Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第12章

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 下降していた飛行機がまた水平に戻り、体勢が安定したリーチは、まず補助パラシュートを長めに切り離した。それを使って自らの身体を車輪の支柱に結びつけ、まだ繋がっているパラシュートの紐を切った。
 いくつかの紐はすぐさま機体の後方へと流され、視界から消えた。けれど機体の周りに発生している気流が、パラシュートの傘を支柱に絡ませている。このまま車輪が機体に格納されてしまえば、次に着地するときに支障が出る可能性があった。
 あれも切ってしまわないと……。
 リーチが風速で震える手を伸ばした瞬間、トシが声をかけてきた。
『リーチ。絡まってる紐が気になると思うけど、あれ、車輪が格納されてから切った方がいいよ。その方がゆっくり外せるし、今は動かない方がいいと思う』
『……そういえば、そうだよな。トシもたまにはいいこと言うじゃないか』
『たまにはって……もう』
『それより、この位置にしがみついていて、大丈夫なのか?』
『多分、大丈夫じゃないかな。こことあそこが折れ曲がって……バネが縮むみたいな形になるから……』
 トシはブツブツと呟いて一人で納得している。この様子では大丈夫なのだろう。ホッと一息を付きたいところだったが、実はそういう余裕はなかった。さすがに高々度になると気温が低く、空気が薄い。戦闘機に乗るために専用の服を着込んでいても、寒いのだ。助かったのはヘルメットや手袋をしていたことだろう。素手だとこの気温の低さから、外に放り出された瞬間、すぐさま指先が動かなくなっていたに違いない。
『さっさと、上げて欲しいな……』
 リーチは機体内部を見上げた。空気が薄く、長時間ここにいたら意識が混濁してくるだろう。そうなると、意識を失う。
 まさか、このまま車輪が出たまま、飛び続けないよな?……と、不安になり始めた瞬間、轟々と気流が吹き抜けていく音に紛れ、低い機械音が鳴りはじめ、車輪が上へと移動し始めた。
『リーチ、車輪が格納されるよ。下からのカバーに挟まれないように気をつけてね』
 見下ろすと、車輪を格納した後に閉じられるカバーも同時に迫ってきていた。リーチは両脚を折り曲げ、挟まれないように気をつける。
 問題なく車輪は格納され、周囲は闇に閉ざされた。けれど冷え切った身体は、手足の自由を奪っていて、すぐさま行動には移せない。リーチは息を整えつつ、体温が回復するのを待った。けれどこの場所は外よりマシというくらいの温度でしかなく、期待が持てそうになかった。
『まだ寒い?』
「まあな……手足が痺れてやがる」
 両手で身体を擦りながら、リーチは両足も同時に動かした。運動すれば体温の戻りが早いからだ。けれどここも安全ではない。いつまたカバーが動き、車輪が飛び出すか分からない。
 リーチは手が動くようになると、ナイフをまた取り出して自らの身体を縛り付けていた紐を切り、そろそろと格納庫の端だと思われる場所へと移動した。一番端ならば、カバーが開いても落ちることはないだろう。
 暗闇だと思われていたが、目が慣れてくると車輪の支柱付け根に小さな明かりが二つ点いているのが見えた。それは僅かに周囲を照らしているだけの、ささやかなものだったが、今の状況に置いて、小さな希望にも思え、リーチはようやく一息つくことができた。
「まずはパラシュートを切り離すか……」
 リーチは小さな明かりを頼りに、もう一度車輪に近づいた。そこで絡まっているパラシュートの紐を一つずつ切り離して背負う。ここに放置しておくと、どういうことでまた車輪に絡まるか分からないからだ。不安なものは別の場所に持って行った方がいい。
