Angel Sugar

「黄昏感懐」 第4章

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 裸になれと如月は言った。
 それは……
 私を慰みものにする気なのだろうか……
 宇都木は逡巡するように視線を巡らせた。
「何だ?今更恥ずかしいなどと言うなよ。逆に興ざめする……」
 視線を合わせない宇都木の顎をつかんで如月は言った。
「私は……」
 それだけ言って又宇都木は言葉が詰まった。
 言える言葉が無いのだ。どんな理由があろうと、如月の個人的な手紙を勝手に処分したのは他ならぬ自分であるのだ。それは決して許されない行為だろう。
「……分かりました……」
 例えどんな風に扱われても仕方ないと宇都木は思った。何より相手は如月なのだ。だから何をされても耐えられる。
 宇都木は上着を脱ぎ、ネクタイを解いた。そしてシャツを脱ぎ、まず上半身裸になった。そこでチラリと如月を見ると、こちらをじっと見据えたまま何も言わなかった。
 ……仕方ない……
 いつもの事なのだと宇都木は必死にそう思うことにした。如月とは何年、それも数え切れないほど抱き合ってきた間柄だ。そうであるから互いの裸など見慣れている。今更恥ずかしいなど妙な話だ。
 小さく息を吐くと宇都木はベルトを緩めズボンを脱いだ。そして下着も脱ぐとソファーの上に素っ裸になった。
 そんな宇都木を如月は欲望の目ではなく、何の感慨もない瞳でこちらを見ていた。
「……言われたとおりに脱ぎました。それで?」
 宇都木がそう言うと如月は笑った。
「……本当にお前は……言いなりだな……誰にでもそうなんだろうな……そうやって生きてきたんだろうから……。普通言われたからって簡単に裸になるものか?」
 ……だったら……
 嫌だと暴れて見せろとでもいうのか?
 貴方が脱げと言ったから脱いだ。
 他の誰に言われてもこんな事などしない……
「……そうですか……楽しいですか……良かったですね」
 無性に悲しくなった宇都木はそう言って脱いだシャツを掴もうとすると、その手首を掴まれた。
「おい、誰が良いと言ったんだ……」
 グイと手首をソファーに押しつけられたが、宇都木は真っ直ぐと如月を見つめた。
 多分もう二度と……
 笑顔など向けられることはないのだろう……
 そう思うと酷く辛かった。
 これからは青い瞳が宇都木を映すとき、憎しみに冷えるのだろう。
「……一体どうしたいんです?さっさと貴方のしたいようにすればいい。それで気が済むのなら……なんでも……」
 もうなんだっていいのだ。
 憎まれたとしても、全ての関係が無くなるよりはましだった。
「……なんでも?」
 そう言って如月の瞳が細くなった。
「……ええ……」
 どうせ愛されることなど無い。なら憎まれている方がまだましだ。その分、如月の心を自分という存在で埋められるからだ。
 だったらこの先も、酷い扱いで、この身体を抱いてくれるだろう。たとえ憎しみで身体を裂くような痛みだけのセックスでも、その一瞬だけ触れあえるのだ。
 もう……
 それでいい……
 どうせ……
 甘い夢は既に壊れてる……
 望んでも無駄だと諦めていた。
 ズルズルと怠惰な関係を続け、いつか飽きられて捨てられるくらいなら、憎まれ続ける方が良いと宇都木は思った。
「私は……お前を信頼していたんだ……」
 ぽつりとそう如月は言った。
 その言葉が本当の事なのか宇都木には信じられなかった。
「え……」
「それが……これか?」
 如月は苦渋に満ちた表情でこちらを見下ろし、手首を押さえている方と逆の手で、宇都木の足首を掴み、ソファーの背にひっかけた。すると片足が開いた状態となり、隠したい部分が全開になった。
「なっ……」
 手で隠したい部分が空気にさらされ、妙に肌寒い。だが手首を如月に押さえられ、隠すことが出来なかった。
「良い格好だな……」
 あくまで単調に如月が言った。
「……」
「閉じるな……分かったな……そのままでいろ」
 ソファーの背もたれ部分に引っかけられた宇都木の足首を持ったまま如月はそう言った。宇都木の方は、自分の姿をこれ以上見ることができずに目を閉じた。
