Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第39章

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 リーチ達は貨物室へ向かい、途中、二人の男を倒して、こちらは後部にあるキャビンレストルームに押し込めた。
「開けてください。私です」
 しっかりと閉められている貨物室のドアを叩き、リーチは言った。すると中から幾浦の声がしたが、ひどく小さかった。
「リーチか?」
「そうです」
 リーチがそう言うと、ガタガタとドアの向こうから音が響いて、しばらくすると開いた。
「大丈夫だったか? ああっ! 名執も無事か。よかった。ようやくあのバルブが開いたと思ったら、名執の姿が見あたらなくて……私は本当に心配したんだ」
 幾浦は青い顔で二人の姿を確認しながら、深い安堵のため息をつく。背後には、荷物が並べられた場所に、客室乗務員、乗客が憔悴した顔で座っている。いつ、殺されるかもしれないという状況の上、飛行機が安定した飛び方をしていないのだから、一時も落ち着ける時がなかっただろう。
「ご心配をおかけしました」
「幾浦さんも……ご無事で……」
 名執は幾浦の手を握りしめようとしたが、リーチがそれを払った。そんなリーチに、名執は目を見開いて、苦笑する。
「上はもう大丈夫です。今から皆さんには上へ移動してもらいます。着陸するには座席に座ってもらわなければならないからですが、皆さん、よろしいですか?」
 リーチがそう言うと、真っ先に声を上げたのは客室乗務員だった。
「まだ犯人達がいるのではありませんか?」
「ついさっき、排除しました。安全は確保されています。安心してください」
 そう言ったリーチが目出し帽を被っていて怪しい姿をしている。これで安心しろと言ってもあまり効果はないだろう。とはいえ、リーチとしては顔を見せるわけにはいかない。この機にリーチが乗っているということがばれてはならないからだ。
「機長は無事で、今もコックピットでこの機を安全に飛ばす努力をされています。貴方に皆さんの誘導をお願いしてもいいですか? 飛行機を下ろすには、どうしても座席に着いて頂かないといけないんです」
「え……あ、はい」
 客室乗務員は顔色を失っていたが、リーチの言葉に頷き、すぐさま背を向けて、仲間の客室乗務員に説明に向かった。客達は未だ不安な表情で客室乗務員の話を聞き、困惑気味の表情を浮かべている。それも当然と言えば当然なのだろう。
「本当に大丈夫なのか?」
「ええ。もう安心してくださって大丈夫です。一番近い飛行場を探して下りてくれるでしょうし……あとはパイロットに任せるしかないですね」
 リーチがにっこりと微笑むと、幾浦は足元にいるアルの頭を撫で、「大丈夫だ」と宥める。アルはリーチの方を見上げて、勢いよく尻尾を振っていた。
「アルも上へ連れて行っていいか?」
「檻に入れて置いたほうがいいでしょう。犬はベルトができませんし……ここの方が安全だと思います」
 アルには可哀想だが、犬にとっては上にいるよりも、ここの方が安全だ。
「そう……そうだな。アル、さあ来るんだ。本当にもう暫くの辛抱だからな」
 幾浦は残念そうにアルを連れ、もともと入っていた檻の方へと歩いて行った。
『リーチ……アルをここに置いておくしかないの、分かってるけど……可哀想だね』
 トシが寂しそうに言う。
『まあ、犬はもともと上には連れて行けないからな。仕方ねえよ』
 客室乗務員に連れられて出て行く客達を眺めながら、リーチは荷物の上に座った。その隣に名執が腰をかけ、そっと寄り添ってくる。
『そうだけど……ね』
「リーチ。なあ、少しでいいからトシに会わせてくれないか?」
 客がすべて出て行った後で、戻ってきた幾浦がそう言った。チラリと名執の方を窺うと、小さく頷く。構わないという意思表示だ。
 ずっとリーチが主導権を握っていたが、危険は去った。また、この飛行機が着陸すれば、しばらくの間、会えなくなる。少しくらい交替してやってもいいだろう。
『僕もちょっとだけでいいから……会わせてよ、リーチ』
『……まあ、少しくらいならいいか……あ、ちょっとまてよ』
 トーマスから預かっていた携帯が鳴っているのだ。
 そういえば、逐一連絡をくれと言われていた。しかも犯人の写真が撮れるようだったら、携帯についているカメラで取って、送ってくれると頼まれていたのだ。リーチはすっかりそのことを忘れていた。
「はい、隠岐です」
『オーキ。今、大丈夫か? すまん。こちらからはしない方がいいと考えていたんだが、あまりにも連絡がないから、心配していたんだ。だが機長からコックピットは確保したと連絡が入ったからな。オーキも無事だと思ってかけたんだよ。無事でよかった』
 やはりトーマスだった。
 早口で焦りながら話しているが、ホッとしている様子だ。
「す……すみません。連絡をすることをすっかり忘れてしまって……。犯人はすべて排除しました。本当はリーダー格の男を捕まえて引き渡したかったのですが……。いろいろ事情があって、勝手に外へと出ていかれたんですよ。今ごろは魚の餌になっていると思います」
 リーチの言葉に、トーマスは一瞬の間をおいて笑い出した。
『そうか……いいんじゃないか。勝手に出て行ったんなら、止めようもないだろうしな』
「ええ……そうなんです」
『じゃあ、機は奪還できたんだな?』
「はい。なんとか。乗務員に死者も出ていますが……最低限だったと思いたいです」
『オーキはバークの言うとおり、ミラクル・ボーイだな。本当にやってのけるとは、思っても見なかったよ。多少の死者は仕方がなかったと諦めるほかないんだが、さしあたっての問題はオーキのことだ』
 やや声を潜めて、トーマスが言う。
 その言葉の意味をリーチは分かっていた。
「ええ。私もそれを考えていました。出国方法ですよね」
『ああ、そうなんだよ。君は正規でこの国に入国したわけじゃない。だからその機が飛行場に下りたら、空軍でその身柄を預かることになる。ただ、機内でも見られても困るが、空港でも君の姿が他人に見られると困る複雑な立場なんだよ』
 不法入国している利一だ。
 それは誰にも知られてはならない。
「機内では目出し帽を被っていましたから、顔は見られていません。ただ、やはり下りてからのことが心配ですね……。では、私は機が着陸したら、貨物庫から車輪の格納庫に移動して、そこで待ってます。申し訳ないのですが、迎えに来て頂けますか?」
 それなら、こっそり飛行機から出られるはずだった。
『ああ、分かったよ。本来ならヒーロー扱いにしてやりたいが、それもできないからな』
 トーマスは笑いを堪えるようにそう言った。
「ヒーローなんてやめてください。じゃあ、後で会いましょう」
 そう言ってリーチは携帯を切った。
「話は終わったのか?なら、さっさとトシに交替してくれ」
 幾浦は苛々としながらそう言う。
「分かってるって……そう、がっつくなよ……」
 やれやれと思いつつ、トシと替わろうとした瞬間、機長の放送が流れた。
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