Angel Sugar

「黄昏感懐」 最終章

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 先程まで居た如月の眠っている和室に戻ってくると、やはり如月はまだ眠っていた。鳴瀬が居ると、どう説明しようかと思ったが、それは杞憂に終わった。
「……よく寝てる……」
 意外に気持ちよさそうに如月は眠っているのだ。宇都木は持っていた紙袋を、薬等の置かれているお盆に乗せ、自分も如月の横になった。
 ……本当は……
 その……
 布団に潜り込みたいんですけど……
 如月の横に身体を擦り寄せたいという気持ちを抑え、宇都木は畳間に身体を横たえた。そして宇都木自身も目を閉じる。
 ……私は……
 随分遠回りした……
 目の前にあるものが見えていなかった……
 でも……
 もしかしたら……
 必要な遠回りだったのかもしれない……
 そんなことを考えていると、フッと頭が撫でられ、宇都木は驚きながら目を開けた。すると如月はこちらを向き、普段より高い熱の籠もった手で、宇都木の頭に手を伸ばしているのが分かった。
「……さっきのは夢だと思ったが……。ずっと側に居てくれたんだな……」
 嬉しそうに如月は目を細めて言った。
「え……あ……はい……」
 先程一度出て戻っていったのだが、宇都木はそう言った。あまりにも如月が嬉しそうであったので、否定するのも申し訳なく思ったのだ。
「……で、お前もパジャマ姿じゃないか……さっきは気が付かなかったが……風邪引くぞ……」
 困ったような顔で如月は言った。
「……あの……ここ……畳で横になるの……痛いです」
 宇都木はそう言って顔を赤らめた。そんな言い方しかできないのだ。はっきり、隣りに入れてくれと言うことが出来ればいいのだが、それも宇都木には恥ずかしい。
「……なんだ。お前は身体の調子が悪いんだろう?そんなところで寝ていないで、自分の寝床に帰った方が良い」
 心配するように如月は言ったが、ここから離れる気など宇都木にはなかった。
「わ……悪いです。くらくら目眩します……。お布団で……横になりたいです。だから……その……」
 そう言うと如月はクスクスと笑いながら、宇都木の頭に乗せていた手を離し、布団を掴み、持ち上げた。すると如月の隣りに空間が開いた。
「風邪が移っても知らないぞ……」
「……い……いえもう……引いてますから……」
 苦しい言い訳をしながら宇都木は、ようやく望んだ場所に自分の身体を横たえ、目の前にある如月の胸元に擦り寄ると、ホッと息を吐いた。
 だが自分より高い温度が擦り寄った頬から感じられた。
 まだ……熱があるんだ……
 私も熱があるはずだけど……
 この人の方が高いのだ……
「お前の身体はヒンヤリして気持ち良いな……」
 如月は宇都木の頭に鼻面を擦りつけるとそう言った。
「……貴方が熱っぽいんです……。あんな所に……居るから……」
 そこまで言って宇都木は胸が詰まった。
「ああ……そうだな……でも……お前に会いたかったんだ……」
 うっとりとした口調で如月は言った。
「私は……邦彦さんが……好きです……」
 宇都木は何とかそれだけを言った。こう面と向かって言うのはとても恥ずかしいのだ。
「……知ってる……」
 言って如月は宇都木の身体をすっぽりと自分の腕の中に抱き込んだ。
「……あの……あ……愛してます……」
「……ああ……。なんだ?どうした……突然……」
 ……
 なんだか……
 何かが違う……
「でも……私、邦彦さんが愛してるって……言ってくれていたのに……信じられなくて……信用できなくて……私……」
 折角自分の胸の内を話そうと思ったのだが、どう言葉に言い表して良いか宇都木には分からなかった。
 ……ああ……
 どうしよう……
 なんだか変な事ばかり私は言っている……