「……」
「実はお前……すごい淫乱なんだろう……だからやれれば何だっていいんだろうが……」
 言って何か平たく、冷たいものが自分のモノに擦りつけられるのが分かった。
「ひっ……あっ?」
 その妙な感触に宇都木は思わず目を開け、そのものを確かめてみると、如月はスリッパを持ってその底で、まだ柔らかいモノを押しつぶしていたのだ。
 驚きで思わず目を見開いたまま、宇都木は如月を見た。
「何でも良いんだろ?感じられれば……」
 スリッパに力を込められ、潰されたモノから痛みが走った。
「や……止めてくださいっ!そんなっ……」
 ソファーに押しつけられたまま、宇都木はそう叫んだ。だが如月の表情は相変わらず冷ややかだった。
「こんなものでも感じるんだろう?」 
 如月はそう言って更にスリッパの底で、宇都木のモノを擦りだした。柔らかい皮膚の表面は、滑らない硬質なスリッパの底にピッタリとくっつき、上下に皺の束を移動させながら痛みを宇都木に訴えた。
「いっ……あっ……止めて下さいっ……あっ……痛いっ……!」
 あまりの痛さに、悲鳴に似た声を上げながら宇都木は身体を仰け反らせた。だが、如月は執拗にスリッパの底で宇都木のモノを擦り上げた。
「痛い?感じてるじゃないか……こんなスリッパにでも……」
 痛みで霞む視界の向こうで、僅かに笑う如月が見えた。
「や……嫌です……そ……そんなもの……あっ……あっ……やっあっ……」
 ゴリゴリと擦られ、自分の意志とは逆に、その刺激に反応したモノがふくらみを持ち出した。喘ぐ息にも熱がこもる。宇都木はそんな自分に嫌悪感を感じながらも、次第に快感に煽られていく事を止められなかった。
「はっ……あ……あっ……ああ……」
「こんなものにでも感じるのか……。宇都木……お前は本当に好き者だな……」
 呆れた如月の声に、宇都木は涙が滲む。だがそれが快感による涙なのか、悲しいのかもう宇都木には分からなかった。
「ちが……違うっ……あっ……ああっ!」
 一気に擦り上げられ、宇都木は自分の欲望を吐き出した。
「……あ……はっ……はあ……ああ……」
 今までに感じたことのない、自己嫌悪が身体を包んだ。もう身体を動かすことすら宇都木には出来なかった。
「何が違うんだ……スリッパごときでイけたじゃないか……」
「……こんなのは……嫌です……ちゃんと……抱いて……。酷くても良いから……なんだっていいから……」
 如月に震える声で宇都木はそう言った。だが如月は相変わらず表情を強ばらせたままこちらにスリッパを投げて寄越した。スリッパはこちらの腹の上に当たり、ズルズルと床に落ちた。
「お前の相手はそれだろ?私じゃない。お前は、なんだって、誰だって良いんだからな。せいぜいそれで気持ちよくなると良い」
 そう言って如月は机から腰を上げた。
「……あっ……」
「お前にはそれが似合いだ。今までお前に誘われるまま抱き合ってきた自分が馬鹿らしい。思い出すだけで吐き気がしそうだ。二度と私の前に姿を現すなっ!今後、お前が邪魔をしたところで私はひるむつもりは無いからな。戸浪は……必ず取り戻す。どんなことをしても……。お前と違ってあいつは身も心も綺麗だ。普通に考えても取り戻したいと思うだろ?」
 そう言って如月はリビングを出ていった。
 暫く宇都木はソファーに身体を伸ばしたまま動くことが出来なかった。目線だけで自分の姿を確認し酷い自己嫌悪を全身で感じた。
 私は……
 何て……醜いんだろう……
 涙をはらはらと落としながら宇都木はそう思った。
 随分前に壊れた希望は、ここに来て修復できないほど粉々になった。
 一緒に抱き合った時間と同じだけでいいから愛される事を願っていた。
 だが如月からは愛ではなく、抱き合った時間と同じだけ憎しみが込められていた。
「う……っ……」
 両手で自分の顔を覆い、横向きに丸くなって宇都木は泣いた。その顔を覆う手の間から涙が落ち、ソファーの色を変えた。
「ううっ……うーーーっ……」
 馬鹿だ……
 馬鹿だ私は……
 どうして希望ばかり持っていたのだろう。
 悪い方にだって向くのだ。
 それをどうして最初に考えなかったんだっ!
