Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 後日談 第2章 完結

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「お前はどうなんだよ?ちゃんと病院に復帰できそうなのか?」
 ふと思い出すように顔を上げ、リーチは手の動きもとめた。下肢は蜜でトロトロになっているのに、まだ会話を続けようとするリーチに名執は懇願するように言った。
「あ……お願いです……そういう話はあとにしてください……私……我慢できない……」
 ずっと触れて欲しかったリーチの手が、飢えた名執の肌を滑る。リーチの指は名執の快楽のポイントを確実に突いていて、昂ぶる身体と期待感が身体を覆っていく。
 密着しているリーチの肌は温かく、規則的な鼓動を伝えてくるのだが、いつもどおりの早さで、名執が感じている焦りは伝わってこない。自分だけがいやらしい欲望の虜になっている事実に、羞恥を感じながらも、名執はリーチを誘うように腰を押しつけた。
「少しくらい我慢ができないのか?」
 リーチはニヤニヤとした顔で残酷な言葉をあっさりと口にした。
「ずっと、我慢してきたんです。もう、一分一秒もできません」
 眉根を寄せ、ピンク色に染まった唇を薄く開いて、名執は目を潤ませた。
 下肢が小刻みに震えて、痺れている。身体中を愛撫されたことは嬉しく思うが、それだけではとても足りないことをリーチは知っているはずだ。なのにこれ程までに焦らされて、茶化した言い方をされると、腹立たしくもなる。
「そうだよなあ……分かるよ、ここ、すげえからさ」
 蜜で濡れそぼっている下肢を撫でてリーチはほくそ笑んだ。
「あ……もう……早く……」
「ユキ……あげるよ……」
 ようやくリーチは名執の両脚を抱え、自らの雄の切っ先を押しつけてきた。内部に侵入してきた雄は、すでに濡れて滑りのよくなった場所を押し広げながら、奥へと進む。肉厚の固まりが狭い粘膜を広げていく感触は、堪らなく心地いい。
「あ……ああ……もっと……奥……」
 ズブズブとめり込んでいく肉塊が内部で擦れる。ピッタリと収まっているリーチの雄の形すら脳裏で描き出せるほど、生々しい抽挿が開始された。
「っう……あっ、あっ、あっ……リーチ……」
 リズミカルな腰の動きに合わせて自らの腰も振る。そうすればより深いところでリーチの雄を感じされるのだ。
「ユキの中……きつい食いつきだぜ……」
 賛美とも受け取れる言葉に、名執はうっとりした目を向けた。
「ああ……リーチ……もっと激しく突いてっ!私を滅茶苦茶にして欲しいんですっ!」
 ゆったりした動きに焦れ、名執は自らの意識が飛んでしまいそうなほどの激しさを欲していた。
「仕方のない奴だなあ……俺が気を遣っても、ユキはいつもそれだから……」
 クスクスとリーチは笑い、涙目にキスを落としてくる。そういう気遣いは嬉しいが、今は欲しくない。ただ、快楽の境地に漂うことばかりで頭をいっぱいにしていた。
「私は……貴方でいっぱいに満たされたい……」
 日常生活のことも仕事のことも何もかも忘れ、この世には名執とリーチ、二人だけになってしまったかのような錯覚に陥ることができる瞬間が欲しいだけ。
「っつ、締めすぎだ、ユキ。もう少しゆるめてくれよ。これじゃあ、動けないぜ」
「あ……ごめんなさい……私にはどうしようも……ないんです……」
 リーチの言うよう何とかしたいのだが、雄をくわえ込んでいる場所から力を抜こうとしても、できないのだ。ずっと欲しいと願っていたから、逃がしたくないと本能的に思っているのかもしれない。
「っ……全く……」
 リーチは呆れながらも、グイッと腰を引き、雄を半分内部から引き出した。けれど、すべてを抜くことはせず、思いきりまた奥まで雄を突き挿れる。力強く繰り返される抽挿に名執は酔い、恍惚とした表情を浮かべた。
「ああ……イイ……リーチ……奥まで……届いてる……」
 身体を突き抜けていくような快感が身体の隅々まで伝わっていく。それは毛細血管が身体中に栄養を運んでいるようだ。けれど栄養よりも名執はずっと欲しかったものがリーチによって与えられて、安堵も同時に感じていた。
 大げさかもしれないが、身体が繋がっているときにこそ、名執は生きている実感を味わっている。この行為が名執に生命力を与えて、日常の活力になるのだ。リーチに触れてもらえなかった日々は、名執にとって地獄そのもので、生きているのに死んでいるような状態だった。
「俺も分かるぜ。ユキの一番奥を突いてる。すげえ、イイ」
「リーチ……愛してる……もう……不安にさせないで……」
 リーチにしがみつきながら、名執はそう言った。
 これほど側にいてくれているのに、すべての不安が拭えない。いつだって名執はリーチが自分の側から消えてしまうのではないかという不安を抱えている。一人でいた時間が長かったからこそ、払拭できないものなのだろう。
「ああっ……分かってるっ」
 激しく突き挿れながら、リーチは上擦った声でそう言った。
「リーチ……」
 リーチの頭をかき抱き、名執は精一杯の想いを込めて、名前を呼んだ。誰よりも愛おしく、自らの命よりも大切な恋人。
「ユキ……愛してるよ。もう俺の手の中から逃がさないからな……海外には二度と……絶対に行かせない」
「……はい……」
 もう二度とリーチと離れないよう、名執は願うほかない。
 この熱、この温もり。
 きっと誰からももらえない安らぎだ。
 リーチだからこそ得られる、名執の生きる糧。
「私……っ……ああっ、私の中でイってっ!全部……私にちょうだい!」
 名執の希望はすぐさま叶えられた。



