Angel Sugar

「真実の向こう側」 第20章

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 何をする気にもならず、いつも局に行く時間に目を覚ませた翌日、冬夜はベットから出ることもできずにぼんやりと時間を過ごしていた。起きたのは朝の八時頃だが、目を覚ましてからずっとここでもぞもぞとしていた。そこで考えるのは青柳のことばかりだ。
 一晩考えた。
 だけど何も答えは出なかった。
 青柳が勝手に作った合い鍵は既にその役目を終え、今は机の引き出しの奥にある。この先二度と使う事にはならないだろう。
 何か動物でも飼おうかとふと冬夜は思った。飼うなら猫だ。犬は始終五月蠅くてかなわないから。猫はトイレのしつけも楽だそうだし建物を掻く癖も小さい頃に段ボールを与えておけばまず掻いたりしないと聞いたことがある。
 なんてな……
 早く帰ることが出来ない場合、世話はどうするのだ。
 自分が寂しいからと言って動物を飼うのはいいけれど、朝、冬夜が出勤してからこのマンションの一室に独りぼっちにさせてしまう。
 それは可哀相だ。
「そろそろ局に行こうかな……」
 熱も下がった冬夜はお昼前には着替えを済ませ局に出るつもりだった。もちろん目的は自分の番組チェックだけだが今日はうちに一人でいるのが嫌で仕方がないからなにか口実をつけて外出したかったのかもしれない。一人でいると必ずと言っていいほど色々考えてしまうから。
 出かけることを決めると冬夜は早速着替えて玄関から外に出る。
 頬に当たる風が何故か冷たく、もうすぐ春だというのに体感温度は低い。本当なら昨日まで風邪を引いていたような身体にはこの気温は避けた方がいいのだろうが、今日はどうしても外に出たかった。
 うちに一人でいるとろくな事しか考えないからだろう。
 舗装された道を駅に向かって歩き出すと、胸の辺りがチクチクと痛むのが感じらる。ずっと痛まなかった冬夜の心は、青柳の言葉で何年かぶりに痛みを覚えた。それをまだ引きずっているのだ。
 同性しか恋愛対象にしか出来ない冬夜は深入りしないように今まで気を付けてきた。それは隆史が以前言っていたとおりだ。
 過去から現在、数度出会いと別れを繰り返し、その度に結婚や世間体を持ち出されて別れを切り出されてきた冬夜は既に相手を信用することが出来なくなっている。
 つき合っているうちは良い。
 愛していると何度か囁かれた。その都度信じた結果は今冬夜が一人でいることで答えがでているだろう。
 今度こそ大丈夫。
 そう思いながら結局は独りぼっちになる。
 だからこそ深入りはしない。
 愛の言葉を囁く相手を信じたりしない。
 適当に距離を置き、いつでも別れられるようにしていた。
 好きになった相手はたいてい自分の伴侶を見つけ、冬夜という存在が疎ましいだけになる。
 愛していると囁いたくせに。
 ずっと一緒だと約束したくせに。
 永遠などないのに、信じて傷つくのが嫌になった。
 隆史の言うとおり、泣いて縋ることができるならいいけど、泣いて縋る自分の姿が冬夜には想像がつかない。だけどそれはプライドではない。
 自分の性別が冬夜の気持を押さえているだけ。逆の立場が一度でもあれば冬夜もすこしは何かを信じられたのだろうが、いつだって別れを切り出してくるのは向こうが先で冬夜ではない。
 これではいくら告白されたとしても相手に対して疑心暗鬼になるのも仕方ないだろう。
「はあ……やめよ……」
 暗くなるばかりのことを考えてしまう自分を振り払うように左右に顔を振ると、冬夜は駅の構内に入った。

