「黄昏感懐」 第2章
「あっ……あ……ああ……」
ずっと望んできたことが現実になっているというのに、何故か夢の中での出来事に宇都木には思えた。そんな気分を痛みと快感が走るたびに、現実だとようやく感じる。
「……く……お前の中は食いちぎられそうだな……」
それが褒められているのかどうか宇都木には分からない。だが如月から聞こえる荒い息は決して自分の身体が満足できないものではないことだけは分かった。
それだけで嬉しい。
机に打ち付けられるような激しさで貫かれ、痛いのか気持ち良いのか分からない。ただ必死に如月にしがみつき、感じられる全ての感覚を取り込みたいと宇都木は思った。
「……あっ……ん……ふ……」
繋がったまま身体を揺らされ、その間も何度も口内も犯される。如月の普段からの性格からは見えない激しさで何度も押し入れられ、気を失いそうになった。だが必死に意識をつなぎ止め、宇都木はよがり声を上げた。
「抜くぞ……」
言っていきなり腰を引こうとした如月の身体を、宇都木は巻き付けた脚でそれを阻止した。
「っ……おい……」
「駄目……っ……ああっ……」
すると身体の奥に暖かいもので一杯になるのが宇都木には分かった。中でまだ痙攣している如月のモノがやはり感じられ、涙が出そうになるほど宇都木は嬉しかった。
「……あ……」
「……馬鹿だな……お前が後困るんだぞ……」
苦笑しながら如月はそう言って、汗で光るこちらの額を撫でた。そのゆるやかな手の動きと、優しげな如月の口調が宇都木には今二人は恋人同士なのだと錯覚を覚えるほどだった。
「……良いんです。こちらの方が感じられるから……」
まだ整わない息を吐いて宇都木は言った。だが相変わらず絡めた腕と脚は緩ませなかった。
ああ……
痛いのか、気持ち良いのか良く分からない……
でも……
確かに幸せだ……
「……宇都木……」
ふと如月が言った。
「何ですか……」
「なかなか良かった」
こほんと咳払いしてそう言った如月に宇都木は満足な笑みを向けた。
それから、何度も「気晴らし」と称して、宇都木は如月を誘った。如月の方も誘えばのってくるのだが、自分から言い出すことは無かった。それが狡いと宇都木は思っているのだが、仕方ないとも考えた。
要するに……
過去の男に対して一応負い目を感じているのだろう……
宇都木はそう思うことにしていた。だが何度も抱き合い、時間も経てば、いつか自分との関係が深まり、如月にも情がわくに違いない。
情などいらない。だが気晴らしのままの関係は悲しすぎるのだ。
今はそれでもいい……
いつか……
それがいつか愛情に変わるのなら……
何年でも待てる……
いつか……
愛していると囁いてくれるのなら……
いつまでだって……
私は待つ……
宇都木はただ遠い未来に対して希望を持つことで、自分の愚かしい行為を正当化しようとしたのだ。
愛している……
たった、その一言を聞きたいために……
如月は「さっさと終わらせよう」と言ったとおりに本当にさっさと終わらせた。こちらは、まだ満足していないのにだ。不満が口をついて出そうになった宇都木であったが、それは言わなかった。
最初が悪かったのだと、今更ながらに宇都木は思った。
確かに誘ったのは宇都木からだった。それに関しては後悔はしてない。いつか甘い恋愛が出来ると最初は思った。だが数年経った今も二人の関係は何も変わらない。宇都木が望んだ淡い期待は、いつの間にか砕けてしまっていた。
それでも想いは強くなるばかりで薄れることが無かった。例え如月が「気晴らし」で自分の身体を抱き続けていても、何も無いよりはましだったからだ。
それに……
誘うのは相変わらず私からだ……
何度も、今度こそは如月から誘わせてみせると頑張っても、根を上げるのは何時も宇都木の方だった。所詮、慣らされてしまった身体の制御など出来なかったのだ。
