Angel Sugar

「真実の向こう側」 第25章

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 五時にスタジオに入ると、上がってきた原稿を見ながら冬夜はメイクに肌のチェック受けた。そこに中隅さんがやってくる。相変わらず元気だ。
「冬夜さん。今晩は頑張ってねえ~海堂さんも張り切ってるわよ。久しぶりに、こうわくわくするような番組になりそうだわ」
 中隅はお天気お姉さんであるのに、こちらよりも妙に浮き足立っている。
「そうだね……」
 逆に冬夜の気持ちは沈んでいた。
 様々な事が一気に押し寄せて、答えを出せと迫っているから。
 青柳くん……
 今どこにいるんだろう……
 今日、ホテルを引き払って明日までどうするんだろう……
「う~ん……良い奴じゃないか……」
 何故か海堂が唸りながらやってきた。
「どうしたんですか?」
「いや……今日のお昼のワイドショーでおもしろいことをやるって言うから、まあ普段は見ないんだが、ちょろっと見たんだよ……そうしたら……」
「私も見た見た。ああ……もっとアタックしておけば良かった~」
 冬夜には二人の会話が意味不明だ。
 同じ時間、隆史と話していたからみんなが何を見ていたのか分からない。
「なんですか?」
「ほら……青柳の騒ぎ。色々スキャンダル起こしてただろう?それに関することが出てた」
「……それで?」
「俺たちがみたら、なるほどっていうインタビューだったね。視聴者には分からないだろうけどさ……」
「ほんと、尻軽な男って思ってたけど、結構企んでたのねえ……びっくりしたわ」
 中隅は頷く。
「だからなんですか?」
 冬夜は二人の顔を見比べて更に言う。気になって仕方がないのだ。
「ああ、それでな、色々スキャンダルを起こして、後始末せずにさっさと帰るんですかってレポーターに言われたんだ。ほら、青柳の奴、明日、帰るだろう?そうしたら、目立って追いつめたい男がいたって笑うんだよ。考えると、あいつがくそ番組に出ていたのも、田上さんとここで会えるからだろう?顔を見せて、世間で目立って、嫌でも田上さんの目の付く存在でありたかったんだと俺はそう理解したね。俺はお前の罪を知っている。そんな目でいつも田上さんを見ていたんじゃないか?もしかすると田上さんに直接言ったかもしれない。これは分からないけどな」
「……」
 今なら……
 今ならそう思える。
 以前、この話を聞いていたら、多分冬夜は馬鹿馬鹿しいと流してしまっていただろう。だが今だからこそ分かる。
 青柳はどうしても田上を追いつめたかった。
 そして……
 捕まえて欲しかったのだ。
 なのに僕は……
「浅木くん、ぼーっとしてる場合じゃないぞ。今日は局長賞を狙うんだからな」
ふんと鼻息荒く海堂さんは言った。

「一分前です」
 いつもと同じようにADの鈴木の声がスタジオに響く。
 青柳くん……
 どうして話してくれなかったんだろう……
「15秒前」
 もちろん僕に話すような事じゃないだろうけど。
 僕は……
 君という人間を誤解していた。
「5秒前、4、3……」
 確かに君は僕を恨んでいる。
 田上さんと同じように?
 そうなのかい?
「本日の特集は今世間で騒がれている連続放火魔についてお知らせします」
「当ニュース番組だけのスクープです。お見逃しなく」
 青柳は僕にキャスターを辞めるなと言った。
 それは本心だったのかい?
「TrueNewsはこの後すぐです」
 僕は……今。
 君が差し出してくれた真実よりも……
 僕に対する君の真実が知りたい。
「CM入りました。本番まであと45秒です」
 今……
 何処にいるんだい?
 無性に会いたいよ。
 そしてニュースは本番に入った。

