Angel Sugar

「真実の向こう側」 第8章

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「……何を言って……」
「妙に冷め切った顔をされても面白くともなんともねえ……」
 ちっと口を鳴らした青柳は不機嫌この上ない。
「じゃあ……離してくれ」
 掴まれた腕を冬夜は振ったが、青柳の手は緩まなかった。
「だから……離してくれっ!」
 だが青柳はじっとこちらを見つめたまま何も言わない。
「遊びだと割り切っている男はこんなに退屈なのか?」
 青柳から何故か哀れみを感じた冬夜は、その視線を受け止めることが出来ずに目を逸らせた。
「青柳くん……頼むから……離してくれ……」
 酔いの醒めた身体が心をも冷やしそうだ。
「やだね……」
 半ば引きずられながら冬夜はソファーに身体を倒された。
「……」
 青柳は冬夜の身体をただ抱きしめてくる。この行動をどう受け止めて良いのか冬夜には分からない。それでも青柳からもたらされる体温は冬夜に安堵感と、欲望を同時に起こさせた。
 それは信じられない事だ。
「……青柳くん……」
 問いかけるような口調で冬夜は聞いた。
「あんたは遊びのルールをわきまえてる……」
 何処か寂しげな口調。
「……ああ……」
 青柳の抱擁に、一瞬、夢心地になりかけた冬夜はそれを振り払うように言った。
「俺は……あんたを犯してやりたい……」
 遊び慣れた男から出る言葉。
「分かってる……」
 青柳は身体を起こし、次に冬夜を座らせると無言でスーツを剥ぎ取り、ズボンを下ろす。その間も青柳は何故か冬夜が逃げ出さないようにと足首を掴んでいた。
「……逃げる気はないよ……」
「……立てよ………」
 冬夜は言われるがまま立ち上がり、掴まれた手首を振り払うことも出来ずにソファーに座わり直した。
「……で、あんたは俺のセックスフレンドか?」
 射抜くような目で青柳はこちらを見る。その瞳に屈しそうになるのを必死に冬夜は耐えた。
「……そうだね……」
「何をされても逆らわない……大人の遊びだから……」
 足首を掴んでいた手が、今度、冬夜の肩を掴み青柳は目を細めた。
「……ああ……」
 青柳は、下一枚だけの布を残した姿になった冬夜をソファーに倒して自分の下に組み敷いた。
「……っ……」
「あんた、どんな理由で抱かれても文句言わねえんだな……」
「……合意だからな……」
 逆らうこともせずに言うと青柳はカッと頭に血が昇ったようだ。だが最初からそうだとお互い暗黙のうちに了解していたはずだった。だから冬夜は青柳に対して恋人同士が交わすような言葉を求めたりしない。このうちから追い出す気もない。それの何処に青柳をイライラさせる要素があるというのだ。
「ああ、ああ、言ってろ」
 青柳は手荒く残りの衣服を剥ぎ取った。
「……青柳くん……」
 何を本当は求めているのか冬夜には予想も付かなかった。当然想像することも出来ないでいる。
「優しく締め上げてやるよ……」
 口元に笑みを浮かべた青柳の表情は残酷な笑みを作る。
「そんなことをして……」
 楽しいのかい?と聞きそうになった冬夜であったが、最後まで言えなかった。
「あんたの身体ってな。抱かれているときだけ素直になるんだよ。知ってたか?普段は何を考えてるのかわかんねえのにな……」
 そんな風に言われた冬夜は顔が真っ赤になった。
 そうなのか?
 自分はそんな人間なのだろうか? 
