Angel Sugar

「監禁愛5」 第6章

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 幾浦のマンションに着くとアルは速攻に自分の寝場所に倒れ込んだ。そんな様子を幾浦は呆れた目で見ている。当然と言えば当然だろう。
 それほどリーチ達は遅く帰ったのだ。
「お前な……何時だと思ってるんだ」
 既に眠っているアルを撫でながら幾浦は苦笑していた。
「まあ楽しかったぜ。でも俺も疲れた。もう子守はこれっきりだ」
「名執が心配して家に電話してきたぞ」
「そっか……悪い」
「名執も呼んでやれば良かったのではないか?」
「あいつは仕事が忙しかったみたいだしな」
 あくびをしながらリーチは続ける。
「それにさ……正直な話し、ユキとふたりっきりになったら、俺、野獣と化すぜ」
 真顔で言うと、幾浦が目を点にさせた。
「……全く何をさらりと言っているんだ」
「俺も我慢してるんだよ……。マジできついって。ここをホテル代わりに出来ないし、車の中だって駄目だし……仕方ないだろ……出来ないんだから」
 足をばたつかせて不満を幾浦にぶちまけた。
 もちろん、それはほんの少しだけであったが、リーチに同情して幾浦がここを使えと言ってくれるのではないかとほんの少し考えたのだ。
 が、幾浦にはそんな気は全く起こらないようで、呆れるだけでリーチが望む言葉は出てこなかった。
「当たり前だ」
「だろ、だからちょっと距離を保ってるわけ」
「自分の家に呼べば良いのだろうが」
「……駄目。壁が薄いんだよ。恥ずかしいだろ……噂になるの」
「わがまま言うな」
「……あーあ……寝よ寝よ……」
 ふらふらと歩きながら床に敷いた布団の上にリーチは倒れ込む。
 その瞬間携帯が鳴った。
「冗談だろう……」
 と、言いながらもリーチは携帯を耳に当てた。
「もしもし……隠岐です。はいっすぐに向かいます」
 携帯を切ったリーチは十二時を過ぎている事を確認してトシを起こした。
「トシ、ウェイクしろ。事件だってよ。その上お前の週に突入しているからお前が身体の主導権を持てよ」
 リーチは当分バックで身体を伸ばしたかったのだ。使いたくない気を使った物だから余計に疲れている。
 いや、正確には利一の身体が疲れていて、面倒を見るのが怠かった。
『眠い……ん……いいよ。僕の週だし……』
 リーチはほくそ笑みながら「そうそう」と言った。だが、交替したトシは身体が酷くつかれていることに気が付いた。
「僕がこの疲れた身体の面倒を見るの?リーチが疲れさせたんだろ」
 ばれていた。
『まー怒るなよ。別にユキとどうこうして疲れた訳じゃないだからさ……』
「……で、現場は?」
『神田駅前高架下』
「分かった」 
 トシが服装を整えて部屋を出ると、寝室で眠っているはずの幾浦の側に座る。
「恭眞……仕事行ってくるね」
「……あん……?あ、トシか?」
 うっすらと目を開けて幾浦は言った。
「うん。今週は僕の晩だからね。仕事が入ったから行って来る」
「送って行くぞ。場所は?」
「子供じゃないよ……」
「お前を一人歩かせると心配だからな……」
 幾浦は言いながらベッドから下りて、椅子に引っかけてあったガウンを着た。既に送るつもりでいるのだろう。
「……リーチが今、起きてるから大丈夫」
「ちょっと寝かせとけ」
 意味ありげに小さく咳払いをして幾浦はトシの身体を引き寄せ、それを見たリーチは不味いと思ったのか、トシが引き留めるまもなくスリープした。
「え?あ、リーチ……」
「寝たか」
「うん……何か眠そうだし……嬉しそうに寝たよ。でもね恭眞。僕たちは今から捜査なの。分かってる?」
「キスするくらいの暇はあるだろう?」
 嬉しそうに幾浦は、トシを引き寄せて軽くキスを落とした。



「先生、風邪薬貰ってきましょうか?」
 田村が心配そうに聞いた。
「大丈夫ですよ」
 今朝起きたときから何となくからだが怠いのは風邪の所為だと分かっていた。仕事も忙しい上に、生活環境もエリックが住み込んだことで変わった。
 それが体調を崩す原因となっている。
 だからといって今更どうにもならない。
 多少は慣れた。
 だが、やはり他人がうちの中にいるとそれだけで神経を使うのだ。それらが名執の精神的な負担になっていた。
「いつも先生の肌は真っ白で綺麗ですけど、なんだか今日は赤みが出て、熱っぽい顔になってますよ……」
 顔を覗き込むように田村は言う。
「今日はオペが入っていませんので、早めに帰ることにします。まあ、こんな体調で緊急であってもオペをするのは私自身も自信がありませんし……」
