Angel Sugar

「黄昏感懐」 第8章

前頁タイトル次頁
 過去酷い言葉と仕打ちで戸浪を切り捨てた。その自分がまた戸浪を苦しめたのだ。これの何処が愛情だというのだ。
 自分のしてしまったことに如月はようやく気が付いた。
 愛している相手を傷付けること……
 それは愛情でもなんでもない。
 幼い子供の独占欲でしかない。
 決してそれは愛ではないのだ。
「……私を恨んでいるか?」
 私は馬鹿だ……
「いいや……誰も恨むつもりなんか無い。一番悪いのは私だ。お前はずっと私を好きでいてくれた。だが私はその事を忘れて祐馬を好きになってしまった。きっとこうなる予定だったんだろう……だが……」
 躊躇いながら戸浪は次の言葉を言った。
「如月……嘘は駄目だと私は思う。だが一生かけてついても良い優しい嘘がこの世にはあると思う。それが今だった。そう思わないか?お前が私とのことを黙っていれば、良かったと思わないか?」
「そうだな、そうすればお前は祐馬を失わなかった」
 黙っていることが出来なかったのだ……。
 最初は多分本当にそこに愛があったのだ。
 だが戸浪と祐馬を見て自分の中にある醜い物が出てきた。
 多分それは……
 自分だけが置いてけぼりを食った辛さが……
 何もかもを壊してしまいたいという衝動になった。
 愛情などとお綺麗なものではない。
 ただそんな醜い自分を隠すために愛という言葉を利用した。
「違う。そうじゃない。お前も可愛がっていた弟のような祐馬を失ったんだぞ!分かってるのか?後悔していないのか?私達は二人とも祐馬を失ったんだ。その事を言ってるんだっ!」
 戸浪はそう叫ぶように言った。
「……ああ」
 いつも戸浪は相手のことを考えている……
 自分のことしか考えられないのは如月だけだった。
「……でも、祐馬はいい子だ……。何年かしたら、きっと彼女でも出来るだろう。そのときはお前達は過去を綺麗に流して又仲良くしてくれ。私はいい……」
 小さな溜息をついて戸浪は言った。
「戸浪……お前……」
 綺麗な戸浪……
 お前の心はもっと綺麗だ……
 私のドロドロとした心など見せられないほどだ……
 どうしてそんなに優しいのだ……
 お前に見つめられると恥ずかしくて堪らない……
「いいんだ……祐馬がお前と親戚であった事でいつかこうなったんだろう。私もじたばたして隠したのがいけなかったんだ。それだけだ……今更何を後悔しても元には戻らないんだから……」
「戸浪……」
 如月はいきなり戸浪を抱きしめた。
「……ああ、これでさようならだ……」
 昔感じた温もりが柔らかく如月を覆った。
 この温もりが全て自分のものだと思えたこともあった。だがもうそれは遠い昔のことなのだ。
「ああ……分かってる……」
 絞り出すように如月は言った。
「がんばれよ……お前も……」
 戸浪からも手を回し、如月に身体を任せてきた。
「愛していたよ……戸浪……」
「だがもう終わったんだ……如月……」
「終わったんだな……」
「終わったんだ……」
 そう……
 過去は終わったのだ……
 過去の清算が……
 ようやく終わったのだ……

 コーポにつくと如月の車を見つけた。では今戸浪と会っているのだ。