 違う……
 考えた。
 だけど……
 その時には戻れなくなってしまった。
 手紙はもう無い。
 だから……ずっとばれないように祈ってきた。
 愛されなくても良い。
 ただ何時までも抱き合っていたかった。
 それだけで満足するつもりでいた。
 時には愛されたいと思った。
 だがその欲求を何とか抑えてきた。
 いつまで経っても過去の男にとらわれている如月を見て、宇都木は抱き合えるだけで満足しようと思ったのだ。
 なのに……
 何もかもばれてしまった。
 一番知って欲しかったことはこれっぽっちも分かって貰えず……
 全てが終わってしまった。
 今更愛しているなどとは言えない。
 好きだからあんな事をしたとも話せない。
 如月は憎しみに任せて宇都木を抱くこともなかった。
 それでも良いと思った僅かな希望すら叶えられなかった。
 如月は……
 触れることすら拒否するほど宇都木を醜いと嫌悪したのだ。
 もう駄目だ……
 もう……
 宇都木は朝まで泣き続けた。

 ホテルに戻り如月はやりきれない気持ちでベットに倒れ込んだ。
 私は一体何をしたんだ……
 自分らしくない酷いことをした……
 確かに宇都木は手紙を処分した。あの手紙が届いていたら、戸浪の横に今居るのは自分だと如月は思った。だが今戸浪の側にいるのは祐馬だった。こんな風になってしまったのは宇都木の所為だと責めたとしても当然だろう。
 当然だ……
 当然だろう……
 人の手紙を勝手に処分したのだ。
 それは許されることではない。
 無いはずだ……
 そう思い切れたらいいのだが、心の底でそれは間違っていると思う自分が居る。東に命令されたとしたら、宇都木が逆らえる訳など無いのだ。
 そう思うと余計にやりきれない。
 如月は宇都木がどういう立場なのか知っている。どんな仕事をしているかも知っている。だが、それでも今までつき合ってこれたのは、宇都木という人間を信頼していたからに他ならない。
 確かに身体だけの付き合いもしていた。そこには何も無かった。ただ互いの生理的現象を処理するためだけの付き合いだった。
 いつだって宇都木の方から誘ってきたのだ。
 如月自身から誘ったわけではない。だからといって、全ての責任を宇都木に押しつけるのは余りにも身勝手だと如月は思った。自分から誘いたいと思った事が無いとは言い切れないのだ。
 ただ、先に焦れたのが宇都木だっただけで、それが如月自身だったかもしれないのだ。
 身体の相性がいい……
 朝まで抱き合ったことも数え切れないほどあった。
 なのに、如月自身から誘ったわけではないのだから、私は関係ないというのは余りにもご都合主義だろう。
 自分も確かに宇都木と抱き合って気持ち良いと思ったのだ。なのに、今更自分だけが被害者面するつもりか?
 何も無かったと抱き合った事実をそれで消し去ることが出来るのか?
 出来るわけなど無い。
 戸浪を愛している。ずっと愛してきた。想い続けてきた。その自分が戸浪が知らないところで、好きでも無い男を抱き、欲望の処理をしてきたのだ。そんな如月自身が一番醜いのではないのか?
 本当に戸浪に対して誠実であるなら、誘いにのるべきではなかったのだ。一度だけならまだしも、数年来自分は宇都木を身代わりにしてきた。戸浪を抱くように、戸浪を愛するように宇都木を抱いてきたのだ。
 そんな自分自身はどうなのだ?
