「黄昏感懐」 第3章
祐馬のマンションの場所は知っていた。自分の兄が元々夫婦で住もうと思い購入したものだったからだ。だがすぐに海外に転勤になり、折角のマンションをどうするかとなったとき、帰国する予定であった祐馬に任せようと言うことになったのだ。開けておくと傷むからだ。
一度如月も来たことがあった。だから覚えていたのだ。
マンションに付くと、酔っぱらっている祐馬に肩を貸し、何とか意志疎通出来ている状態の祐馬に言われるまま、玄関までやってきた。
すると、祐馬はポケットからキーを取り出し、その扉を開けた。
会ってもし……
戸浪だったら……
なんて言うんだ……
如月が表で色々考えていると、懐かしい声が聞こえた。
「お前なあ……」
「戸浪……」
呆れたように玄関に座り込んでいる祐馬に戸浪はそう言って祐馬の腕を引っ張っていた。その戸浪の顔が、如月の声で上を向いた。
「……き……如月?」
「ああ……」
変わっていない……
ずっと私が思い続けていた……
戸浪だ……
「戸浪ちゃん~眠い~」
こちらの状況など酔っぱらって全く気が付いていない祐馬は戸浪に腕を回していた。如月はそんな祐馬に腹が立った。
「……上がらせて貰って良いか?」
「……え……それは……」
「この男を寝かせてやらんとな……」
言って如月は靴を脱いで玄関を上がると、次に祐馬の首根っこを掴み、ズルズルと廊下を引っ張った。
今は邪魔なんだよ……
悪いが二人きりにさせてもらう……
如月はとにかく戸浪と二人きりになりたかったのだ。
話があるのだ。
沢山……
それを邪魔されたくはない。
「寝室は?」
「……そこの……左の扉だ……」
突然のことに困惑した表情の戸浪であった。
「そうか……」
如月はそれだけ言うと、戸浪が言った寝室に祐馬を運び、ベットに横にさせた。だがそのベットを見て、ここでいつも二人が抱き合っているのだと思うと、無性に嫉妬心が沸いた。
ここで一発祐馬を殴ってやってもこいつは覚えていないだろう……
そんな事を本気で考え、如月は結局その考えを実行せずに、戸浪と話をするために寝室を出た。
戸浪は廊下に居ず、如月が視線を巡らせるとキッチンに居るのを見つけた。
「戸浪……」
如月はそう言って、キッチンの入り口に立った。
「……な、何故ここに居るんだ……」
どう見てもその戸浪の顔は迷惑している表情であった。それが如月には酷くショックだった。そんな顔を見ることが辛く、如月は思わず戸浪を引き寄せていた。
「戸浪っ」
「止せ……止してくれっ!」
戸浪は如月の腕の中で必死にもがいた。そんな戸浪が信じられず余計に如月は回す腕に力を込めた。
「どうして……来てくれなかったんだ……。私はあれからお前にエアメールを出した。なのに返事は来なかった……。だがずっと忘れられなかった。ようやく忘れかけたときに……祐馬からお前のことを聞いた……。まだ私を忘れていないと聞いて……どうしても会いたかったんだ……」
理由を……
理由を聞かせてくれ……
どうして……
どうしてきてくれなかったんだ……
せめて返事でも書いてくれても良かったんだ……
お前が望むなら……
私は日本へ帰った……
お前の元へ……
帰ったんだっ!
「ずっとお前を試していた。別れて暮らしてお前が辛くなって追いかけてくれるのを待った。お前に別れ話をして……嫌だという言葉を聞きたかった。私は自分が愛されているという自信が無かったから……。でもお前からは何も期待した言葉は聞かされなかった。私は愛されていないと分かった。だからもう忘れることにしたんだ。だが、あっちに渡って、もうどうしようもなくて……お前に手紙を書いて……待った……待ち続けた……だがお前から返事は来なかった……」
如月は声を絞り出すようにそう言った。
「手紙……?そんなもの……知らない……」
どういうことだ?
手紙が届かなかったのか?