 局の入り口でカメラマンの宇崎が立っているのが見えた。
「おお、坊や。もう大丈夫か?」
 肩に抱えたカメラは重さがないように見える。だけど実際は結構重い。その宇崎は人より体格が良く、昔アメフトで鍛えた体は頑健そのものだ。そんな体つきであるから、本当は重いであろうカメラが軽く見えるのだろう。
「はい……本当にご迷惑を掛けてしまって……自分が穴をあけるなんて思いませんでした」
「それなあ、特集入れたから上手く誤魔化せたみたいだな……一応ニュースのトップで坊やが休みなのを笑い話にはしていたがね。上手いな海堂君は……」
 何故海堂は君で自分は坊やなのだ。何時も疑問に思う冬夜ではあったが、やめてくださいと今まで言ったことがない。冬夜よりも何年も先に局に入った宇崎からすれば冬夜は坊やになるのだと思っていた。それなら海堂も同じなのだろうが、冬夜が持つ雰囲気がそう言わせているのか、いつまで経っても坊やだ。
「特集ですか……」
「ほら、この間大雨で流れた放火の件な、あいつをやったよ。意外に反応があったようだ」
 よいしょっと肩のカメラを持ち直して宇崎は言う。
「え、そうなんですか?」
「ああ、坊やが資料をちゃんとそろえておいてくれたと言って海堂君は喜んでいたよ。しかもゲストで、例の青柳くんが出てくれてねえ……いやあ久しぶりに面白いニュースになったよ」
 嬉しそうに宇崎は言ったた、冬夜は青柳の名前がそこに出たことで驚いた。
「ん?坊や顔が真っ青だぞ。本当にもう大丈夫なのか?」
「え……あ、はっ……はい。大丈夫です」
 違う立ちくらみを起こしそうになった冬夜は必死に両足に力を入れて踏ん張った。
「どうせ明日からなんだから、今日はもう帰った方がいいんじゃないか?」
 頼りない足下の冬夜に宇崎は心配そうだ。
「え……ええ。でも僕が穴を開けた日のニュースを事前にチェックしておきたくて……」
「坊やは本当に真面目だねえ……ああ、そろそろ時間だから行くよ。無理するんじゃないぞ」
 腕時計で時間を確認した宇崎は冬夜の肩を軽く叩くと、局のロゴの入ったバンに向かって歩いていく。冬夜はそれを見送り、局に入った。
 青柳くんが出てるなんて……
 どうして……
 早く冬夜は問題のニュースを見たくて仕方がなかった。何を話したのだろうか?冬夜のうちに連絡が入らなかったと言うことは、冬夜自身の話は出なかった?
 もちろんでるわけなど無いが。
 特集は連続放火についてだ。サブキャスターが風邪で寝込んでいる話など話題になるわけが無い。もしもなっていたら、誰かが連絡をくれたはず。
 足早に冬夜はアナウンスルームに入ると、土日部隊の人間がちらほら座っており、冬夜たち平日部隊の方の席はガラガラだった。だが海堂は何故かいつも通り自分の席に座って電話をしているのが見えた。
 あれ。
 海堂さんだ……
 また奥さんと喧嘩したのだろうか。
 海堂が奥さんと喧嘩をすると、うちに帰らなくなるのは有名な話だった。そのことは触れない方が良いだろうと思いつつ冬夜がそろそろと海堂に近づくと、こちらに気が付いたのか、チラリと視線を寄越して片手を振る。そんな海堂に冬夜はニッコリと笑って隣りに座った。
「じゃあ、メールに添付してくださいよ。待ってますから……また連絡します」
 言って海堂は受話器を置くと椅子を廻してこちらを向いた。
「浅木くん。もう大丈夫なのか?まだ顔色悪いぞ。と言うより何しに来たというのが正解だな」
「入り口で宇崎さんにも同じ事を言われました。でも僕が穴を開けてしまった分を事前に見ておきたいんです。なんでも特集をやったって聞いたんですけど……」