それを思い知ってから、何も期待しなくなった。ただ、爛れるように抱き合い、空しさばかりが胸の中に積もっていく。愛されたいと切実に願いながらも、叶える気の無い男に抱かれ続け、それでも止められない自分が情けない。
如月は一体自分のことをどう思っているのだろう……
宇都木は何時もそう思っていたが、それすら聞けずに今までやってきた。だが今日は何かが違った。
ソファーに座った如月は何処か遠くを見ている。その青い目はこちらを視界に入れていない。宇都木はそんな如月を見て溜息を付くと、ソファーにだらしなく身体を伸ばしたまま目を閉じた。
また……過去の男を考えているのだろう……
しつこいんですよ……貴方は……
何年経ってもこの男は、二度と会えない大陸向こうの別れた男を想っているのだ。馬鹿馬鹿しくて涙も出ない。今側に存在しているのは自分であって、過去の男ではないはずだ。抱き合い、触れあっているのはこの自分なのだ。どうしてそれが如月に分からないのだろうかと、腹立たしく宇都木は何時も思う。
それに……
もう貴方には無理なんです……
どう頑張っても……
如月がつき合っていた過去の男は今、新しい男と一緒にマンションに住んでいた。だから永遠にそこは上手くいって貰わないと困る。時折伺う二人は意外に仲良く暮らしていた。色々問題がありながらも、公園を二人歩く姿はお互いを思いやる愛情に溢れていた。だからずっとそれを続けて貰うつもりで宇都木はいた。自分がバックで動いて解決することがあるなら何だってするつもりでいた。
だたそれが身内だと言うことが何かを暗示しているように思えたのだが、あの東とその嫁である都が認めた以上、二人の問題で壊れる以外は、誰であっても邪魔をしたり、別れさせることは出来ない。
いつか如月は自分の思い人と誰がつき合っているのかを知るのだろうか……
その時如月はどうするのだろうか……
そんなことを考えるのだが、考えたところで答えなど出ない。
あの……
手紙の事を……如月が知ったら……
一体どうなるのだろうか……?
そんな不安を最近とみに感じるように宇都木はなっていた。自分の中では既に過去のものにしていたはずが、ここに来て亡霊のように我が身に付きまとうのだ。
「宇都木……こういう関係はもう止めにしよう……」
ふと如月はそう呟いた。驚いた宇都木は目を開け、身体を起こした。
「……え?」
「……虚しいだろう?」
言ってこちらを向く青い目は何故か切ない。
「……そ、そんなことは……」
「私は虚しい。快楽だけを追ったところで、満足などできやしない。それともお前はそれで良かったのか?」
良かった訳など無い。
満足したことも無い。
例え抱き合わなくても、愛しているとさえ囁いて貰えればそれで満足できるのだ。
だがそんな言葉を一度だって聞かせてくれたことなど無い。
その事に空しさを感じたことがあったとしても、抱き合うことで何とか宇都木は自分を満足させてきたのだ。
それなのに……
それすら止めようというのか?
今まで散々自分の身体を抱き続けてきた男がそんな身勝手なことを言うのか?
だが色々思うことがあっても宇都木には一言も言い返せなかった。
最初誘ったのは……
今まで誘ってきたのは……
自分であって如月ではないからだ。
自分が愛しているから、その気の無い如月を誘い、何度となく抱き合ってきた。だがその想いが一方通行であることを宇都木は自覚していた。どうあっても如月の心に入り込むことが出来ないのを知っていた。そうであるからここで反論する事など出来ないのだ。
宇都木はそう思うと、喉元まで出た言葉を飲み込んだ。
「私は……そう言うことを考えたことがありませんから……」
精一杯虚勢を張って宇都木はそう言った。
「そうか……宇都木はきっと誰かを本気で愛したことが無いからそう思うんだろうな……」
今この男は何を言った?
誰が本気で人を愛したことが無いと言ってるのだ?
私は違う……
ずっと貴方を想ってきた……
今だって……
なのに、それはあまりにも酷い言い方じゃないんですか?
