Angel Sugar

「真実の向こう側」 最終章

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 成田に着いたのは良いけれど、ここからどうするなんて冬夜は全く考えていなかった。とりあえず待合室かな……と、一瞬考えてそんな目立つところに、レポーターから逃げ回っている青柳がいるわけがないとため息が漏れる。
 勢いで来たけど……
 どうやって探したら良いんだろう。
 入り口で冬夜はとりあえず人混みに目を彷徨わせたが、目に入ってくるのはいずれも旅行者かビジネスマンだ。
 ああもう……
 僕は何をやってるんだ。
 二十歳に満たない年齢の人間がやるような無謀な事を冬夜はしている。普段からは考えられないことだった。
 そうだ……
 電話……
 繋がるかな?
 昨日は全く繋がらなくなった携帯に冬夜は祈るような気持で青柳にかけた。
 頼むよ……
 取ってくれよ……
 相手を呼び出すコールが鳴る。
 当然、青柳の携帯には冬夜の名前が光っているはず。
 一度……
 どうしてなんだよ。
 二度……
 自分ばかり言いたいこといってさ。
 三度……
 僕の事は何も聞く気が無いって言うのか?
 四度……
 頼む……出てくれよ。
 五度……
 僕にだって君に言う権利があるよな?
 六度……
 七度……
 青柳くんっ!
 携帯を持ったまま蹲りそうになっているとようやく携帯が繋がった。
『しつけーんだよ。なんだよ。一体何だって言うんだ?』
 怒っていた。
 だけど冬夜は嬉しかった。
「今……何処にいるんだよ……」
『ったく……何処でも良いだろう?』
「君に……独占インタビューをしたいんだ……」
『げえ。あんたまでそんなこと言うのか?俺はもううんざりなんだって……』
「違う……」
『違うってなんだ?』
「僕の文句を聞くのが当然だと思わないか?僕だって色々君に言いたいことがあるんだ。ちゃんと……会って、言わなきゃ……僕は納得できないっ!」
『はあ……文句ね……』
「だから何処にいるんだよ!」
『あんたの後ろ……』
 あまりの突然の言葉に冬夜は携帯を落としそうになった。心臓をバクバクとさせてゆっくり振り返ると青柳が立っている。でも視線はこちらを見ずに、あちこちに飛ばされ彷徨っていた。
「ど、どうしてこんな所にいるんだよ……」
 瞳に涙が浮かんだ冬夜の腕を掴まえ、青柳は無言で引っ張った。
「目立つなよ……レポーターがこの辺にいないとは限らねえんだから……」
 やはり視線を周囲に向けて前を歩く青柳の背中が冬夜には酷く懐かしかった。