「おお、そうそう。結構色々意見がでて面白かったぞ。視聴者の注目度もかなりある話題だからな……」
「……その……青柳さんにゲスト出演して貰ったとか……」
 それが一番聞きたいことだった。
「いや……正確にはインタビューを別取りしたんだ。過去の被害者の言葉……っていうことでさ。プロデューサーの五十嵐さんは乗り気だったんだが、ディレクターの溝口さんが生は勘弁してくれって泣きついてさあ……ほら、突然何かしでかしたらって思うと、ニュースの生放送中に気になって過労で倒れるとか言い出してね」
「僕も別取りが賢明だと思いますけど……」
 青柳は本当に何をするか分からない。それは冬夜が一番良く知っている。
「それがなあ……話してみて思ったんだが……あいつそれほど悪いタイプじゃないね。俺はもっと馬鹿かと思ってたよ……」
 馬鹿って……
 それはちょっと……
「そ……そうなんですか?彼、馬鹿に見えますか?」
「後先考えずに問題起こしてるわけだろう?どっか抜けていて馬鹿でなけりゃ、あちこち、こう週刊誌ネタになるわけ無いだろう。それとも分かっていて目立とうとしているのなら別だけどな」
 意味ありげに海堂さんは言った。
「そうですか……」
「な~んかあいつ企んでるね。目つきがそう語っているって言うかな……。ただ闇雲に問題を起こしている訳じゃないんだ。あ、こいつは計算して行動しているな……という印象を受けたよ。もちろん、社交辞令で話す言葉は丁寧だし、馬鹿なことは言わないんだが……それすら腹に一物をもってるように思う。あいつは若いけど結構策士だな……」
 策士……
 それは分かるけど……
 スマートな策士とはほど遠いように思うけど……
 だが海堂はどうも青柳のことを高く評価しているようだ。何故こんな風になっているのか冬夜には一向に分からない。
「……海堂さんは青柳くんのようなタイプって嫌いじゃないんですか?」
 あっ……
 なんだか変な言い方をしたみたいだ……
 と、冬夜は内心慌てたが、海堂の方はは別段何とも思わなかったようだ。
 少々神経質になりすぎているのだろう。
 気を落ち着けないと余計に変だと思われる。
「俺か?そうだなあ……。嫌いじゃないね。考えてみろよ。あの若さでパリコレにでてるんだぜ。それだけ奴は色々苦労してるんだと俺は見たね。自分の力だけでそこまで登ろうとすると運がいいだけじゃあ無理だ。だろう?あの手この手、色々企んで成功させてきたんだと思うなあ……」
「そうですね……」
 冬夜にはそう答えるしかなかった。
「……で、浅木くん。本当にもう大丈夫なのか?」
「はい。二日間ぐっすり寝かせて貰いました」
「ならいいけどなあ」
「ありがとうございます。それで……金曜のニュースのビデオってあるんですか?」
「ああ、マスターはまだ倉庫に行ってないはずだぞ。そのへんにないか?編集前の別取りの方も一緒に置いてるはずだけど……」
 海堂は立ち上がり、机上に置かれた数々のビデオをかき分け該当のものを探しはじめた。冬夜もとりあえず海堂の手を目で追った。
「あったあった。これこれ。見ても別に大したこと無いけどな」
 そうして冬夜は二本のテープを渡された。
「じゃ、僕、ちょっとチェックします」
「浅木くんが終わったら飯でも食いに行くか……」
「はい」
 冬夜はテープを持ち、近くにあるビデオをデッキのあるところまで移動した。どちらから見ようかと悩んだが、先にニュースの方を見ることにした。
 ニュースは何時も通りのスタートだ。違うのは冬夜が海堂の隣に座っていないだけ。しかも冬夜のネームプレートの横に「風邪で本日はお休み」とか書かれたものが置かれていた。
 ……
 これ……
 これっていいのか?