だがその戸浪の表情から嘘を付いているようには思えなかった。
「確かに送った。あの時お前が住んでいた住所に……」
身体をやや離し、戸浪の色素の薄い、茶色の瞳を見つめて如月は言った。
変わっていない……
サラサラの髪も……
綺麗な瞳も……
まるで……
絹のような肌も……
「わ、私はすぐに……あそこを引き払って……別の所に……」
戸浪は慌ててそう言った。だがもう手紙のことなど、今はどうでも良い。また元に戻れるならそれで良いと思った。
「戸浪……私はあれからもお前だけを思ってきた……やり直せないか?」
「嘘だ……っ!嘘だっ嘘だあっ!止めてくれーーっ!」
如月の腕の中で戸浪はそう泣き叫んだ。
暫く戸浪は如月の腕の中で泣いていた。その戸浪の髪を撫でながら、如月は久しぶりの戸浪の感触をその手に思い出していた。
変わらない……
お前をあの時手放したのは、間違いだった。
やり直そう……
お前もそう思って居るんだろう?
忘れられなかったんだろう?
そんな思いに耽っていると、いきなり戸浪がこちらから離れた。
「……取り乱した……すまない……」
その表情は恋人に対してではなく、赤の他人のような顔だった。
「……戸浪……」
もう一度抱きしめようとした如月の手を戸浪は払った。
「座ってくれ……とにかく……頼むから……」
懇願するように戸浪がそう言った為、如月は仕方無しに椅子に腰をかけた。その前に距離を置くように戸浪が座った。
暫く互いに無言であったのだが、それに耐えられずに如月は言った。
「戸浪……私はお前を取り戻したいと思っている。いや、そのつもりで帰ってきたんだ。祐馬には悪いが、これは譲れない……」
きっぱりそう言うと、思いも寄らない言葉が戸浪から返ってきた。
「お前にとったら可愛い義理の弟だろうが……そんな祐馬を泥沼に引っ張り込むつもりか?」
戸浪は再会した如月ではなく祐馬を優先しているのがその言葉で分かった。
私より……
祐馬を選ぶのか?
その事実に如月は怒りすら覚えた。
「泥沼だろうが何だろうが、関係ない。待ち続けた手紙が来なかった理由も分かったことだしな……進んだ時間はいくらでも取り戻せる」
「……無理だ……」
「無理じゃないさ……」
「……悪いが……もうここには来ないでくれ……」
そんな言葉を聞くために、帰ってきたわけではない!
お前とやり直すために帰ってきたんだっ!
それが……
どうして……
膝で握りしめた如月の手が更にギュッと握られた。
「なあ戸浪……」
「……」
「祐馬は私との付き合いがお前との付き合いより長い……」
「何が言いたい?」
「あの子は私を信用している。もし嘘を付いてもお前より私の方を信じるだろうな……」
「……なっ」
「私が過去の男で……祐馬に隠れて本当は戸浪と会っているなんて知ったら、あの子はどうするだろうか?それも、私は祐馬に悪いと言って断ったが、戸浪……お前が誘ってきたと言ったらどうだろう……」
こんな台詞を如月は言うつもりも、言いたくも無かった。だがどんな手を使っても戸浪を取り戻したいと本気で思ったのだ。
だったら……
手段など選んでられない。
「そっ、そんな嘘なんかあいつは信じないぞっ!何よりお前と隠れてなんか会ってないっ!」
「今がそうだろう?この事を祐馬に言えるのか?」
クスクスと如月はそう言って笑った。
「……」
「一つ隠すのも二つ隠すのも同じ事だろ?」
「お前は……そんな奴だったか?そんな酷いことを平気でする男だったのか?」
お前を取り戻すためなら……
何を壊したって構わない……
如月は本気でそう考えたのだ。だが相変わらず戸浪の口調は厳しかった。
「……勝手に言ってるがいい……私の気持ちはもう決まっている」
嘘だ……
信じないぞ。
祐馬は言っていた。
私を忘れられずに引きずっているとな……
お前はただ、祐馬に義理立てしているだけだ……
そうだろう……
如月はそう思うことで、自分を正当化しようとした。そう思わなければ、こんな台詞は言えない。
「……私達がどんな風に愛し合ったか祐馬に教えてやろうか?」
「止せ……」
「なあ……お前が誘ってくる日は燃えたな……」
