Angel Sugar

「監禁愛5」 第20章

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『余程、酷い環境で育ったんだね。人にも恵まれなかったらしい……。それとも、君がひねくれているせいで、人の優しさなんてものが目に入らなかったのかもしれないな。どちらかと言えば、エリックさんは後者だと私は思いますけどね』
 エリックから視線を外してリーチは淡々と言った。するとエリックは噛みつくように反論してきた。
『何も知らないくせにっ!何が後者だよ。僕がひねくれてるって?そうだよ。僕はひねくれてるんだ。幸せに生きてきた人間には僕のことなんて理解できない。僕だって兄さんみたいになんの苦労も知らずに大人になりたかった。そうすれば、優しい人間になれたんだっ!』
 半分涙目になっているエリックを冷ややかに見下ろしながらリーチは息を吐く。
『エリックさんが、先生の体験した人生を歩んでいたら、確実に自殺してますよ。何も知らないくせに、人を外見だけで判断しない方が良い。あんまり先生を馬鹿にするようなことを言うなら、私は何をしでかすか分かりませんよ。ああ、エレベーターがつきましたね。早くうちに入りましょう。まずはそれからです』
 先に開いた扉から通路に出ると、エリックはリーチの冷たい言葉にやや狼狽えつつも、後ろをついて歩いた。
『……僕は』
 暫く沈黙していたエリックがまた口を開く。いい加減口を縫いつけてやりたいと思いながらもリーチは早足で通路を歩いた。
『僕は、間違ったことなんかしていない』
『恨むなら人を巻き込まないで、一人で恨んでください』
 後ろをちらりとも振り返らずに、リーチは歩く。
『僕は隠岐さんが欲しいんだっ!』
『あ~そうですか。私は必要ないです』
 しらけたようにリーチは答える。
『こんなに好きなのに……』
 力のない声でエリックは呟くように言った。それは独り言のようにも聞こえる。
『貴方は私のことなどこれっぽっちも好きではないんでしょうね。単に先生の恋人だから奪ってやりたいと思っているだけですよ。そんな、手前勝手な復讐に私や先生を巻き込まないで貰えませんか』
 名執の自宅前に立ち、ようやくそこでリーチはエリックの方を振り返った。すると頬を涙で濡らして、目元を拭っている。そんな姿を見ても、リーチは同情のひとかけらも浮かんでは来なかった。
『泣いたところで私の心はこれっぽっちも痛みませんよ。さあ、早く扉を開けてください』
 淡々と告げたことで、エリックは口元を引き絞り、持っていたキーで扉を開けた。リーチは玄関に入り、エリックが扉を閉める。同時にリーチはエリックの首元を掴んで、今閉めた扉に押しつけた。
『先生は何処です。さっさと吐かないと、このまま首をへし折ってしまうかもしれませんよ。私、見かけによらず結構凶暴なんです』
 口調はまだ抑えたものだったが、腹の底から響くような声は怒りを伴っていた。
『……隠岐さん……』
 利一の豹変に、信じられないと言う瞳を向けてエリックは呻く。
『先生に危害を与えるようなことがあったら……もし、一筋の怪我でもしているのを見つけたら。ここで一度は離しても、後からこの首をへし折りますよ。私、先生にそれほど惚れてるんです。私の話していることを理解できていますか?』
 首を握りしめている手に力を込めて、リーチは言い放った。もちろん本気だ。リーチがどれだけ名執を大事にしているのかを分からせないと、エリックは何も話さないと考えたからだ。
『兄さんが……羨ましい……』
 ぽろぽろと涙を落としながらエリックは言う。
『人を羨んでいる姿はみっともなくもないでしょうが、妬みは醜いですよ』
『……妬んで……る。そんなの……最初会ったときから……妬んだ。だって、兄さんは僕が持っていないもの全て持ってる……羨ましかった……』
『先生がどれだけ努力したかなんて、貴方の妬みを和らげるものになり得ないんですね。妬む前に、貴方こそ努力したらどうです?努力も無しに、人を妬むなんて、単なる言いがかりでしょう。だれも同情なんてしてくれませんよ』
『同情なんて……欲しくない。……そんなもの……掃いて捨てるほどもらった。……もっと違う物が……僕は欲しかったのに……誰も与えてくれなかった。……努力しても手に入れられなかった……それは僕の責任?』
 首を掴まれているにもかかわらず、エリックは挑戦的な瞳をリーチに向けた。その表情は息が詰まっている所為で朱に染まっている。
『話をすり替えないように。私は先生の居場所を聞いているんです』
『言うもんか……』
 エリックの一言に、リーチは首を掴んだまま、小さな身体を玄関に叩き付けた。
『絶対に言うもんかっ!滅茶苦茶にされたらいい。兄さんがどん底に落ちる姿を僕は見たいんだっ!見て……笑ってやる。この僕がされたように、嫌々犯されたらいい。泣いて、叫んでも、最後には快感で笑ってるに違いないよ』
 痛む身体を押さえながら、身を起こすエリックはどうあっても名執の居場所を答えてくれる様子はない。名執が今、どういった状況に置かれているのかリーチには全く分からないが、エリックの言葉を聞く限り、ひどい目にあわされていることは確実だった。