 自分でも呆れ果てるほど名執はリーチを求めた。リーチは苦笑しながら付き合ってくれたが、さすがにリーチの方から今晩は最後だと言われ、名執は頷くしかなかった。自分の身体も限界を超えていたからだ。
「それで……仕事はどうなったんだ?」
「話は致しました。院長は私を手放す気はありませんでしたし、ずっと早く返してくれと連絡をしてくれていたそうです。私にはそれは伝えられませんでしたが……」
 名執はリーチの厚い胸に身体をすり寄せながら、そう言った。
「仕事に戻れるんだろう?」
「……私が望めば」
「なんだ、外科医に飽きたのか?」
「……疲れてるんです……とても……とても疲れています……」
 献身的に接した結果、リーチは命を狙われ、名執は深い心の傷を負った。だから、誰かを救いたいという気持ちが、失われている。
「今はゆっくり休めばいいよ……けど、いずれ仕事には戻った方がいい。忘れ去られる前に……な」
「メスを握る外科医は嫌いなのでしょう?」
「ああ。好きにはなれないな。でも……医者として誇りを持っているお前は好きだぜ」
 リーチはそう言って名執の背を緩やかに撫でる。
 名執の不安を宥めようとしてくれているのだろう。
「私……怖いんです。私が医者であることで、またこんなことになったら……」
 自分だけなら耐えられるが、リーチに飛び火するのは耐えられない。
「お前が何に対して不安を抱いてるのか、分かるつもりだ。だが、こういうことは、そうそうあることじゃねえしさ。まあ……ずっとお前に看護してもらいたいと思う奴はこれからも出てくると思うけど。そんなこと言ってたら、何の仕事もできねえぞ。お前はどういう仕事をしても、ぜって~へんな奴が湧いてくるだろうから。その時は俺が蹴散らしてやるさ」
「……嬉しくないです……」
「つうか、別にしたい仕事があって、医者を辞めるのは構わない。けど、今回のことが原因で、辞めるっていうのなら、反対だ。違いが分かるか?」
「分かります……でも……」
「でもって言うな」
「私はっ……怖いんです。貴方を失うことが……一番……怖い……」
 瞳に浮かんだ涙はすぐさま頬を伝い、リーチの胸へと落ちる。その雫をリーチは手で拭い、名執の額にキスを落とした。
「誰だって同じ不安を抱えているもんだ……我が子だったり、恋人だったり……対象は様々だけどな。けど、お前だけじゃない」
 キスは目元に落とされ、涙の痕を追うよう、頬を伝う。
「リーチ……」
「医者のお前に救われる患者がこれからもいて、そのとき感じる喜びがお前の人生を支える大切なものだ。他の仕事じゃ……きっと得られないはずだぜ。それはユキが一番身をもって知っていることだろう?」
「……そうです……」
「俺と出会って前向きに生きることを選んだ」
「はい……」
「前向きに生きるってことは、いろいろなことを乗り越えていくってことだぜ。躓いたら小休止して、また前に向かって歩くんだ。俺がちゃんと手を繋いでいてやるから……安心しろよ」
 名執は溢れる涙を止めることができず、だらしなく泣きながら、リーチにしがみついた。
「だから……泣くな」
「絶対に手を離さないでください」
「お前が嫌がっても……放さないから安心しろ」
 リーチは楽しそうにそう言い、名執の身体を力強く抱きしめ、心の奥に巣くう不安を払拭してくれた。

 ――それから一ヶ月後、名執は外科医として警察病院に戻った。
 一番、喜んでいたのはリーチだったのは言うまでもない。

―完―
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