Angel Sugar

「監禁愛5」 第24章

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「……やっあ……っ!」
 入れられた指先の動きに翻弄された名執は、頬をリーチの太股に擦りつけて喘いだ。それでもなお、尻を上げたままでいるのは、与えられる刺激の一つたりとも取り逃したくないからだ。仮に誰かに見られたとしたら、獣のような己の醜態に呆れるか、不快な視線を送られるだろう。
 だが、今は二人きりだ。
 淫らな獣だと言われようと、リーチが満足してくれるのなら、名執はそれでいいのだ。そして求めることを偽る姿など見せたくない。リーチもそんな名執など望んでいないからだ。
「口、離れてるぜ」
 意地悪な口調でリーチが言った。
「……あっ……も……入れて下さい……」
 ヒクヒクと疼いている蕾の周りが、指先では満足できないと名執を追い立てる。もっと強い刺激で身体を貫かなければ名執は満足できない。力強いリーチの雄を、内部に誘ってこそ、名執は本当の意味で快感を知るのだ。それが与えられない間は、目的を果たすまでどこまでもリーチを煽ることができるだろう。
「ん~……どうしようかな」
 先程まで余裕がなかったリーチであったのに、今は立場が逆転していた。
「……早く……お願い……貴方が欲しい……」
 喘ぎながらも名執はなんとかそう言った。
「ユキが尻を振って俺を誘ってるんだから、そろそろ希望に添わないとな……」
 名執が耳を覆いたくなるような、恥ずかしいことをリーチは言ってのけると、身体を名執の下から引いて、四つんばいになる身体に覆い被さってきた。すぐに入れてくれるものだと思っていた名執であったが、リーチは滑らかな肌に舌を這わすばかりで、なかなか行動に移そうとしない。
「あ……っ……あ、も……お願いですから……焦らさないで……」
 革張りの表面を引っ掻くように爪を立て、名執は涙を落とした。震えるばかりの身体は限界に来ているのだ。
「分かってる……」
 リーチは名執の腰を掴むと、己の雄を一気に奥まで突き入れてきた。その瞬間、息が止まるほどの圧迫感を感じ、名執は呼吸することすら忘れてしまった。
「……ああっ!」
 叩き付けるように腰を動かしてくるリーチの息づかいが名執の耳に入ってくる。背に触れる熱い息からリーチが満足していることが名執にも分かる。快感を得ながらも、そんなふとしたことでさえ、名執は幸せに浸れるのだ。
 自分の身体でリーチが快感を得て、満足してくれている。与えられる快感と同じくらい名執には気持ちのいいことだ。リーチが望むことならどんなことでも名執は与えたいと心の底から思う。
 もちろん、リーチからも与えてもらいたいと考えている。自分だけを見て、自分だけを愛してくれるリーチであって欲しいのだ。自覚はあまりないが、意外に名執は独占欲が強いのかもしれない。どんなことに対しても執着したりしなかった自分が嘘のようだ。
 たとえなにもかも捨てたとしても、全てを奪われたとしても、名執だけのリーチにしておきたい。これだけを望んで生きているのかもしれない。だからこそ、例え演技であろうと、エリックと一緒にあんなふうにしていたことが許せなかったのだ。
「……っあ!」
 穿つ雄が最奥を抉り、名執は身体を逸らせた。同時に触れられる己の雄は、先端から白濁した液を滴らせ、リーチの指を濡らして滑りをよくしていた。リーチの手の平はしっかりと名執の雄を握っていて、腰を動かすたびに同じような動きを繰り返す。
 快感が波のように襲ってきて、名執は声を上げることすら煩わしく思うほど、頭の中は真っ白に染まっていく。もちろん、快感が名執の身体を支配して、今、ここがどこであるかも認識できない世界に漂っているが、わき上がってくるリーチへの想いには底がない。
 欲望だけを満たすセックスではないことを知っているからだ。
「ユキ……すげえ、お前の中……俺をくわえ込んで締め上げてきやがる……」