「止めてくれっ!お前は……お前はそんなことを平気で祐馬に言えるのか?本気でそんなことを考えているのか?」
「言える。お前を取り戻せるなら何だってする。戸浪……お前は知らないんだ。どれだけ私がお前を想ってきたのか……この何年間、ずっとお前を忘れられなかった私の気持ちなどお前は知らないだろう。それだけの気持ちがあるんだ。汚いと言われようと、その数年を取り戻せるなら私は何だって出来る」
如月は自分がどれだけ想ってきたかを戸浪が知れば、必ず恋人は祐馬ではなく、自分の元へと帰ってきてくれると信じていた。
「……私は……お前が分からない……」
「じゃあ、今から知るといい。私はどんな手を使ってもお前を取り戻す。例え祐馬を傷つけても……覚悟して置くんだな……」
そう言って如月は立ち上がった。
「如月……頼む……、本当に私のことを想ってくれているのなら、もう……もうそっとして置いてくれっ!私は……私が今大切にしたいのは……」
その先の台詞を聞くことが出来ずに如月は戸浪の唇を捉えた。
「……っ!」
昔何度もこうやって戸浪とキスをしたのだ。それを思い出して欲しいと如月は切実に願った。
「そう言う台詞は聞きたくないからね……」
口元を離し、如月は言った。
「……お願いだ……祐馬を傷つけないでくれ……お願いだから……っ……」
半分涙目で戸浪はそう言った。そんな言葉を聞くと如月はやりきれない気持ちで一杯になった。
「……済まない……戸浪の頼みは何だって聞いてやりたい……何だって聞いてやるつもりだ。……だが、それは聞けない……」
言って如月はマンションを後にした。
そんなもの知らない……だと?
どう言う事なんだ?
手紙のことは覚えていて嘘を付いているのかと一瞬思ったが、戸浪の様子からそれは考えられないと言うことが分かった。
だったら……
出した筈の手紙は何処へ行ってしまったのだ?
普通住所が変わったとしても暫くは新しい住所に転送してくれるものだ。そうであるから戸浪の新しく住んでいた所に転送されていてもおかしくない筈なのだ。
如月は祐馬の住むマンションから出て、ホテルに帰る途中ずっとその事を考えていた。
もちろん、戸浪と甘い再会を期待していたわけではない。だがあんな風に拒否されるとは思わなかった。
では私は祐馬に負けたというのか?
あんな子供に?
私が?
あいつと私と較べて祐馬をどうして選ぶんだ?
私の方が長く一緒に暮らしたはずだ。
なのに、出会って数ヶ月の祐馬をどうして選ぶ?
ぐるぐると如月はそんなこと考え、拳でハンドルを叩いた。
私は諦めないぞ。
諦められるものならとっくに諦めているっ!
手紙……
手紙だっ……
どうして届いていないんだ?
あれは……
宇都木に頼んだ筈だ……
……
……まさか……
まさかあいつ……投函しなかったのか?
ホテルの駐車場で車から降りた如月はその考えにたどり着き、その場から動けなかった。車のボンネットに手を置いたまま、ひたすら考え続けた。
いや……幾らなんでも……
宇都木がそんなことをする理由が何処にある?
イライラとボンネットの上で指が鳴らされた。暫く誰もいない駐車場で如月は上を向いたり手を見たりしながら考え続けた。
答えが出そうで出ないのだ。
「……ああ……そうか……そうだったのか……」
ようやく手の動きが止まり、響いていた音も止む。
手紙を頼んだ当初は宇都木がどういう秘書であるかを如月は知らなかった。もっと後、あの宇都木がどういう男であるかを兄から聞かされたのだ。
身辺には注意するんだぞ。
そう兄から言われたのを良く覚えている。
宇都木は東の親族及び親戚などの監視をしているのだ。そうであるから兄が東の娘と結婚するとき随分と身辺調査をされたと後で聞いた。では、如月の性癖も、誰と暮らしていたのかもばれていた可能性がある。
確かにあの頃はもう戸浪とは離れて暮らしていたが、誰とつき合っているかはばれていたのだろう。ただ、別れたということで不問にされていたのが、如月がよりを戻そうとしたためにストップをかけたのだ。
親戚にホモがいると不味いという訳か……。
だったら……だったら何故祐馬はいいのだ?