「ち、ちがっ……ん……う」
 侵入してきた青柳の舌は拒む冬夜の舌を今までになく優しく愛撫した。行動と扱いがこれほど違うと冬夜自身、とまどいが隠せない。手荒に扱われたのなら踏ん張れるのだろうが、言葉とは裏腹に、青柳の手の動きや舌の動きはとても優しく心地良いのだ。舌が絡められると、まるで心まで絡め取られそうな気がして仕方がなかった。
 怖くなった冬夜は無意識に青柳を押しやろうとしたが、自分の腕は情けないことに震えて力が入らない。そんな冬夜の両手を取って青柳は口づけてきた。
「僕は……」
 青柳は冬夜の手首に、先程解いたネクタイを巻き付けてきた。そうして両手の自由を奪うと、万歳をしたような形で、冬夜の手をソファーの足にネクタイと共に括り付けた。
「な、なに……」
「優しい拷問って言っただろ……」
 ニッと口元を歪ませた青柳は、また冬夜の上に乗り上がってきた。
「……よせ……あっ……やめろ……っ」
 ちゅくっと胸の突起を口に含まれた冬夜はその刺激に身体を反らせた。抵抗しようにも手首の自由が利かないのだ。ただ、ぎりっと力の入った部分だけが虚しく擦れて手首に痛みを走らせてくる。だが、青柳の愛撫は冬夜の身体のつぼを心得ていて、敏感になっている部分を丁寧に愛撫されるとそんな手首の痛みなど、蚊に刺されたくらいのものでしかない。
「優しくしてやるけど、苛めてもやる……」
 やや身体を起こした青柳は、眼下に横たわる冬夜を見下ろし、そう言い放った。
「……止めてくれ……」
 意味もなく冬夜は青柳の言葉に恐怖を感じた。
「これからだろ……」
 下半身にある冬夜のモノを青柳はまるで何もないように無視し、両足を折らせると太股の内側の柔らかい敏感な所に舌を滑らせ、吸い付いてくる。だが周囲を舐め上げるばかりで冬夜が望む場所には、湿った感触は与えられなかった。
「……何を……」
「バックだけでイっちまえるんだろ?」
冬夜の腰元付近で青柳は笑う。
「……青柳くん……こんな……」
「……」
 青柳はただ無言で足の付け根の部分に犬歯を立てた。すると痛みではなく、快感が身体を走る。それでも一番触れて欲しいところは放置だ。
「あッ……止めてくれて……」
「覚悟しろよ……」
 下半身を執拗に愛撫し、それでも尚、青柳はグッタリとしている冬夜のモノには一切触れては来なかった。じくじくとした感覚が己のモノから伝わってくる。その所為か身体が小刻みに震えた。そんな冬夜のことを青柳が気が付かないわけがない。だが、青柳は素知らぬ振りで自分の行為に没頭していた。
「あっ……はあっ……いや……だ……」
 根元近くを青柳の舌は這う。だが無視を決め込まれた冬夜のモノは半分勃ったままで舌など触れてこない。舌は執拗に冬夜のモノがある部分の周囲のみを舐め回し、快感を欲しがる冬夜の欲求がどんどん追いつめられていく。だが、触れることも出来ないモノをどうあっても解放することが出来ないように手を縛られている為に、自分で慰めることも出来ずにいた。
 快感が苦痛になり、身体をあちこち傷だらけにされているような気分が冬夜を苛む。目から涙がボロボロとこぼれ落ちて、目の焦点がぶれはじめた。懇願する言葉すら青柳は無視し、冬夜の喉から出るような息が自分の耳を掠めていく。
 それでも青柳は一向に冬夜を楽にさせてはくれなかった。
「辛そうだな……」
「……僕は……」
 青柳は口に含んでいる襞の一部を離さず、指で蕾の周りをほぐし始めた。
「……ひっ……あ……。や……や……」
 指がぬるりと冬夜の内側に侵入し、次に迎えるものの為にその場所を内側から押し広げるように動かされた。すると放置されたモノがびくりとそれ自身に意志があるように、びくりとしなった。
「……俺は我慢できないから先にイカせてもらうぜ……」
 そう言って青柳は冬夜の両足を抱えて自分のものを内側に沈めた。背骨を伝ってやってきた甘い痺れは冬夜の頭の奥を快感でかき混ぜ、息を更に荒くさせる。それでも肝心な部分には触れる気が青柳にはない。 
「……あっあっ……やめ……はあ……はあ……」
 青柳が腰を動かしはじめると冬夜はもう口を閉じていることが出来なくなった。身体中が痺れて言うことを聞かないのだ。身体に蓄積される快感と下半身に重くのし掛かっているうずきは解放される術がない。