 醜いと思うだろう……
 私こそ……
 酷い男なのだ……
 如月はそう思い、シーツを握りしめた。
 今更なのだ……
 過去の男が今新しい男とつき合っていようと、文句を言う筋合いなど無い。無いはずなのだ。なのにどうして私はこんなに意地を張って居るんだ?
 自分が戸浪を試し、捨てたのだ。
 ただ、自分の思い通りにならなかったから……
 それが許せずに捨てたのだろう。
 今更何を言ったところで、己の中に誠実さなど何処にもない。
 宇都木の身体を貪り、そして今又自分の思い通りにならないからと言って癇癪を起こしている自分の何処が大人なのだ?
 祐馬と変わらずガキだと何故思えない……
 何故ここまで自分で分かっていて戸浪に執着するんだ。
 私は今馬鹿なことをしていると理性で分かっているだろう……
 それでも……
 再会した戸浪は、驚くほど綺麗になった。
 いや、とても表情が豊かになったのだ。それは祐馬のお陰なのだ。自分では与えてやれなかったものをあの祐馬が持っていたからだ。
 それに腹が立つ。
 あんなのほほんとした男と比べ、如月ではなく祐馬を選んだことに腹を立てているのだ。
 だから余計に戸浪を奪いたいと思うのだろう。戸浪を想い続けてきたこの数年の理由をそこに見つけたいのだ。
 無駄に……
 したくないのだ。
 もう一度……
 戸浪と暮らした穏やかな日を取り戻したいのだ。
 その理由を……
 分かっている。
 それこそ馬鹿げた理由だった。
 如月は本当の理由から目を背けた。そうしないと、余りにも自分が情けなく思えるからだった。
 必ず取り返す……
 戸浪を……
 必ず……
  
 翌朝、宇都木が目を覚ますと電話が鳴っていた。怠い身体を何とか起こし、シャツだけを羽織った。昨日の惨めな自分を鮮明に思い出せる証拠もまだ腹や太股に残っている。
 ……
 シャワーくらい浴びたら良かった……
 頭痛がする頭を抱えながら、ようやく電話に出ると、同じ秘書仲間の鳴瀬からだった。
「済みません……体調が悪くて……」
 チラリと時計を確認し、既に十時を過ぎているのが分かった。随分眠っていたのだ。だが本当に身体があちこち痛い。
 裸で寝たものだから風邪でも引いたのかもしれない……
「お休み……頂いてよろしいでしょうか?」
 今まで休んだことはない。だが今日は身体が辛いだけでなく、気持ちが酷く沈んで何もする気が起こらないのだ。
 鳴瀬は電話向こうで心配しながら、休むように伝えると言って電話を切った。宇都木は自分も受話器を置くと、そのままバスルームに向かい、身体を洗った。
 熱い湯で頭の芯がぼんやりとし、昨夜の出来事がまるで夢の中であったような気もする。だがあれは現実なのだ。
 もう二度と如月は宇都木を抱くことはないだろう。触れることもない。その上、目の前に姿を見せることをも拒否された。
 はあ……
 小さく溜息をついて宇都木はバスルームから出ると、タオルで身体を拭いた。肩から下ろしたタオルの両端を手でそれぞれに持つと、左右に開いて、自分の身体を見下ろした。
 ……醜いか……
 フッとそんなことを宇都木は考え、バスタオルを閉じると身体を拭くことに専念した。そうして、バスローブを羽織ると、フラフラとキッチンへ向かった。
 頭がクラクラする……
 自分で自分の額に手を当てると、熱があるような気がした。だがシャワーを浴びた自分の手も温かいので良く分からない。宇都木はとりあえず冷蔵庫からアイスノンを取りだし、それを持って寝室へと向かった。
 分厚いカーテンの引かれた薄暗い寝室に入ると、宇都木はそのままベットに倒れ込んだ。
 辛い……
 何もしたくない……
 布団に潜り込んでアイスノンを頭に当てる。ヒヤリとしたその感触がとても気持ちよかった。
 今頃如月は何をしているのだろう……
 そんなことを考えて目を閉じた。
 考えるまでもなく、あの戸浪という男を取り戻そうと必死になっているのだろう。だが宇都木には分かっていた。如月がどんなに頑張っても、あの二人を別れさせるなど出来ない。戸浪の瞳は祐馬にしっかり向いているからだ。
 どうでも駄目だと分かったら……
 私の元に戻ってきてくれるのだろうか?