 違うのに……
 上手く言えない……
「それは……私が悪かったんだ……。そう言ったな?だから……未来は……悪くない。誤解するような事ばかり私がしたからだ。それに……私がはっきりお前に話さなかったのも……悪いんだと思う……責められるべき相手は私だ……」
 体温の高い頬がこちらの額に寄せられた。
 邦彦さんの身体……熱い……
「熱が……高いです……大丈夫ですか?」
「……そうだな……未来に触れているから……体温が上がってるんだろう……」
 意味ありげに如月はそう言いながらも、宇都木の額から自分の頬を離さなかった。
 そうして暫くどちらとも言葉を無くし、沈黙していたが、宇都木がそれに耐えられなくなり、又口を開いた。
「あの……私……本当に申し訳なくて……邦彦さんは……私のことを……ずっと心配してくれて……大事にして下さったのに……。私はそんなこと全く気が付かずに……一人で誤解して……私……」
「未来……。それは何度も言うが、私が悪かったんだ。未来が私に向かって、お前が悪いんだと言ってくれても良い……。お前は……何も悪くないんだから……。責任は私に全部ある……そう言ってくれ……。そうしたら……私も少し楽になる……」
「……邦彦さん……」
 その言葉に宇都木は涙ぐんだ。もう何度泣いたか分からない程だった。
 何も言う必要が無いのかもしれないと宇都木は思った。
 お互いが悪いと思っているのだ……。
 だったら……
 もう良いのかもしれない……
 今は……
 この温かい場所が戻ってきたことを感謝すれば良いんだ……
 宇都木はそう思い、身体の力を抜いた。
「なあ……未来……」
「はい……」
「お腹空かないか?」
「……え?」
「私は……風邪を引いても食欲は落ちないんだ……いや、そんなことは良いんだが……腹が減ったなあと……」
 照れくさそうに如月はそう言った。そう言えばもうそろそろお昼の時間だ。だが宇都木は空腹を感じなかった。
「……暫くしたら……昼食を誰かが持ってきてくれるのではないですか?」
 と、言った所で宇都木はいきなり身体を起こした。誰かが来たとして、ここで二人が同じ布団に入っている所など見られたら、どう言い訳して良いか分からないからだ。
 ……下手したら……
 いえ……
 鳴瀬さんに見られてしまう……
 かあっと顔を赤らめ、宇都木が毛布から出ようとすると、如月によって又身体を引き戻された。
「あっ……」
「いいから……別に見られたっていいさ……」
 如月はそう言って宇都木の身体を更に抱き込んだ。
「……で……でも……」
 身体を離そうとするのだが、しっかり如月に抱き込まれた身体は、全く言うことをきかなかった。なにより、如月からもたらされる温もりに、宇都木は駄目だと分かっていながら、浸ってしまうのだ。
 ……駄目だ……
 普段より高い体温の如月に抱かれるととても気持ち良い。
「未来……」
 如月は小さくそう言って、宇都木の頬に舌を滑らせた。
「……あ……だ、駄目ですっ!」
 宇都木はそう言って、如月の顔を押しのけた。
 こ、こんな所で……
 ど、どうしよう……
 宇都木は本来なら考えられない事態に半分パニックになっているのだ。だからといって、如月の側から離れる気はない。だがとにかく、場所が問題だったのだ。
 もちろん……
 真下さんだって……
 私が誰のことを好きで……
 誰と関係があるかは御存知でしょうから……
 今更なんですけど……
 ……でも……
 それとこれとは……
「く、邦彦さん……あの……お腹空いてるんですよね?これ……これ、食べても良いですから……」
 言って宇都木は如月からようやく離れると、今度は自分が持ってきたリンゴの入った紙袋を如月の胸に押しつけた。
「……おいおい……」
 如月は苦笑しながら胸元に押しつけられた紙袋を取る。
 どうしよう……
