Angel Sugar

「黄昏感懐」 第15章

前頁タイトル次頁
「俺のこと……一度は受け入れてくれたんだから……いいですよね……。身体だけはくれるって……言った」
 それを聞いた宇都木は頭を左右に何度も振った。だがそんな宇都木のことなど鳴瀬は見ていない。
「……宇都木さん……俺のものになって下さい……」
 鳴瀬はそう言って、無理矢理はだけた宇都木の胸元に手の平を滑らせた。その瞬間背中からザワリと悪寒だけが走る。
「っ……う……」
 何とか身体を動かそうと宇都木は必死になるのだが、拘束された手は自由を奪われ動かせない。もちろん声も出せない。
「……っう」
 両手の親指がそれぞれ胸の突起を押しつぶし、鳴瀬は宇都木の首筋に軽くキスを繰り返す。その全てが宇都木にはぞっとするような感覚しか伝えてこなかった。
 嫌だ……
 こんなの……
 嫌悪感だけしか伝えてこない鳴瀬の愛撫は止まる気配など無い。シンと静まりかえったオフィスの一室で鳴瀬の息だけが聞こえ、宇都木は耳まで塞いでしまいたくなった。
 一度受け入れたことで、こんな事になったのだろうか?
 鳴瀬はこんな事をする男ではなかったはずなのだ……
 それが……
 どうしてっ!
「……うっ……んっ……!」
 鳴瀬によってズボンを脱がされ、下着の薄い布地の上から敏感な部分を何度も擦り上げられた。そのたびに宇都木は呻く。
 嫌で堪らないのだが、身体は少しずつ体温が上がり、快感を感じ出していた。そんな自分に対して情けなく思うのだが、嫌だと思う心と、体が全く違う反応を示すことを宇都木自身が止められる訳ではない。
「……宇都木さんも……感じてる……」
 鳴瀬がそう耳元で囁き、宇都木は涙目になっている瞳をギュッと閉じた。
 本当に嫌だ……
 こんな風に無理矢理快感を感じさせられるのは嫌だ……
 宇都木の閉じた瞳から涙が流れ落ちるのだが、鳴瀬はそれすら口元で掬い取り、味わっているのが分かった。
「だってほら……濡れてる……」
 何度も擦り上げられた部分は、先端から蜜を滲ませ下着を濡らしていた。その所為で、布地にうっすらと映った肉厚なモノが鳴瀬の欲望を更にかき立てているようであった。
「……う……ううっ……」
 感じることを必死に否定しようとするのだが、身体は鳴瀬の行為に悦んでいる。そんな自分に宇都木は吐き気を覚えた。顔をしかめて必死に鳴瀬を睨み付けるのだが、鳴瀬は足の付け根と下着の隙間から手を入れ、宇都木のモノを掴んだ。
「ーーーーっ……!」
 又、宇都木は顔を左右に振り、必死に拒否を訴えたのだが、鳴瀬はその姿に何故か満足しているような目を向けた。
「……なんだ……本当はすごくやりたかったんじゃないんですか?ここ……すごく悦んでる……」
 何度も擦り上げられ、宇都木はうめき声を上げた。噛まされたネクタイが、唾液で濡れ、口の端から吸いきれない分を落とす。
「俺……大事にしますから……俺のこと好きになって下さい……」
 切なげにこちらを見つめる鳴瀬に、宇都木はやはり顔を左右に振った。
 嫌だっ!
 私はっ!
 私が好きなのはっ……!
「……ーーーっ!」
 いきなり鳴瀬の指がまだ固く閉じている部分に捻り込まれ、宇都木は息が止まるほどの痛みを感じ、身体を反らせた。
「……宇都木さん……俺でもいいって言ってくださいよ……」
 嫌だっ!
 絶対に嫌だっ!
 身体をどんな風に扱われてもっ!
 絶対そんなことに頷いたりしないっ!
 痛みを堪え、宇都木は又睨み付けるような目を鳴瀬に向けた。すると鳴瀬は悲しげな表情をしながら、狭い中を抉るように指先を動かし始めた。
「……っ!ーーっ!」
 痛みで足先の感覚が麻痺したように痙攣し、涙が止まらず流れ落ちた。もう、頭の中が真っ白になりそうなほど、宇都木はショックを受けていた。
 鳴瀬をこんな風に変えてしまった自分が悪いのだろうか?