 宇都木は車を如月の後ろに停め、二階建てのコーポを硝子越しに見た。今何を話しているのだろう……それが気になったが、中に入るわけにはいかない。
 馬鹿なことをしていないのだろうか……
 それだけが宇都木の今心配している事だった。すると、問題の部屋の扉から如月だけが出てきた。後ろを振り返らずにコーポの階段を降りてくる。
 どうしようかと思っていると、如月がフロントガラスを叩いた。宇都木は仕方無しに窓を開けた。
「……馬鹿なことはされなかったんでしょうね……」
 もっと他に言いたいことはあったのだが、宇都木はそんな言葉しか言えなかった。
「いや……後一つ片づけたらアメリカに戻るよ……。仕事もためているしな……」
 言って久しぶりに如月は笑みを浮かべた。
 もう二度と向けられることはないと思っていた笑顔だった。その如月の表情を見た瞬間に、宇都木は胸が熱くなった。
「邦彦さん……」
「ああ、もう一つ用事はあるが……明日でも良いだろう……。そうだ、これからホテルに戻って酒でも飲もうと思って居るんだが……つき合うか?」
 如月がそう言うと速攻宇都木は頷いた。
 そうして如月の車の後を追うように宇都木は自分の車を走らせた。
 今如月はどういう気持ちなのか宇都木には分からなかった。本当にこれで思い切れたのだろうか?後一つある用事は一体何なのだろう。
 そんな事を思いながら如月の泊まるホテルに着いた。
 
 ホテルの一室で暫く二人で何となく酒を酌み交わしていたのだが、ふと如月が言った。
「……私は……暫く自分を磨くことにするよ……」
「え?」
「……今回のことで自分がどれだけ傲慢で嫌な奴か分かった。こんな男に戸浪が振り向くとは思わないんだ……だから……」
 だから何だというのだ?
 この男はまだ諦めないと言うのか?
「それは……」
 宇都木はそれ以上言葉を継げなかった。
「まあ……ここまで決定的に振られて……今更なんだが……。少し自分を見つめ直して反省するよ。その為に暫く仕事に没頭するのも良いのかもしれないと思ってな。すぐに気持ちを切り替えられないのは仕方ないだろう……。戸浪の事をこれからゆっくり忘れるかもしれない。逆にまた余計想いが強くなるかもしれない。だがそれは私自身が止められることでも無い。そうだろう?」
 ニッコリと笑みを浮かべて如月が言った台詞に宇都木はグラスを落としそうになった。
 ここまで来てまだ諦められないのか?
 それとも忘れようと思っているのか?
 宇都木にはその判断が付かなかった。
「なんだ……宇都木その顔は……」
 苦笑した顔で如月は言った。
「……え、いえ……」
 考えてみると……
 自分だってそうなのだ。
 ここまで来てまだ如月のことを諦めきれないで居る。
 なのに自分のことは棚に上げ、如月に諦めろとは言えないのだ。
「お前には……良い友人で居て貰いたい……駄目か?」
「……友人……」
 宇都木はそんな関係になどなりたくは無かった。
 一度知った甘い抱擁をどう忘れろと言うのだ。
「……ああ。お前と数年あった関係は……忘れた方がいい……お互いな」
 自分だけ綺麗になろうと言うのか?
 全て精算するというのか?
 それは余りにも身勝手なのではないのか?
