度だけあったなあと、冬夜はぼんやりとした意識の中に浮かべた。だが意識は半分目覚めているのに身体がぴくりとも動かない。多分散々青柳に貪られた為に動かないのだろう。
今日は一日身体が辛いな……
うっすらと目を開けて、声をする方を目だけで確認すると、冬夜の身体は青柳の腕の中にすっぽりと入ったまま抱きしめられていた。
あれ……
どういう状況なんだ。
まだ頭は霞がかかったような状態で現状が把握できない。
「……冬夜……」
何度目か分からない呼びかけに冬夜は答えることもなく薄く開いた目だけをキョロキョロとさせた。するとどうも青柳はこちらの頭を何度も撫で上げて、口元を額より上の部分に乗せているようだった。
ど……
どういう事なんだよこれ……
冬夜の両足は青柳の両足に絡められてがっちりと抱き込まれている。この状態で寝てしまったのだろうか。
「冬夜……」
特別な想いをこめたような青柳の囁きは冬夜をまた動揺させるのに十分だった。
「青柳くん……?」
恐る恐る声を掛けると、暫くしてから身体が離された。
「起きたんだ……」
にこやかに笑う表情は何処か翳りがある。
「ああ……身体は動かせないけどね……」
ベッドに投げ出した身体を動かすことなく冬夜は言った。
「あんたが好きにして良いって言ったんだろう。知るか」
言って青柳はベッドから降り、バスルームに向かった。時間を確認するとまだ七時前だ。もう暫く身体をこのままにしておいても局に遅刻せず行けるはずだった。
シャワーの絶え間なく降り注ぐ音がここまで聞こえてくる。
身体はあちこち痛いのだけど、何処か満足している自分がいるのはきっと性欲が満たされたからだろう。その代わり違う部分が空しく、寒くもないのに氷点下の中にいる気分だ。
もう涙は出ない。
散々泣かされた瞳は、乾いて目薬を欲しがっているのが分かる。局で差せば良いんだと思いつつ冬夜はシャワーの音に聞き入った。
青柳くん……
僕たちはどうしてこんな出会いをしたんだろうね……
もし……
僕がキャスターじゃなかったら……
いや……
あんな発言をしなかったらまた違う出会いをしたような気がする……
なら……
僕たちは恋人同士になれたのかな……?
……
何を僕は考えてるんだろう。
馬鹿だな……
そう。
何処まで行っても僕は馬鹿だ。
分かってる。
シャワーの音はもう聞こえない。その代わり青柳はすでに衣服を着た状態で出てくるのが見えた。
「出かけるのかい?」
「色々忙しいんでね……」
「そう……」
「ここ、今日で引き払うから……さ」
こちらに背を向けたまま青柳は言う。
「いつ帰るんだ?」
「はは……。ようやくあんたも安心できるって事だよな。成田へは明日向かう。だけど俺も色々と用事がね……」
「そう……安心できるよ……」
本音だった。
「あんたには世話になったから良いものやるよ……」
言って青柳はリュックからビデオを取り出した。それをぐったりと身体を伸ばしている冬夜の横にぽいと放り投げてきた。
「なんだ……何が映ってる?」
「あんたとの濡れ場……」
くすくす笑いながら青柳はリュックを背負う。
「……いらないよ……そんなの……」
「冗談だよ。まあ……それをみてあんたがどうするか俺は知らない。だけど好きにすると良い。あ、それはコピー。マスターは違うところに持っていく」
「……え?」
「じゃあな……あんたは最悪だったかもしらないけど、俺は結構楽しかったぜ」
言って振り返った青柳は昨日の冷たい瞳など想像が付かない笑顔だ。不覚にも冬夜はその笑顔に胸が高揚した。
「青柳……くん……」
「そいつであんたサブからメインキャスターになれるさ。だから辞めるなよ。辞めなくていいんだ」
意味ありげに言い、青柳は冬夜の視界から消える。
あと、残されたビデオだけが目線に入り、それは室内灯に照らされて鈍く光っていた。