「黄昏感懐」 後日談
「……で、もう帰るのか?身体の方は大丈夫か?」
真下はソファーに腰掛けたままそう言った。
「……済みません……その……大丈夫です……」
如月と一度抱き合ったのは良いのだが、その後やはり落ち着かないから帰ると如月が言い出したのだ。まだ身体は熱っぽいのだろうが、本当にゆっくりしようとすると、ここではなく自分のうちに帰りたいと思うのは仕方のないことだろう。そうであるから如月は、乾かされ、枕元に置かれた自分の衣服に着替えると、今度は宇都木に帰ろうとせっついたのだ。
宇都木はよろよろと真下の仕事場に入り、何も無かった風を装うと最初寝ていたベットのある部屋まで戻ってきた。そして自分が着られる服を探して取り合えずパジャマから普段着へと着替えた。
準備が整ったところで、もう一度真下のいる仕事場に入った。すると真下の方は先程通り過ぎたときは机でパソコンを触っていたのだが、その頃には休憩するためかソファーの方へ移動していたのだ。
「大丈夫なら良いんだがね……。その格好は帰るつもりか?」
パジャマから普段着に着替えた宇都木を見て真下はそう言った。
「……は……はい」
宇都木の方もまだ身体がよろよろとしており、目眩を起こすほどではないが余り調子は良くない。だが少々宇都木に問題があった。
……ああ……
早くうちにかえりたい……
でないと……
「結局、宇都木は如月が良いんだね……」
言って真下は小さく溜息をついた。
「……その……ご迷惑を掛けてしまって……」
かあっと顔を赤らめ、宇都木は真下から視線を逸らせながらそう言った。
「辛いだろ?ソファーに座っていいよ。あ、そっちの方が辛いか……」
意味ありげな笑顔で真下はそう言った。
「……は……いえ……その……」
ば、ばれてる……
どうしよう……
は、恥ずかしすぎる……
宇都木は視線を床に貼り付けたまま、顔を上げることが出来なかった。
「……まあ、そう言うことが出来るほど体力があるんなら帰っても良いだろう……全く……」
苦笑しながら真下は紙コップにコーヒーを注いでいた。
「その……また……きちんとご挨拶に……。邦彦さんが外で……待っている筈ですから……」
如月は挨拶なんかする気はないと言い、さっさと出ていってしまったのだ。
「……宇都木。あの男はどうせまた宇都木を泣かせるだろう。それでもいいのか?」
言って真下は、コーヒーにミルクを入れ、かき混ぜた。
「……大丈夫です」
宇都木はそう言うしかなかった。
これから一緒に歩いていく中で、泣くこともあるはずだ。それは誰が相手でも避けられない事だろう。時にはぶつかることもあるかもしれない。また誤解することもあるのだ。多分その度に泣くはずだった。
だが同じだけ幸福なこともある。一緒に笑い、沢山楽しいことが人生を共にすることで味わえるはずだった。
泣いたり、笑ったりの繰り返し……それが人間の人生だと宇都木は考えるようになった。そうであるから、どちらか片方だけの人生などあり得ない。
だったら……
好きな人とそれを味わいたい……
好きな人と一緒なら……
辛くて泣いても……
私は耐えていける……
「……そうか……。まあ……宇都木のことだからそれでも良いと言うだろうと思ったよ。ああ、残念だ。折角宇都木が戻ってきてくれると思っていたのに……」
チラリとこちらに視線を寄越した真下はそう言って笑った。
「本当に……真下さんには……随分お世話になって……私……」
「宇都木だからね。誰にでもじゃない。ああ、これは恋愛感情じゃないから、あの邦彦に嫉妬するような真似はさせないでくれよ」
「……」
宇都木はどう答えて良いか分からなかった。
「……まあ……祐馬さんの所も落ち着いたようだし……もう、もめてくれるな……」
苦笑しながら真下はそう言ったが、それが本音なのだろう。
「あ……私……真下さんに聞きたいことがあんったんです」
以前真下に言われたことで、とても気になっていたことが宇都木にはあったのだ。祐馬の話が出たことで宇都木はそれを思い出した。
「ん?なんだ?」
「……邦彦さんと……戸浪さんは恋愛の求めるものが同じだから……上手く行かない……と、おっしゃいました。私はあれから考えたのですが……その意味が良く分からないんです……」
幾ら考えても宇都木にはその同じと言う意味が分からなかった。
「……分からなかったのか?見て分かるだろう……」
言って真下は驚いた顔を見せた。
「……本当に分からなかったんです……」
宇都木は申し訳なさそうにそう言った。
「自信をつけさせてやろうと思ったはずが……困らせたようだな……」
苦笑しながら真下はそう言った。
「……あの……」
「……邦彦も、あの戸浪という男も……自分だけを何時も見てくれる相手としか上手く行かないんだよ。それも二人ともその辺りに鈍感な部分があるから、何時も見てる、愛されているというのが分からない愛し方をされると、もうそこで駄目になる。そんな恋愛観を持つ癖に、本人達はそんな愛し方は出来ない。そういう二人が上手く行くはず無いだろう……」
何時も見てる、愛されているというのが分からない愛し方が駄目なのか……
では……私は?