「嫌です……」
 宇都木は持っていたグラスを置いてそう言った。
「……宇都木……。お前にとってもその方が良いと思う……」
「貴方はっ!自分だけが綺麗なろうとしているっ!そんなのは狡いっ!」
「違う……お前とあった関係を否定するつもりはない。私は確かに狡い男だ。戸浪を想いながらお前を抱き続けてきた。そんな自分が情けないんだよ。お前だってそんな風に抱かれるのはまっぴらだろう?だから……」
「私は……それでもいい……」
 声を絞り出すように宇都木は言った。
 友人などまっぴらだったのだ。
 まだ身代わりにされる方がましだと思った。
 人によるとそんな関係など許せないと思うだろう。だが宇都木は友人になるくらいなら赤の他人になった方がましだと思ったのだ。
 何年も抱かれていた身体は、いつだって如月を求めているのだ。愛を求めるのは諦めた。だから身体だけでもと思うのだ。
 なにかしら繋がっていないと心が壊れてしまいそうなほど、宇都木は如月を愛している。
「馬鹿かお前はっ!」
 いきなり如月はそう言って怒鳴った。
「貴方だけ……逃げ出すなんて許さない……!」
 宇都木はそう言って立ち上がるとバスルームに飛び込んだ。
 絶対……
 許さない……
 自分だけが逃げ出すなんて……そんなの……
 許さない……
 そう思いながら宇都木は自分の来ている物を脱ぐとシャワーを浴びた。
 抱き合えば……
 思い出すはずだ……
 どれだけ私が必要か……
 例え……そこに欲望しかなくても……
 それだけでもいい……
 シャワーを浴びて出ようとすると、脱衣場の扉向こうから声が聞こえた。
 誰か来ている……
 宇都木はそれが分かると、扉を開けて外に出られなくなった。
「……戸浪はいないよ……最初からな……」
 溜息混じりに如月が言った。
「……どういうことだよ……」
 祐馬の声だった。
「どういうことだと思う?」
 その如月の声はあくまで冷静だった。
「俺が聞いてるんだよっ!」
 祐馬がそう怒鳴る。
「そう怒鳴るな……こっちは飲み過ぎて頭が痛いんだよ。まあ、座れ」
「ここでいいよ……」
「……どうしてきたんだ?」
「考えても……納得できないから来たんだっ。そんだけだよ!ちゃんとお前とあいつが一緒に居るところを見たら……諦められるって思ったから……」
 そういう祐馬の声は切実だった。
「お前のその根性は国宝物だな……」
 クククと低く笑って如月は言う。
「これが俺だっ!ほっといてくれよ。そんなことはどうでもいいんだ。何でここにいないんだよっ!最初からいないってどういうことなんだ?」
「色々企んだが、上手くいかなかっただけだ。まあお前は簡単に騙されたがね。結局一番手に入れたかった戸浪は戻ってきてくれなかった……」
「……えっ……」
「戸浪は折角再会した私を散々邪険にしてな。どう言っても戻ってきてくれそうに無かった。だから私は思ったんだよ。お前を失えば戸浪は戻ってきてくれるとね。この間お前が見たのは、私が戸浪を騙して家の鍵を開けさせたんだ。あんな足だ。簡単にベットに押さえつけられたよ……。お前には分からなかったのか?戸浪はあれ程昔抱き合ったにも関わらず、私を拒否した。そんな顔をしていたのに、気が付かなかったのか?お前は本当に馬……」
 バキッと言う音が聞こえ、何かが床にぶつかる音が聞こえた。祐馬が如月を殴ったのだろう。
「あんた……っ!一体……どうしてそんなこと出来るんだよ!俺には信じられないっ!」
 酷く興奮した祐馬の声だった。そんな祐馬の声など未だかつて宇都木は聞いたことが無かった。
「お前に何が分かるっ!私達はお前より長く一緒に居た。私はお前より長い間、戸浪を想い続けてきたっ!それなのにどうして手放せる?どんなことをしても取り戻したいと思っても仕方ないだろうっ!お前みたいにまだ出会って数ヶ月のような男に何故戸浪を渡さなければならない?」
 負けずに怒鳴る如月が宇都木には哀れに思えた。
 最後の意地を張っているのが分かるからだ。