 その日のニュースは無事終わった。
 視聴者の反響も大変なもので、ビデオを流し終わった後からかかってくる電話、ファックス、そしてメールは数え切れないものだった。
 そんな視聴者からの生の声が集まるごとに、ほくほく顔の五十嵐と溝口が気持ち悪いほどだ。当然、他のニュース番組や他局からもやっかみの電話が入ったほどだった。
 反面、冬夜の気持ちは燻ったままだ。このもやもやを何処に持っていけば良いか分からないほど。
 浮かれている周囲から、まるで一人だけ冷静な自分がいる。同じように振る舞えればいいのだけれど、冬夜にはどうしてもできそうにない。
 これからどうしたらいいのだろう。
 奇妙な孤独感が冬夜を襲っている。
 こんな日は一人になりたい。それほど今の周囲の浮かれようが冬夜にはただ辛いものにしか映らなかったのだ。
「お、浅木くん、帰るのか?これからちょっとみんなで飲み会に行こうって言ってたんだがどうする?」
 異様に機嫌がいい海堂だ。
 当然だろう。
 多分今年の局長賞をもらえるだろうという噂が既に囁かれているから。
 だけど、冬夜にはどうでもいいことであった。
「いえ……ちょっとうちの用事がたまっていて……」
 帰りたい。
 今はここにはいたくないのだ。
「ところで……。辞めるという話はなしだ。お前が逃げても俺は追いかけていくからな。分かったな」
 その言葉に冬夜は苦笑いを浮かべて小さく頷いた。
 辞めるという気持ちが不思議と無くなってしまったから。
 青柳が辞めるな……と、言ったことを思い出したからかもしれない。
 あのとき言った青柳の言葉。
 あれが本気であったことを冬夜がようやく知ったからだ。
 ……
 青柳の声が聞きたい。
 今の冬夜にはその気持ちで一杯になりつつあった。
「また明日な」
「はい。明日……」
 言って廊下に出ると、冬夜はそのままエレベータに乗り一階に下りた。そこでようやく青柳に電話を掛ける。
 つながらないかもしれない。
 何を話すつもりなのか自分でも分からない。
 それでも……
 ワンコール
 ツーコール……
 無情に響く呼び出し音。やはり繋がらないのか。
 だけど……
 スリーコール……
 駄目なのだろう……そう思った矢先、携帯がつながった
『また……珍しいな。ああ、ニュース見たぜ。ありがとうな』
 冬夜は何故かその言葉に涙が浮かんだ。
「そんなことはいいよ……今……何処にいるんだい?」
『桜の見えるところ……かな?』
 それだけでは分からない。
「君は……どうして何も言わなかったんだ?」
『なんのことだよ……』
「隆史の妹さんのことも……田上さんのことも……何も……何もかもだよ」
 他にも……
 他にも色々あったのだけれど、頭の中が混乱して上手く文章にならないのだ。これでキャスターなのだから情けない。
『悪いな。何とかはまず身内からって言うだろう?それに……こんなに上手く行くとは思わなかったからな……』
 電話向こうで小さく青柳は笑った。
「君は……馬鹿だ」
『あんたもな……。ああ……今日は良い夜空だ……綺麗な星が一杯出てる』
 いきなり話を切り替えられたが、冬夜も思わず天を仰いだ。確かに今日は驚くほど星が瞬いている。
『こんな日に……家族は死んだ。堪らなかったね……。あの日俺が夜中抜け出そうとしたときに偶然田上を見た。変だと思ったけど俺は遊びに出かけた。帰ってきたら……何もかも燃えて無くなってたよ……』
 淡々と青柳は続ける。
『だから俺は……あいつが犯人だってすぐに分かった。すぐ警察に訴えたけどな、逆に俺が犯人だって疑われたんだぜ……馬鹿にしやがって……。ちょっとすれた人間は何を言っても聞いてくれやしない……。逆に田上って奴は頭の良いエリートだ。そんな人間が放火なんかするわけが無い。っていう先入観があったんだろうな……』
「……そうだね……。僕も驚いたよ……」
『放火とか、現場を押さえないと罪の立証が難しいらしいんだよ。だから俺はあいつを追いかけ回してやった。ようやく証拠を押さえたって訳だ』
 嬉しそうだった。
「……」
『なんだ、湿っぽくなっちまったな……』
 ははっと笑った青柳は心の底から笑っているようには思えなかった。
「青柳くん……僕を……恨んでいるかい?」
『あんたまだそんなこといってんのか?ったくよう……』
 相手は見えないのだが何故か冬夜は青柳がまた頭をかいているような気がした。
「でも君は……そう言っただろう?」
 君がそう言ったから……
 僕は……
『あんたが俺を追い出そうってしたからだろ。……ああもう……いいよ……そう思ってりゃいいさ……』
「じゃあ……あれは……」
『恨んでねえよ』
「でも僕は……」
 確かに酷いことを言ったはず。
 それは冬夜にも分かっていた。
『あのときどうだったかって言うのは、あんたに話した通りだよ。俺は近所の連中に冷たい目で見られてたさ。でもな、みんな俺と家族がどうしてもめていたか本当のことしらねえんだから仕方なかったんだよ』