 自分が知っている鳴瀬にどう見ても宇都木には見えないのだ。
 ではこんな風にさせる何があったというのだ?
 やはり自分が悪いのだろうか?
 どうなんだろう……
 思わせぶりな態度を取ったことがあっただろうか?
 寝た以外に?
 それともそれ以外に……
 なにか?
 ……
 思い出せない……
 でも、もしそうなら……
 謝るから……
 何度でも謝るから……
 お願いですから止めてくださいっ!
 宇都木は何度も心の中でそう叫びながら涙でくしゃくしゃになった顔で痛みに耐えた。
「俺は……宇都木さんが好きです……絶対宇都木さんも俺の方が幸せになれる……」
 その……
 根拠が何処にあるんだろう……
 何より……
 私がこれほど拒否しているのに?
 こんな目に合わされて、それでどう頷ける?
「でしょう?ねえ、何か言ってくださいよ……」
 鳴瀬はそう言って宇都木の口元を塞いでいるネクタイを解いた。
「いっ……ーーーーーーっ!」
 自由になった口が、叫ぼうと声を上げた瞬間に鳴瀬の手が口元を押しつけるように覆った。その手に宇都木は噛みついた。
「っ……!」
 パアンッ
 と、鳴瀬によって頭の芯までぶれそうな平手打ちを受けた宇都木は、何度も咳き込んだ。そんな宇都木の両足を鳴瀬はすかさず抱え、下着の隙間から狭い部分を一気に割り裂いた。
「ひっ……あっ……っ……んっ!」
 無理矢理突き入れられたモノは中で擦れ、痛みだけしか宇都木に感じさせなかった。だが何度も穿たれ、次第に痛みより快感の方が勝ってきた。
 ……もう駄目だ……
 景色がぐらぐらと目の前で動くのが宇都木には分かった。
 もう……
 宇都木の意識が薄れかけたとき、いきなり鳴瀬の動きが止まり、口元を塞がれた。
 ……誰か……来た?
 ……あ……
 まさか……
 嘘っ!

「宇都木……?」
 如月はフロアに入ったのは良いが、宇都木が居ないことに怪訝な表情になった。部屋には電気がついているにも関わらず人の気配がしないのだ。
 まだ人の入っていないオフィスは机も椅子も綺麗だ。書類自体もそれほど置いていない為、まるでオフィス機器の展示場を眺めているようだった。
「なんだ……帰ったのか?」
 ぐるりと回りを見回して如月は一人そう呟いた。
 何か急用でも出来たのだろうか?
 視線を上げると、アメリカとは違う夜景が窓の外に見えた。このオフィスの位置がビルの角の当たる部分であるため、エル字型に窓がある。その窓は上から下まであるタイプだ。
 結構いい眺めの場所を貰えたな……
 そんなことを思いながら、景色を眺めていると、その硝子に人の姿が映っているのが見えた。丁度こちらからでは机が陰になって見えない位置であった。
「なっ……」
 如月はその映った二つの人物に驚き、奥へ走り出した。
「……っ……!」
 床に手首をネクタイで縛られた宇都木が、目をこれでもかと見開いてこちらを見ていた。その瞳は涙で濡れ、必死に何かを訴えるような視線をこちらに送っている。声を上げられないのは手で口元を押さえられているからだ。
 引きちぎられたようなシャツから白い胸元をはだけさせ、その上には馬乗りになった鳴瀬が宇都木の両足を抱え上げていた。
 その姿はどう見ても合意ではない。
 手の先が冷たくなったかと思うと、次に怒りで自分の身体が熱くなるのが分かった。
「鳴瀬ーーーーっ!」
 如月は鳴瀬の肩を掴み、宇都木から引き離すとズルリと言う生々しい音が聞こえた。それに対し余計怒りを沸騰させた如月は、思い切り鳴瀬を殴った。その拍子に床に転がった鳴瀬の胸ぐらを掴み、更に如月は殴りつけた。
「……もっ……止めて……」
 蚊の鳴くような宇都木の声で、如月はようやく我に返り、捕まえている鳴瀬を見た。すると鳴瀬は鼻血を出し、ぐったりとしていた。
「……ああ……お前はもうどうでもいい……」