その一言があまりにも辛く、宇都木は思わず声を上げた。
「それはっ……」
「私は来週……日本に一旦戻る」
こちらの言葉など如月は聞かずにそう言った。
「……東様の誕生会でしたね……」
「それは、ついでだ……」
「ついで?日本に何か用事でもあるのですか?」
嫌な予感がした。
「ああ……私はどうしても諦めきれない忘れ物を取りに戻るんだ」
言って立ち上がった如月は既に衣服を整えていた。何故だか酷く自分だけが汚れている様な気分に宇都木はなり、乱れたシャツを握りしめて視線を逸らせた。
何年ぶりだろう……
久しぶりに日本に帰ってきた如月は、東京駅すぐ近くのホテルを取り、まずはそこでくつろぐことにした。
荷物を置き、ネクタイを緩めてベットに座る。そして窓の外のビル街を眺めて相変わらずだと何故かホッとした。
外の景色はくすんだような空に、背の低いビルが立ち並ぶ。アメリカの高層ビルとは違い、日本のビルは低いのだ。それが何となく違和感を覚えるが、逆に日本に帰ってきたという実感があった。
まずは……
例の爺さんの誕生会か……
結局仕事の折り合いが付かず、数日前に帰ってくる予定でいたはずが、ズルズル伸びて当日に帰ってきたのだ。だがその分、休暇は二週間捻出できた。それだけあれば、自分が忘れられない男の消息を探すことが出来るだろう。
まだ……
東京にいるのだろうか……
フッとそんなことを考えて如月は仰向けにベットに倒れ込んだ。
澤村戸浪。
如月がどうしても思い切れない過去つき合っていた男だ。結局別れる理由を作ったのは他ならぬ自分自身であった。それは充分分かっている。そして反省もした。
あの時は忘れられると思った。愛されていないのなら、別れるしかないと思ったのだ。
戸浪を試したのは間違っていたのかもしれない。
今頃になってそんなことを考える。
秋田で出会い、そしていつの間にか自分にとって大切な人になり、東京の大学に出たときには、戸浪をこちらに呼び寄せたのも如月であった。そして二年一緒に暮らし、何度も抱き合った。だが何時も戸浪が何を考えているのか分からなかった。
自分の気持ちを素直に言わず、どちらかというと心に秘めるタイプの性格は、最初奥ゆかしいと思ったのだが、それが何年も続くとやはり不安になるのだ。
愛していると言われても、それが本当かどうか如月には分からなかった。夜遅く帰って反応を見ても、感心が無いのか、理由を聞くこともしなかった。
普通なら問いつめるんじゃないのか?
何処にいた?
誰といた?
そういう嫉妬心が全く戸浪には無かったのだ。
だから試した。
本当に自分を愛してくれているかどうか如月は知りたかったのだ。計画はこちらの思い通りの結果にならなかった。就職活動の為にそちらに専念したいから、別々に暮らしたいと言ったときも、戸浪は頷いた。そして何も聞かずただ「そうか、ではそうしよう」と何の感慨もなしに言ったのだ。
本当にこれが恋人に対して言う言葉か?
そこで、本来なら戸浪から嫌だという言葉が出るものだと期待したのだ。しかし戸浪は「嫌だ」どころか、「そうしよう」と微笑みすら浮かべて言ったのだ。だからこちらも引っ込みが付かなくなり、別々に暮らしだした。
その後戸浪からは連絡は来なかった。何時も連絡をするのは如月の方だった。
会えば戸浪は何時も通りだった。一緒に暮らしていたときと同じように振る舞っていた。どうしてそんな風に振る舞えるのか、如月にはどうしても分からなかった。
その結果出たのは、自分は愛されていないという答えだった。
だから兄が結婚し、アメリカに渡る事になったとき、自分も付いていくことにした。幸い東都のアメリカ支社に社員の空きがあると聞いたため、そちらに就職することに決めたのだ。
それが決まったと同時に戸浪に別れ話を出した。
自分でもどんな風に言ったかは如月も余り覚えていない。別れようとはっきり言ったのか、又よりを戻せそうな言葉を言ったのか……それすら良く思い出せないのだ。
覚えているのはあの時の戸浪だった。じっとこちらの言葉を聞き、最後に頷いただけだった。
涙も見せず、別れたくないという言葉も無かった。それが酷くショックだった。何年も一緒に暮らして、頷くだけでおわるのか?
何故恋人にそんなに淡白になれるのだ?
どうしてそんなに冷たくなれるのだ?