 冬夜たちは飛行機を見送る第一旅客ターミナル展望台に向かった。そこは高い柵が施され、飛行の離発着を眺められるようになっている。ベンチが飛行場側に向かって間隔をおいて一列に並び、望遠鏡などが設置されていた。そこには飛行機目的や機上の人を見送る人達で溢れていたが、目的が違うために男二人を気にするような人間は誰もいない。
「座るか……」
 青柳がそう言ってベンチに腰を掛けるので、冬夜は隣りに座った。
 胸が一杯で今言葉がでない。
 色々言いたいことがあったはずなのに、こうやって会うと折り重なるように溜まった言葉が吹っ飛んでしまったのだ。
「……で、インタビューって……カメラマンはどうしたんだよ……」
「……置いてきた。違う……忘れてたんだ……」
 ぽつりと冬夜が言うと青柳が笑った。
「あんた……それじゃあ永遠にサブ決定だぜ……」
「別に構わないよ……」
「で、俺、あんま時間ねえんだけど……何を言いたいんだよ……恨み言なら慣れてるから言いたいだけ吐き出せよ」
 ……
 違う。
 恨み言なんて言いたかった訳じゃない。
「僕は……最初にあったときから君に惹かれてた……」
「……へえ」
 青柳は飛行機が動き出す様子を見たままこちらを向かずに言った。
「君と……一緒に暮らして……温かい気持にさせてもらった」
「……」
「君に作ってもらった料理も美味しかった」
「……あんなのなんでもねえよ……」
「自宅で誰かと一緒に食べるのはあんまり経験無かったから、本当に楽しかったんだ」
 過去の付き合いはいつもこそこそしたものだったから。
 普通の暮らしは望めなかった。
「……そうか」
「……」
「だからそれがどうしたって言うんだ?」
 苛々とした口調。
「僕は……」
「……僕は何だよ……」
「君が本当に好きなんだ……」
 必死の思いで冬夜が告白すると、青柳は笑い出した。そんな青柳を無視して冬夜は更に言った。
「僕は昔から男しか目に入らないのにいざつき合うとなると臆病になった。さよならって言われても縋ることなんかしなかったし、嫌だなんて言ったこともない。何時だって耐えてきたんだ。だってそうだろう?男同士の恋愛なんて上手くいくわけないんだから……。僕はそんな現実を嫌って言うほど見てきた。辛い目にもあった。だから……今じゃあ相手に期待するとか、希望を持つとか、夢を描く……なんてのは全くできない男になってしまった。つき合う時点で先を見て、捨てられる自分を覚悟していた。それに逆らったことは無いんだ……」
 そういうと青柳の笑いが止まった。
「君が羨ましかった。君のように生きられたら楽だろうなって。自分に偽り無く生きる君が輝いて見えた。そんな君に最初は惹かれたんだろうと思う。だけどそれだけじゃなくて……君が時折見せる優しさが、それこそが本当の君だって知って……どうにもならないくらい君が好きになった」
「……そんな風に言っても何もでねえぜ……」
「君から欲しい物なんて無いよ。僕が言いたいだけだ。言わせてくれよ。多分、二度とこんな風に僕が自分のことを誰かに話すことは無いと思うから……」
 言うと青柳は小さく息を吐いた。相変わらず冬夜の方を見ようとはしない。
「僕は……耐えることが嫌になったんだ。君はもう帰ってこない。そこでいつもなら諦める筈なのに……言いたかった。どうしても。好きだって言いたかった。後悔したくないから。何時だって僕は後悔している自分を押さえつけてきた。あの時ああ言ったら良かった、こうしたら良かった……って、後悔ばっかりしている自分が嫌だった。いつもいつも……そんな自分が嫌だったんだ。だけど……君に会って……今度は後悔したくなかった」
「……俺は……」
「良いんだ……聞いてくれるだけで……」
 何を言っても変わらない。
 青柳は二度と戻ってこない。
 二人の人生が一瞬だけ交差して長い人生のうち、ほんの少しの間、ままごとのように暮らしただけだった。
 分かっている。
 それがどんなことをしても戻ってこないことは分かってる。
 遅いんじゃない。
 最初から決まっていたことだったんだ。
 それに逆らう気はない。
 僕はただ……
 今までは押さえていた言葉を……
 どうしても言えなかった自分の気持ちを……
 青柳くんには聞いて貰いたいと思ったんだ。
「……」
「……もう一度一緒に暮らしたいんだ……」
 絞り出すような声で冬夜は言った。
「……冬夜……」
「また君に料理を作ってもらいたい……それを一緒に食べたい……」
 冬夜が望んでいるのはそんな些細な事だった。
「……ああ……」
「休みの日には……一日じゅう抱き合いたい……」
 一緒に寄り添うだけでも良い。
 青柳の温もりを感じていたいだけ。
「……」
「頼む……行かないでくれ……」
 情けない僕……
 だけど……
「……よせよ……」
「僕を……置いていかないでくれ……」
 これが本音だ。
 偽りのない言葉。
「もう一人は嫌なんだ……」
 ずっと……
 いつだって……
 どんなときでも……
 言いたかった言葉。
「僕には君が必要なんだ……」
 我慢して……
 耐えて……
 喉元まで何時も出かかっていて呑み込んできた言葉。
 彼になら言える。
 青柳くんだから……言える。
「君が好きだよ……」
 最後の言葉を吐きだした瞬間、ジャンボがゴオッといううなりを立てて上空に飛び上がった。そのせいで風が冬夜たちの間を吹き抜ける。
 ああ……
 ようやく言えた……
 すっきりした……
 本来なら苦いはずの言葉が、冬夜にはとても甘美に思えた。
「……本気か?」
 ようやくこちらを向いた青柳は笑いもせず、こちらをまっすぐと見ていた。
「……うん。すっきりしたよ。言いたかったのはそれだけなんだ……。僕はこの年になってようやく素直になれた。君のお陰だよ……」
 急にこみ上げてきた得体の知れないものが、冬夜の瞳を潤ませた。
「……俺のこと……本気で好きなのか?」
 何かを確認するように青柳は問いかけてきた。
「何度も言ってる……」
「冬夜……」
 そっと頬に延びてくる手を払うことなく、冬夜は引き寄せられるままに青柳の口づけを受けた。
 優しい……
 いたわるような口づけ。
「帰ってくる」
 口元を離し、最初に言った青柳の言葉が冬夜には理解できなかった。
「え?」
「俺……マジで役者目指そうかと思ってさ……」
 冬夜の頬に当てられた手はゆるやかにその丸みを撫でていた。
「それは……」
「今回のことで俺、すっげえ沢山のやつらをだませたと思わないか?これって実は才能があるんだと思うね……」
 くすくすと笑いながら青柳は相変わらず冬夜の頬を撫でている。愛おしそうなその動きに冬夜は胸が締め付けられた。
「確かに……そうかも……」
 周囲は完全に青柳に踊らされていた。これも才能なのかと首を捻ってみるものの、本人がやる気になっているのならそれはそれでいいことなのだろう。
「夏のパリコレが終わったら……帰ってくる。いいか?待っていてくれるな?」
「……え……」
 これは夢だ……
 夢なんだ……
「だってあんた、一人にしたら死んじゃいそうなんだもんなあ……」
「……死んだりはしないけど……」
 本当に?
 僕は待っていていいのか?
「俺とやりたかったらおとなしく待ってろ」
「ほんとに……?」
 堪えていた涙が頬を伝う。
 嘘じゃない。
 これは現実だ。
「一樹だ」
「青柳くん……」
「一樹だ。ちゃんと名前あるんだからそう呼べよ」
「一樹……」
「いい子で待ってろよ」
「……待てる。待ってるから……帰ってきてくれ……」
 恥も外聞もない言葉。
 ずっと僕はこう言いたかったんだ。
 ギュッと抱きしめられて冬夜は目を閉じる。
 遠くでゴオオッというジャンボの音がまた聞こえていた。
 だけどそんな中、冬夜ははっきりと青柳の囁く声を聞いた。
「俺も冬夜が好きだ……。ずっと好きだった」