 邦彦さん……
 宇都木は泣きそうな気持ちに駆られた。
「それは……戸浪ちゃんが決めることだ……。あんたでも俺でも無いだろ……。俺は戸浪ちゃんが本当にあんたを選んだら……仕方ないって思ってた……。何年か先……再会したときは……笑って喜んでやろうって……そこまで考えたんだっ。でもあんたのしたことってなんだよ。そんな風に好きな相手を傷つけるなんて……俺信じられないよっ!」
 祐馬がそう怒鳴ると如月は笑い出した。
「何て優しい男だろうな……偽善者ぶって……そう言う人間は……吐き気がするっ!」
「俺はあんたみたいな男の方が吐き気がするよっ!」
「さっさと出ていけ……」
 如月は意外に落ち着いた声でそう言った。
「言われなくても出て行ってやるっ!」
「さっさと行ってやらないと、あいつは何処かに消えるぞ……。昔もそうだった……」
「えっ……」
 その祐馬の声を最後に扉が閉められる音が聞こえた。
 幕を引いたのは、如月だった。その気持ちが痛い。どんな気持ちで言ったのだろうか?宇都木は暫くそこから動けなかった。
 だが暫くすると宇都木は、脱ぎ散らかした服を拾い身支度を整えた。
 なんて恥ずかしいことをして居るんだろう……
 私は……
 確かに馬鹿かもしれない……
 衣服を着終えると宇都木はバスルームを出た。すると如月は又窓の側にあるソファーに座ってウイスキーの入っているグラスを空けていた。
「聞こえてたんだろうな……」
 苦笑しながら如月は言った。その問いかけに宇都木は答えられなかった。
「後一つの用事は向こうからやってきてくれたよ。これで仲直りするんじゃないのか?お前の仕事を減らしてやったぞ……」
 言いながら如月は空になったグラスにまたウイスキーを注いでいた。
「……私は……」
「お前も頭が冷えただろうしな……まあ裸で誘ってきても、私はお前を抱くことはしないと決めていた。だからそうやって服を着て出てきてくれて良かったよ」
「私はっ!」
「何も言うなっ!私は明日アメリカに戻る……。お前はお前の仕事をこれからもしていくと良い。もう……私に構うんじゃない」
 如月はグラスを机にダンッと置いて言った。
 私にまで……
 全てを過去のものにしろと言うのだ。
 その事で苦しめと……
 そして……
 忘れろと……
「邦彦さん……」
「宇都木……お前は良い奴だ……本当にそう思う……。私のような男に引きずられるのは余りにももったいない男だよ」
 言って如月はこちらを見て笑った。その笑顔が酷くまぶしく宇都木には思えた。
「……わ……私は……」
「帰れ」
 近寄ろうとする宇都木を如月はその一言で押しとどめた。
「……はい……」
 宇都木はただそれだけを言ってホテルを後にした。
 もう何も言えなかったのだ。

 自宅に戻ると、ふらふらと宇都木はキッチンに向かい冷蔵庫からミネラルウオーターのボトルを出した。
 終わったのだ……
 自分の想いは何も通じなかった……
 如月は何もかもをも過去にしたいのだ。
 精算というのは全てを精算すると言うことなのだ。
 戸浪のことだけではない。自分とあったことすらそれに含まれていた。
 諦めきれない自分をどうして良いか宇都木には分からなかった。既に如月は吹っ切っている。自分だけが取り残されて喘いでいるのだ。
 過去になど出来るわけなど無い。
 出来るものなら当の昔に過去にしていた。
 出来ないから……
 まだもがいているのだ。
 堪えていた涙がテーブルクロスにポタポタと落ち、その色を変えていく。
 これから私はどうしたら良いのだろう……
 自分がどうやって毎日息をしていけば良いのか分からないのだ。
 何もかもが虚しくて……
 身体のあちこちが痛い……
 私を選べない理由が何処にあるのだろう……
 魅力が無いのだろうか……
 恋人にいつか格上げされることを望んできた。だが今まで積み上げてきた思いまで如月は壊してしまったのだ。
 だが……
 人の思いなど所詮他人に壊せるものではないのだ。
 どんなに諦めろと言われても……