その戸浪の態度で如月は悟ったのだ。
愛されていないんだ……と。
だからもう忘れるつもりで今まで来た。だが心の中にいる戸浪との記憶はちっとも薄れることは無かった。
そして暫くこちらで働き、何時も戸浪のことを考え、ようやく分かったのだ。
本当は……
戸浪も寂しかったのだと……
まだ戸浪が学生で秋田にいた頃、彼は膝を壊し、二ヶ月ほど入院をした。あの時大学の夏期休暇で実家に戻っていた如月は毎日見舞いに行ったものだった。
「邦彦……そんなに毎日来なくても良いぞ……」
病室に入ると如月は毎度そう戸浪に言われたものだった。
「いや……毎日顔を見ないと気が済まないんだ……」
言って椅子に座ると、何時も戸浪の弟が途中からやってくるのだ。弟の大地も脚を骨折し、戸浪と同じ病院にいるのだから仕方なかった。
「兄ちゃん~遊びに来たぞ~」
杖を付いているのに、両手を振らんばかりの様子で大地は何時も扉を開けて入ってくる。言葉はぞんざいだが、それとは逆に容姿は全く少女のようだった。最初妹かと如月は思ったくらいだ。
「……自分が退屈だから来るんだろうが……」
そう言う戸浪の顔は言葉と違い優しい笑みを弟に向ける。その笑顔が本当に綺麗で如月が一番すきな顔だった。兄弟そろって色素の薄い茶色の髪、そしてきめの細かい肌。秋田独特の気候が作るその肌は触れて味わいたくなる肌だった。
「え~俺しってるもんな~。こんな個室実はすごく寂しいだろ~だから俺毎日来るんだぞ。兄ちゃん素直に言えよ~」
そう言って大地はいつも兄のベットに上って戸浪に甘えるのだ。
「……お前が甘えたいんだろうが……」
苦笑してそう言い、こちらを見る戸浪は本当に可愛いと思ったのだ。あの時、この男は素直じゃないのだと分かったつもりで居た。決して無関心でも冷たくもない、ただそれを表現するのが苦手なだけだと分かった筈だった。
その後一緒に東京で暮らし初め、戸浪は変わらなかった。変わったのは自分だったとようやく如月は分かったのだ。
都会での誘惑の多い毎日……
そしてサークルでの飲み会。
如月は思う存分都会を満喫していた。だが戸浪は元々そういう社交的な部分が少ない。そうであるからすれ違いも多かった。
遊び歩こうが戸浪は何も言わなかった。戸浪だけは時間が止まったようにいつも同じ態度と同じ生活を繰り返していた。決して派手なものには染まらず、秋田にいた頃と同じように日々淡々と暮らしていたのだ。そんな戸浪に物足りないと思ったのは他ならぬ如月であった。
如月が誘っても飲み会にも来ない。サークル活動も苦手だ。だからそこに溝が出来たのだ。
好きな相手となら何処にだって行きたいと思うだろう?
同じ趣味を楽しみたいと思うだろう?
好きなら……
自分が嫌だと思っても相手に合わすことも当然だろう?
それが何故出来ないんだ?
そんな傲慢な気持ちを如月はあの時、持ってしまったのだ。だから要求し、それが叶えられないと愛されていないと思う。そんな子供じみた考えにとらわれていた。
今なら分かる。
それだけ大人になったのかどうかは分からない。ただ、自分の思い通りにならなかったからと言って、それが全て相手の心変わりの所為だと決めつけたあの時の自分がどれほど身勝手で、傲慢だったのかをようやく知った。
何より社会の荒波に揉まれ、いつも変わらない存在がどれだけ貴重なことかを知った。騙したり、企んでみたり、いつも気を張る生活を強いられ、そんな中で戸浪だけがささくれた心を癒してくれる存在だったのだと今だから分かる。
だから取り戻したい……
もう一度やり直したい……
何度も諦めようとした。
自分がどれほど酷いことをしたのか分かっているからだ。
時間が経てば忘れられると思ったからだ。
だがそれが出来なかった。
何年経っても戸浪と暮らしたあの日を忘れることが出来なかった。
今更……
こんな事を分かったところで……
戸浪は違う誰かが居るかもしれないんだぞ……
それでも……
もう一度戸浪に会いたいと如月は思った。
会って戸浪が変わっているのを知り、それで気持ちが冷めるならそれも良いだろう。
だが如月には分かっていた。
戸浪は変わらず、あの時のまま何も変わらず暮らしているのだろうと。
夕闇迫る頃、東の恒例の誕生日を祝うパーティに如月は出席した。毎度の事ながら、ふざけた集まりだと如月は心の中で思った。