『……リーチ、端にはしごがあるよ。あれって、貨物庫へ続いてるのかな?』
「みたいだな。けど……思いきり真上に入り口がついてないか?」
 はしごの一番上部にそれらしいバルブのついた場所が見えるのだが、本当にあれが入り口なのかリーチには判断が付かない。
『ほんとだ……。あれが開いたらいいんだけど、はしごがあるってことはこっち側からも開けられるってことだよね?』
 トシはやや緊張した様子でリーチにそう聞いてきたが、問いかけたいのはこっちの方だった。
「俺に聞くな。知るかよ」
 リーチは背にパラシュートの残骸を背負ったまま、はしごを登った。周囲にはブレーキオイルの臭いが漂っていて、リーチは鼻の奥で刺激臭を感じていた。
「寒いわ、空気は薄いわ、臭いわ、俺をここに来させた原因を作った野郎はぶっ殺してやるからな。畜生……」
 ブツブツ悪態を付きながら、リーチははしごの頂上までやってきた。近くで見ると、薄暗い中に見えるバルブは、潜水艦にもよく見られる気圧を調節するタイプのものだ。ここを回せば格納庫に移動できそうだった。
 リーチはバルブに手をかけてさっそく回そうとしたが、硬くて動かない。
「んだよこれ、かてえっ!」
 はしごに両脚を引っかけたまま上半身を浮かせ、リーチは渾身の力を込める。けれど、バルブは一向に動かない。
「ぐは~。なんでこんなに硬いんだ。こいつの点検はしてねえのかよ?それともこれは飾りか?」
 リーチは文句を言いつつ、何度も左右に力を入れていた。すると、金属が擦れあわされるような甲高い音が響き、それとともに一気にバルブは回転した。
「うわっ!」
 バルブが一回転したことで両手が滑り、手が放れた。リーチの体勢は崩れ、身体が真っ逆さまに落ちそうになる。
『リーチっ!』
「……大丈夫」
 リーチは両膝をはしごに引っかけたまま、逆さになってしまった体勢を戻して、もう一度バルブを掴んだ。
「なあ、ちょっと気になるんだけど、このタイプのドアって、金庫並みに分厚いんだよな?」
『そう思うよ。この場所と貨物を挟むドアだから、気圧を保つために分厚いと思う』
「こいつ、内側に開くタイプか?なら、ちょっと距離を取らないと、思いきり頭にぶち当たる……わあっ!」
 言い終わらぬうちにドアが内側に開き、リーチは先程と同じように逆さにぶら下がった。
「畜生……もう少しで分厚い鉄の塊に頭を殴られるところだったぜ」
『……よ……よかった。ぼ、僕、一瞬、言葉を失ったよ……』
「とりあえず結果オーライだよな」
 リーチは開いたドアから貨物庫へ移動し、開けたドアを元通りに閉めた。
「ここは天国だな。あったけえ~ぞ、しかも空気がたんまりある」
 貨物庫はたとえようもないほど温かく、リーチは背負っていたパラシュートの残骸を放り出し、思わず悦びの声を上げていた。
『リーチ……あのさ、それで……ここからどうする?』
「う~ん……そうだな」
 床に座り込んだままリーチは辺りを見回した。周囲には堆く客達の荷物が並べられ、ネットが張られていた。
「まずは服を着替えて武器探しだな。この格好はアメリカ空軍ですって宣伝してるようなものだから、目立つ。その上、ナイフだけじゃ心もとねえ」
『……着替や武器がどこにあるんだよ?』
「え?目の前にあるじゃん」
 リーチは客の荷物を眺めながら、ニヤリと笑った。
『リーチ、もしかして人様の荷物を勝手に盗るの?』
「人聞き悪いな。こんな時に誰も俺がやったって思わねえよ。つうか、犯人がやったんだ。俺じゃねえよ」
『リーチって……』
「なんだ?文句あるのか?」
 リーチが腹立たしげに言うと、犬が吠えている声が耳に入った。
『ねえ、リーチ……この啼き声って……』
「ああ、俺も分かる」
 犬の啼き声に、二人とも聞き覚えがあった。
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