「本当の事って……?」
 冬夜が聞くと青柳はこちらに聞こえるようなため息を吐いた。
『俺がモデルだから親父が反対してたわけじゃねえ。俺がゲイだってカミングアウトしたから親父と喧嘩してたんだよ』
 ……
 両刀じゃないのか?
「君は……バイじゃないのか?」
 僕は……
 何処まで君に本当のことを隠されているんだ?
『はは。それは勝手にみんなが言ってることだろう?パリのモデル仲間うちじゃ俺はゲイで通ってるぜ。って通ってるっていうのも変な話なんだけどなあ……』
「じゃあ……女優とのスキャンダルって……」
『協力してもらったんだよ。おい、俺が問題起こした女はどいつも最近泣かず飛ばずかちょっと話題性に欠けた女ばっかだっただろう?あちらも俺を利用したって訳だ。お互い様で了解済み』
 そんなの……
 知らないよ。
 冬夜は芸能人には疎かった。
「……そうなんだ……色々計画してたんだな……」
『どうあってもあいつを追いつめたかった。俺が目の前に現れたのを知ったときの田上の顔が忘れられないよ……。あいつも忘れていなかったんだろうな。まあ俺もいきなり自首しろって迫ったからすっげえ喧嘩になったけど、あいつふざけんなっての』
「青柳くん……実際何処いるんだい?」
『インタビューは勘弁してくれよ。どうせ今日はまた違う連中に追っかけられると思って逃げ回ってるんだからさ……』
 苦笑した声だ。
「隆史が……青柳くんのこと感謝してた……」
『あいつも可哀想だよな……でもまあ……妹っていうのは可愛いもんだぜ』
「それも……黙ってたよな……」
『おいおい。隆史ちゃんが可哀想だから黙っててやったんだぜ。文句は隆史ちゃんに言え』
 慌てたように青柳は言う。
「……そうだった……」
『そうだ。親父達に報告したよ……これでもう日本に用事はない』
「鈴木くんに……僕の何を聞いていたんだ?」
 一つ一つ。
 冬夜が疑問に思っていたことを、口にした。青柳は言い渋るかと思ったが、こちらの疑問に初めてきちんと答えてくれている。それは、青柳にとってすべてが終わったから、初めて話してくれることなのだろう。
『なんだあんた……あそこにいて聞いてなかったのか?』
「……聞いてなかった……。聞いたら駄目だと思って……」
 あのとき、冬夜は意識を他に向けていたのだ。人の話をこそこそ聞いてはならないと思ったからだ。
『あんたのことをね……色々聞いてた……その後の報酬でもめてただけだ』
 くすくすと笑いながら青柳は言った。
「どうして?」
『あんたってほんとに鈍いな。まあいけど……。考えなかったのか?俺が初めてあんたのうちに行ったとき誰に聞いたかって……』
「そう言えば……。じゃあ鈴木くんに僕の住所を聞いたんだ?」
『他にも色々ね。あんたの趣味とか……あんたの好きなタイプとか……なんだか色々聞いたな……』
 小さく笑う声が聞こえる。今は一体どんな表情をしているのだろう。見てみたいと冬夜は心底思った。だが青柳は電話向こうにいて、望んでも叶えられることではない。
「……そんなこと……どうして鈴木くんに……」
『……海堂さんに聞くと変に勘ぐられて噂になりそうだし、中隅さんはもっと口が軽そうだ。だませそうで口止めが聞くのは鈴木しかいなかったからだよ。あいつな、報酬に寝てみたいって言ったんだけど、指だけでイったぜ。それでやったつもりなんだから笑えるよなあ。俺のナニはそんなちいさかねえって……』
 いや……
 そんな話はどうでもいいんだ……
 冬夜が聞きたいのはそんな事ではない。
「青柳くん……だから……何処にいるんだ?」
『やめとけって……強姦するぞ』
 真剣な声だった。
「もう強姦しただろ!」
 今更、何を言うんだという声で冬夜は叫んだ。
『……そうだった……な』
 何処か寂しげな声。
 会いたい……
 会いたいんだ……
 今……
 今すぐ会いたいんだ!
「茶化さないでくれよ……」
『いや……会わない方が良い。俺はあんたを傷つけることしか出来なかったからな。もうそんなことはしたくない』
「青柳くん……」
 言え……
 言えよ……
 ちゃんと好きだって……
 そうだろ?
 僕はずっと惹かれてたんだ。
 自覚してたじゃないか!
『綺麗な桜だ……』
 ぽつりと青柳が言う。
「僕は……」
『もう切るぜ』
「僕は君が好きなんだ」
 冬夜がようやくその言葉を口にすると暫く青柳は沈黙し、そして言った。
『あんたの冗談で一番最悪な言葉を聞いたよ……てな。じゃあな』
 電話は引き留めるまもなく切られた。

 あんたの冗談で一番最悪な言葉を聞いたよ……

 その言葉は……
 以前、冬夜が青柳に言った言葉だった。
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