 私は一緒にこうやって寄り添っているだけで良いのに……
 でも……
 なんだか……この人は……
 違うこと考えてそうで困る……
 でも……
「……リンゴか……。ん……未来?熱があるのか?」
 うつ伏せに上半身だけを起きあがらせた体勢で如月は、紙袋からリンゴを取りだし次に宇都木の方を見るとそう言った。
「え……」
「顔が酷く赤い……お前がリンゴみたいだ……」
 敷き布団に横向きになっている宇都木の頬に如月は持っているリンゴを触れさせた。その冷たいリンゴの感触に宇都木は肩を竦める。
「……あ……その……別に……」
「私よりも体温が低いというのは、それほど熱は無いと言うことだな……」
 熱があるのかを如月は確認するように、自分の手で如月は宇都木の頬や額に触れた。だがその動きだけで宇都木は自分の体温が上がるのを感じた。
 何を考えてるんだろう……私は……
 恥ずかしい……
「……まあ……大丈夫だろう……」
 如月は手を離し、敷き布団に肘をつくと、またリンゴを両手で持った。そしていきなりクスクスと笑い出す。
「どうしたんですか?」
「いや……小さい頃な……。布団の中でアイスクリームを食べて酷く母親に怒られたことがあってね。行儀の悪いことをしちゃいけませんっ……ってね。その事を思い出したんだ……」
 布団の中で……
 アイスクリームって……
「こう、温かいところで冷たいものを食べてみたいと思わないか?」
「……いえ……別に……こたつなら……そんなことを考えたことはありますが……」
「……そうか……ふうん……」
 如月は時々面白いことを言う。それは宇都木が如月と一緒に居て時折思うことだった。本人はそれほど変だと思っていないところがなんだか宇都木には可笑しい。
 だが如月はいつも至って真面目だ。
「ま、いいか……そんなことは……」
 そう言って如月はリンゴを囓った。しゃりしゃりと言う音は気持ちがいいくらいの食べっぷりだ。
「……洗わなくて……良いんですか?」
 宇都木がそう言うと、如月は口をもごもごとさせて、ニッコリと笑った。
「……そ、そうですね……」
 冷蔵庫に入れるときに、宇都木は一度リンゴを洗っている。だから大丈夫だと思うことにした。
「未来もどうだ?」
「……いえ……どうぞ、全部食べてください……」
「そう言うな……」
 如月はそう言って、少し囓ったリンゴをこちらに手渡してきた。宇都木は仕方無しにそのリンゴの囓られていない部分を少しだけ囓った。
「……未来……」
「……っ!」
 口をもごもごとさせていると、いきなり如月はこちらの口元に自分の口を合わせてきた。
 リンゴっ……!
 リンゴが口の中に……
 宇都木は焦りながらリンゴを飲み込もうとするのだが、既に差し入れられた如月の舌が口内でそれらを弄び、飲み込むことが出来ない。その上、のし掛かった如月の身体は全くはね除けることが出来ずに敷き布団に押しつけられた宇都木は、如月の舌技に翻弄された。
「……う……ん……ん……」
 最初は目を見開いて驚いていた宇都木であったが、暫く口内をかき混ぜられると目を閉じ、その感触を味わった。
「……あ……はあ……」
 ようやく口元が離されると、リンゴの欠片は宇都木の口の中から消えていた。
 リンゴ……
 何処にいったんだろう……
 ぐったりと敷き布団に仰向けに身体を伸ばした宇都木が如月を見ると、口元がもごもごと動いていることに気が付いた。
「……くっ……邦彦さん……」
 私の……
 食べてる??
「ん……リンゴは貰ったよ……」
 ごくんと飲み込んだ如月はそう言った。
 嘘……
「でもな……未来……リンゴはいらない……未来が欲しい……」
 言いながら如月は宇都木の胸元に手を伸ばしてきた。
「あの……邦彦さんは熱が……」
「熱のある時はイイらしいじゃないか……」
 そうなのか?