「海堂さーん……なんですかこれ……」
 叫んで言うと海堂は笑っていた。
「あはははは。ニュースって固い番組だけど、これで少しは親しみが沸くだろう?本当は美術さんに言って上半身だけの等身写真のスチールを作ってもらおうと思ったんだけど間に合わなかったんだ。視聴者からもお前を心配するFAXや電話とかメールも合ったみたいだぞ。人気者だねえ浅木くん」
「あ……はあ……」
 ……あの……
 バラエティじゃないんだけど……
 色々言いたいことはあるが、放送は既に終わっている。文句を言っても仕方がないだろう。何よりどうせ辞めるのだ。
「で、来たFAXとかはお前の机に山積みになってるはずだ。見えてないのか?」
 言われて冬夜は自分の席を振り返ると確かに何やら色々積んであるのが視界に入った。それはファックスであり、電話を取ったメモの数々だ。
 ……
 あれ全部そうなんだ……
 自分を心配するFAX等が積まれたボックスは、ありがたが、見るのが恐い。
 見たらきっと後ろ髪を引かれそうだから。
 視線をテレビ画面に戻し、冬夜はまたニュースの進行を眺めることにした。
 冬夜がいなくてもニュースは滞りなく進む。その事実が目の前に証明されていた。だから冬夜が辞めたところで何も変わらないのだ。
 必要ならサブキャスターがどこからかまた連れてこられるだけ。
 冬夜でなくとも出来る仕事なのだから心配することなど無いのだろう。
 そんなことを考えているとビデオはようやく放火の特集に切り替わった。
「……というわけで、二年前に起こった連続放火魔との関連が問われています。何故今頃また繰り返されるのか謎ではありますが、以上の相違点から警察の方も同一犯ではないかというコメントが出されました。ところで、過去の放火では一件、残念なことに亡くなられたご一家があります。そのうち息子さんだけは外出しており炎からは助かったわけですが、その人物のコメントを取材することが出来ました」
 そこで別取りした映像に切り替わった。
 場所はどうも局の食堂のようだ。その窓際の席に海堂と青柳が座っている。青柳は普段の姿で、いつもモデルとしてみせる服装ではなかった。しかも化粧は最低限で尊大な雰囲気はない。
「今回の放火について、警察の方では同一犯だと見解が出されていますが貴方はそのことについてどう思われますか?」
「そうですね……。私は同じ人物だと思います」
 普通の……ごくごく普通に青柳は話す。
「同じ人物だとして、やはり家族を失った者としては犯人を憎んでおられるのでしょうね?」
「当然でしょう。母は私にとって妹にあたる二人の子供を守るように亡くなりました。父は一旦助かったにもかかわらず、家族が取り残されているのを知り炎の中に戻って亡くなりました。私は……警察の事情聴取のときに検証写真を見せられたんですが、それは未だ眼裏に鮮明な映像として残っています。これで恨むな、憎むなと言われても無理ですよ」
 冬夜が見たこともないような悲しげな表情を青柳は作っている。それが仮面なのか本心なのか冬夜には分からない。
「今また繰り返されていることについて、どう思われますか?」
「許せない……と、申し上げておきます」
 挑むような瞳を海堂に返す青柳はいつもの青柳だった。違うのはその態度と口調だけだ。
 許せない……か。
 それは犯人も含め冬夜に対しても発せられている言葉なのだろう。
 許せない……
 青柳は数年間ひとときも忘れなかったに違いない。亡くなった母親と、そして自分の妹たち。助けようとして果たせなかった父親。
 どれもこれも青柳の心に深く焼き付けられている。
 冬夜はそこでビデオを止めた。
 問題は起こらなかったのだ。
 ただ、冬夜に対して青柳がどう思っているかだけを再確認しただけの事だった。
 見なくても良かったな……
 分かり切っていたことだし……
 ビデオを取り出し、冬夜はため息をついた。
 次に編集前のインタビューのビデオを入れる。別に見たところで変わったことはないのだろうが、大抵インタビューのビデオは色々と個人的な雑談を話していることも多いのだ。それはインタビューを行う相手をくつろがせるために、関係のない話題を出して話しやすい雰囲気をまず作るからだ。
 そこでは信じられない二人を見ることになった。
「うわ……おもしろいな……それ。違う番組で使いたい位だよ……」
 涙目になっている海堂は真剣に笑っている。インタビューをしているという雰囲気はない。
「まあ……俺も、あんな事になるとは思わなかったんですよ。モデルって言っても当時は名前が売れてる訳じゃなかったですし、向こうじゃ下っ端の使いっ走りでしたからね。一応先輩方をたてて俺も言うこと聞いていたんですけど、俺が入れた飲み物に大腸菌が混ざってたなんて……俺も知らなかった」