 青柳を見送ってから、冬夜は局に戻り大目玉をくらった。宇崎を連れて行くのを忘れたうえ、更にコメントが取れなかったことが原因だ。
 だけど冬夜が五十嵐に怒鳴られている間、海堂はにやにやとした表情でこれっぽっちも怒った表情は見せなかった。
 冬夜自身は半分夢見心地であったから、怒られいるのに何も感じなかった。逆にぼんやりとして頭が麻痺した状態になってたのだからどうしようもない。
 ああ……
 僕はすごい行動をしたんだ……
 キスをされた口元に手を持っていき、思い出すように撫でる。
 帰ってくると言った。
 別れ際、青柳は冬夜のマンションのスペアキーをネックレスに通しているのを見せてくれたのだ。それが本当に嬉しかった。
「おい、説教は終わったんだぞ」
 ぼんやりしている冬夜に海堂はやや大きな声で言った。
「……え、あ。はあ……済みません」
「なんだ……魂抜かれたような表情は……」
 海堂は苦笑している。
「はい……いえ……その」
 鼻の頭をかいて冬夜は笑うしかない。
「スタジオ入りするぞ。そんなぼーっとした顔を視聴者に向けるなよ?いいな?」
「分かっています」
 気を引き締めて冬夜は立ち上がった。

 真実の向こう側……
 そこにあったのは紛れもない本当の人の心だった。
 今まで半分目を閉じて見ようとしなかった事が、一番大切なことだと知った。
 そこには悲しみがある。憎しみも、恨みもあるだろう。
 だけど優しい人の想いも確かにあるのだ。
 それは半分だけ閉じた目では見えないものだった。
 僕は……
 これからは目を開けて、見つめようと思う。
 自分を偽らず、真実だと言われている向こう側を見ようと努力しよう。
 キャスターとして……
 真実を伝える立場として。
 僕はもう目を閉じたりしない。
 そうなるとこれから先、今までよりも辛いことがあるはずだ。
 悲しみに満ちあふれた世界しか見えないかもしれない。
 傷つき、嘆き悲しむ人達しか存在しないかもしれない。
 だけど……
 僕はそんなものに負けない心のよりどころをようやく見つけた。
 それもまた……
 真実の向こう側にあった。
 青柳くんが立っていた場所だ。
 いつでも見える場所。
 でも目を半分閉じていては決して見えないところ。
 自分を偽っている間は決してたどり着けないところだ。
 僕はそこにようやくたどり着いた。

 青柳は約束したとおり夏には帰ってくるだろう。
 連絡などくれずに突然帰ってきて、昔からそこにいるようにソファーでくつろいでいるような気が冬夜にはする。それが青柳らしいと思ったから。
 そのときは言ってやろう。
 家族を失った青柳に。
 冬夜にとっても必要な言葉。

 おかえり……と。

「おい、なんだかお前、さっきまでぼんやりしていたのに、ここに座ってから態度が違うぞ。気味が悪いほど自信が出てるような感じだな。何かあったのか?」
 スタジオで隣に座り最後のチェックをしている海堂が不思議そうに言った。
 冬夜は答えず、ただ小さく笑うと、海堂のチェックを手伝う。暫くすると番組が始まる合図が響いた。
 いつもと同じ。
 だけと今までとは違う冬夜がそこにいる。
「一分前です……」
 カウントが重ねられるごとに冬夜の気持ちは冷静さを取り戻す。
「15秒前」
 取り戻したのはそれだけではない。
「5秒前、4、3……」
 冬夜は大切な何かを取り戻した。
「本日は昨日に引き続き連続放火の続報を知らせします」
「TrueNewsだけの情報もお伝えします」
 真実を見つめることの大切さを冬夜は本当の意味で思い出した。

 そして……

 ようやく孤独から開放された。

―完―
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