あいつが特別だからか?
私は許されなかったことが、祐馬だったら許されるのか?
バンッと今度はボンネットに拳をあて、そのまま握りしめたまま指を解くことが出来ずに怒りに震えていた。
何より……
知っていたはずだ……
宇都木がそれを知らないわけなど無い……。
私が誰とつきあい……
別れ……
誰とよりを戻したかったのか……
私がよりを戻したいと思った相手が、今度は誰とつき合っていたのか……
誰とっ……
一緒に住んでいたかっ……
全て知っていて、私に何も言わなかったのだっ!
怒りが全身を焦がしそうな気が如月にはした。宇都木は何もかも知り、そして黙っていたのだ。何もかも知っていながらだ。
宇都木がどういうつもりでこちらを最初誘ってきたのか分からなかったが、あの男は如月の性癖を知り、他で馬鹿なことをしないように自分の身体を差し出してきたのだ。東都という名前を守るために、外でスキャンダルを起こすことを避けたかったのだ。
それだけのためにあの男は身体を投げ出せるのだ……
簡単に……
好きでも無い男と寝ることが出来るのだ。
それを知った如月は自分が何も知らずに宇都木という男と寝ていた事を酷く恥ずかしく感じ、次に怒りへと変わった。
如月は車にもう一度乗り込むと、駐車場から出た。そして外に出ると携帯を取りだし宇都木へと電話を掛けた。
「もしもし……私だ……ああ、こっちに今日来た……で、お前は今何処にいる?」
出来るだけ平静を保って如月はそう宇都木に聞いた。すると宇都木はもう自分のマンションに戻っていると言うことだった。
てっきり東のうちに居るのだと考えたが、今は外に住んでいるのだ。それは都合が良いと如月は逆に思った。
「今から行く……暫くつき合ってくれないか?で、何処に行けばいい?」
そう如月が言うと宇都木はただ自分の住所だけを言って電話を切った。
宇都木が電話を切り、三十分ほどすると、如月が来た事を知らせるインターフォンが鳴らされた。
如月が来た理由を宇都木は分かっていた。東の誕生日パーティ会場から、酔った祐馬を送って行ったのを宇都木は見届けたからだ。後は想像しか出来ないのだが、祐馬の自宅で戸浪という男に如月が再会したのは間違いないだろう。
だからここに来たのだ。
如月は全て知ったのだろうか?
戸浪と再会し、話し込んだのだろうか?
そんなことを思いながら宇都木は玄関の扉を開けた。
「遅い時間に済まないな……」
如月の冷えた眼差しがこちらを見てそう言った。
「いえ……私も先程帰ったところですから……」
宇都木は如月の視線を避けるように、先を歩き、リビングへ案内した。
「何か……飲まれますか?」
そう宇都木が言うと、如月はどっかりとソファーに座った。だが向ける視線はこちらから動かなかった。
「いらん。それより話がある。お前も座れ」
「何でしょう……」
宇都木はあくまで知らない振りをし、如月の前のソファーに腰を下ろした。だが空気が異様に張りつめているのを宇都木は感じ取っていた。その為手先が震えそうになるのを、膝で組むとその心の動揺を悟られないように如月から隠した。
「……私が……誰と昔つき合っていたか……調べは付いているんだろう?」
嘘を付くわけにもいかず、宇都木はただ頷いた。
「で、その過去の相手が今、誰と住んでいるのかも知ってるな?知らないわけなど無いな……爺さんの孫の話なんだから……」
宇都木はそれを聞き、落としていた視線を上げると如月は恐いほどの視線をこちらに向けていた。
「……」
「どうなんだ?」
淡々と如月はそう言った。
「……ええ……知っています」
観念したように宇都木は言った。
「話は随分前に遡るが……私はお前に手紙を渡したことがあったな。忙しいから代わりに出してくれと……それは、出してくれたのか?」
「……はい」
嘘だった。
「……届いてなかったそうだ。どうしてだろうな?」
如月が立ち上がるのが気配で分かったのだが、宇都木はもう一度顔を上げるだけの勇気は無かった。
「分かりません……」
そう言うといきなり如月に胸ぐらを掴まれ顔を上げさせられた。
「……っ……あ……」
「分からない?出してないんだろう?あの爺さんに言われたのだろうが……身内にホモなどいらないとな……。だからっ!お前はあの手紙を出さなかったんだっ!そうだろうが!」
違う……
違う……そうじゃない……
私の醜い嫉妬が、手紙を出させなかったのだ。
決してそんなことを命令されたわけでも、頼まれたわけでもない。
だがそんなことを言って、何をどう信じてくれるのだろうか?