 青柳も笑っている。それは冬夜が惹かれた笑顔だ。
「でも君が入れたんだから疑われたんじゃないのか?」
「その飲料メーカーの製造工程上のミスだったんですよ。だからあのとき、ものすごい騒ぎになりましたね。俺は嫌いな飲物だったから口を付けなかった。だから有名どころのモデルがそれで全員病院行きになってしまって……上手い具合に俺にもおはちが回ってきたというのが本当のところなんですよ」
「……そりゃあすごい運だな」
「他にもいろいろありますけどね。まあ運も実力のうちっていいますし……」
「いいねえ……俺もそんな風に言いたいよ」
「人気キャスターの海堂さんがそんなことを言うんですか?信じられないな……貴方こそ運も実力のうち……なんて言ってそうですけど……」
 言って二人で笑っている。
 楽しそうだな……
 何となく海堂がうらやましいと思ってしまった冬夜は重症だ。
「そう言えば噂で聞いたんだが……君は確か大事な用があって日本に一時帰国してるそうだね……君が惚れ込んでいるのは誰だ?世間じゃ君の訪ね人を捜すのに躍起になっている記者もいるぞ」
「惚れてる訳じゃないんですけどね……追っかけてきたというか……」
 そう言った青柳の顔は笑ってはいなかった。
「ん、もしかして想い人でも追いかけてきたのか?」
「そうですね……どうでしょうか……」
 青柳は誤魔化すようにふっと口元だけで笑う。
 僕に対する言葉なんだ……
 惚れているわけではない相手……そう、憎んでいる相手がいる。だから戻ってきた。
 冬夜はビデオを再生するのを途中で止めた。
 これ以上見ても辛くなるだけだから。
 見なくても良いものを見てしまったな……
 自分にとって少しでも救いがあるような言葉を青柳が言っているのではないかと期待した冬夜が馬鹿だったのだろう。
 何処まで行っても冬夜は恨まれて憎まれている。
 仕方ない……
 仕方ないんだ……
「見終わったか?特に編集前の別取りはおもしろかっただろう?」
 意味ありげに海堂がニヤリと笑った。その理由は分からない。
「え……はい」
「じゃあ飯でも行くか?ちょっと時間がずれてしまったけど、昼から少し時間をずらせた方が食堂も空いているだろうし……」
 肩を自分で叩きながら海堂は言った。
「そうですね」
「今日来てくれて良かったよ。ちょっと相談がある」
 もう海堂は笑ってはいなかった。

 食堂ではお昼の時間帯を過ぎているせいか、人もまばらだった。今日は隆史が来ているのだろうかとあちこち視線を巡らせてみたが、いなかった。
 そう言えば……
 あいつ今日はご両親をディズニーランドに連れて行くって言ってたっけ……
 忘れてた……
「で、浅木君は何を食うんだ?俺はいつも通り今日のランチで良いんだが……」
「僕も同じもので……」
 そうして同じランチをそれぞれに持ち、いつものように窓際の席を陣取る。
「相談って……なんでしょう?」
「……いや……大したことじゃないんだが……」
 海堂は言葉を濁した。
「じゃあ、大したことじゃない相談事って……なんですか?」
「記者クラブから……奇妙な事を聞いた」
「奇妙なこと?」
「ここ最近起こってる例の放火な、燃えさかってる現場で必ず青柳の姿を見るんだと。どの現場写真にもあいつが映ってる。これはどういう事だと思う?」
「……さ……さあ……」
 冬夜にはどう答えて良いか分からなかった。
「放火は青柳が帰国してから起こってる。で、どう思う?」
 海堂が言わんとしていることがそこで分かった。
 だがそれは考えられないことだ。
 放火のあった日、青柳と冬夜は朝まで抱き合っていたことがあったから。もちろんそれを話すことは出来ない。
「違いますよ……」
「……だと思うんだが……なあ……」
 腕組みしながら海堂は唸る。
「青柳くんは……被害者で……しかも放火犯を恨んでいるんですよ」
「分かってるよ……それは……この間のインタビューでよく分かった」
「じゃあどうして……」
「火が上がる前にも目撃されているんだってよ」
「……」
「どう思う?」
「青柳くんがそんなことをするメリットは無いでしょう?彼がいくら馬鹿なことをするタイプでも、それこそ今まで築いたモデルとしての地位を捨てることを自分からするでしょうか?」
「……まあなあ……」
「……」
 冬夜たちはそこで沈黙したまま食が一向に進まなかった。
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