「その方が良いですよ。最近、先生は働き過ぎでしたし、院長先生も心配されていました」
「そうですか……。とりあえず目を通さなければならない書類が片づき次第帰ることにしますね」
 自分の肩をぽんと叩いて名執は言った。
 田村が出ていくと名執は机に山積みになっている書類に目を通し始めたが、目の奥が酷く痛んでまともに文字が読めなかった。
「困りましたね……」
 ぼんやりした視界が熱が出てきたことを示していた。
 手のひらが妙に汗ばんでいて、顔と手を冷たい水で無性に洗いたい。
 仕方なしに立ち上がって名執は洗面所に向かうことにした。
 だが、立ち上がったものの、何となく足下が頼りない。身体が左右にユラユラ揺れている様な気がする。
 実際はまっすぐに歩いているのだろうが、視線がぶれてしまうのだ。
 そんな調子だったが、名執は何とか洗面所に立ち、鏡で自分の顔を眺めてみた。
 すると熱っぽい顔が頬をピンク色にしていて、瞳は潤んでぼんやりとしている。確かにこれでは見る人間が見ると色っぽく見えるだろう。
 小さくため息を一つ付き、名執は手をかざして蛇口から水を勢い良く出すと、まず手を洗い、次に顔をバシャバシャと洗った。
 冷たい……
 まるで氷で顔を撫でたような感触を頬に受け、名執は身体を一瞬逸らせた。しかし、冷たい水は確かに少しではあったが、気分を良くしてくれる。
 いや、どちらかというと朦朧としていた意識をはっきりさせてくれたのだろう。
 無事に帰られたらそれで良いですし……
 もう一度顔を洗い、ホッとした瞬間、声を掛けられた。
「先生?」
 振り返るとトシが立っていた。
「トシさん?」
「はい。事故にあった被害者の様態を確認しに来たんです。でも遠目から見た先生がなんだか疲れているように見えて心配になって……」
「ちょっと体調がすぐれないんです。でも大丈夫……」
 と言ったところで名執は腕を捕まれてトイレに連れ込まれた。
「……リーチ?」
「ああ……」
 しっかり抱きしめられた所為で名執は余計に身体の力が抜け、そのまま全身をリーチに任せて力強い抱擁に身を委ねた。
 ホッとする……
 温かいリーチの身体が自分を包んでくれていることで、更に意識が遠のきそうだ。
「熱っぽいな……」
「風邪気味のようです」
 やや顔を上げてリーチを見ると、熱でぼやけた視界に飢えた瞳が見える。その瞳の熱さに名執は自分の鼓動が早くなるのが分かった。
「ユキ……」
 囁くように名前を呼ばれ、ゆっくり近づくリーチの唇を、名執は待っていたかのように受け入れた。
 久しぶりのキスだ。
 与えられる全ての感触を味わいながら名執は自分からも手を伸ばしてリーチに身体をすり寄せる。
 永遠と思われるような時間をキスで埋め、暫くすると口元が離された。
「リーチ……」
「しーっ……誰か来たらまずいだろ」
 ニッと口元だけでリーチは笑い、今度は首筋に唇を走らせてきた。
 こんなところでは不味いと思った名執は、自分の気持ちに反して抵抗したが、力強く抱きしめているリーチの腕は鋼のようにびくともしなかった。
 熱の所為で頭がクラクラしている上に、ずっと求めていたリーチの抱擁がそれに拍車を掛ける。
 てが白衣をはだけて胸元をまさぐり、シャツの上からリーチは名執の胸の突起を探り当て痛いほど擦りあげてた。
「……あ……駄目……です……」
「ユキ……」
「……あ……」
 しっかり立ってないと……
 でも……
 もう視界がぐにゃりと歪んで、名執はリーチの表情すら分からなくなっていた。
「……ユキ?」
 気が付くと名執はリーチの腕の中で意識を失っていた。



 額に冷たさを感じて名執は目を覚ませた。身体を起こすと額に置かれていたタオルがぽろりと落ちる。きょろりと周囲を見渡すと、見慣れた自分のうちの寝室だった。
 どうやって帰ってきたのだろう……
 間接がシクシク痛み、耐えられなくなった名執は身体をベッドに沈めた。
 何故自分がここに寝かされているのかはっきりしない。リーチと病院で会ったことは覚えていたがそこからが漠然として記憶が抜け落ちていたのだ。
「起きた?」
 寝室の扉が開くとそこにはリーチがお盆に湯飲みを乗せて立っていた。
「リーチ……あの……」
「びっくりしたって、俺の腕の中でずるずるって倒れるんだもんな……。俺、真っ青になってさ、とにかく、お前を抱えて田村さんを探して、内科の先生に看て貰ったんだぜ。それ覚えてないのか?」
 名執は顔を左右に振った。