権力をただ見せつけるだけの集まりだ。ここは東の親戚などが集まり、如月のような外から来た人間にはとても冷たい場所なのだ。
多少は仕事が出来ると如月も自負している。だがこの東都というグループは東の血をただ引いているだけでもその保護下に置かれるほど、強い血のつながりを持っているのだ。だからといって、それを仕事上にまで持ち込まないのが東の方針なのだ。それは褒めてやろう。
だが、血のつながりがあると無いとでは雲泥の差なのだ。それは家族として付き合いが出来てしまった今だから分かる。
「まあ……邦彦さん。こんなところで一人で何を飲んでいるの?ほら、あちらに綺麗な女性が沢山いるわよ。一人くらい良い方がいらっしゃるのではなくて?」
兄嫁である舞が、そう言って笑った。舞は長い髪を上でアップし、肩を出した黒のドレスを非常に上手く着こなしていた。
「今日、日本に着いたばかりで少々時差ぼけをしているんですよ。それでまだ頭がぼんやりとしていてどうにもこうにも……」
適当にそう言い、如月は笑った。
「あら……あそこにもぶすくれたのがいるわ……もう……何してるのかしら……」
そう言って、歩き出した舞の先に、兄嫁の弟である祐馬を見つけた。確かにぶすくれた顔で一人ぼんやりとしている。
祐馬らしい……
そんな祐馬をみて如月はそう思った。
この三月に日本に帰っていった祐馬は、最近までアメリカの東都でアルバイトをしていた。といっても、アルバイト的な雑用をさせるのではなく、将来的に社内でそれなりの地位を与えるために、色々と勉強させていたようであった。だがそれらを全て蹴り、祐馬は「自分にはこゆの性格に合わないから……」といって大学卒業後、さっさと日本へと帰っていったのだ。
如月も何かと面倒を見たため、祐馬はまるで弟のような存在だった。だが東の系列であれ程浮いた存在はないだろうと思うほど、無欲なのだ。
その所為か、東都を統括する祐馬の祖父でもある東にことのほか可愛がられていた。その嫁である都も猫かわいがりと言うほどの可愛がりようであった。
だが祐馬はそれに甘える訳でもなく、いつも「じーちゃん、ばーちゃん」と他の人間が聞けば驚くような口調で未だに接している。
それも祐馬だから出来るのだろう。本人はそれがどれだけすごいことか分かっていないのだ。
あの宇都木が頻繁にアメリカに来ていたのは祐馬の存在があったからだった。東に命令されて、祐馬の身辺をいつも伺っていたのだ。
それだけではない。如月も最初は知らなかったが、宇都木は東家に仕える特別な秘書の一人だった。東家には親戚、縁者を逐一監視している秘書が数人いるのだが、そのうちの一人が宇都木だ。
歳がそれほど離れていないというのと、小さい頃は良く一緒に遊んだという祐馬のお目付役にはぴったりだったのだろう。
ガキのお目付に疲れた時に少し羽を伸ばすために自分と関係を持ったのだと如月は思っていた。
まあ……確かに祐馬の面倒を見るのは疲れるかもな……
天然だし……
そう思っていると、舞に何かを言われた祐馬がこちらを向いて名前を呼んだ。
「あ~如月さんだ~!」
これでもかという位の笑みを向け、祐馬はそう言った。
「やあ祐馬、久しぶりだな」
向こうが近づく速度に合わせこちらからも歩を進めた。
別れたときはもっと子供っぽい感じであった祐馬であるが、久しぶりに見る祐馬は意外に大人の顔立ちになっていた。
「今まで来るのすげー嫌だったけど、如月さんに会えて、来てよかったと思った」
えへへと笑って祐馬はそう言った。
「私もだよ。元気だったか?」
言いながら如月はいつもしていたように祐馬の頭を撫でた。
「無茶苦茶元気だよ!」
「そうそう、祐馬、おばあさまに聞いたけど、貴方男の人と一緒に住んでるって本当なの?」
舞が困ったような顔でそう言った。
「そだよ。なんで?」
「なんでって……おばあさまは、そう言う時代だからねえ……っておっしゃって納得されてたけど……」
益々困ったような顔で舞が言った。
「別に悪いことしてないからいいじゃんか。俺大事にしてるしさ、アメリカの友達だって堂々とつき合ってたぞ。国が変わったから駄目なものなのかよ」
ムッとした顔で祐馬は言った。
本人、お国柄など全く気にも留めていないのだ。
「まあまあお姉さん。祐馬も若いから色々あるんですよ」
如月が喧嘩になりそうなのを見越して間に入った。
「……そうだけど……」
「祐馬、そうか、じゃあ色々話し聞かせてくれないか?」