 それとも何かの間違いで、戸浪は如月の元へと戻るのだろうか?
 分からない……
 何も……
 考えるのも怠くなってきた……
 熱……あるのかも……
 薬……飲んだ方がいいかもしれない……
 明日は行かないと……
 明日も休んだら……
 役立たずだと思われたら……
 また居場所を無くしてしまう……
 宇都木が恐いのはその事だった。ようやく得た居場所に今すがりついているのだ。役立たずだと思われるわけにはいかない。
 そうなると本当に何もかも失ってしまうのだ。
 薬……
 無理してでも飲まないと……
 ようやくベットにたどり着いた宇都木であったが、フラフラと立ち上がって薬を仕舞ってあるリビングに向かった。今は入りたくは無いのだが仕方ないのだ。
 リビングまで来て宇都木は絨毯の上で転んだ。
「あ……いた……」
 頭がくらくらとする……
 酷い頭痛だ……
 ソファーに寄りかかってもう一度立ち上がろうとして失敗した。結局その場に座り込んだまま立ち上がれなくなった。
 何だか……
 もうどうでもいい……
 元々居場所なんて無かったんだから……
 ちらりと窓の外を眺め、快晴の空を眺めた。
 所詮、太陽の下で堂々と暮らせるような人間ではないのかもしれない……
 あの時東に拾われなかったら、あそこで死んでいたのかもしれないのだ。あの時は拾ってくれた東に感謝した。こんなに優しい人間が居るのだと本当に嬉しかった。それから生まれて初めて、おなか一杯ご飯を食べられる生活を味わったのだ。
 都もとても可愛がってくれた。
 だが……
 今、何が楽しくて生きているのだろうと宇都木は思った。小さい頃、将来何になりたいと問われて答えられなかった宇都木だった。今もそうだった。
 人との接し方もよく分からない。自分が何を目的として生きているのかも分からない。ただとりあえず居場所だけを確保してそれに満足して生きてきたのだ。
 初めて愛した相手にどう自分の気持ちを告げて良いのかも分からずに、流されるまま抱き合ってきた。
 身体が繋がっていれば愛されていると思えたのかもしれない。相手はただ欲望の処理をしていただけなのだ。
 知っていた……
 分かっていた……
 だがそれでも良いと思うことにしていた。
 そんな自分が馬鹿馬鹿しく思えたこともある。だからといってどうして良いのか分からなかったのだ。
 宇都木はそんな事を考えて目を閉じた。
 どうすれば愛されるんだろうか?
 日々暮らしている人達はどうやって愛し愛されているのだろう……
 誰も教えてくれない……
 聞く相手も居ない。
 相談する人も居ない。
 何より……
 もう自分が想いを寄せる相手は、宇都木を永遠に視線から外したのだ。二度とこちらを向いてくれることはないだろう。
 この数年間、如月に精一杯何かを伝えたつもりだった。
 自分なりに……
 抱き合うだけではなく……
 それ以外のことを……
 伝えたはずだった。
 だが不器用な宇都木の気持ちなど何も伝わらなかったのだ。
 生まれて初めて誰かを愛したいと思った。
 愛されたいと思った。
 その術を宇都木は見つけられなかった。
 宇都木はそこで又涙が零れた。
 
 昼前に起きた如月は昼食を摂るのも煩わしく、昨日の苦い晩の出来事を思い出しながら、ホテルのロビーにある喫茶店でコーヒーを飲んでいた。その所為か、いつも読む新聞も流し読みに近かった。
 そんな時、携帯が鳴った。
「もしもし……あ、その声は祐馬か?」
 電話をかけてきたのは祐馬だった。
「え、今から会いたいって?ああいいとも……」
 如月も丁度会いたかったところだったのだ。
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