「あの時……手紙が届いていたら……私は戸浪とよりが戻っていたはずだったんだ。それがお前の所為で……。何故祐馬と一緒に暮らしているんだっ!どうしてっ!何故あいつなんだ!何故なんだっ!」
如月の剣幕に宇都木は何も言えずにただ首を左右に振った。
それは……
私だって……
驚いたことだった……
二度と顔など見ないと思っていた男を……
このまま過去のものにしてしまえる筈だった男がまた現れたのだ。それも今度は祐馬の恋人として現れた。
宇都木はその事を知ったとき本当にぞっとした。まるで幽霊を見たような気分になったのだ。
「宇都木……私が聞いていることに答えろっ!どうなんだ?何がどうなって祐馬が戸浪とつき合っているんだ?どうして一緒に暮らしてる?」
私が聞きたい……
どうして……
祐馬とつき合っているのだと……
「知りません……」
「知らないだと?ずっと見ていたんだろう?だったらっ!祐馬達を別れさせるのがお前の仕事ではないのか?何故祐馬は許されてるんだっ!」
「どうしてつき合ったのかは分からないんです……本当に……。ただ祐馬さんは……東様と都様に今男性とおつきあいしていることをきちんとご報告されています。それに対してお許しが出ています。ですから……」
宇都木のその声は如月に胸元を掴まれている為、嗄れたような声になった。
「だから邪魔など誰にも出来ないと言うんだな……それは私も含めてか?」
ガッと胸ぐらを掴んだ手を持ち上げられ、宇都木は息が出来ないほど苦しかった。何より、自分が想いを寄せる相手にこんな風に扱われて、誰が嬉しいだろう。確かにこの事はいつかばれるかもしれない事だった。だが逆にばれずに済む事でもあったのだ。
それが祐馬と戸浪がつき合ったことで全てが悪い方向へと向いた。
「ええ……そ、そうです。貴方も含めて……」
ようやく宇都木はそう言った。
「私は諦める気はないぞ……お前はそれを止める側か?」
それには宇都木は答えられなかった。
好きだから……
如月が過去の男を取り戻そうとするのを止めたいと思うのだ。
だがどうあってもそんな事は信じては貰えないだろう。宇都木が何をしようとそれは全て東の命令だと如月は思うからだ。
「……情けない男だな……自分の意志など無い、あの爺さんの言いなりか?爺さんの事なら何でも聞かなければならんとは、可哀想な男だな……」
そう言って如月は宇都木の胸ぐらから手を離した。すると宇都木の半分浮き上がっていた身体はソファーへと倒れ込んだ。
「ごほっ……はっ……はあ……」
喉元を押さえ、宇都木は咳き込んだ。
「宇都木……お前はすごい男だ……感心するよ」
如月は机に腰をかけ、こちらを見ていた。その瞳は侮蔑するような瞳の色をしている。こんな目を向けられたことは未だかつて無い。
それが酷く宇都木にはショックだった。
「……私は……私は……」
「何だ?言い訳をしたいのか?」
貴方が好きだから……
どうしても貴方を過去の男に取られたくなかったから……
だから……
愛しているから……
愛しているのに……
そう思うのだが、宇都木はそれが言葉にならず、ただ咳き込んでいた。
分からない……
こんな気持ちをどう伝えたら良いんだろう……
誰も人の愛し方を教えてくれたことなど無い……
だから……
どうして良いか分からない……
言葉が一言も出ずに宇都木は涙が零れた。
「脱げ……」
「……え……」
「裸になれ……」
如月はそう言って、冷えた目で宇都木を見下ろした。