 全く覚えていないのだ。
「……済みません。リーチにご迷惑掛けて……。朝から体調が悪かったのは分かっていたのですが……」
「良いから寝てろ。疲労と風邪だって。注射も一本打ってくれたよ」
 そう言ってリーチはお盆を脇机に置いた。
「あの……エリックは?」
 問いかける名執の額に、先程落としたタオルをリーチは乗せる。すると視界が半分タオルで隠れ、リーチの姿が半分しか見えなくなった。
 それだけで名執は不安になる。
「来たときはいなかったから何処かに出かけてるんだろ。二十歳越えた大人なんだから放って置いても勝手に帰ってくるさ」
 言いながらリーチは名執の隣にごろんと横になり、こちらを見つめてくる。
 心配そうな瞳がまっすぐ向けられているのが分かった名執は先程感じた不安が心の中で溶けていくのが分かった。
「……そうですね」
「ユキ……俺怖かったよ……」
 身体に添うように伸ばされていた名執の手を取ると、リーチはそのまま手の中のものを愛撫する。
 その触れる唇が心地良い。
 しかし、こちらが安堵しているというのにリーチの瞳はあまり見られない不安げな様相を伴っていた。
「リーチ?」
「とんでもない病気だったらどうしようって……。お前を失ったらどうしようって……。ただの風邪なのに……そんなことばっかり考えた……」
 リーチは名執のためにこういう表情を見せてくれるのだ。
 そんなリーチを名執は愛している。
「リーチ……お仕事は?」
「大丈夫。心配するな。ゆっくり身体を休めた方がいいよ。抱きしめて分かったけど、お前ちょっと痩せた」
 リーチが真顔でそう言ったので名執は熱で赤くなった顔を更に赤くした。
「なんか食べたいものある?」
「今は食欲がありませんので……気を使わないで下さい」
「じゃ、勝手に作らせてもらうかな。お前ほっといたら、ずっと食べなさそうだし……。それにいつも俺がお前の世話になってるから、たまにはこういうのもいいだろ」
 にっこりと笑みを見せたリーチは、伸ばしていた身体を起こしてベッドから下りると、早々に寝室を出ていった。
 病院で見せたあの飢えたような瞳を今は全く感じなかった。
 それが残念で仕方ない。
 熱で身体が怠くても名執はリーチの肌に触れたかった。力強い抱擁をその身に受けたいと切実に願ってしまうのだ。
 病院で受けたキスの味がまだ口の中に残っている。こちらが熱っぽかった所為か、リーチの舌はひんやりとした感触をこちらに残していた。
 こんな時に何を考えているのだろうかと自分を叱りつけるが、理性とは別の所からの欲求であるため押さえるのがとても難しい。
 愛されたい……
 いつもそれだけをリーチに望んでる。
 望めばいつも与えられる欲求を、今は満たされずにいる。
 心も体もそれを辛く思っていた。
 どうにもならないことを、名執が考えているとマンションの扉が開けられる音が遠くの方で聞こえた。
 エリックが帰ってきたのだろう。
 リーチと何か話している声は聞こえるが、何を話しているかまでは分からなかった。寝室まで来られたらどういう態度を取ればいいのだろうかと考えたが、エリックがこちらの部屋へ様子を見に来ることは無かった。
 多分、リーチが気を利かせてくれたのだ。
 暫くうつらうつらしていた名執であったが、視線を感じてうっすらと瞼を開けるとリーチが覗き込んでいた。
「お粥を作ってきたのですが、食べられます?」
 リーチが急に利一の時の口調を使うので不審に思ったが、扉の方を見るとそっとこちらを心配そうに見つめるエリックの姿があった。
「ええ……頂きます……」
 食欲など全くなかったが、リーチの好意を裏切りたくない。名執は身体をゆるゆると起こすと、スプーンを持ち少しずつ粥を口に運んだ。
「あの……兄さん……大丈夫?」
 おずおずとエリックは寝室に入って来た。
「大丈夫ですよ。心配を掛けて済みません。ここにいてもすることが無いでしょうから、テレビでも見てきたらどうですか?」
 それだけ言うにも名執はかなりの体力を使った。
 二人きりの時間を邪魔されたくないと本気で名執は考えていたから、本当に早くここからエリックには出ていって欲しかった。単に、名執のわがままかもしれないが、側にいてくれるリーチをどうしても帰したくなかったのだ。
 そんな名執のことを分かったのか、リーチはエリックに「今晩は私が付いていますので安心して下さい」と言って寝室から外に連れ出してくれた。
「リーチ……済みません……。本当に済みません……」