 手を離して、鳴瀬を床に転がすと、如月は自分の上着を脱いで半裸の宇都木の身体に掛けた。
「大丈夫か?」
 言いながら宇都木の手首を拘束しているネクタイを解くと、真っ赤に擦れて血が滲んでいた。その事で宇都木が、かなり抵抗した事を如月は知った。
 手が自由になると宇都木は涙を更に落としながら、必死にはだけたシャツを整えようと手を動かした。だが、震える手はシャツを掴むことすら出来ずに、宇都木の胸元を彷徨っていた。
「もういい……連れて帰ってやるから……」
 そう如月が言うと、宇都木はこちらをじっと見て、無言のまま、ただ涙を落とす。そんな宇都木の足下に団子になっているズボンを整えてやり、抱きかかえると、鳴瀬の声がした。
「俺のしたことと、貴方がしたことの何処が違うんです……」
 床に座り込んだまま鳴瀬はそう言ってこちらを睨んだ。その顔は先程殴った所為で、顔が腫れ、人相が変わっていた。
 この程度で許す気は無いんだが……
 これ以上は無理だろうな……
 ようやく冷えた如月の頭はそんなことを考えていた。
「一緒にするな。私はこんな犯罪まがいに宇都木を抱いたことはない。これは強姦と言わないか?警察に突き出してやってもいいんだがな。それをすると真下が泡吹いて倒れるだろうから言わないで置いてやる。その代わり今度こんな事をしたら、本気で私はお前を警察に突き出してやるからな。そうなるとお前の所為で東都の名前がどうなるか……よく考えるんだな!」
 そう言ってフロアから出ようとして、如月はもう一言付け加えた。
「ああ、ここは私の職場なんだ。きちんと片づけて電気を消して帰ってくれよ」
 その如月の言葉に鳴瀬の返事はなかった。
 まあ……
 後で警備員にオフィスのキーをかけてなかったと怒られたとしても……
 そのくらいなら別に念書だけで済むことだ……
 そうして如月は地下駐車場まで降り、宇都木の車を見つけた。
「宇都木……車のキーは?」
 そう言うとゆるゆるとポケットに手を伸ばそうとするので、如月が先にポケットに手を突っ込んでキーを取り出した。
 ずっと無言の宇都木が気になるのだが、瞳を閉じたまま開けようとしないので如月は必要なこと以外話しかけることはしなかった。
 宇都木を後部座席に横にさせ、自分は運転席に座った。出口手前に証明証を差し込むところがあるのだが、それは日よけに挟んであった。
「宇都木……お前のうちに行くぞ……いいな?その方が良いだろう?」
 ミラーで後ろにいる宇都木を見ると、これでもかと言うくらい丸くなり、両手で顔を覆って泣いていた。
 もう如月には何も言えなかった。
 
 宇都木の住むマンションに着くと、如月は衣服を脱がせて風呂に入れた。宇都木は意外に大人しく如月に従い、ぼんやりと湯につかっていた。その視線は虚ろで、何処か遠くを見ているようであった。
「……私が……悪いんです……」
 宇都木の身体を洗い終え、もう一度湯船につけたところでぽつりと言った。如月は宇都木を洗った時についた泡を濯ぎながら、チラリと視線を向けた。
「お前が?どうして?悪いのは鳴瀬だろうが……」
 次にたらいを持って、むき出しの肩に湯をかけてやりながら如月は言った。だが宇都木は下を向いて顔を左右に振った。
「あれはどう見ても鳴瀬が悪いんだ。分かるな?」
 だが幾らそう言い聞かせても宇都木は顔を左右に振るだけであった。仕方無しに如月は頭を掻きながら一旦バスルームを出ると、大きめのバスタオルを掴み、また中に入った。
「そろそろ上がらないとのぼせるぞ」
 如月が言うと、宇都木はゆるゆると湯から上がった。その動作は気怠げだった。
「温もったみたいだな……」
 宇都木の頭からバスタオルを被せ、まず濡れた髪を拭き、次に頬や肩等全身を丁寧に拭いた。相変わらず宇都木は反抗することもせずに、如月に身体を任せたままだった。
 ……
 大丈夫か?