 何度拒絶されても……
 好きなものは好きなのだ。
 愛しているという気持ちは変わらず胸の内にある。
 ただそれが相手に伝わらないだけだ。
 違う……
 受け取って貰えないのだ。
「どうしたらいい……?」
 涙を拭うことも出来ずに自分自身に向かって宇都木は言った。
「どうすればいい……?」
 これからどうやって如月に会って良いのか分からないのだ。そこにインターフォンが鳴らされた。
 無視していると何度も鳴らされたので宇都木は仕方無しに玄関に向かった。
「鳴瀬さん……」
 同じ秘書仲間の鳴瀬がそこにいた。年は一つ下なのだが、こちらよりも体格がしっかりし、男らしい精悍な顔立ちの為、どちらかというと鳴瀬の方が年上に見える。
「真下さんからこれを宇都木さんにと、お預かりしたので……」
 そう言って鳴瀬は持っていた書類をこちらに渡してきた。
「え、あ……済みません……。夕方にはお屋敷の方へ伺うつもりだったのですが……」
「泣いてた……?」
 鳴瀬はそう言ってこちらの頬に手をかけた。それを払いのけて宇都木は言った。
「いいえ……」
「……お茶くらい入れてくれないんですか?せっかっくここまで来たのに……」
 苦笑して鳴瀬はそう言った。
「あ、そうですね……入ってください……」
 宇都木はそう言うと、頬を拭ってキッチンに駆け込んだ。そうして慌ててお茶を入れているとキッチンに鳴瀬が入ってきた。
「なんだか……無理にお願いしたみたいで済みません」
 はにかむような笑みで鳴瀬は言った。
「気が付かなかった私が悪いんです。座ってください……」
 そう宇都木が言うと鳴瀬は椅子に腰を掛けた。その前にようやく準備できたお茶を置いた。
「そう言えば……宇都木さん……体調悪いんですか?この間、珍しく休まれたし……」
 湯飲みを両手で持つと鳴瀬は言った。
「……少し……体調を崩していまして……」
 宇都木はそう言って自分も椅子に腰を下ろした。
「……今も何だか体調悪そうですよ……」
 じっと見つめる鳴瀬の視線が宇都木には痛かった。余り見られたくないのだ。先程泣いていた所為で酷い顔をしているに違いないからだ。
「そうですか?そんな風に見えるだけですよ……」
 宇都木はようやく作った笑みを鳴瀬に向けた。
「……祐馬さんのことはもう大丈夫だそうです……」
 いきなりそう言われて宇都木は身体が固まった。
「……」
「真下さんがそう言ってくれたら宇都木さんには分かると……」
「そうですか……ありがとうございます……」
 視線を落として宇都木は言った。
 幸せな祐馬……
 羨ましくて仕方ない。
 あんなに戸浪を愛して……
 そして愛されている戸浪が羨ましい……
 どうして自分たちは上手く行かないのだろう……
「何かあったんですか?祐馬さん……」
 鳴瀬も祐馬のことは知っているのだ。だが担当が違うため何も聞いていないのだろう。
「さあ……どうでしょう……」
 宇都木は言葉を濁した。
「宇都木さん……」
 せっぱ詰まったような鳴瀬の声に宇都木の顔が上がった。すると鳴瀬はいつの間にか座っていた席を離れて自分の隣に立っていた。
「……え」
 と、宇都木が声を上げた瞬間、鳴瀬によって抱きしめられた。何が今起こっているのか宇都木にはすぐに理解できなかった。
「俺じゃあ駄目ですか……?」
「……何……何の話を……」
 狼狽えたように宇都木は言った。
「俺は……ずっと宇都木さんが好きだった……」
 身体をやや離して鳴瀬は言った。
「は?」
「そんな顔しないでください……」
 困ったような顔で鳴瀬は言った。
「俺が言っている意味分かってます?」
「……何……を?」
「俺は貴方が好きだと告白しているんです」
 その鳴瀬の表情が余りにも真剣であったので、何故だか宇都木は笑いが漏れた。
「何故笑うんですか?」
 ムッとしたような声で鳴瀬は言った。
「済みません……何だか……信じられない言葉を聞いたものですから……」
 笑いを収めて宇都木は言った。