 己の醜い部分を見られたような気がした名執はギュッと毛布を掴む。自分が情けなくて仕方がないのだが、それでもエリックがいなくなってくれたことが嬉しい自分にまた自己嫌悪を感じるのだ。
「俺にまで謝るな。病人は気を使わなくて良いんだよ。ほら、お粥をちゃんと食べなきゃ駄目だ」
「はい……」
 何とかお粥を茶碗に一杯食べると名執はクスリを飲んで又横になった。
 風邪からくる熱で身体が怠いのは分かるが、違う怠さも感じているのだ。いま、名執はリーチと抱き合いたかった。
 触れられたくて仕方がない。
「さーて……俺も飯食ってくるわ。エリックの面倒も任せてくれよ」
「……あ……」
「おとなしく寝てろよ?」
 そう言って立ち上がったリーチを引き留める言葉が名執には見つからなかった。
 寝室を出ていくリーチを見送りながら、名執は瞳が潤む。
 仕方無しに眠ろうとしたが、リビングで食事を楽しそうに摂っているリーチとエリックの声が聞こえて眠ることが出来なかった。
 もちろん、内容までは分からないが、時折小さな笑い声が聞こえるのだ。いつもならそんな声くらい別段何とも思わないのだが、こういう時は何故か自分だけが孤独に思えて仕方がない。
 そんなことをうじうじ考えてながらいつの間にか名執は眠りについた。

 エリックが床に入ったのを見届けたリーチはシャワーを浴び、バスローブを羽織ると名執の様子を見に寝室に入った。大きなベットで丸くなり眠っている名執がとても小さく見える。
 ベットに腰を掛けてリーチはそんな名執を側でじっと観察をすると、熱の所為でいつも白い肌がうっすらと桃色に色づいている姿に自分の下半身が鈍い重さを感じ、そういう不謹慎な自分を叱咤しながら名執の横に自分も身体を横たえた。
「ユキ……」
 小さな吐息のよな息づかいが耳に心地よく聞こえる。額にかかる髪をそっとかきあげると名執の瞳が開いた。
「リーチ……」
 熱のために濡れた瞳と艶やかな唇がリーチの瞳を釘付けにした。
「ん……眠っていいんだ。俺ここで見てるから……」
 頬杖を付き、もう一方の手で名執の背中を優しく撫で上げる名執の身体はリーチにピッタリと寄り添った。その名執からはまるで風呂上がりの暖まった身体を抱いているような熱が伝わってくる。
 熱がまだ下がらないのだろう。
「なんだか湯たんぽ抱いてるみたいだな」
「そんなに熱っぽいですか?」
 名執の弱々しい笑みにリーチは頬にキスを落とす。
「風邪の時はみんなそうだよ……。お前がいつも言ってるじゃないか。風邪に効くクスリはないから、ゆっくり身体を休めて体力を回復するしかないって」
「そうでしたね……」
「とにかく、お前は寝た方がいい。こうやって抱いていてやるから寝ろよ」
「……リーチ……今週はトシさんの番でしょう?」
「仕方ないだろ。お前が病気なんだからさ……」
「トシさんに謝って置いて下さい……」
「分かった。そうだお前、外科部長になったんだって?俺に黙ってたな」
「……断わるつもりがずるずる引き受けた形になっているんです」
「まあ、偉くなるのは良いことだから別に気にしてないよ。おめでとうユキ」
「……」
 褒めたつもりであったが、名執は余り嬉しそうではなかった。
「ユキ?」
「忙しくて……貴方とすれ違いになるのなら……偉くなんてなりたくない……」
「すれ違ってなんかないさ。どうしたんだよお前。変だな……そっか、病気の時は気弱になるもんな……。元気になったらそんな考え無くなるよ」
 宥める言葉にも安心できないのか、名執は不安そうにこちらを見ている。何故か泣きそうな瞳にリーチはどうしたのだろうと考えたが、ピンとこなかった。
「……リーチ……抱いて……」
 名執は急にリーチに腕を廻してしがみついた。
「おい、お前病人だぞ」
「貴方に愛して貰ったら治ります……」
 掠れた声で名執は言う。その声ですら欲情する自分を叱咤しながらリーチは理性を保った。
「余計酷くなるよ。じっと寝てろ。それにエリックは同じ屋根の下にいることを忘れるなよ。ばれるとお前嫌だろう?」
「貴方に触れて貰えないことで気が狂いそうなんです……」
 もう耐えられないという名執の表情にこちらも耐えられなくなる。
「リーチを感じたい……」
 名執の手はリーチのバスローブの紐を解き、そっと胸板を撫でて、次に頬をこすりつけた。
「ユキ……駄目だ。病人に手出しはしないぞ」
「でもリーチのここは正直……」
 言いながら名執はリーチの堅くなったモノに指を絡ませた。
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