一体どんな愛し方をしているのだろうか?
宇都木は自分がどういう愛し方をしているのか等、全く分からなかった。
「私は……上手く出来ているのでしょうか?私……」
自分の愛し方など分からない。
精一杯伝えてきたはずだ、だがそれがきちんと相手に伝わっているかどうか宇都木自身には分からない。
「……宇都木は、邦彦にこれでもかと言うほど尽くすだろう?どんな時でも……どんなことをされても……。自分の事も、身体も二の次で、邦彦優先なんだ……。私は気に入らないが、そんな宇都木に邦彦は参ったんだろうな。ぶちまけた話し、邦彦は相手の事を忘れて自分の事に没頭するタイプだ。ただ、そんな時でも邦彦自身は相手を想っているつもりなんだろうが、不安になっている宇都木のことなど全く分からないだろうね。で、例えば……もし宇都木が、それで邦彦のことが嫌になって、別れると言ったとすると、どうして宇都木が別れたいと言ったのかを理解できない男だ。本人は放ったらかしていた事など分からない筈だからな。どうせ「私はこんなに愛していたのに……」なんて身勝手に思う筈だよ。人には愛しているという態度や言葉を求める癖に、自分には気が回らないんだ。だから宇都木は邦彦をそういう鈍感な奴だと思っておればいいんだ。鈍感な部分で振り回されることもない。本人が分かっていないことでヤキモキするのは精神的に辛いことだろうからな。邦彦は時々仕事のことに没頭し、どこか違う世界で漂ってる様だが、そう言う時は一人で漂わせておくといいんだ。終わったら帰ってくる。ああ……戸浪の方も漂っていそうだな。あの男はまた違う世界で漂ってそうだが……。な、似ているだろう?そんな二人が昔つき合っていたという事実の方が私は驚いたね……どう考えても上手くいく訳が無い」
そう言って真下は笑った。
「……そうなんですか……」
確かに、如月には仕事に没頭している時は、完全に自分の世界に入っている。だが宇都木はそんな如月のことも大好きだったのだ。
……まあ……いいです……
私は……
私なりにあの人を愛せばいい……
間違っていたら……
その時考えよう……
宇都木はそう思うことでこれから先、不安になりそうな材料を今は考えないようにしようと思った。
「済まないな……余計なお世話だったか?」
「……いえ。ずっと気になっていたことがはっきりと分かってホッとしました……」
そう言って宇都木はようやく顔を上げることが出来た。
「……そろそろ……行った方が良いんじゃないか?」
真下は言ってコーヒーを一口飲んだ。
「……あ、はい……そろそろ」
宇都木は今気が付いたようにそう言った。
「宇都木、余り無理をするな?疲れたらいつでもここに里帰りしてくるといい。もうあそこには逃げるんじゃない。いいね?」
「……はい」
ここは私の家なのだ……
だから……
どんなときでも私を優しく迎え入れてくれる……
それを忘れないでいよう……
「それと……暫くは仕事を休ませて貰え。でないと今度は本当に病院行きになるぞ。分かったな。それが出来ないようなら、連れ戻しに行くぞ。言って置くが東様が宇都木の保護者であり、東様から任された私が今、宇都木の保護者だ。それはこれから先も変わらない」
真下の言葉は意外に厳しい口調であった。宇都木はその言葉に頷くと、真下の自室を後にした。だがその足取りは頼りなかった。
……理由は……
確かに身体の調子がまだそれほど良くないから……
でも……
そんな身体であんな事をしたら余計に……
違った……
もっと問題が……
宇都木は如月から出されたものを中に入れたまま何とか耐えているのだ。
あそこでは……
どうにもならなかったし……
真下さんには知られているような口調だったし……
恥ずかしすぎる……
もう顔を赤々とさせ、玄関まで来ると正永が立っていた。
「宇都木様……お帰りですか?」
心配そうにそう言った。
「はい……正永さんにもご迷惑を掛けて……申し訳ありませんでした……」
そう言って宇都木は軽く頭を下げた。深く下げるのはとても難しいのだ。
「……私のことは……。それより身体をお大事に……」
寂しそうな顔で正永は玄関の扉を開けてくれた。
「……ありがとうございます」
一歩踏み出し外に出ると、昨日から降り続いていた雨が上がり、空にはもう雲一つなかった。
綺麗……
「宇都木っ!」