 随分ショックを受けていないか?
 パスローブを羽織らせて、宇都木を抱き上げると寝室に連れて行き、ベットに下ろした。すると宇都木は自分から毛布の中に潜り込んでいった。
「……お腹は空いてないのか?」
 ベットに腰をかけ、如月は毛布にくるまった宇都木にそう言うと、頭だけが左右に揺れた。
「……気にするな……」
 如月は言葉ではそう言っていたが、本当に腹を立てていた。だがそれを宇都木にぶつけることは出来ないのだ。ぶつけたい相手は、既にボコボコにした。しかし足りないのだ。あの程度で許して良かったのだろうかと、ここに来るまでもずっと考えていたことであった。
 だが虚脱状態の宇都木を放って置くことも出来ずに、仕方無しに引いたのだ。
 以前の自分なら、宇都木を責めていたに違いない。鳴瀬を叩きのめし、次に宇都木を責めただろう。
 お前が一人であんな所にいたからだ……
 お前が誘ったんじゃないのか?
 お前が……
 ただひたすらそう言い続けていたに違いないのだ。
 なのに、今、如月にそんな気はさらさらなかった。
 宇都木を責めてはいけないのだ。鳴瀬を責めることがあっても宇都木は駄目だ。既に充分傷ついているのが如月には分かるからだ。
 虚ろな瞳はあまりのショックに、まだ頭の中が混乱しているのだろう。無理矢理身体を開かされた衝撃は普通ではないはずなのだ。
 それが今の宇都木をみて如月には充分分かった。だから必死に自分自身を含めて平静になろうと努めていた。
「私が悪いんです……」
 宇都木はまたそう言った。
「いや……」
 真下が言っていたことをそこで如月は思いだした。

 君が悪い事でも、宇都木は自分を責める

 宇都木はそういう性格だと言っていた筈だった。
 それは如月に限らず、全てに対してそう思うのだろうか?
 考えると誰々が悪い、あいつの所為だ等という言葉を、この宇都木の口から出たことなど無かった。
 何時も出るのは「私が悪い」だった。
「鳴瀬が悪いんだ」
 如月は言い聞かせるような口調でそう言った。
「貴方は何も知らないからっ……!本当にあれは……私が……」
 ようやく顔を出した宇都木の瞳は、泣きすぎて腫れた目を更に赤くさせて涙を滲ませていた。
 この男は……
 全ての事を自分の所為だと思うのだろうか?
 例え相手が悪くても……
 誰が見ても相手に非があったとしても……
 自分が悪いと思う男なのだろう……
 理由など無い。
 宇都木は物事をそんな風にしか捉えられないだけなのだ。それは真下から聞いた宇都木の過去に原因があるのかもしれない。
 母親が死んだのも……
 父親が死んだのも……
 自分が一人になってしまったことも……
 全部自分に責任があるのだと今も思っているに違いない。
 小さな子供が意味もなく、何事に対しても自分が悪いと思うように、宇都木はそれを持ったまま大人になってしまったのだろう。
 人は自分が悪くても、時には相手に責任転嫁し、ようやく心の平静を取り戻すことがある。宇都木の場合は自分を責めることで平静に戻れるのだろう。だがそれは、日々自分の心を痛めつけているようなものだ。
 相手が悪いときは、怒りにしろ憎しみにしろ問題の相手にぶつけた方がどれだけ楽なことなのか、宇都木は知らないのだろうか?