「辛いだろ?」
「あっ……ああっ……はっ……はっ……も……や……やめ……っ……」
 ギリギリと締まる手首は必死に青柳の背を掴みたいというように無意識に力が入っていた。身体を離されたままの状態が辛い。本当にただの玩具になっている気分になる。
 青柳の荒い息を、体温の上がった身体を、触れて味わいたいのだ。
 だが、ささやかな冬夜の希望を青柳は叶えてくれそうにもない。一人で快感を追い、冬夜の奥を味わっている。そこからくる快感は冬夜の前に蓄積され、本来感じる欲望が満たされる気持ちよさはただの拷問へとすり替わった。
「……はっ……あ……くそ……っ……駄目だ……悪いな……」
 グイッと突き入れられると同時に中に何か温かいものが溢れる感覚があった。青柳は満足なのだろうが冬夜の方は、一人突き放された気分だ。痺れた身体は小刻みに震えることを続けている。同時にびくびくと痙攣する己のモノは落ち着く様子を見せなかった。
「……ああ……あ……」
「バックだけでイクのは難しそうだな……」
 言いながら青柳は身体を離した。それに伴い身体の奥にあったモノがズルリと引き抜かれる。すると冬夜の緩くなった部分から太股にかけて生温かいものがトロリと伝った。
「辛いだろうな……」
 勃ちあがっている冬夜のモノを青柳は舐めるような目で見つめ、指先で触れるような仕草をしながらも、指は空を切った。
「も……許してくれ……。許して……くれっ……」
 冬夜はもう何がなんだか分からなくなっていた。ただ、青柳に突き放され独りぼっちになっていることが酷く自分を辛くさせている。身体のほうも、ガクガクと震え、楽にならない甘い拷問が身体中を蝕んでいるようだ。
「僕……はっ……」
 両手で冬夜の頬を包み込む青柳は、何かを確認するように覗き込んでくる。そんな青柳に、冬夜は出来もしない状態であるにも関わらず、自分の腕を回してしがみつきたかった。
「……青柳くん……う……ううう……」
 止まらない涙が頬に手を掛けている青柳の手を濡らす。
「……身体……温もってきたじゃねえか……」
 冬夜の顔を見たくないのか、青柳は頬から手を離した。
 離さないで欲しい。
 目を逸らさないでくれと言いたいのだが冬夜には今、言葉が上手く出せないでいる。
 視界から遠ざかる青柳を引き留めたいと必死にもがくのだが、どうにもならない。
「面白くねえ……」
 冬夜は身体を俯きに返され、頭はソファーの肘掛けの部分に押しつけられた。だらり落ちた両手は僅かな隙間のなかで回転し、指先がフローリングに触れた。今、見えるのは床の冷たいフローリングの光沢だけだ。
「……うっ……くうう……」
「可愛くねえよな……」
 今度は腰を抱え上げられ、冬夜の薄く開いた蕾を青柳は数本の指先を突っ込み、更に広げつつ、双丘を舐め上げてきた。
「……こんなの……いや……だ……嫌だ……」
 くぐもった声で冬夜は言った。指先が必死に青柳を求め、フローリングの表面を虚しくひっかいている。涙で霞んだ先にはもう何も見えない。イカせて貰えない苦しみよりも、視界から消えた青柳の事が辛かった。側にいるはずなのに、冷たく心が冷える。まるで寒空の下、たった一人でベンチに座り、手を温めているようだ。
 寂しいのだ。一人は嫌だった。こんな自分が情けない。
 本当は愛されたかった。
 抱き合うだけの関係なんか嫌だ。
 だけど……
 本気になってどうする?
 簡単に捨てられるだけだ。
 分かっているのにそれでも良いと思える自分がいる。
 鈍い痛みが又身体を支配し、青柳は背中から覆い被さり冬夜を抱きかかえるようにすると蕾を穿っている。背に密着した青柳の肌が心地よかった。背後からいつの間にか伸ばされた青柳の手がフローリングを這っていた冬夜の指を握りしめる。
 その手の温もりをより感じたくて冬夜はしっかりと握り返した。
 これだけで良い。この温もりだけでいい。
「……僕は……青柳くんに……触れて欲しい……」
 甘い吐息に似た声で冬夜が言うと、後ろで青柳が笑う。
 楽しそうに。
「可愛いお願いもできるじゃねえの……」
 待っていたのはその一言だったのだろうか?