 何か違うような気がする……
 それは逆じゃあ……
 あ……その……
「でも……っ……ここは……」
 場所が……
 場所が悪いような気が……
「未来がイイ声で鳴いてたら……誰も入ってこない……」
 言って如月は宇都木の耳朶に舌を這わせた。
「……や……だ、駄目です……」
 そんな……
「未来でお腹が一杯になりたいんだ……」
 既に胸元をはだけられた宇都木は、如月にそう言われて胸が甘く締め付けられた。
「……あ……」
「お前の身体が……これで少しまた悪くなっても……今度は私が看病してやるよ……。とにかく……今欲しい……どうしても……未来が欲しい……」
 耳元でそう囁かれ、宇都木はもう逆らえなかった。
「……いい……抱いて……私を……抱いて……」
 腕を如月の首に回し、しっかりとしがみつくと宇都木はそう言った。
 何度も何度も抱かれたいと思っていた。
 心も体も愛されたいと思っていた。
 それがようやく手に入れられるチャンスを宇都木は逃したくなかったのだ。
 後で誰に怒られても……
 何を言われても……
 この人に愛されるなら……
 何も恐くない……
 恥ずかしくなんか無い……
「未来……愛してるよ……」
 言って如月はついばむようなキスを首筋に落としてきた。その軽く触れられては離される動きに、宇都木は随分忘れていた快感が首元から次第に広がるのを感じた。
「私も……ずっと……ずっと……貴方だけをみていた……貴方だけを……愛してきたんです……」
 数年間想い続けてきたのだ。
 駄目だと分かっていても愛さずには居られなかった。
 側に居るだけでいいと……
 それだけを望んできたはずだった……
 それなのに……
「……あっ……」
 首筋から鎖骨に如月の舌が下がり、強く肌を吸われ宇都木は小さく声を上げた。その間に如月は自分のパジャマを器用に脱いでいた。
「もっと声を上げていい……」
 言いながらも如月の口元は、艶やかな宇都木の胸元を這い、朱色の跡をつけていく。その小さな痛みは、宇都木が望んだものだった。
「あ……ああ……」
 今まで何度となく抱き合ってきた。だが、今日ほど宇都木は感じたことは無かった。何処を如月に触られても、そこから快感が走った。
 触れる指先に身体を捩らせ、絡まる舌に痺れを感じ、擦れる肌に甘い疼きを感じる。それらは何もかも新鮮で、そして鮮烈だった。その上、押しつけられている如月の腰元から弾力性のある盛り上がりが宇都木の密着した部分から感じられた。
 この人は……
 私に興奮している……
 そして……
 欲しいと……
 私を欲しいと思ってくれている……
 その証が、触れあっている肌から感じられ、宇都木は嬉しさの余り涙が落ちそうになった。
 求められることが嬉しい……
 愛されることが……嬉しくて堪らない。
 胸を感動で一杯にしながらも、宇都木は如月から与えられる愛撫に酔い、そして喘ぎ声を上げた。
「は……っ……あ……」
 如月の手は何度も胸の尖りを痛いほど擦り、時折歯で先端を甘噛みした。その度に快感が身体を覆い宇都木はそれだけで気を失いそうになった。だが如月はギリギリの所で宇都木の身体から手を離し、溶けそうな気分の宇都木を現実に引き戻した。
「……未来……」
 延ばされた如月の手は腰元に向かい、そして待ち望んだ場所を覆った。
「……あ……や……あ……っ……」
 頭を左右に振って宇都木はそう言った。少しまだ残る理性が羞恥心を訴えているのだ。それでも如月の手が止まることはなかった。茂みの中で如月の指先は器用に辺りを揉み上げ、そして手の平で擦る。すると下半身が麻痺したような痺れを宇都木は頭の奥で感じていた。
「……あっ……あ……あ……」
 閉じることの出来なくなった口元から何度も息を吐き出し、宇都木は快感に酔った。
「未来のここは……感じやすいな……」
 クスクスと笑いながら、如月は宇都木のモノを掴んでいる指先をグリグリと動かした。
「やっ……あっ……」
 何度も敏感な所で手を動かされ、宇都木は快感の涙を落とした。
「ここも……愛してやるから……」
 言って如月は敷き布団に座ると、膝に宇都木の腰を抱え上げ、両膝を胸元で一杯に曲げさせて隠れている筈の部分を露わにさせた。
 だが自分の姿に宇都木はものすごい羞恥心を感じ、身体が赤くなるのが分かるほどだった。
「や……こんなの……」
 両手で宇都木は恥部を隠しながら言ったのだが、その手をやんわりと如月に解かれた。
「どうして?ここも愛してあげるよ……」