あまりにも綺麗な空であったため、宇都木は視線がそこに張り付いたまま動けなかった。そんな宇都木に如月の声が飛んだ。
「あっ……済みません……」
我に返った宇都木は慌てて如月の車に近寄った。だが走り寄ることは出来なかった。
「早く帰ろう……頭がガンガンする……」
ハンドルに手を置き、苦笑しながら如月は言った。
「はい……」
宇都木は助手席に座り、ようやくシートに身体をもたれさせた。
座るのが……辛いけど……
何とかなりそう……かも……
目を閉じた宇都木は、平静を装いながらも内心ではとても焦っていた。とりあえずここまで来たら大丈夫とは思ったが、完全に気を許しては居なかった。
辛い……
身体が怠いより辛い……
如月のマンションに着くまで、宇都木は必死に耐えた。
ようやく如月のマンションに着き、中に入ると、宇都木は急に気が緩んだ。自分のマンションよりも、この如月のマンションに居る方が宇都木の気が休まるのだ。
帰ってきた……
もう一度……
ここに帰りたかった……
玄関に立ち、宇都木はそこから見える部屋を感無量の気分で眺めていた。
だが……
「……あ……」
ホッとした所為で、緊張させていた部分が緩み、なま暖かいものが太股を伝うのが分かった。
「……ああ……頭が痛い……ガンガンする……」
先に入った如月が手に、タオルを巻いたアイスノンを持ち、キッチンから出てきた。だが宇都木が真っ赤な顔をして壁にもたれ掛かっているのを見ると慌てて走ってきた。
「大丈夫か?立ちくらみか?」
「……あのう……そうじゃなくて……」
顔を朱に染め宇都木は言った。
「……ちょっと……その……シャワーを浴びてきます……」
ぼそっとそう言ったのだが、如月は「駄目だ」と言い、宇都木の身体を抱き上げた。
「風邪気味の時は風呂に入らない方がいい……」
いや……
それは貴方で……
私は風邪では……
と、宇都木は思ったが、如月に抱き上げられるともう言葉が出なかった。
「あの……あのうう……」
益々顔が赤くなりながらも、宇都木は何とか自分の状況を説明しようとしたのだが、あまりの恥ずかしさに出来なかった。
一人で顔を赤らめているうちに寝室に運ばれ、ベットに下ろされた。
「着替えるか……お前のパジャマもちゃんと置いてあることだしな……」
嬉しそうに言いながら既に如月はここに帰るために着替えた服を脱ぎだした。だが宇都木はもじもじしたまま動けなかった。
シャワー……
シャワーを浴びたい……
「……なんだ?着替えないのか?」
パジャマ姿になった如月が不思議そうな顔でそう言った。
「……あの……あの……私……やっぱりシャワー……」
と宇都木が言うと、如月はようやく分かったようであった。
「なんだ……そうか……お前……ここまで持って帰ってきたのか……」
って……
変な言い方しないで下さい……
と言いたかったのだが、口はパクパクするだけで声が出なかった。
「……あ……あの……あ……」
慌てている宇都木の身体を倒した如月は、嬉しそうにこちらのシャツに手を掛けた。
「お前の分は……ちゃんとタオルで受けてやったが、それだけだったからな。いつものように中まで綺麗にしてあげるのを忘れていたよ……悪かった……気持ち悪かっただろう……言えば良かったのに……」
いつもはそこまで気を回してくれる如月であったが、こんな状態でのセックスはやはりお互い身体に負担がかかる。その為、事が終わると、二人で抱き合ったまま暫く眠っていたのだ。
宇都木の方も自分から言い出せず、さらに東の屋敷でシャワーを浴びたいとも言えなかったのだ。
ばれていたけど……
でも……
やっぱり言えなかった……
「……え……あの……だからシャワーを……」
「私が綺麗にしてあげるよ……」
既に服を脱がされ素っ裸になった宇都木は、身体を隠すように自分の胸で両腕をクロスさせた。
「あの……それは……」
今更の事なのだろうが、宇都木はいつまで経っても後の処理を如月にされるのが恥ずかしくて仕方なかったのだ。
「未来……お前は綺麗だ……」
宇都木の両足に身体を挟んだ如月は、そう言って昼間散々キスを落とした筈の胸元に又舌を滑らせてきた。
「……あの……も……駄目です……っ!」
適度に湿り、ネットリとした舌がささやかに盛り上がる胸を舐め上げてくる。その刺激に身体を震わせながら宇都木は言った。