 二度とお前を泣かせるような目にあわせない……。

 リーチが名執に誓ったこと。
 それを覆す相手は、このままにしておけない。
 死ぬような目にあわせたとしても、名執の居場所を吐くまで手を緩めるつもりはない。どんな手を使っても吐かせてやると、リーチは決心したが、それより先にエリックが言った。
『拷問でもする?言っておくけど、そんなもので僕は白状しないからね』
 不敵に笑うエリックは、子供の顔をしていながら、大人の目つきになっていた。
『やってみなければ分からないでしょう。こっちはプロなんですから……』
 動じないエリックを前に、リーチは言う。出来るものならこのまま海にでも沈めてやりたいと本気でリーチは思った。名執の為なら犯罪者になることなどリーチにとってたやすいことなのだ。
 大切なのは名執を守ること。
 名執に涙を流させないこと。
 これがリーチにとって優先事項であり、そのほかはどうでも良いことなのだ。
『死んでも言わないからね。それよりも簡単に白状する方法があるんだけど……』
 よろよろと立ち上がりながらエリックは言った。冷たい視線を投げかけたまま、リーチはエリックの姿を見つめる。
 エリックが何を言おうとしているのか理解しかねたからだ。
『……で?』
『僕を一度で良いから抱いてくれたら、教えてあげる』
 その言葉にリーチは思わず笑いが漏れた。馬鹿馬鹿しくてつき合ってられないと言った方が近いだろう。
『それで、一度でも抱けば、私が魅力に参って、そのまま貴方との関係に溺れるとでも言いたいんですか?馬鹿馬鹿しい……』
『違う。別にそんなことを考えて言った訳じゃない。ただ……抱かれたいだけだよ……』
 視線を逸らせ、エリックは小さく息を吐くと、まだ痛んでいるであろう身体を自分でさすっていた。
『男妾は何処まで行っても身体一つで済むと思ってるんだな』
『僕は……男妾なんかじゃないっ!』
 悲鳴のような声でエリックは叫んだが、リーチは更に言った。
『あの、例のシャル……さんでしたっけ。貴方の相手でしょう。彼は随分と身なりが良かったところを見ると、彼に身体を差し出して貴方は金をもらっているわけですね。じゃあ、そのまま男妾でしょう。違いますか?あ、分かりました。シャルさんに頼んで先生を拘束したのですか。見たところ、シャルさんはあれで貴方の言いなりのようだ』
 痛いところをついたのか、エリックは口元を引き締めたまま言葉を告げずに立ちすくんでいる。そんなエリックの胸ぐらを掴んでリーチは脅すような声で言った。
『奴共々、お前を殺してやっても良いんだぜ。二人殺したところで俺はこれっぽっちも心は痛まないんだ。ユキに手を出すような奴は誰だろうと俺は許さない。分かるか、ガキ。てめえは分かってないようだが、俺はユキに心底惚れてる。あいつが泣くような目にあわす奴は、例えどんな事情があったとしても俺は許さない。聞いてるのか、このくそガキがっ!』
『本当の……隠岐さんは……そんな人だったんだ……』
『ああ、そうだ。悪いか?善良な刑事だと思ってたか?あ?面を被っていて悪かったな。お前こそそうだろう。俺でも驚いた』
 クッと笑うと、エリックは初めて恐怖におののいた表情になった。
『僕は……言わない……してくれないのなら……絶対に言わない……』
『壊れた玩具かお前は。同じことばっか繰り返してんじゃねえぞ』
『絶対に言わないっ!さっさと僕を抱かないと、隠岐さんの言う大事な人は、見るも無惨な姿で帰ってくることになるよ。それでもいいの?』
 相変わらず口を割ろうとしないエリックにリーチは郷を煮やした。ここで殺してしまうのは簡単だったが、そうなると名執の居所が分からずじまいで終わる。リーチにとって今知りたいことは名執の居場所であって、エリックとこうやってにらみ合っている場合ではないのだ。
『それで……どんな風に男をたらし込むんだ?』
 胸ぐらから手を離し、リーチは言った。急に圧迫感が無くなった所為で、エリックの方は玄関に倒れ込んで咳き込んでいる。その姿を見ているだけでリーチは吐き気がしそうだった。
『やる気に……なったんだ……』
 ぜえぜえと口から息を吐き出しながら、それでもエリックは笑みを浮かべた。
『簡単にその気にはならないぜ。やりたいなら俺をその気にさせてみろ。散々そうやって男を騙してきたんだろう?見せて見ろよ……』
 口元を歪ませて酷薄に笑うリーチを前にして、エリックは自らシャツのボタンに手を掛けると、上半身を裸にした。
『貧弱な身体だ。面白みなんてないな……』
 品定めするような視線をエリックに送ったが、相手は動じることなくベルトを抜くと、ズボンを下ろした。露わになった肌は、名執とは似ても似つかないもので、リーチには少しの魅力も感じなかった。
『僕のこと何も知らないからだよ……。ここでする?それとも寝室に行くの?僕は何処でも良い』
 下着一枚の姿でエリックは言った。
『本当なら、通行人の沢山いる衆人環視の中で、一人でよがっていたらいいんだろうが、それも無理そうだ』
 チラリとエリックを見てリーチは言った。
『望むなら何でもするよ……』
 媚態をつくってエリックは微笑んだ。
『……可哀想なガキだな。何でもそれでこの世の中が渡れると思ってる……』
 と、言ったものの、別にリーチは同情をしたわけではなかった。単に呆れただけ。こんなガキに毎日振り回されていた名執を考え、そんな相手に対して我慢しろと言った自分の言葉を思い出し、どうして言ってしまったのかとリーチは情けない気持ちになる。
『そうだよ。そうやって渡ってきた。綺麗な人生を過ごした人間には分からない』
『そうやって、自己憐憫に浸っているといい。リビングに行けよ。そこで俺をその気にさせてみるといい……』
 リーチはようやく玄関から離れて歩き出した。
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