「……え……」
「冷めた顔の男を抱いても面白くない。しかも許してくれって……よせよ……」
 ぐるりとまた身体を反転され、ようやく青柳の表情を冬夜は見ることができた。その顔は苦笑に近い。
「……お願い……って……」
「楽しむものだろう?セックスって……やる前から相手に冷められてる身にもなれよ……おもしろくねえ……」
 言いながら器用に青柳は冬夜を縛り付けていた戒めを解いた。
「……君は……酷い男だ……」
 開放された手をすかさず冬夜は青柳の背に回し、ずっとしたかったように身を埋める。すると温かい肌の温もりが身体に伝わってきた。
「……」
 複雑な表情で暫くこちらを見た青柳は何か物言いたげだ。
「なに……」
「俺って真面目だと思うんだけどなあ……」
「突然……何を言い出すかと思ったら……。それは真剣に言っているのかい?」
 何故か可笑しくなった冬夜は笑っていた。
「……これだよ。年上はこういうものなのか?」
 それは自分に言い聞かせているような口調だ。
「別に良いじゃないか……」
「なにが?」
「後腐れないだろう?お互いね」
「了解済みって事か……」
 苦笑混じりに青柳は言う。
 ほら、こんな男だ。
「僕は年上だよ……多少、冷めた部分があっても……君が今みたいに僕を高揚させてくれたらいいんだ……」
「だったな……」
 そういうと青柳は冬夜の唇に噛みついてきた。
「あっ……」
 口元を離さずに青柳は冬夜の足を抱え直し、自分のモノを突き入れてきた。今度は強く、そして深く突き刺さる。その刺激で冬夜は身体を目一杯しならせた。
「ああっ……」
 何度も突き上げられる鋼のようなモノは最奥を擦りあげて身体の奥から冬夜を酔わせた。先程まで放置されていた冬夜のモノも同時に擦りあげられ、快感が一気に加速するのが分かった。身体はどうしようもないくらい青柳を必要としていた。違う。必要なのは青柳が与えてくれる刺激だ。心はそこにはない。
 互いに性欲を処理して、愉しんでいるだけだ。
 こんな関係だからいい……。
 なら……
 捨てられることもない。
 別れ話をすることもない。
 欲望だけを貪り合う関係。
 割り切ってさえいれば、空しくなんか……
 ない……
「……おい」  
 望まなければ、失うこともないのだ。
 冬夜はそこで意識を失った。



 冬夜は自分が馬鹿だと思う。
 止めた方が良いと分かっていてソファーでやるなんて……
 後始末大変だよ……
 はあ……
 昨晩はソファーで二度、そこから移動して次にベッドで一度抱き合った。
 ベッドに身体を伸ばしたまま、チラリと隣を見ると青柳の姿がなかった。それまでぼんやりしていた冬夜の意識は誰もいないベッドを確認した時点でハッキリした。
 ……え?
 出ていった?
 身体を起こして冬夜は皺になっている隣のシーツに触れてみた。すると随分前にここから離れたことが分かるように、人の温もりは残っていなかった。
 何度も手を滑らせ、冬夜はまだ残っているであろう温もりを確かめようとした。だがそんな行動をしている自分に愕然となり、伸ばしていた手を引っ込めた。
 ……
 野良猫みたいな奴なんだから勝手に出ていったんだよ……
 何を気にしてるんだ……
 分かっていたはずだろ。
 なのに……
 どうしてこんなに寂しい気持ちになってるんだ……
 最初から分かってたんだから……
 自分に何度も言い聞かせ、冬夜は毛布に潜り込んだ。
 僕は何か気に障ったことでも昨日言ったかな……
 それとも青柳くんは数回寝ただけで相手に飽きるのか?
 日本にいる間はここにいると言わなかったか?
 ……
 だから……
 分かってたことじゃないか……
 いつの間にか青柳がいなくなった理由を探している自分が冬夜は情けなく思う。
 ここにいるとまたその深みにはまりそうな気がした冬夜はベッドを下りシャワーを浴びることにした。
 分かっていたこと……
 だが冬夜は心に何か隙間が出来たような気分に落ち込んでいた。
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