「……お前と……さっき一度やった所為で……熱が少し下がったみたいだ……。頭痛は酷いがもう一回やったら……熱がもっと下がると思わないか?」
いや……
それは……
無いと……
「……私は……身体が……その……」
「一週間休みをやるから……暫く家でぼーっとしてるんだな……仕事は当分休め。だったら良いだろう?」
何かが違う……
そうじゃなくて……
「あの……あっ……や……」
いきなり緩くなっている部分に指を入れられ、宇都木は身体が反った。
「……まだひくついてるな……ここ……」
囁くように如月はそう言い、指を何度も動かした。するとトロトロとしたものが外に溢れだしてくる感覚が下半身から伝えられた。
あ……
ああもう……
言葉を失い、ひたすら顔を赤らめながら宇都木はその如月の行動に耐えた。
「随分……入ってる……」
「……や……言わないでください……」
「未来の中は……それに……まだ欲しがってる……」
ぐっと指を奥まで入れられ、宇都木はまた快感が身体を走るのが分かった。
「……あ……駄目……」
うわずった声で宇都木はそう言ったが、身体の方は既に如月を受け止めようとしていた。
「ここは私の指を取り込んで、離してくれそうにない……。いい感じだ……」
何度も指を抜き差しし、中の感触を楽しみながら如月は言った。
「……あっ……あ……駄目……や……」
息が上がりながらも宇都木はようやく残る羞恥心でそう言った。だがいきなり指を抜かれ、身体を俯けにされると、如月によって腰を上げさせられた。
「ここを綺麗にしてやると言ってるんだよ……未来……」
如月はアイスノンを巻いていたタオルを外すと、宇都木の太股を伝う白濁の液を丁寧に拭き取っていく。だが冷たいタオルの感触が宇都木の身体を余計に熱くさせた。
「も……いい……いや……嫌です……」
ベットに顔を沈めながら宇都木はそう言うのだが、如月の手は止まらなかった。
「……嫌と言っても……ここは欲しがってる……」
言って如月はいきなり己の雄を突き刺してきた。予想しなかった刺激に宇都木は声を上げ目を見開いた。
「あっ……あーーーーーっ……」
「いい具合に溶けてるな……」
グイッと弾力性のある如月のモノは思い切り宇都木の奥を抉った。
「あっ……あっ……あ……や……も……駄目……」
背後から何度も突かれ、宇都木は荒い息と共にそう言った。だが如月はそんな宇都木の声に自分の行動を止めることをせず、何度も腰を揺さぶった。
一気に駆け上がってくる快感が、下半身から背骨を通り直接脳に響く。甘い痺れが理性を覆い、麻痺させていくのが宇都木には分かった。だがそれを止めることは宇都木にも出来ない。口では嫌だと言いながらも、身体は素直に己の白い双丘を如月にさらけ出しているのだ。そうであるから幾ら如月に止めて欲しいといえども、全く真実味などなかった。
「未来……お前の中は……本当にイイ……」
後ろから覆い被さるように身体を合わせている如月が、後ろからそう囁き肌を擦り合わせてきた。
「あっ……ん……あ……ああ……」
緩く溶けた部分が、更に熱く擦れているのが宇都木にも分かった。その上、理性で制御できない部分は、如月のモノが奥に入ると収縮し、襞がもっと奥へと取り込もうとしてるのも分かる。そんな宇都木の身体の反応に、如月が気が付かないわけなど無いだろう。だから余計に如月は己の欲望を遂げようとするのだ。
「……もう……私のうちだから……遠慮はしなくていい……」
快感に白濁した液を滲ませていた宇都木のモノを後ろから掴むと如月はそう言った。
「ひっ……」
やや強く上下に擦られ、宇都木は小さく叫び声を上げた。
「ここも……ヌルヌルだな……」
「そ……そんな風に言わないで……」
目を快感で潤ませ、宇都木はそう言ったが、如月は笑うだけであった。
「本当の事を話しているだけだ……嘘じゃないさ……」
如月は自分の腰の動きに合わせ、宇都木のモノも同時に擦り上げた。前と後ろを同時に攻められ、宇都木はもうどうにかなってしまいそうなほどの快感を身体全体で味わっていた。
羞恥心はもうなかった。ただ深く快感を取り込もうとする身体しかそこには存在しなかった。
「はっ……あ……あ……や……あ……」
両手でシーツをギリギリと音がするほど握りしめ、宇都木は喘いだ。
視界が歪む……
ああ……
