Angel Sugar

「監禁愛5」 第17章

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「隠岐、なんか考え事か?」
 共に行動している篠原が心配そうにこちらを覗き込んでいた。今、リーチ達は被疑者とみられる男の自宅近くに車を停めて様子を窺っていたのだが、視線の定まらないリーチに篠原が気がついたのだ。
「え?あ、いえ……」
 利一を装いつつも、どうにもエリックの行動や言動が気になっていて気がつくと視線を彷徨わせつつ、考えていた。
「まあ、お前でも色々と悩みがあるんだろうしな~」
 篠原はハンドルに手を置いて小さく息を吐く。
「悩みという程じゃないんですけどね」
 笑みを作ってリーチは答えた。あまり不審に思われると困るからだ。篠原は鈍感なところがあるのだが、時々驚くようなことを言うのだから侮れない。もっともぼんやりしていては警視庁の捜査一課など勤まらないのだから、これでも腕利きの刑事なのだ。
「うへへへへ」
 じいっとこちらを見て篠原は急に笑い出した。
「なんですか?気持ちの悪い笑い方をして……」
「女か」
 そうだろう?という目つきで篠原は言う。
「……はは」
「いいなあ。お前はもてるから。俺は全然駄目だ。何処かにいい女いないかなあ……。お前さあ、一人くらい回せよ」
 ブツブツと篠原は言いつつ被疑者の自宅を眺める。明かりが一つも灯されていない家は家主が不在であることを物語っているのだろう。
「あの。私、そんなにもてませんって。篠原さんのことを見ている婦人警官もいるんじゃないですか?きっと篠原さんが気がつかないだけですよ」
「よく言うよ。毎年のバレンタインで、獲得数一位だろ。俺なんて……義理ばっかりだったっていうのに……。世の女の子はどうしてアタックしても絶対無理そうな男ばっかりにチョコを送るんだろう。俺だったら、どんとこいだ」
 何故か嬉しそうに篠原は笑った。
「……どんとこいって……なんですそれ」
「最後まで面倒見てやるって奴かなあ。俺……元々女運悪いから、ちっとも幸せになれないよ。ただでさえ、刑事って職は避けられてるって言うのに……」
 はあと助手席に座るリーチに聞こえるように篠原はため息をついた。
「刑事は不規則ですからね。でもほら、里中係長が見合いを持ってきてくれるじゃないですか。篠原さんは断ってますけど、見合いは嫌ですか?」
「身辺調査して、大丈夫って女なんかろくでもないのしかいないって。お前、相手を見たことがあるか?俺はかんべんな」
 リーチ達も良く見合いを言われるが、一度たりとも首を縦に振ったことが無いため、いつの間にか声がかからなくなったのだ。とはいえ、やはりこういう職種に就いているせいか、相手の女性の背後や親戚筋を結婚前に調査されるのは仕方のないことだろう。公安の方はもっと複雑な調査があるのだから、刑事はまだましな方だった。
「私は不思議と言われないんですよ。つき合っている相手がいるときちんと公言していますし、それもあるんでしょうね。そんなにすごい女性が来たのですか?」
「……別にさあ、相手が綺麗とか可愛いとかそういうので見てる訳じゃないんだ。経歴が……なんていうか、剣道三段とか、柔道二段とか釣書に書かれていると、俺、退いちゃうって」
「……あのう、なんだか変な見合いだと思うんですが……」
「俺、いつも持ってこられるのは自衛隊勤務の女。なんでだ?公務員を持ってきてくれるのは良いけど、それだったら都庁勤務のOLとか色々あるだろ。なのにさあ、レスキュー隊員初の女性とか……もう、体力だけはある女性ばっかりだよ。俺はこう、ちょっと儚い感じが好きなんだけど……」
 肩をがっくり落としている篠原の姿は、可哀想なのだがリーチとトシは笑えた。里中の知り合いや親戚筋は自衛官が多いためなのだろうが、それにしても篠原が不憫に思えて仕方ない。
「体力のある女性に引っ張ってもらわないと篠原さんは駄目だと思われていたりして……」
 くすくす笑ってリーチが言うと、篠原がジロリと睨む。
「五月蠅いよ。それはお前の方だろ。可愛いタイプで母性本能くすぐるのは隠岐の専売特許じゃないか」
「……そうですか?」
「そうだよ。ていうか、まともな見合いがしたいよ。あ、そうだ、看護婦さんも良いよ俺。名執先生にコンパ企画してくれって頼んでくれよ。俺、白衣にメロメロなんだ~」
「……名執先生が嫌がりますよ。田村さんに頼むのなら引き受けますが」
 篠原は以前の事件で暫く女性不信に陥っていたのだ。ようやく軽く話せるまで篠原の方が復活した。だから余計にリーチもトシも篠原にはいい出会いをしてもらいたいと思っていた。田村になら気軽に頼めるだろう。名執にこんな事を話すと後が面倒だから、それが一番良いだろうとリーチは考えた。
「え、マジ?いいの?俺、若い奴なら人数あわせで刑事以外の男も揃えるよ」
 目を輝かせて篠原は言った。本気でコンパをしたいのだろう。
「今度、田村さんに会ったら話してみますよ。いい返事が貰えるかどうかは分かりませんが、宜しいですか?」
「うんうん。駄目で元々だし、俺はいいよ。うわ~看護婦さんとコンパだ。嬉しいなあ。やっぱり持つべきものは友だよな。なんかこう、お注射しますね~なんて言われたらすっげえ俺、ドキドキする」