 感嘆にも似た声を上げ、リーチは満足そうに名執の背に頬を擦りつけてくる。滲んだ汗のせいか、触れる肌はヒンヤリしていた。
「……あっ……ああっ!」
 身体の足先から頭の先へと突き抜けていく、いつも果てるときにしか感じられない極上の快感を受けた名執は、それを忘れないようにと身体に刻み込みながら、ソファーに突っ伏した。



「……リーチ……起きてます?」
 ゆっくり戻ってきた意識が、自分の身体がリーチの上に乗っていることを気付かせる。汗ばんだ肌は張りがあり、名執とは違う堅さがあった。そんなリーチの胸元を、名執は緩やかに撫でつつ目を閉じているリーチに向かって話しかけた。
「……ん。起きてる」
 瞳は開けずに、重ね合わせている肌の感触を楽しんでいるようにリーチは言った。
「私はどうしたらいいのでしょうか?」
「……もう、放っておけ。俺は関わる気なんてねえぜ」
「……私もそうしたいですが……」
 なににこだわっているのか名執にも分からなかったが、このままエリックがおとなしくフランスへ帰るとは思えなかったのだ。
「シャルが無理矢理連れて帰るだろ。あいつは、あれでエリックに惚れてるみたいだからな。俺からすると、惚れた相手に命令されたからって、お前を拘束するなんて信じられない行為だけどな」
「最初から気が付かれていたのですか?シャルさんがエリックのことを愛しているということ……」
「見てたら分かる。お前は気が付かなかったのか?」
「……シャルさんから聞かされたんです。それまで、あの方のことを知りませんでしたから……。リーチはご存じのようでしたが……」
 じっとリーチに視線を向けると、瞼が開いて黒目がちの瞳が一瞬、名執を見たが、また閉じられた。都合が悪いから目を瞑っているに違いない。
「しらねえよ」
「初対面の感じではありませんでしたよね?どこかでお会いされたのですか?」
 問いつめるように名執が言うと、リーチが口を開いた。
「しらねえって言ってるだろ。なんで俺があいつらの面倒を見てやらなきゃならねえんだ。お前が絡んでたから俺は仕方なしに聞いてやっただけなのによ……くっそ~。もっとぼこぼこにしてやれば良かった。もう二度とユキに手をだそうなんて考えられないようにしてやりたかったぜ。むかつく」
 急に苛々と怒り出しつつも、リーチは名執の髪や背を撫でていた。
「……私がリーチにお願いしたんですよね。済みません……」
「違う。お前が……その、知らないところでも色々あっただけだ。気にすることはねえよ」
 気にするなと言われて気にしなかったことなど名執には未だかつてなかった。
「なにがあったんですか?」
「あ。いや。なんでもねえ……」
 ぷいっと顔を横に倒して、リーチは相変わらず目を閉じている。
「なんですか?」
 少し声を荒げて名執がしつこく聞いたが、リーチは「ぐーぐー」と言って狸寝入りをしようとした。そんなリーチの頬を掴んで名執はもう一度聞く。
「だから、なんですか?私はそういうふうに隠されたくありません」
 引っ張られた頬をそのままにしながら、リーチはようやく重い口を開いた。



 何故生まれたのだろう……
 エリックは自分に問いかけた。だが答えが見つからない。
 生きるに値しないと言うのはこういうことなんだ……
 エリックはシャルの泊まるホテルの一室でベッドに横たえられた。なにか言うだろうと思っていたが、予想に反してシャルはすぐに部屋から出ていってしまった。
 顔を横に向け、窓から見える空を仰ぐと、真っ暗だ。今が何時なのかも分からない。
 いつか幸せになろうと誓った。何度もくじけた。その度に何とか立ち上がってきた。信じていたからだ。いつかというあやふやな未来を……。だがもう立ち上がることなど出来なかった。
 手を開いて自分に何があるかを問いかけたとき、そこには何も無いことを改めて知ってしまったのだ。過去を今を振り返り必死に形あるものを探してみるがなにもない。これほどの絶望は何処にも無いだろう。