「え、あ、いいよ。やっぱり如月の兄ちゃんは話が分かるな~」
いや、別に話が分かるわけではないのだが……
苦笑しながら如月は、祐馬と歩く途中で、ワイン二本とグラスを掴んで「外で酒盛りしようか」と言い、ベランダに出ると階段の中程に腰を下ろした。
「じゃ、再会を祝って~乾杯~」
祐馬がそう言ってグラスを上げた。
「ふふ、再会と言っても、お前今年三月に別れたばっかりだぞ」
如月が笑いを堪えてそう言った。
「う~ん。そうなんだけどね……」
「お前が日本に帰るとは思わなかったね。あのままアメリカで東都を手伝うものだと思ってたよ」
「俺、やっぱ日本が好きだし、別に東都に居て出世したいとかおもわねえもん。気楽に人生いきてけたらそんでいいからさ~如月さんみたいに格好良くスマートに生きられそうだったら考えたけどね」
お前は自分がどれだけ恵まれた立場にいたか分からないだけだ。
まあ……いいが……
教えたところでこの性格が変わるとも思わないしな……
そんな事を考えて口元に笑いが浮かんだ。
「そうか、お前らしいかもしれんな……」
こんな風に生きられたら……
随分楽だったろう……。
お前が羨ましいよ……
「だろ、俺の生き方に誰も文句いわねえよ。みんなしってっから、そういう俺の事さ」
ははっと笑って祐馬はもう一杯ワインを飲んだ。
「そうだ、お前のつき合ってる相手、本当に男か?」
こういう事をはっきり言うのも祐馬らしいのだ。
そう思うと相手が気になった。
「そうだよ。如月さんも反対とか言わないよな」
「いや、私は好きならどっちでも良い派だからな。アメリカじゃ珍しい光景じゃないしね」
自分だって男とつき合っていたんだから……
ということは口が裂けても言えないが……
「やっぱり如月さんは出来てるよなあ~人間が。姉貴は駄目だ」
「どういうタイプなんだ?」
この甘えたの坊ちゃんがどういう相手とつき合っているのか如月には興味があった。
「……う~ん……年上」
「年上か……なんだかお前らしいなそれは……」
なんだ、思い切りまんまじゃなか。
そう思うと笑いが漏れた。
「何で年上が俺らしいわけ?」
「お前のことだ、甘やかしてくれそうなのを捕まえたんだろう?」
「戸浪ちゃんって俺のこと、全然甘やかしてくれなんかしないぞ。あいつ……あ、名前言っちゃったなあ」
戸浪?
今戸浪と言ったな……
珍しい名前だ……
滅多にいる名前ではない……
如月は表情が強ばるのを必死に隠した。
「戸浪と言うのか……」
「そう、すげえ綺麗な顔してるんだ。俺の一目惚れ。んでも顔と性格が全然違うの。それもいいんだよな~」
私の知っている戸浪だ……
では……
今祐馬とつき合っているのか?
どうして?
どうなってるんだ?
「そうか……」
祐馬に動揺を気取られたくない如月は、視線を外して庭の方を眺めた。
「……でもさあ、どうも昔の彼氏を引きずってるんだよな……」
それは……
私のことか?
まだ……私を引きずっているのか?
私と同じように……
戸浪……
「……そうなのか?」
如月はようやくそう言った。
「うん。でもまあ俺の事やっと好きって言ってくれるようになったし、それにさ、色々もめたときも、戸浪ちゃんから俺んちに来てくれて……すげえ嬉しかった。だからもちょっとしたら本当に俺の事だけ見てくれるようになると思う。でもさ、ここまでこぎ着けるの長かったよ」
まだ完全に祐馬の方へ傾いているわけではないんだな……
私を忘れられないんだな……戸浪……
そうなんだろう?
私もだ……
私も忘れられないんだ……。
「一緒に住んでいると言ったな……」
「そうだよ。なんで?」
警戒されないように如月は笑って言った。
「弟みたいなお前の面倒を見てくれている、可哀相な男に礼くらい言ってやらんとな」
「……何かそれ腹立つ……」
「それよりもっと飲め、久しぶりなんだから……」
如月は祐馬のグラスにワインを注いだ。
「え~俺車で来てるし……」
「送っていってやるから……」
如月はそう言って「たまにはつき合え」と言った。
「そか、うん。俺も久しぶりに如月さんに会って良いお酒飲めて嬉しいよ」
と、祐馬は嬉しそうにグラスを傾けたが、如月はこのまま祐馬を酔わせてしまおうと思ったのだ。
自宅へ送っていけば、相手が本当に私の知っている戸浪かどうか分かる。
もし……
もしそうだったら……
ちらりと祐馬を見、視線を戻す。
返して貰うぞ……
祐馬……