 既に篠原は妄想で一杯になっていた。
「……変態な事は酔っても言わないでくださいよ。私の顔で企画してもらうんですから」
「分かってるって。あ、お前は来るなよ。お前が来たら看護婦さんはみんなお前狙いになるだろうからな。俺と俺の友達でやる」
 真面目な顔で篠原は言った。当然リーチ達はそのつもりであったから都合が良かった。田村がもし了解してくれたとして、そこにリーチ達が幹事として参加すると必ず名執の耳に入るだろう。後で何を言われるか分かったものではない。もし仮に、先に名執に話して置いたとしても、気持ちのいい話ではないはずだ。
 問題が起きることが分かっていて、参加するつもりなどリーチにはなかった。
「ええ。もちろん辞退させていただきます。今つき合っている人に弁解するような事だけはしたくありませんし、自分から波風を立てるつもりもないです」
「お前っていつも思うけど、本当に今つき合っている相手に惚れてるよなあ……。マジで一回会わせてもらいたいよ」
 もう会ってるんだけど……とは当然いえない。
「駄目です。他の男の人に紹介して、もしものことがあったら嫌ですから。仮に、相手の人が私の知らないところで別な人を好きになったとしたら仕方ないとあきらめもつきますが、自分が紹介した人と何かあったら泣くに泣けません」
「へえ~へええええ~。そんなに綺麗な人なんだ」
 ニヤニヤとした顔で篠原は言う。
「私にとって素敵な方です。あ、携帯が……」
 いきなり携帯が鳴ったことで、この話題から逃げられるとリーチは慌てて胸ポケットから携帯を取りだした。
「面白く無いなあ……」
 篠原の方は、また真っ暗な家を眺め、ようやく口を閉ざした。
「隠岐ですが……あ、はい」
 相手はエリックだった。
『あの……もしお時間があったら、今晩遊びに来られませんか?』
 窺うような声にリーチは答えた。
『今、仕事中なんです。今晩はとてもお伺いできそうにありません』
 いきなり英語で応えたリーチに、怪訝な顔で篠原がこちらを向く。これではあまり込み入った話は出来ないだろう。
『……そうですか。それなら仕方ないんですけど……。ところで兄さんが出かけたまま帰ってこないんです。心配なんですが……』
 また嫌になって名執はマンションに帰りたくないのだろうか。名執の気持ちが分かるだけにこればかりはどうしようもない。今度はリーチのコーポにいるはずだ。ここまで来たらエリックを何とかあのうちから追い出す手を考えなければならないだろう。
『大丈夫でしょう。大人ですから、お友達と用事があったのかもしれません。気にしないでそろそろ休んだらどうですか?』
 時間は12時を超えていたのだ。
『……でも、兄さんは、ある人と出かけたままで帰らないんです。僕、それが心配で……だって兄さんは綺麗な人だから、何かあったら……って……』
 ……は?
 ある人って誰だ?
 幾浦?
 いや。それはないはずだ。
 幾浦の家に行った名執に対してリーチは不快さを見せたのだから、今そんな行動に出るとは思えない。
『相手の方をご存じですか?』
『知っているというか……なんていうか……。きっと話が弾んだからかな……。兄さんも気に入った様子だったし』
 ……
 こいつ。
 また嘘をついてやがる。
 隣に篠原がいなければ、携帯をぶち壊しそうな程の怒りをリーチは抑えた。ここで利一の仮面を外すことは出来ないのだ。
『……嘘を付くのがお上手ですね。駄目ですよ。本当の所はどうなんです?』
『隠岐さんが来てくれたら話そうかな……』
 明るい声で言うエリックの首を絞めてやりたい気分にまでリーチは陥っていた。小馬鹿にされているような気がしたのだ。
『……今晩は無理ですよ。仕事中ですから』
『明日でも良いですけど、間違いが起こったとしても僕には責任取れません。じゃあ』
『……あ、ちょっと』
 いきなり先に携帯を切られて、リーチは篠原に見えないように口元を噛みしめた。下手をすると噛み合わせた歯の音が響きそうな程、怒りを覚えたのだ。
「隠岐。誰と話してたんだ?なんかあんまりいい話じゃなかったみたいだけどさ」
「いえ……なんでもありません」
 表情は引きつりながらも笑顔を作る。だが、名執のことが心配で、心中はそれどころではなかった。
 名執が簡単に誰か見知らぬ男についていくことなどまず考えられないのだ。だからといって、心配する気持ちが収まった訳ではない。
「だって、お前、すげえ、顔引きつってるって。あ、例のエリックとかいう外人さんか?」
 ズバリ言い当てられたが、リーチは顔を左右に振った。
「何でも無いですよ。仕事に専念しないと……」
 口ではそう言ったものの、今からでも車を出して名執のマンションに行き、エリックをとことん問いつめてやりたいのだが、この状態ではそれが出来ない。篠原にはどうあっても利一の本来の性格を見せることは出来ないのだ。違う、リーチの性格を見せることは出来ない。
「ならいいけどさ……」
 まだ気になるような仕草を篠原は見せたが、黙り込んだリーチを問いつめることはなかった。
「……」
 一体、どうすりゃいいんだ。
 リーチにはただ、不吉な予感だけが胸の中で渦巻き、暑くもないのに額に汗が浮かんだ。
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