 靴を履き忘れた裸足の足が何故か汚れていて自分を惨めにさせた。
 本当のことを知られたくなくて、名執に嘘をついた。自分がどんな目にあったか絶対知られたくなかった。利一が向けてくれていた優しさも、途中からは哀れみのような気がしてやりきれなくなった。
 人の優しさを疑う事などしたくはなかったが、今の惨めな自分がどんどん卑屈にさせる。そんな自分が嫌であった。
 沢山の人を傷つけて、結局なにがしたかったのかエリックにも分からない。
 ただ、惨めで、自分が可哀想だとしか思えない。
 こんな自分になってしまったのはあいつの所為だと思った。
 シャルの所為だ……
 いつも自分を支配下に置くことで喜びを感じている男。エリックは言いようのない怒りで一杯になった。
 精一杯の復讐をしてやる……
 そう、エリックが心に決めてバスルームに向かうとシャワーを出して足を洗った。利一の怒りに触れて殴られた場所があちこちに見られたが、血は出てはいなかった。
 ふと洗面台に置かれたかみそりが目に入った。それを掴んで刃の鋭さを確認すると、エリックは思いっきりそれで手首を切った。
 意外に痛みを感じなかった。洗面台に鮮血がだらだらと落ちていく。それをじっと見つめながらとても安堵した。楽になれるんだという気持ちが痛みを越えているのだろう。真っ赤な血はとても綺麗だと思う。だが実際は汚れているのだ。結局誰の子か分からないのだ。母親を信じたかったが、名執の言葉の方がより重かった。
 最後に復讐して死んでやる。ここで自分が死んだらシャルはまずい立場になるだろう。例え一時でも困らせてやりたいと思った。だが実際シャルがいなかったら自分はどうなっていたのだろう?飢えて死んでいたかもしれない。街中に溢れる職の無い人達の一員になっていた可能性だってあるのだ。それを考えると少しだけシャルに悪いなという感情もあった。だがもうどうでも良かった。
 楽になれる……それだけが口元に笑みを浮かべさせているのだ。
 一瞬目の前が霞み、床に転んだが痛まなかった。ぼんやりした視界の向こうに目を見開いたシャルの顔が見えた。何か叫んでいるのだがよく聞こえなかった。
 切った手首に圧迫感を感じた。シャルが手首にネクタイを巻いているのが見えた。何故そんなことをするのかエリックには理解できなかった。
『こんな……とこで……死なれたら……スキャンダルだもんね……。でも僕の望みはそれだよ。……シャルに……復讐してやるんだ……』 
 何とかそうエリックは言った。
『駄目だ……エリック!すぐ、すぐ病院に連れていってやるからな!』
 必死の形相でシャルがそう言った。こんなに慌てているのを見たのは初めてであった。何となく似合わないとエリックはぼんやりと思った。
『僕は……生きる価値なんて無かった……この血塗れの……手には……なんにも残らなかったんだ……。ふふ……馬鹿みたいだ……何で……生まれたんだろう……もっと早くにこうすれば良かったのに……』
 意識がだんだん薄れてきた。それと共に視界もぼやけてくる。まるで雲の上を歩いているような浮遊感があった。自分の身体が抱えられてシャルに運ばれていたのだがエリックにはそれは分からなかった。
『憎んでもいい……だから死ぬんじゃない。私は……ずっと……出会ったときからお前を愛しているんだ。言えなかった……言えなかった……お前が私を憎んでいるのを知っていたからだ……憎まれても良いと……お前が側にいてくれるのなら……お前を自分の元に置くことが出来るなら、なんだっていいと……それがこれほどお前を苦しめていたなんて……エリック!駄目だ……死なないでくれ。愛してる……愛してるんだ』
『え……なに?……何……言ってるの?』
 愛していると聞こえた。だがにわかには信じられない。シャルはまだ何か言っていたが、もうエリックには聞こえなかった。
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