変な気分だ……
快感にひたすら酔いながら宇都木はうっすらと開いた瞳の向こうに見える景色をそんな風に思った。
結局戻ってきてから二度身体を合わせ、ようやくお互いが落ち着いたのは日が沈もうとしている頃だった。
「……腹が限界に減ったな……」
如月は宇都木に腕枕をしながらそう言った。だが宇都木の方は身体が一層怠くなり、今はもう食欲よりも眠かった。
「……何でも……食べてください……私は……ご遠慮します……」
目を閉じ、暖かな如月の抱擁に身を任せた宇都木は、そう言って目を閉じた。
「……食べないから未来は身体の調子を直ぐに崩すんだ。無理矢理にでも三食きちんと取った方がいい。何よりお前は細身だから……少し痩せるだけでも直ぐに分かる……」
「……ええ……そう……ですね……」
益々睡魔に襲われ、宇都木は夢心地に浸っていた。
「夕飯……ピザでも取るか……」
……
この人は……何を食べたいと言ったのだろう……
「は?」
今の如月の一言で宇都木は目が覚めた。
「だからピザをな……体力つきそうだろう」
言って如月は笑うのだが、宇都木はピザを想像して気持ち悪くなった。
なんだかこの人……
抱き合うたびに元気になっていく……
……ような気が……
「……私は……遠慮します……」
引きつった笑いを浮かべて宇都木は言った。
如月は風邪を引いても、熱が出ようが食欲は落ちないと言っていた事を宇都木は思い出した。
実はすごい人かもしれない……
「……そうか……未来は駄目か……じゃあ中華粥でも頼むか……セットで美味い店がある。そこから滋養のつくようなものを出前で取った方がいいな……」
言って如月は身体を起こした。だが宇都木の方はベットに沈んだまま動けなかった。
なんて……
元気なんだろう……
昼頃までは私より弱っているように見えたのに……
実は快復力が人よりあるのだろうか……
そんな事を思いながらも宇都木はまた目を閉じた。
とにかく眠かったのだ。そんな宇都木の背中を如月は手の平で上下に撫でながら言った。
「出前を頼んでくる。眠っているといい……。あ……まて、もう少し起きろ」
如月はそう言ってこちらの身体を揺すった。
「……あ……はい……何でしょう……」
ぼわ~っとした目を如月に向けながら宇都木は言った。
「これを渡しておくよ……」
顔の横で合わせていた手を如月によって引き寄せられ、その手の平にキーを乗せられた。それは以前宇都木がシューズボックスに置いて来た、このマンションの鍵だった。
「……邦彦さん……」
「もう……二度と返してくれるな。いいな?それと未来の借りているマンションは解約しろ。ここに住めばいい。ずっと……な。例えこの先友人を泊めても、お前のことはきちんと説明する。いや……余程でないとこのうちには誰も入れない。この先お前にキーを返せとは絶対に言わない……。だから……もう一度……受け取ってくれないか?」
如月によってキーを握らされた宇都木は、ゆるゆると身体を起こし、手の中にある銀色のキーを眺めた。それは確かに以前は自分の手の中にあったものだった。
「……本当に?」
宇都木はキーを見ると、次に如月の方を向いた。すると真っ青な瞳は優しげに細められていた。
「……本当に……」
如月から視線を外し、また自分の手の平に乗ったキーを宇都木は眺め、そしてギュッと握りしめた。
「……嬉しい……」
目にうっすらと涙を溜め、宇都木はそう言った。二度と戻ってこないと思っていたキーが再び自分の元へと返ってきてくれたのだ。
「お前のものだよ……未来……」
言って如月は宇都木の額に軽くキスを落とした。
「……ありがとうございます……大切に……大切にしますから……」
キーを握りしめた手を胸元でしっかりと抱きしめると宇都木はそう言った。
「あ……ああ……そうしてくれ……」
宇都木の笑顔に照れた如月が頭をかきながら、ベットから降りた。
「夕飯は……しっかり食え。分かったな。じゃあ……注文を入れてくるよ……」
その一言に一応宇都木は笑みを返し、またベットに沈み込んだ。シーツの柔らかな感触を感じながら宇都木はキーを持った手を目の前に持ってきた。そしてそっと指を開き、キーを確認する。
私の……
私のもの……
開いた指をもう一度閉じ、キーをしっかりと握りしめた宇都木は、もう睡魔に勝てず眠りについた。
―完―