「お前が誘ったのか?」
 如月がそう言うと、宇都木は思い切り顔を左右に振った。
「縛られるのが好きなのか?」
「誰がっ……!」
 今度は叫ぶように否定している。
「だったらあれは鳴瀬がお前を強姦したことになるだろうが……。お前を縛り付けて自分の欲求を満たそうとしたんだ。なのにお前が悪いのか?どこから考えてもお前ではなくて鳴瀬に非があるぞ。なのに自分が悪いと言い張るお前は、頭が悪いのか?」 
 そう言うと、宇都木の視線が下がった。
「お前もな、身体だけの関係にしたかったとして、あんな恋愛感情を持っている相手を選ぶのが間違いだ。そのへんはお前が悪いかもしれんがね……。だがそれと、強姦とは全く違うんだ」
「……一度……確かに寝ました。貴方とのことで……色々……悩んで……誰でも良いと思った……それで……鳴瀬さんの気持ちを知っていながら……私は……一瞬だけでも癒されたかったから……それが……鳴瀬さんをあそこまで追いつめてしまったなんて……」
 宇都木は言って又涙を落とした。握りしめている手が震えて可哀相なくらい小さく見えた。
 そんな宇都木を抱きしめてやりたい気に如月は駆られた。
 もう良いんだと頭を撫でてやりたい……
 私は……
 どうしてやれば良いんだ……
 答えがそこまで出ているはずなのに、それが如月の中ではっきりとした形にならないのだ。
「私も立派なことは言えないぞ。戸浪のことを忘れられない癖に……お前を……」
 如月はそう言いながら、なんだか自分自身が情けなくなった。
 俺と鳴瀬との違いが何処にある……
 鳴瀬はまだ宇都木に恋愛感情を持っていた。
 だが宇都木にその気がなかっただけだ。
 私はどうだ……
 宇都木を散々身代わりにしてきたんだ……
 そんな私に鳴瀬を責めることが出来るのか?
「あれは……私が納得していたんです……だから……」
 そう言った宇都木の声は震えた。
 違うぞ……
 お前を責めるつもりで言ったんじゃない……
「同じだ……そんな気持ちになるときが確かにある……。だからお前が鳴瀬と最初そうなったことを私は責めたりしない。そんな資格も私にはない。ただな、今回のことはあれはどう考えても鳴瀬が悪い。そうだろ?ほら、鳴瀬が悪いって言ってみろ。少しは楽になる」
 そう言って如月は、宇都木の濡れている頬を撫でた。
「……あ……」
 こちらが触れたことで、宇都木は驚いたようであった。
「言え。お前は私の言うことは聞いてくれるのでは無かったのか?」
 何度も頬を優しく撫で、如月はそう言って笑った。すると伏せがちな宇都木の顔が上がった。その表情は苦痛に満ちている。
 何を苦しんでいるんだ?
 まだ自分を責めているのか?
 お前はなんて馬鹿なんだ……
「……私は……」
 言葉じゃ駄目なのか?
 じゃあ……
 どうすれば……
 お前は楽になれる?
「誰かの所為にしたほうが良いときがあるぞ。私もまあ……もう時効だろうから言うが、やはり戸浪を襲って……あの時、結局出来ずに退いたが、どれだけ罵声をあびせられたか……。お前が悪い、お前の所為だってな……そんなもんだろう……」
 そう言って如月はそっと宇都木を自分の方へと引き寄せギュッと胸に抱きしめた。もうそうすることしか如月には思いつかなかったのだ。
「……私……」
 また泣き出す宇都木の頭を如月は緩やかに撫でた。
「鳴瀬の所為に出来ないのなら……忘れろ……。その変わり自分の所為だと思うな……。良いな……?」
 そう言うと宇都木はコクコクと頭を振った。
 何故こんなに愛しいのだろう……
 如月は自分の中にわき上がる気持ちを抑えられなくなっていた。
 抱きしめて……
 キスして……
 温めてやりたい……
 それは決して慰めてやろうという気から来るものではなかった。ただ、ずっと認めたくなかった気持ちがここでようやく如月の中で形になったのだ。
「宇都木……聞いてくれるか?」
 腕の中に囲っている宇都木を見て如月は言った。
「……はい……」
 宇都木は涙に濡れた目をしばたいた。
 その瞳はずっと如月だけを追い続けてきた瞳だった。
 どんなことがあっても……
 例え如月が宇都木を見ていないときでも……
 決して裏切ることなく、健気に如月だけに尽くしてくれた……
 こちらが背を向けても……
 誰を想おうと……
 ずっと見つめてくれていた……
 何故今までその事に気が付かなかったのだろう……
 そうだ……
 私は……
 過去にあまりにも囚われすぎて、今を見ることができなかったのだ……
「私は……」
 ようやくたどり着いた答えは、意外に簡単に言葉になった。
「私は……多分……お前を愛してるんだと思う……」
 そう如月が言うと宇都木は目を見開いて、ただこちらを見つめるだけであった。
前頁タイトル次頁

↑ PAGE TOP