「貴方が一体誰と関係があったか……俺は知っています。貴方をずっと見ていて……気が付いた……」
 そう鳴瀬に言われ宇都木は巻き付く腕を払った。
「……だから?何が言いたいんです……。私が誰とどんな関係であっても貴方には関係ないはずです……」
 宇都木は立ち上がり、自分の湯飲みと鳴瀬に出した湯飲みを洗い場に置いた。
「俺は……」
「帰って下さい……そんな話などしたくありません……」
「あの男は貴方を自分の慰みものにしていただけでしょう……」
「……貴方に言われる筋合いなど……っ!」
 言い終えぬうちに宇都木は鳴瀬によって机に押し倒された。
「……どうして?そんな惨めなことが出来るんです?愛されて等いないのに……」
 それは分かっていたことだ。
 分かっていて受け入れたのは宇都木だ。
 なのにどうして他人にそんな事を言われなくてはならないのだ。
「私が……私がどうしようと貴方には関係ない……」
「好きです……俺を見てください……」
 言って鳴瀬はこちらの上着を剥いだ。
「やっ……なっ……何をっ……ん……」
 抵抗する言葉を鳴瀬の口によって遮られた。如月のキスとは違う感触が口内に広がる。
「ん……ん……」
 必死に両手を振り上げて宇都木は抵抗するのだが、机に押しつけられた身体は鳴瀬から逃れられなかった。
「俺は……貴方を大事にする……」
 口元を離し鳴瀬はそう言った。
「私はっ……貴方など……ひっ……」
 ズボンの上から自分のモノを擦りあげられ、宇都木は声を上げた。抵抗する気持ちと、セックスに慣らされた体が理性の中でせめぎ合った。
「やっ……止めてくださいっ……私は……あっ……」
 敏感な部分を布の上からギュッと押しつぶされ、宇都木は息が上がった。
「愛しています……だから……」
 言いながら鳴瀬はこちらのベルトを外すと、下着とズボンをおろした。すると先程から煽られている部分が勃ち上がっていた。そんな自分が恥ずかしく宇都木は手で隠そうとしたのだが、その手を鳴瀬によって押さえつけられた。
「……っ!」
「俺に……感じてるんですよね……。そうでしょう?」
「ちがっ……あっ……」
 胸の尖りにいきなり噛みつかれ、宇都木は身体を仰け反らせた。そのまま胸元を這う舌に宇都木は身体を震わせた。
「……あっ……ああ……」
 私は……
 私の身体は……
 誰にでも感じる身体なのだ……
 なんて醜いんだろう……
 なんて情けないんだろう……
 それを如月は知っていたのだろうか?
 だから自分は受け入れて貰えなかったのだろうか?
 そんな事を宇都木は思い、涙が滲んだ。だが鳴瀬の愛撫は止まらなかった。
 私は……
 こういう男なのだ……
 この身体は誰でも良いのだろう……
 快感が貰えるなら……
 愛が無くても感じることが出来るのだ。
 私だけが汚れて墜ちていく……
 這い上がれずに、ただ取り残されるのだ。
 もういい……
 何もいらない……
 墜ちるところまで墜ちると良い……
 どうせ這い上がることなど出来ないのだ。
 本当に望む相手は自分をもう見てはくれない。
 だったら……
 もうどうなってもいい……
 宇都木は鳴瀬を受け入れた。

 目を覚ますと、自分の横に鳴瀬の顔が見えた。まだ眠っているようであった。
 キッチンで一度、寝室に連れて行かれて何度か抱き合った。
 私は……馬鹿だ……
 如月もそう言っていた……
 そう……
 馬鹿なのだろう……
 小さく溜息をついて宇都木は膝を抱えた。
 すると鳴瀬が目を覚ましてこちらに手を伸ばしてきた。その手はこちらの膝を撫でる。まるで恋人同士のようだと宇都木はぼんやりと思った。
「……俺と……つき合ってください……」
 真剣な表情だった。
 だが宇都木は首を左右に振った。
「どうして?俺を受け入れてくれたんでしょう?」
 驚いた顔で鳴瀬は身体を起こした。
「身体だけならいくらでも……だけど心は誰にも犯させない……」
 宇都木は、ぽつりと言った。
前頁タイトル次頁

↑ PAGE TOP