 言って如月は露わになった部分に舌を這わせた。
「ひ……や……」
 両手で顔を隠して宇都木は、そう言ったが、如月の舌は止まることなく動かされた。
 舌先は襞に触れチロチロと舐める。そのジワジワとした動きが宇都木の快感を一気に高めた。
「……う……うっ……あっ……ああ……っ……」
 少し開いた襞の隙間に、舌が差し込まれて、入り口の辺りを丁寧に如月は舐め上げた。その行為に羞恥心を感じながら宇都木は声を益々上げた。
「あっ……ああっ……あ……や……」
 暫く舌で弄んでいた如月であったが、宇都木の緩く溶けた部分に指を捻り込んできた。すると内側が急に収縮し、身体の奥がギュッと縮んだような感覚が宇都木の身体の芯に伝わった。
「あっーーっ……あ」
 顎が上がり、宇都木は何度も突き入れられる指の動きに呼吸が速くなった。そして身体の奥深くにある部分が疼きだすのを宇都木は感じた。
 もっと……奥……
 奥を……
 指では届かない部分が益々疼きだし、宇都木は如月の雄が入ってくるのを待った。
 ああ……
 もっと……
 もっと感じさせて……
 貴方の存在を……
 熱く……
 身体を貫くモノを……
 早く……
 宇都木が心の底からそう望んでいると、自分の腰が如月の膝から外れた。そして如月の体勢が変わり、片足が如月の肩に掛けられるのが分かった。同時に、如月の腰元にある欲望が宇都木に押しつけらるのが分かった。
 あ……
 ギュッと目を瞑り、宇都木は狭い入り口から入り込んできた如月のモノをより深く味わうために息を浅く吐き出していた。
 ゆるゆると入ってきた厚みのあるモノは残り少しの所で、勢い良く押し入れられた。
「あっ……あーーーーっ……」
 秘めた場所にある入り口の襞が痙攣をしているのが宇都木にも分かった。だがそれは悦びのために震えているのだ。
「あっ…あ……あ……」
 熱い……
 いつもより……
 熱い……
 中が焼けそう……
 熱っぽい如月の身体より、侵入してきたモノの方が更に熱かった。それは内側が火傷しそうな熱さだ。その熱を伴ったモノが何度も身体の奥を抉ると、宇都木は今まで感じたことのない快感を全身で感じ取っていた。
「未来……愛してる……心から……お前だけを……」
 何度も腰を突き入れられ、宇都木は快感に喘いだ。何か言葉をと思うのだが思いつかない。ただ熱に浮かされたように愛していると繰り返すことしかできなかった。
 それが真実であり、その言葉しか宇都木には考えられなかったのだ。
 私は……今……
 愛されている……
 心も……身体も全部……
 こんな……
 こんなに幸せなことが私の身に起こるなんて……
 嬉しい……
 愉悦を感じながらも宇都木は、そんな風に心で思っていた。愛される悦びを身体全体で感じることが出来る事をひたすら感謝していた。
 なにより、それらを与えてくれる如月を心から愛していた。
「未来……」
 荒い息を吐きながら如月は青い瞳の奥に欲望を灯らせながら射抜くような視線を宇都木に投げかけてくる。宇都木はそれに答えるように自分の腰も如月に合わせて動かした。
 この人を見るとき……
 時折、黄昏時の様に表情が見えないときがあった。
 一体誰だろう……と
 本当に目の前に居る人は、私の愛している人なのか?
 そんな風に分からないときがあった……
 それは彼が他に想いをかけている人が居たからだ。
 だけど……
 今ははっきりと見える。
 如月邦彦……
 青い澄んだ瞳を持って私を虜にした。
 それは海の色……
 私は昔……海を越えて……
 違う世界に行きたかった……
 そこに行けばきっと幸せになれると思ったから……
 その海を彼は持っていたのだ。
 だから……
 だから……
 余計にこの人を愛した……
 苦痛だけの人生から私を救いだし……
 違う世界を見せてくれるだろうと思ったこの人を……
 私はこれからも……
 生涯をかけて愛するだろう……
 そして……
 命の灯が消えるまで……
 この場所に留まれることを願う。
 私の幸せはここにあるから……
 海の向こうではなく……
 海の側に……
 ようやく私は……
 自分の望んだ場所を与えられたのだ。
「未来……どんな時でも私の側にいてくれないか?」
 そう如月が言うと、宇都木は深く頷いた。
 何度も、何度も頷いた。
 如月の青い瞳には、宇都木の笑みを浮かべる顔だけが映っていた。
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